後日談 大幹部『向日葵』の仕事
『――というわけで、いい感じにこいつ殺しといてねぇ~』
そんな事を言って一方的に電話を切ってきたのは、先輩大幹部であり同じ地位に立って初めてトランスジェンダーだと知った女性(?)。
大幹部『菊』だ。
「いい感じに殺せって…無茶言わないでよ…」
彼女の指令は、パワハラセクハラで訴えられ、その慰謝料支払いが嫌で海外に逃げたギルドの幹部のジジイ。
正直そんなクソジジイのために私の時間を割くくらいなら、まだ進捗が4割程度しか進んでいないブラジルの反社組織の壊滅に力を入れたいんだけど…仮にも先輩からの指名依頼。
おまけにそのジジイは本部からももうすぐ直々に抹殺命令が出るであろう案件。
さっさと終わらせて、本来の仕事に戻りたいところ。
私は副官を呼び出して出発の準備をしながら到着を待つ。
「お呼びでしょうか?」
「緊急の用事が入ったからね。ここの指揮を任せるのと、インドネシアの担当者に連絡を入れてほしい」
「はぁ?今回はどんな用件で?」
「色ボケクソジジイの始末だと。わざわざ私を指名する必要もないはずなんだけどね?」
「『菊』様からの依頼ですか…全くあの人の新人いびりはいつまで続くのやら…」
新人いびりか…
私が大幹部に就任し、海外支部の総統括を命じられた時から『菊』さんからの嫌がらせは続いている。
やっとめんどくさい仕事から解放され、比較的仕事の少ない日本でのんきな暮らしをしている『菊』さんは暇を持て余しているのか私に度々ちょっかいを掛けてくる。
やれここは駄目だの、やれ海外マフィアは皆殺しにしていいだの、バレなければ基本何をしてもいいだの…
この人ホントに女性の権利のために戦う義賊か?と疑いたくなるような事を何度もしてくるんだ。
めんどくさいことこの上ない。
そのくせ普通に強いし本気出されたら手も足も出ないし仕事も私より速いし。
私の代わりにアンタが海外支部やれと何度も喧嘩し、何度も咲島さんに抗議していたがそこは咲島さんも日本人。
年功序列だのなんだの言って、なんだかんだはぐらかされる。
その上『菊』は口喧嘩が強くてよく回る二枚舌のクソ野郎だから咲島さんも言いくるめられて話にならない。
そんなやり取りがもう十年以上続いているので、半ば私もあきらめてる。
「そのうち咲島さんから雷が落ちるか、復活した神林さんが何とかしてくれると信じて、私はインドネシアに跳ぶよ」
「神林さん、ですか…私は面識はありませんけどどんな人なんですか?」
「人間としては咲島さんと同等――いや、咲島さんほど過激じゃない分、私の知り合いの中ではこの界隈で一番まともな人だよ。…ただし、怒られると咲島さんが『それくらいにしたら?』って言いだすほど怖い」
「まともな人って事は分かりました。神林さんが『菊』の性根を叩き直してくれるといいのですが…」
「『紫陽花』姉さんにあれだけしごかれて普通に態度を改めないアレが直るとは思えないけどね」
この副官も私と一緒に『菊』に振り回された過去があるからいい印象を持ってない。
そんな副官に憐れむ目を向けられながら、私はブラジルを出発した。
「ここがターゲットが潜んでいるホテルか…」
インドネシアのとある都市、そこの繁華街にやってきた私は現地の担当者と情報屋の情報をもとにターゲットの位置を割り出す。
通常『花冠』裏社会での悪名が高すぎてどの国でも情報屋なんか当てにならないか、総スカンを食らうのが普通なんだけど…インドネシアは『菊』が海外支部担当だった際にほぼ制圧されており、『花冠』の手となり足となる事で許された者たちが今でも残っている。
故に、ここの情報屋は当てにできる。
情報通りホテルに入って最上階まで行くと、スタスタと気配をたどってとある部屋にたどり着く。
色ボケジジイは覚醒者のようで、こんな一般人しかいない場所ではすぐにその気配を掴めた。
一応監視カメラを破壊すると、ドアを蹴り破って中に入る。
「な、なんだお前は!?」
いきなり私が入ってきて、色ボケジジイは大混乱。
せっかくだし、冥途の土産に自己紹介でもしておこう。
「ご機嫌麗しゅう。私は『花冠』大幹部、海外支部総統括の『向日葵』よ。冥途の土産にでもどうぞ」
「は、『花冠』だと!?」
私の正体を知ったジジイは顔面蒼白。
これから自分の身に降りかかるであろう受難を前に心があっという間に折れていしまったのか、すでに失禁してる。
こんな汚ねぇジジイを拷問する気もないので、サクッと殺して終わり。
遺体は回収すると、ホテルのオーナーを脅して大事にしないよう釘打ちをして空港に戻ろうと帰りのチケットを予約しかけていると――
「げっ!?」
『菊』から電話が掛かってきた。
嫌々電話に出ると、珍しくまじめな口調で話す『菊』の声が聞こえた。
『主君から仕事を伝言を預かってる。“アメリカの麻薬密売組織ピンクベアを潰せ”とね』
「なにそれ?」
咲島さん直々の依頼か…しかもピンクベアって、かなりでかい組織じゃなかったっけ?
