第2話 ドラゴンの姿
「何これ、やだこれ、あり得ない!」
知らない世界へ飛ばされた驚きや戸惑いより、自分の姿に対する拒否の気持ちが、何よりも一番大きい。
けれど目が覚めてから始めて口に出そうとした、その抗議の言葉は声にならず、空気を揺るがす様な咆哮に似た音が、辺りに響き渡った。
自分の出したその音に、自分が一番驚愕する。
そして想像通り、隣を飛んでいた可愛らしい小鳥は何処かへ消えて行った。
幸いな事に、炎は出なかったけれど。
昨日までただの女子高生だった陽奈子にとって、耐え難い状況に突然追い込まれたと言って、間違いない。
異世界に飛ばされたからには、本来の自分より可愛くなって然るべきなんて、全く思ってない。
もちろん、せっかく異世界に来たのなら、美人で誰からも好かれるお姫様に生まれ変わりたかっただとか、イケメン達に愛される可愛らしい令嬢に転生してくれたらだとか、世界を救う聖女になって崇められてみたいだとか、理想はある。
でも「そうなったら嬉しいな」というだけで、今回陽奈子はそんな身の丈を考えない望みなど、欠片も抱いていなかった。
なにせ突然すぎたし、本当にこんな事が起こるんだという感想を抱くだけで、精一杯だったから。
けれど、こういった召喚系異世界転移の場合、せめていつもの自分がそのままぽんっと放り出されるのがセオリーではないのか。
異世界での最初のミッションは、「目立つ制服からその世界の洋服に着替える事」とか、緩くて簡単なものが一般論ではなかったか。
いくら考えたところで、どうやら「何故、突然ドラゴンになってるの?」という疑問符の嵐から抜けだす方法は、見つかりそうになかった。
何か特別な事をした記憶もないし、誰かに意地悪でこんな姿にされるような、運命を分ける選択肢はどこにも出てこなかったはずだ。
異世界に飛ばされる直前に、自分のうかつさを悔む箇所があったならまだ諦めもつくけれど、そんなものは一切ない。
というかまず、異世界に飛ばされるきっかけなど、何処かにあっただろうか?
現実逃避をかねて、無心で空を飛びながら、眠る前に自分の起こした行動を、念の為なぞってみる。
よくあるパターンである、図書館で人気のない棚から不思議な魔導書を抜き出し、興味本位で開いてなどいないし、急に現れた怪しげな骨董屋に、足を踏み入れたりもしていない。
オンラインゲーム中に出た、あからさまな警告を無視して了解ボタンを押すどころか、しばらくログインさえしていないし、違和感ばりばりの魔女っぽい人に、街角で声を掛けられた覚えもない。
むしろ昨日は、学校の友達や先生、家族といった小さな社会の人間としか会話をしていなかったはずだ。
どう考えても、何の変哲もない現代日本の女子高生が、こんな状況に陥ってしまうきっかけなど、何も踏んでいないはずだった。
それなのに、陽奈子は気がついた時には、いきなりこの異世界の空を、あてもなく飛んでいた。
どこかに倒れていた訳でもなく、召喚されて魔法陣の上に現れた訳でもなく、本当に目が覚めたらこの異世界の景色が目の前に広がっていた。
こんなに雑に、導入を迎えて貰っては困る。
この世界の、いわゆるワールドマップ的なものが、一体どういう形をしているのか見当もつかないけれど、陽奈子の持っている異世界知識を総動員すれば、考えられるパターンはいくつかある。
ゲーム等でよく見かける、地図のような形で端っこに辿り着くと謎の透明な壁に阻まれて進めなくなる、平面型。
世界の果てで、どうやって循環しているのか理屈はわからないが、水が止めどなく奈落に落ちていくのに水は永久になくならないという、浮島型。
そして、地球と同じ球体型。
大体、この三つが基本だろう。
球体型以外なら、このまま飛び続けていれば、いつかは世界の果てに辿り着く可能性はある。
けれど、この世界に端っこが存在するかどうかは不確定だし、もしあったとしても、そこに辿り着くまでに、一体どれほどの距離があるのか見当もつかない。
不本意ながら、いくら移動速度が異常に早いドラゴンの身体になってしまっているとはいえ、ゴールの見えない先を目指して延々飛び続ける事は、体力的に不可能だ。
自覚したその時点から空を飛んでいるわけだから、当然身体は動きっぱなしである。
スポーツと呼べるものは、生まれてこの方一度もやろうと思った事なんてない。
徒競走で一番を取るなんて夢のまた夢というレベルで、運動は苦手。鉄棒の逆上がりなんて、きっともう出来ないだろう。
この世界で目を覚まし、自分が空を飛んでいるのだと自覚してから、もしかしたらまだほんの十数分程しか経っていないのかもしれないが、体感的にはもう一時間以上は飛んでいる気がする。
体力面だけではなく精神面も含めて、すでに結構疲労が溜まっている感覚があった。
どうやら、こんな頑丈そうなドラゴンの身体になったというのに、体力は元の自分のものとそうは変わらないスペックらしい。
こんなところだけ、元の自分と同じだなんて、大きなお世話である。
(あり得ない身体に変えるんだったら、体力や能力もあり得ない位に増幅させておいてくれないと、困るんだど!)
何度も言うようだけれど、元の陽奈子はただの女子高生であり、どちらかといえばという区切りを使うまでもなく、完全に文化系だ。
部活だって、わかりやすく帰宅部に限りなく近い文学部で、普段は漫画をメインに本や雑誌を読む以外の活動は、ほぼしていない。
つまり何が言いたいのかというと、もうこれ以上目的もわからずに空を飛び続けるのは、体力的にも精神的にも限界だという事だ。
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