後日談 1人で過ごした15年 その2
「ただいま〜!」
「おかえりなさい神林さん。何かいいものはありました?」
「何もかもが新鮮だからね。楽しめたよ」
1人で買い物に行った神林さんが笑顔で帰ってきた。
今の神林さんは浦島太郎状態だから、見るもの全てが目新しい。
私達にとっては普通のものが、神林さんにとっては未来の品物だ。
買ってきたものを机の上に広げて自慢する神林さん。
まるで新しい知識を仕入れた子供のように、私のよく見知ったモノを見せびらかしてくる神林さんを温かい目で見守っていると、ふと何かを思い出したかのように私の方を見てくる。
「そう言えば、『花』関連のブランドが沢山あったんだけど、そんなに成長したの?」
「ああ、『花』の成長ですか?確かに『花』系列の組織はここ15年で十数倍規模まで成長しましたね」
『花』系列。
いわゆる咲島さんがトップを務める組織の総称で、私が魔石の売却なんかでお世話になってる冒険者クラン『花園』や世界最強の暗殺組織である『花冠』、あと最近なんかだと毎年成長して業績を上げている金融機関『
「これから咲島さんや『花』にはお世話になることも多いでしょうし、少し昔話でもしましょうか」
「だね〜。どうせならソファーで聴かせて?かずちゃんを抱きしめながら聞きたい」
「良いですよ。沢山イチャイチャしながら話を聞いてください」
私達はソファーに移動すると、神林さんは普通に座り、私は向かい合うように膝の上に腰掛ける。
そして、そこで昔話を始めた。
◇◇◇
10年前 東京
あの戦いから5年。
スベルカミやマガツカミによって破壊された東京は、一度多くの建物を更地にし、新たに近未来都市を建設すると言う計画が政府や大企業、大規模クランの協力の元、計画されていた。
計画こそ破壊された東京をより良い近未来都市に作り変えようという素晴らしいものだけど、現実はそんなにいいものじゃない。
東京と言う日本の首都にして、いくらでも金が湧き出す源泉に自分の影響力を伸ばせるかと言う企業やクランの開発競争と、その競争に上手く介入して利益を得ようとする政治家の思惑が複雑に絡み合ったもの。
そこに海外の企業も進出してくるのだから、計画は政府が定めたものに沿っているものの、混沌を極めていた。
そんな開発競争も、5年も経てばある程度落ち着くもので、私は新たに建築された咲島さん率いる『花』系列の力を象徴する今日本で一番高いビル、『トールレディ』に来ていた。
「こうして会って話すのは何年ぶりかしらねぇ〜?」
「さあ?あの時悪魔から助けてもらった時以来くらいだと思うよ。で?今も仕事に追われてるの?」
「いいえ。あの時に比べればかなり落ち着いたわ〜。もう週に一度は休むくらいの余裕はあるわよ〜」
独特の甘ったるい若作りをしている声。
『花冠』関東支部を支配する大幹部、『紫陽花』だ。
何気に2人だけで話すのは初めてかも知れない。
「それで、どうなの?最近の調子は」
「順調そのものね〜。や〜っと面倒な海外マフィア共を掃討し、無駄に実力のあるヤクザを根絶やしにする事に成功したもの」
「それは良かったね。海外の企業についてはどうなの?」
「あれねぇ〜…あればっかりは力でねじ伏せるのが難しいのよねぇ〜……一応、なんとかして利権を取り戻せないか色々やってはいるわ」
裏社会の問題児は掃討したらしい『花冠』。
しかし、表の問題児、いわゆる一度崩れた東京の利権を狙う海外の企業の進出に対する対抗。
もちろん東京の土地のほとんどを抑えるのは日本の企業だ。
しかし、いくらかの一等地を海外資本に抑えられ、『花』の開発がうまく行かない事も多々あるらしい。
「当面は私は何も出来ないわねぇ〜。新人の手腕を信じたいところではあるけど…まあ、まだ出来て2、3年の支部。無茶を言うつもりはないわよ」
「無茶を言わない、ね…各支部から海外の暗殺リストを送られて相当な激務だって聞くけど?」
「そりゃそうでしょ?当面の『花』全体の目標は勢力拡大。邪魔になりそうな会社の人間を暴力で消して、開発を進めたいんだもの」
新大幹部『向日葵』が運営する『花冠』海外支部。
その主な目的は海外に逃げた暗殺リストの人間の始末や、海外からのマフィアなどの侵入を防ぐことだけど…それに加えて要人暗殺の依頼が山のように殺到しているらしい。
