後日談 1人で過ごした15年 その3

13時過ぎ。

お昼ご飯を食べ終わり、特にすることはないけれど、満腹でなにかする気にもなれないこの時間。

私は神林さんと一緒にフカフカの絨毯の上で寝転がっていると、ふと何か気になることがあったらしい神林さんが話しかけてきた。


「そう言えば、蝶の神って今何してるの?」


蝶の神について、か…

まあ、あんまり良い話は聞かないかな。


「あの邪神ですか?……まあ、碌でもない事の準備をしてますよ」

「碌でもない事って…またあんなのに巻き込まれるの?」

「どうでしょうね。こっちから関わりに行かない限り、巻き込まれないと思いますけど」


あの邪神がやろうとしていることを考えると、こちらから首を突っ込まない限り巻き込まれることは早々ないだろう。

それに、仮に巻き込まれるとしても、一体いつの話になるのか分からないし。


「碌でもない事、かぁ…具体的にはどんなこと?」

「そうですね…じゃあ、これを話すにあたって私と邪神の戦いについても話したほうがいいかもしれませんね」

「え?かずちゃん、蝶の神と戦ったの?」

「ええ。そのお話から始めましょうか」


絨毯の上で仰向けになりながら、過去の事を思い出す。

あれはそう…神林さんが死んで半年。

私が最も蝶の神を恨んでいた時期だったね。




          ◇◇◇




「ええ?蝶の神を殺す?」

「私はアイツを許さない…」

「そうは言っても…そんな事出来るの?」

「できるできないじゃない。やるんだよ」


蝶の神を殺す。

その決心をしたのは昨日の晩の事だ。

生きがいも理由もなく、ただ時間を無駄に消費していた私に突然湧いてきた奴への怒り。

すぐにその怒りは空っぽになった私を満たし、猛烈な殺意に駆られた。


「神殿に連れて行って。あのクソ邪神を殺す」

「とは言っても、今のあなたは蝶の神に本来の力を9割封印されてるじゃない」

「そんなのどうだっていい!私はアイツを殺す!!」

「……はぁ。言っても聞かなそうね」


私は蝶の神が居座る神殿に行く方法をよく知らない。

1回行ったきりで、それ以来一度も正攻法で行ったことがないから分からない。

だから、行き方をよく知っている咲島さんを頼る事にした。


咲島さんの案内でダンジョンへ潜り、蝶の神の居る神殿へと転移することに成功。

あとはヤツを殺すだけだ。


「私は帰る。まだ仕事が山のように残ってるんだから」

「分かった。案内ありがとう」


咲島さんは仕事が山のように残っている社畜なので先に帰ってしまった。

でも、それで良い。

正直咲島さんがいても邪魔なだけ。

私一人で十分だ。


『その通り。君一人で十分だよ』

「姿を現せ、クソ邪神」


私がそう言うと、眩い光が神殿から放たれ、私の視界を潰す。

思わず目を瞑ってしまうと、何故か爽やかな風が吹いてきて、微かに草の香りがする。


やがて光が収まり視界が戻ると…そこは何処までも続く平原が広がっていた。


『君からの指名をもらえて嬉しいよ。さて、じゃあ遊んであげる』

「………」

『おや?だんまりかな?まあ、別に楽しくお喋りをする為に来たわけじゃないし、かまわないけどね』


そう言って、虚空から武器を取り出し構える蝶の神。

あれは…鞭みたいなものかな?


棘が大量についた鞭のような武器。

当たれば怪我は必至。

気を付けないと…


『ああ、そうそう。言い忘れてたけど、私にとってこのお遊戯は君が自分で自分の力を制御できるようになるための実践訓練の場でもある。君にとっては復讐―――まあ、八つ当たりもいいところだけど、そんなものだろう?』

「だからなに?」

『君の本来の力を完全に使えるようにしてあげる。そして、私の補助も付けよう。さあ、強欲の魔神の力を見せ、私を楽しませるんだ』


指を鳴らす蝶の神。

するとこれまで抑えられていた力が解き放たれ、一気になんでもできるような全能感で満たされる。

これなら…こいつを殺せる!


