第4話 人間との遭遇

「あちらです!」

「騎士様、どうかよろしくお願いいたします」

「任せておけ。私は以前、ドラゴンと対峙した経験がある」


 聞いた事のない発音だと思うのに、内容が理解出来る。

 それはつまり、この世界の言葉を正しく理解出来ているという事に他ならず、気にしていた訳ではなかったものの、一つの課題に気付くと同時に解決した事になった。


 でもこれは果たして、良い事なんだろうか。

 言葉は理解できても、陽奈子の口から零れる音は、それを紡ぐ事は出来ないのである。

 つまり、いくらこちらが相手の言葉を理解して話したいと思っていても、意思疎通は不可能だという事に他ならない。


 この緊迫した場面において、それは致命的な予感がする。

 疲れ果てた重たい身体を僅かに動かすのさえ億劫で、視線だけを声の聞こえた方向へ向けてみると、そこにいたのはそれこそファンタジー世界の住人そのままの、銀色に光る鎧を付けたいかにも屈強な男性。

 その男性を中心にして、剣や斧や弓を手に陽奈子の様子を伺いながら、複数人の男達が迫って来る。


 強そうなのは、恐らく最初に「騎士様」と呼ばれた鎧の男だけのようだ。

 けれど、近づいてくる男たち全員の手には、何かしらの武器がある。

 そんなものを向けられた経験などない陽奈子にとって、相手が強い弱いという問題ではない。

 陽奈子に対して敵意を持ち、武器を手にしている。

 それだけでもう、脅威以外の何物でもなかった。


 しかも相手は、完全に陽奈子を退治するつもり満々である事がわかる。

 人里から離れた場所を選んだつもりだったけれど、降り立つ所を見られていたのだろうか。

 それとも、思ったよりこの平原は、通りがかった港町から近い所にあったのだろうか。

 もしかしたらこの近くに、空からは気付かない位に小さな町や村が、あったのかもしれない。


 いくらでも可能性は考えられたが、今更である。

 「人を襲うつもりもないし、危険な生き物ではない」「誤解だ」と訴えようにも、この口から言葉は出ないのだ。

 この世界において、人とドラゴンの関係がどのようなものかはわからない。

 けれど、きっと今の状況を訴えようと口を開いたところで、出るのは先ほどのような咆哮だけだろう。


 陽奈子がもしあの男達の立場だったら、それは威嚇と捕えるだろうし、ただでさえ敵意を向けられている彼らに、完全に倒すべき相手だと認識されるのは確実だった。

 例え言葉が通じたとしても、巨大なドラゴンという姿をしている時点で、信じて貰えるとは思えない。


(逃げるべき、なのかな)


 それとも、陽奈子が何もしない事を何とか態度で示し、理解して貰った上で、彼らがここから立ち去るのを待つべきだろうか。

 どちらが正解か判断できないまま、時間だけが過ぎる。


 やがて男たちの影が、すぐ傍まで迫って来た。

 いわゆる攻撃範囲内に入った、というやつだ。

 この距離で陽奈子が急に動き出したら、それこそ好戦的だと受け取られてしまうかもしれない。

 びくびくと怯えながら、じっと様子を伺っていると、何の宣言も会話しようとする努力もなく、幾人かの男達が火を纏わせた矢を弓で引く。

 その矢は、迷うことなく陽奈子の周りを囲む様に飛んで来た。


(え、急にそういう感じ? 会話を試みる気ゼロなの?)


「うぉぉぉぉぉぉ!」


 怖いからと言って、様子を見ている場合ではなかった事に、やっと気が付く。

 疲れた身体に鞭打って、慌てて立ち上がろうとした陽奈子の太もも辺りを、雄たけびと共に向かって来た屈強な騎士様の剣が、かすっていく。


(痛……くはないけど、怖い!)


 人から向けられる、あからさまな敵意になんて、慣れていない。

 というか、こんなに真っ直ぐな殺意を、陽奈子は知らなかった。


(こんな、憎むような目を向けられるような事……私が何かした?)


 この世界に飛ばされた被害者は、陽奈子の方なのに。

 陽奈子の知る騎士様といえば、女の子を悪者から颯爽と助けてくれたり、お姫様と秘めたる恋をしていたりする、基本的に白いマントの似合うかっこいいお兄さんとか、硬派な団長を慕う真っ直ぐな青年とか、そういうのであるはずであって、絶対にこんな怖い人じゃない。


 陽奈子の知る「騎士」という職業に就いている人は、助けてくれる存在だとは認識していても、敵に回る可能性なんて考えも及ばなかった。

 ドラゴンとなった今、陽奈子の知るファンタジー世界の常識は、今のところ全く通用していない気がする。


 大前提として、ドラゴンとしてここにいること事態、が陽奈子の常識として飲み込める範囲を越えているので、優しく手をさしのべてもらえる相手として、あてはまるはずもないのかもしれないけれど。

 陽奈子が勇者やお姫様といった主人公サイドではない事を、如実に表している様で辛い。

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