第6話 キメラの集団

(今度は少しでも人が現れそうな場所は、絶対に選ばない!)


 固い決意とともに、きょろきょろと視線を彷徨わせる。

 すると、陸地も遠のき本当に海だけがどこまでも広がっている場所に、ぽつんと小さな島が見えた。


 島といっても、人が住めそうな緑溢れる様な所ではなく、断崖絶壁という言葉が合いそうな、岩ばかりで出来た小さな孤島だ。

 巨大な岩山が海によって少しずつ削られて、「島」と言う形になった様な、そんな場所。


(きっとここなら、大丈夫……よね)


 不安を払いのけるように、自分に言い聞かせる。

 そして、鋭く突き立った山々の中に、この巨大な身体を休められそうな場所の捜索を開始した。


 ようやく少し平らになっている場所に目星をつけ、再びゆっくりと翼の動きを緩めようとした瞬間、沢山の影に気がついた。

 どうやら、何かの集団が、陽奈子の周りを取り囲んでいる。


 人間の近付かない場所を求める事に必死だったから、周りが見えていなかったのは確かだ。

 殺意を持った攻撃を受けるという、恐ろしい出来事に遭遇したばかりなので、気配には敏感になっているつもりだった。

 なのに、ここまでの数に囲まれて尚、気がつかなかったというのは、致命的としか言いようがない。


(こんなことで、この先この何も分からない世界で、生き延びていけるのかな)


 漠然とした不安を抱えながら、押し寄せる影の正体を確かめるべく、ロックオンしていた孤島から視線を外して周りに視線を移す。

 するとそこには、数十匹を超える巨大な鳥のようなものが、陽奈子の上下左右全てを取り囲んでいた。


 元の世界で日常的に見ていたような、小鳥と呼べる可愛らしいサイズ感とは違っているし、その姿も「鳥の様なもの」という表現しかしようがない生き物だ。

 鳥というよりは、未知の空飛ぶ生き物と、評した方が正しいかもしれない。


 確かに口ばしや飛び回る翼は、鳥の様な形をしている。

 けれど、身体を覆う皮膚は蛇に似たうろこの様で、足などはない様に見受けられた。

 鳥にしては確かに巨大だが、今の陽奈子の姿と比べると手のひらよりも多少大きい位のもので、生物としては中型程度と言えるだろう。


 ただし、この世界に置いての標準がどのくらいなのかわからないから、あくまでも今のドラゴンの姿をしている陽奈子基準だ。

 陽奈子の持つファンタジー世界の知識的には、鳥と蛇とが融合した合成獣の魔物「キメラ」と、言ったところだろうか。


 この異世界はどうやらファンタジー世界で間違いないと思われる。

 陽奈子がドラゴンになっている位なのだから、魔物くらいいるだろう。

 そう頭ではわかっていたけれど、実際に実物に遭遇すると、やはり今までの人生の中で出会った事のない動物が目の前にいる事態は、奇妙で落ち着かない。


 小さな蛇に翼が生えている位だったら、気持ち悪くはあるだろうが、まだ「怖い」という程でもなかったかもしれない。

 けれど、目の前を取り囲むキメラ達は、巨大なコブラのような身体に茶色の大きな翼がついている生物だったので、集団になると気持ち悪い上にものすごく怖かった。


 向こうからしてみれば、体型差もある陽奈子の方が恐ろしいに違いないが、そんなことは知った事じゃない。怖いものは、怖い。

 キメラの集団は、どうやら陽奈子が孤島に降り立とうとしている事に気が付いて、様子を見に来たようだった。


(もしかしてここ、キメラ達の縄張りなのかな?)


 降り立とうものなら、数十匹もの集団が決死の覚悟で飛び掛かって来るだろう。

 いくら縄張り争いに縁のない陽奈子でも、それくらいはわかる緊迫感があった。


「あの……」


 先ほど、感情のままに言葉を出そうとしたら、口から炎が吐き出されたから、出来るだけ恐怖心を抑え、小声になるように気を使いながら声を発する。

 だが、陽奈子の言葉にならない控えめな咆吼に返された返事は、「キー!」というこれまた鳥だか蛇だがわからないような甲高い声だけで、話が通じるとは到底思えなかった。


 もしかしたら、人間とは違ってドラゴンと種族的に近そうなキメラとなら、言葉が通じるかもしれないという僅かな希望は、一瞬にして潰えてしまう。

 むしろ、陽奈子が小さいながらも咆哮を吐き出した事によって、相手に臨戦態勢を敷かせてしまう結果になったと言っても、過言ではない。


 まるで陣形でも組むかのように統制された動きで、キメラ達は一定距離を保ちながらも視線を逸らすことなく、じっと陽奈子を注視している。

 これは知っている。あからさまな、敵意だ。

 つい先ほど初めて体験したばかりの、恐怖が蘇った。


(魔物から見ても、私は敵扱いなの?)


 人間には恐れられ、動物とも言い難い魔物と呼ばれるであろうキメラからも拒まれ、味方が誰もいないような気がする。

 もう、大声で泣き出したい。

 だけど、ここで泣き喚いてもきっと助けなんか来ないし、先ほどの惨劇が繰り返されるだけだ。


 キメラ達が、どんな攻撃方法を取るのかはわからないけれど、沢山集まって陽奈子を見張っている所を見るに、集団戦を得意としている事は察せられる。

 ただ、綺麗な陣形を組んだままなかなか襲ってこないという事は、陽奈子の事を少しは恐れているという事だろう。

 このまま、島への着地を諦めてここから去れば、事態は収束しそうだった。


 とても、本当にとても疲れていたけれど。

 気を抜けば、今にも崩れ落ちそうなのが、自分でもわかるけれど。

 いくらドラゴンとしての能力が高いかもしれないとはいえ、使い方も戦い方もわからないのに、決死の覚悟で挑んでくる集団を簡単にかわせるとは思えない。


 ここは何食わぬ顔で立ち去るのが、一番の対処法である事は間違いなかった。

 折れそうになる心と体に鞭打って、再び翼を大きく動かす。

 急上昇して孤島を後にする陽奈子を、追いかけて来るキメラはいなかった。

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