「壊れろ!!」


手始めに100%使えるようになった『狂乱』で、全てを狂わせる破壊玉を作り出す。

そして、それを落雷を上回る速度で射出する。


『小手調べなら付き合ってあげるよ。ただし、3回まで』


しかし、蝶の神は私の破壊玉を容易に無力化してみせた。

物理も能力も魔力も。

全部が触れればその効果を狂わされ、破壊される破壊玉を、弾くとか強引に破壊するのではなく、無力化したんだ。


曲芸…自分がいかに余裕かを見せつける為の戯れか。

いちいち癪に触る…


「あっそ。ならあと2回、無防備なお前を攻撃する!」


タケルカミを吸収して得た能力、武器創造。

『狂乱』の力をこれでもかと詰めた禍々しい刀。

そこに更に『狂乱』を重ね掛けし、『強欲』の効果も上乗せする。


『混沌による防御貫通に、仮に防がれたとしても強欲を使った能力、魔力、特性の吸収で守りを突破。抜かりないね』

「そりゃどうも」


一発で私の狙いを看破された。

そして、無駄に複雑な能力を発動して全身を防御している。


『これで君の攻撃は効かない。さあ、2回目の攻撃、してみなよ』

「その余裕の顔を曇らせる」


私は通常とは異なる構えをとると、魔力を足に集中して狙いを定める。


『突進とその勢いを利用した刺突。防御を突破するならそれが一番手っ取り早い』


蝶の神は余裕の表情だ。

……まあ、半透明の布で顔が隠されてるから見えないけど…それを透過して分かるくらい趣味の悪い表情してる事が理解できる。


「死ねッ!!」


全力で突進する。

その速度は一般人が見れば次の瞬間には全てが終わったあとのような速さ。

そんな超高速で突進したにも関わらず…


『うん、まあこんなものだね』


蝶の神は全く動じること無く私の刺突を額で受け止めていた。


「あと1回、か…」

『そうだよ。有効活用してね〜』


精一杯まだ余裕がある顔と態度を取る。

…正直、アレを止められて勝てるイメージが湧かない。

勝機があるとすれば、私がこの能力をもっと扱えるようになれば。

今の私は蝶の神の補助で能力の制限がなくなっているだけ。

使えるのと扱えるのは違う。


もっと、この力をうまく扱う。

……駄目だ、そんな方法たった今使えるようになったばかりの私には分からない。


「………」

『さあ、次はどう攻撃する?』


黙っていると、蝶の神が分かりやすく煽ってくる。

…さっきも言っていた通り、蝶の神にとってこの時間は私が能力を自力で使えるようになるための訓練の時間。

最初は使えなくて当たり前。

元々、扱えないことが危険だから封印されていた力。

使えないことが分かりきっている蝶の神は余裕だ。


…だからこそ、この憎たらしい顔をゆがませてやりたい。


「攻撃するまで待ってくれるんだよね?」

『もちろん』

「じゃあ攻撃までに数時間かかっても?」

『私がそれを一つの技だと認識すれば認めてあげよう。できるかな?』


よし、言質は取った。

あとは、このクソ邪神にどうやって技だと認識させるかだけど…

とりあえず、技にめっちゃ溜め時間が掛かるって事にしよう。


私は、持てる全ての魔力を使い、破壊玉を作り出す。

今の私は《神威纏》を発動した時よりも大量の魔力を持っている。

それを全て使うだなんて…正直、それだけで30分くらいは掛かる。

でも、私が使うのはそれだけじゃない。


(強欲でダンジョンの魔力を吸い上げる。ダンジョンの力は蝶の神の力そのもの。もしかしたら弱体化を狙えるかも知れない。……それに、弱体化しなくたって破壊玉の威力を上げられる!)


『強欲』を使い、大量の魔力をダンジョンから吸い上げる。

一度に制御しきれるギリギリの量の魔力が、水門を開放したダムのような勢いで私に流れ込んできて、私は少し狼狽えた。

しかし、感覚からしてダンジョンの魔力はまだまだある。

それこそ本当にダムみたいだ。


『能力の完成度や技術では敵わない――質で勝負するのは不利と判断して、オーラの量で勝負しにきたか…まあ、私がここから動かないこと前提の作戦ではあるけど、悪くないね』


私の狙いを看破した蝶の神は余裕の表情でその場で仁王立ちする。


『良いとも。何十時間でも何百時間でも待ってあげよう。ただし、少しでも甘えたらその破壊玉ごと君を消して、人間界に叩き返す。いいね?』

「望むところだよ…」


甘えるな……つまりは、純粋な物量に逃げるなって事。

私一人で、ダムの水を完璧に制御してみせろと…


……やってやろうじゃない!