しかもその規模はかなり大きく、日本に進出を考える国のトップが何者かに暗殺されかけ、瀕死になると言う事件も起こるほど。
流石の『花冠』でも国外のこととなると隠蔽が追いつかないらしく、大々的に世界中でその話が報道され、かなり動きづらくなったみたい。
「つい最近だと某有名チェーン店のCEOを暗殺する事に成功したみたいだし…着々と成果を上げてるわよ〜」
「そんな騒動があったものだからどうなるものかと思ってその店に行ってみたけど、普通に営業してたよ?」
「まあ、頭が死んだところで末端にはそれほど関係ないわよ〜」
それでも、国内外問わず『花冠』は大暴れだ。
トップの暗殺が失敗した国での活動はかなり鈍っているけれど、世界に名だたる大企業の要人が次々と暗殺されていく。
表向きには事故死ということになっていても、実は『花冠』によって暗殺されていると言うパターンは多く、特に資産家が狙われる事が多い。
「アレに暗殺された資産家の遺族が遺産をどうするかでめちゃくちゃ揉めてるのはよく聞くけど…」
「どこの国のどんな人間でもそう言うものよ」
「それにそんなに殺して回ってたら『花冠』の在り方を見失わない?」
「問題ないわ。一般人を狙う時は過去に女性に何かしたか、女性を不当に扱ったみたいな理由が無いといけない決まりがある。狙われた人には、必ず私達の大義名分になる何かがある」
『花冠』に狙われる理由、か…
そう言う資産家は大抵会社を持ってるし、そこで女性を不当に扱ったとかなんとか言えばいい。
…それを大義とか言い出すのが『花冠』と言う組織なのである。
「『花』系列の組織はどんどん拡張出来てるのに、まだ足りないなんて…何処まで大きくなるつもりなの?」
「ん〜…世界一の企業になって、世界中の女性が平等に幸せに暮らせるようになるまで?」
「ちなみにその世界での男の扱いってなに?」
「家畜とか?」
「駄目だこの組織…」
女性のためならなんでもやり、その願いが叶えば男性はただ虐げられる存在となる組織。
私は女だからいいけど、仮に男だったらと思うと…恐ろしい。
「……で?話はそれじゃないでしょ?私を呼び出した理由、何かあるんだよね?」
「もちろんよ〜。単刀直入に言うと、お金が欲しい。その為にあなたの資産を分けてもらいたいの」
「『貸して欲しい』と言わないあたり、咲島さんの指示っぽいね。もちろん構わないけど…一応聞くと何か私にも得があったり?」
私からお金を分けてもらいたいと言う『紫陽花』。
貸すのではなく譲る、だ。
そんな事を言うのは咲島さんくらいだから、私のことを資金調達の道具としか見てなさそうだね。今回に関しては。
とは言っても、昔の好や恩を返すとかの意味を持って渡すなんて事はしない。
何かしらこちらにもメリットが無いと譲ってあげないよ。
…そもそも貸し借りですらない時点でおかしいんだから。
「もちろんメリットはあるわ。コレを見てほしいの」
そう言って『紫陽花』が差し出してきたのは一冊の高層マンションのパンフレット。
最初の数ページを捲り、私は溜息をつく。
「巨大商業施設を併設した地上100階建ての超高層タワーマンション…?一体何千億、いや、何兆使うつもり?」
渡されたパンフレットは『花』を中心として、様々な企業が協力して構想を練り、資金を出し合って造る予定の超高層マンション。
しかも100階建てか…絵本を思い出すなぁ…
「これが完成すれば破壊されて失われたスカイツリーや、
東京タワー、ね…
本当、なぜ破壊されたのやら…
私は知らないなぁ〜…
知らなかったなぁー。
きっと何処かの誰かがとんでもない斬撃を町中でぶっ放したせいで周囲のビルごと斬られたんだろうなぁー。
なんて酷い奴なんだろうなぁー。
「……仮に投資するとして、私にメリットがあるのかって話と……こんなの現実的に考えて造れるの?」
地上100階建てのタワーマンション。
上に行くにつれ細くなる形式で下部を分厚くして安定性を保とうとしているとはいえ…こんなバカみたいな建築を果たして本当に造れるのか…
そこが疑問だ。
「問題ないわ。パンフレットをよく見て?」
「………」
促されパンフレットを最後まで読むと、私はパンフレットを机に投げ捨てて大きな溜息をつく。
「ミスリル、オリハルコンと言った魔法金属を鉄骨に使い、ダンジョンで取れる石材などを利用したコンクリートで建てる。その上最近実用化された物体への付与魔法を使ってまで強度を上げて建設するとか…バカなんじゃないの?総工費いくら?」
