目が覚めたらドラゴンになっていました~ドラゴンが王子様に恋をしても許されますか?~

架月はるか

第1話 突然の目覚め

 目が覚めると、そこは異世界でした――――。


 わかりやすいけれど、既に使い古された感のある、冒頭の一行。

 冒険物語は、そうやって簡単に始まってしまうけれど、何百回と繰り返され使い古されたであろうその言葉は、現実には絶対に起こらないからこそ、「またか」と思いながらも、形成された様式美を楽しめるものなのだ。

 いつも「ありきたりなんだから」等と笑って、上から目線で批評しながらも、結局は楽しく物語を読んでいたし、入り込めた。


 物語を読んだりゲームをプレイしながら、「もし自分がこのパーティーに入ったら……」なんていう想像や妄想も、日常茶飯事である。

 だけど、まさか自分がその一言を冒頭一発目に使うことになろうとは、それこそ夢にも思っていなかった。

 物語という枠を超えて、真剣に異世界に憧れている夢見る少女であったとしても、実際に体験した場合、この状況を喜べる人がどれほどいるものか。



*******



 青い空、白い雲。見渡す限りに広がる山々。

 真下に見えるのは、深い緑色の海。

 景観を損なう電信柱や電線が空を遮る事もなく、そこは空を飛ぶ生き物たちの天下だ。


 きっと眼下に大きく広がる海の中も、無機質で無粋な人の手が入ることなく、平和な摂理が育まれている事だろう。

 どこまでも遠く透き通るような世界に充満する空気は、少しだけ薄く感じる。

 けれど、自然をいっぱい吸っている匂いがして、都会の喧噪を忘れさせてくれる清らかさがあり、喉に心地よい。


 目前に迫っている、よくわからない原理で宙に浮いている石造りらしい建物は、こういう異世界でのセオリー的には、城か神殿といったところだろうか。

 それが人間の文明なのか、それとも違う生き物のものなのかはわからない。

 ただ見るからに現代日本ではあり得ない風景が、どこまでも広がっている。それだけは確かだった。


 確かに景色はいい、景色だけは。

 第三者目線であれば、「これからわくわくする冒険が始まる、ゲームのオープニングみたいだ」と、楽しめたに違いない。


 例えば、これが夢だとわかっていたら。

 せめて「お待ちしておりました。勇者様!」とか、どこかのファンタジックな王様に迎え入れてもらえたりしたら、また感想は違ったかもしれない。

 いっその事「お前は魔王だ! 我々と共に人間どもを滅ぼすのだ、うはははは!」位のノリの方が、まだましだった。


 何故、今そのどちらでもなく、ただただ空を飛んでいるのだろうか。

 いきなり異世界に飛ばされたにしろ、迷い込んだにしろ、誰かに召喚されたにしろ……。

 この際、方法はなんでも良い。

 こういうシチュエーションで一般的なのは、「お前は特別な人間だから、世界のために何かしろ」的な、そういう始まりであるはずではないのか。


 どこかの国のお姫様になりたいなんて、大層な事は望んでない。

 訪れた旅人達に、村の名前を繰り返し伝えるだけが役目の「村娘A」とかだって、構わなかった。

 ここが何処だったとしても、自分の姿が人間であったならば、「何だって受け入れてやる」位の順応性は持っているつもりだった。


 冒頭の一文を読んで飽き飽きしてしまう程に、それらに触れているのだ、物語の世界は嫌いじゃない。

 目の前に広がる平和な情景からして、特に脅威にさらされているようには見えないけれど、なんなら世界だって救ってやろうじゃないかという気概だってある。


 けれど、けれど、だ。

 今この知らない世界の上空を、大混乱な気持ちとは裏腹に優雅に飛び回るこの身体は、確実に今までいくつも読み楽しんできた物語の主人公たちのような、恵まれたキャラクター設定ではなかった。


 初期装備が、ゲームのスタート時並みにへぼすぎる、とかそんなレベルの話ではない。

 まず、基本である姿形が可笑し過ぎる。

 風を切り裂きながら羽ばたく翼はあまりにもごつく、可愛げなどどこにも見つからないし、身体は硬い鱗で覆われ、ちょっとやそっとでは傷も付きそうにない。


 いや、ある意味とても恵まれてはいると言えるし、異世界という何がおこるかわからない状況においては、とても有利ではあるのかもしれない。

 だが、普通の女の子として蝶よ花よと甘やかされて育てられ、十八年も過ごしてきた身からすれば、悲しい事この上ないとしか言いようがない身体なのである。


 全体色は、くすんだ深緑といったところだろうか。

 ショッキングピンクなどの、奇抜な色ではなかった事を喜ぶべきなのか。くすんだ色は好みではないし可愛くないので、悲しむべきなのか。

 問題はそこではないと、冷静に分析でも始めるべきなのか。


 自分の姿を確認すればするほど、わけがわからなくなってくる。

 口を大きく開ければ、今周りを一緒に飛んでいる鳥たちは、すぐに逃げ出してしまう事だろう。

 もしかしたら、炎の一つでも吐き出せてしまうかもしれない。


 そう。突然異世界に飛ばされてきたこの身体は、見事な竜の姿となっていた。

 ドラゴンと言った方が、世界観には合うかもしれない。


 高村陽奈子、十八歳。

 ただ今異世界で、ドラゴンとなって空を飛んでいます。






◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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