私は増え続ける魔力が少しも漏れ出さないように、全て丁寧に制御する。

量が量なだけにその難易度は桁違い。

思考の大半を魔力の制御に割かないとすぐに何処からか漏れてしまう。


その上、ただ制御するだけでなく増え続ける魔力もその制御に加えなきゃいけない。

時間の経過と共にどんどん難易度は上がっていく。

……でも、止めるわけにはいかない。


甘えるな。

それが物量に逃げるなと言う意味だけでなく、一度も止まるなと言う意味も含むなら、私はこの吸収を止めるわけにはいかない。


「ふぅ……ふぅ……」


深く呼吸をして脳に酸素を送り込む。

頭を働かせるにはやっぱり酸素が重要だ。

あとは糖質。

…まあこれは普段から食べて貯蓄した分でなんとかしてもらおう。


魔力制御ダイエットか…アリだね。


『いやナシでしょ。できる人が限られ過ぎるし、それができる人は大して太ってない』

「名案だと思ったのに…」

『迷案の間違いないじゃなくて?』


蝶の神ツッコミを入れられながら、その中でも必死に頭を回して魔力を漏らさないように維持し続ける。


すると次第に慣れてきて、一度に操れる魔力のキャパが上がっていくのが実感として理解できた。

それと同時に強欲の魔力を吸収する力も強くなり、増えたキャパが一瞬で満たされる。

その繰り返しで、私は破壊玉を作り始めた直後と今では大きく魔力制御の連度が向上した。


『もういいんじゃない?それ以上は君が壊れる』

「………分かった」


そして、破壊玉を作り始めて大体2時間くらい。

蝶の神からストップが掛けられ、私も自分に限界を感じ始めていたので強欲を止める。

強欲が止まった事でできたキャパを使って破壊玉の最終調整を行う。

溜まった魔力を練り上げて、その密度を高めるんだ。

何だって、圧力をかけられそれから解放された瞬間が一番エネルギーを強く放出する。

限界まで密度を上げると、直径1キロメートル以上ありそうだった破壊玉は、最終的にサッカーボールサイズまで小さくなった。


「はぁ…はぁ……いくぞ」

『うん。ドーン!とやりなよ。御島一葉』


破壊玉を正面で構えると、蝶の神に打ち出す。

その速度は、魔力を制御する為にかなりゆっくりだ。

どのくらいゆっくりかと言うと、住宅街を走る車くらいゆっくり。


…まあ、人間の全力疾走くらい速さはある。

でも私達からすれば止まっているに等しい程ゆっくりな破壊玉が蝶の神の目の前まで近付き……


「やれ」


内側から破壊玉を刺激しその圧を解いた瞬間、全てを狂わせる狂乱の力が放たれ、蝶の神と私を巻き込む。

私の技だから私にはダメージは無いけど、ひやひやする。

それに、巻き込まれたせいで前が狂乱の光しか見えない事もあって見えないし、強大な魔力の中に居るから探知もできない。

狂乱の大爆破が収まるまで耐えると、広がった景色は私の想像を絶するほどのだった。


「見渡す限り何もない…これ、一体何キロ破壊したの?」


さっきまで草原であったそこは完全に破壊され、巨大なクレーター…それも、巨大すぎてどこまで穴が開いているのか認識できないほどのクレーターが出来上がっていた。


「蝶の神は…気配を感じ取れない…?」


これだけの破壊力。

それもただの魔力爆発ではなく、狂乱の力による破壊。

流石の蝶の神でも死んだ?


……いや、それはないね。

現に私は問題なく狂乱と強欲を制御できてる。

蝶の神の力がないと私はこれを制御できない。

つまりは…


『流石にその火力をあの劣化分身で受けるのは無理があったか』

「蝶の神…しかも劣化分身って事は…」

『その通り。めっちゃ頑張って、奇跡が起これば君でも勝てなくはない程度の劣化分身。ろくに力を扱えず、その上神格になって半年しか経たない魔神ごときが、こんな大掛かりな異空間を作れる神に勝てると思ってる訳?』