「たかが麻薬密売の組織が、なんで咲島さんの怒りに触れてるわけ?」
『ここ最近で日本に最も麻薬を持ち込んでるのがピンクベアだからだよ。中南米の組織は君に恐れをなして日本では活動してない』
「だからアメリカの大組織がチャンスとばかりに動いたと…んで、理由までは興味ないけど何らかの原因で咲島さんの怒りを買い、私に討伐依頼が来たわけか……人員や予算はそっち持ちだよね?」
『何バカなことを…もちろん海外支部の仕事。まあ一応かなりの大ごとだし、主君に掛け合っておくよ。可愛らしくて使い勝手のいい後輩のためにね?』
「黙れオカマ」
『はいはい生意気生意気』
……はぁ。
まーた面倒な話が舞い込んできたなぁ…
アメリカはマフィアも面倒だし、なによりFBIやCIAが邪魔してくるのがめんどくさい。
私達は基本的に反社しか狙わないから国からの妨害ってあんまり受けない。
例外的に、反社以外を狙った国ではそうもいかないけど。
でもアメリカは違う。
しっかり私達の事妨害してくるし、FBIやCIAの両方に日本から引き抜かれた覚醒者が少数ながらいる。
しかも地味に強いから、適当に人員を置くと始末されかねない。
私達の何が気に食わないのか知らないけど、面倒な仕事である事は確か。
「…一旦帰国して咲島さんと直接交渉するか」
私は電話で副官ちゃんに日本へ行ってからアメリカへ行くことを伝えると、チケットの予約を最初からやり直し、日本へと飛び立った。
「―――と言うわけで、今海外支部には人も金もないんです。こっちから人員を出してもらえたら…」
「そうね。各支部に問い合わせて見るわ。『菊』も似たようなことを言ってたし」
『花冠』の本部で咲島さんと直接交渉した結果、咲島さんは前向きに検討してくれるらしい。
咲島さんからの指令となれば、各支部も無視はできない。
これで少しは楽に出来そうだ。
一安心し、せっかく日本に来たんだから寿司でも食べていこうかな?なんて考えていると。
「よっ!何処行くの?」
「うわ出た」
「酷いね。せっかく主君に口添えしてあげたのに」
「それは感謝してる……それを理由に奢れとか言わないよね?」
『菊』が建物前で待機していて、私のことを出待ちしていた。
こういう時の彼女のしてほしいことは大体分かる。
どうせ奢れとか言ってくるに違いない。
旅費で給料のほとんどを使っている私にはかなり痛い出費。
憂鬱に感じていると…
「可愛い後輩にご飯でも食べさせてあげようと思ってね?あと、こっちは少し余裕があるから少しだけアメリカについていこうと思って」
「……正気?どこか具合が悪い?」
「……せっかく2人分のファーストクラスの席を予約してたんだけど―――」
「ありがとう!是非これからもよろしくお願いします!!」
「フッ…それでいいのよ、それで」
どうやらご飯も旅費も『菊』が持ってくれるらしい。
その好意に甘えて高い寿司屋に行くと、『菊』が仕事の話をし始めた。
「実のところ、私達が動こうとしてるのは既にバレてるのよ」
「バレてる、か…」
だとしたら何かしら対策されていてもおかしくない。
組織壊滅には手間取るかもね。
しかし、私の思考を読み取ったように『菊』は首を縦に振る。
「ピンクベア相手じゃない。私達を今警戒している組織はFBIとCIAだ」
「…で?それがなにか?」
「入国できない可能性があるからね。空港に着いたら私の『虚構』で姿を隠す」
なるほどね。
入国審査の段階で何かしらいちゃもんつけられて入れない可能性があると。
『菊』がついてくる理由は、検査をすり抜ける為か…
…でも、それだと辻褄が合わない。
「なぜ連中がそこまで警戒するの?もちろん私達が脅威であることに変わりはないだろうけどさ」
「……ここからが本番なのよ」
そう言って、『菊』はマグロの赤身を食べながら《偽装》を発動し、音を遮断した。
「異様に私達を警戒する。その意はつまり…アメリカは何か隠している。しかし、かなりの重要機密らしく、うまく情報が得られていない」
「……なるほどね。今回の仕事、咲島さんの裏に国がいる訳か…」
「そういう事。ピンクベアは建前。本当の目的はアメリカに潜入して連中が血眼になって隠している秘密を暴く事が目的なのよ」
いわゆるスパイミッションってやつだ。
しかも、あのアメリカの最高機密を暴くと言う重要な仕事。
一筋縄ではいかないだろうし、かなり手応えのある仕事になりそうだ。
「資金についても、既にあの2人の協力を取り付けてる。人員も潜入が得意な構成員を何人も引っ張ってくるつもり。久しぶりの大仕事になりそうね」
「正直自分の仕事をしたい所だけど…まあ、中々楽しそうかな〜」
害虫駆除がまだまだ残ってる。
でも、クソみたいに時間のかかる仕事を続けるには息抜きも必要か。
超大国アメリカ。
そんな国が隠す秘密とはなんなのか、是非暴いてやろうじゃないか。
この私がね!!
――――――――――――――――――――
少し早いですが、後日談も次のお話を持って一段落としようと思います。
次回もお楽しみください。
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