「………」


蝶の神は死んでいないし、私がここまでやって倒せたのは劣化分身。

今の私では、どうあがいても蝶の神には勝てないことが分かった。


『最低でも私の支援を全く受けずすべての力を扱えるようにならないと無理だよ。諦めな』

「………クソッ!」

『嘆く事は無いよ。どうせ君には時間があるんだし、君が三割程度の力を取り戻した頃には神林紫は復活する』

「それは…本当なの?」

『ああ。彼女はカミに至った。その魂はこちら側で預かっている。時間をかけて肉体が再構成され、じきに復活するだろう。いつかは興味ないから知らないけど』


蝶の神には勝てない。

でも、蝶の神の口から神林さんが復活するという話は効けた。

それなら…希望はある。


『せいぜい自分の力を磨くことだね。今度こそ、大切な人を失わないように』

「……何か含みのある言い方。まだ何かする気?」

『さあね?まっ、しばらくはこの世界を見守るだけだよ。今は下準備の時期だ』

「そのしばらくって?」

『何十年か、何百年か、はたまた千年以上か……この星の人間が一度破滅するまでだよ。私に余計なことをしてほしくないのなら、一年一日でも多く人類を存続させることだ。言っておくけど、人類の破滅の基準はそこかしこに廃墟の町が出来上がったり、この星があまりにも居住に向かなくなったりして、最早人類の未来は暗い、なんてことになる時期の事だよ』


希望はあるけど、同時に絶望も見せられた。

人類の破滅…すべてが終わった後、蝶の神はこの世界を作り直すつもりか。

そしてその時、神林さんや私が生き残れる保証はないと…


『私は君が強くなることに関しては大歓迎だ。神格は大いにい越した事は無い』

「…どういうこと?」

『こっちの話だよ。今はそれほど気にしなくていい。暇な時にでも聞きに来な。私はしばらく暇だから』


そう言って、空間が揺らいで気が付けば家のベットで寝転がっていた。

また力は制限され、出来ることは減った。

…でも、それまでより狂乱の力が使えるようになっている気がする。

狂乱は強欲に比べると扱いやすい方。

まずはこの狂乱を使えるようになろう。

その後に強欲を掌握し、そして蝶の神を倒す。

方針は決まった。


「なら、行動あるのみでしょ」


私はベッドから起き上がるとダンジョンへ向かう。

今更レベルアップできるとは思えないけど、力を使う練習場としては悪くない。

それに蝶の神はさっき暇って言ってたし、とことん暴れて仕事を増やしてやる。

私からの嫌がらせだ。

覚悟しろ蝶の神。






          ◇◇◇







「―――とまあ、こんな感じの事があっていまだに奴には勝ててなんです」

「下準備って、一体何してるのかな?」

「さあ?蝶の神くらいの超越者なら崩壊した世界を新しく作り直すことくらいできるんでしょう。ただ、直接滅ぼすのは面白くないから、人類が勝手いに滅びるのを待ってるって感じだと思ういますね」

「人類が滅びる、か…核戦争とか?」

「それもあるでしょうけど、一番の要因は経済の成長のし過ぎとかじゃないかなと思ってます」

「また難しい話が出てきた」


経済の崩壊。

いや、人類の開発のし過ぎによる地球環境の崩壊というべきかな?


「最近、やたらと覚醒者が生まれる可能性が増えている。その上実はまだ話してなかったですけど、ダンジョンが新たに出現したんです」

「ええっ!?」

「場所は沖縄と佐渡島の二ヵ所。覚醒者の増加に伴ってダンジョンが新たに作られたんでしょう。そのおかげでまた日本のダンジョン産業は大儲け。魔石の産出量も増えましたし、世界的にエネルギーが安くなってます。その結果、工場や会社なんかがいくつも作られ、世界経済が活性化。それと同じく環境破壊も進みましたね」

「そうか…環境破壊による異常気象。それで人類が滅びる可能性があるんだね」

「直接の原因にならずとも、環境が壊れた地球で少しでもいい土地を求めて戦争なんかが起こり、それで滅びるなんてことも考えられますし、どうなることやら…」


…まあ、少なくともそれは早くとも数十年後の話。

それに、人類が滅びようとも私達は生き残る。

そして、蝶の神の話を聞く限り新たに作り直された世界において私は何らかの役割がある。

なら、死ぬ事は無いだろう。


何も心配する事は無い。

私には、神林さんがいればそれでいいんだから。

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