「どれだけ安く作ろうとしても億という単位では収まりきらないわね」
ただでさえ高価なミスリルやオリハルコンを使っている上に、耐久性を考えるために、ダンジョン由来の強度が高い材料を使うと言う圧倒的な無駄遣い。
その上強度を上げるための付与魔法まで使って更に金を消費し、それを維持するためには大量の魔力が必要なので維持費も馬鹿みたいに掛かる。
到底数千億では収まりきらないし、維持費のことを考えると収支が割に合わない。
「私は反対だよ。こんなの現実的じゃない」
「無理に投資しろとは言わないわ。ただ…どうせ全く使わないのに無駄に蓄えてるもの、あるよね?」
「……『フェニクス』の余りをよこせと?」
『強欲』によって引き寄せられた豪運の恩恵で、私は最上級ポーションが上級ポーションくらいの感覚で出てくる。
その結果、今現在『フェニクス』が13本余ってる。
それだけ余ってるなら、もう4000億なんて馬鹿みたいな額では取引されないだろうけど…それでも数百億から千億くらいの価値はあるはず。
それを建設費の足しにするからよこせと…
「…まあ、譲っても構わないよ。私にとってはほぼ無価値なポーションだし」
「最上級ポーションとしての効果を期待するなら『フェニクス』である必要はないからね〜。ぜひ全部いただきたいんだけど〜…」
「ちなみに何がもらえるの?」
「最上階のフロア全体」
「……マジ?」
「うん。1室とかじゃなくて、フロアそのものをあなたの家にする予定よ」
最上階を全部…?
あのパンフレットを見る限り、フロア全体を貰えるとなると、仙台の神林さんの家よりも広くなるんだけど…
そんなに使わないかなぁ…神林さんが帰ってきたとしても…
「…まあ、貰えるなら貰おうかな?『フェニクス』の価値を考えればぼったくりも良いところだけど…売るのも面倒くさくて売るつもりなかったし、実質タダで貰えるようなもの。はい、これで全部だよ」
「『フェニクス』が13本…?ハハハ……裏ルートで高く売らせてもらうよ」
「よろしくね」
ポンと『フェニクス』を13本置くと、信じられないという顔をされた。
いやいや、その顔をしたいのはこっちだよ?
多分、その『フェニクス』を全部売っても足りないんだから。
「この計画が上手くいくといいね」
「ええ。私もそう願ってる」
私はこの『フェニクス』が無駄にならないことを祈って、投資することにした。
そして始まった超高層マンションの建設。
建設が完了するまでの間に新たに発見した『フェニクス』も渡して一応投資はしていた。
そして、着工から5年。
規模を考えると異例の速度で建設が完了し、日本一高いタワーマンション『キョウチクトウ』が完成した。
◇◇◇
「へぇ〜?ここってそう言う経緯で住んでるんだね?」
「はい。まあ、使った額を考えればここから下5つのフロアを丸々買えるくらいですけど、家賃無しで住まわせてもらってるので良しとしてます」
「ふ〜ん…ちなみに部屋は埋まってるの?」
「そこなんですよ。こんなの絶対家賃が高くなるから埋まらないと思ったんですけど…部屋の持ち主を女性にすると安く借りられると言う価格設定の影響で、女性名義で――つまり、奥さんの名義で部屋を借りる人が多く、実はほとんど埋まってるんですよね」
「そうなんだ…どのくらい安くなるの?」
「3割から4割くらいです。まあ、何かあって夫婦が離婚することになった場合、その部屋の持ち主は奥さんなので、出ていくことになるのは旦那の方です。実に咲島さんらしい話だと思いません?」
「まあ、そうだね」
このタワーマンションは、思いの外多くの居住希望者が現れる事となり、その部屋のほとんどが埋まっている。
咲島さん率いる『花』が主となって作られた建物というだけあって、警備はガチガチ。
日本一安全なマンションとなっていて、『花冠』の暗殺者も控えているのでマンションの住人が女性襲った場合に関してもすぐに対処できる。
なんだったら処分もしやすいから、ここで働くのは楽な仕事らしい。
「観光地化と言う目的も、展望台のフロアがいくつもあるおかげで成功していますし、他に遮るものがないので東京タワーや東京スカイツリーの代わりも果たしています。そして地上5階までと地下の巨大商業施設からの収入もありますし、かなりの黒字を生み出してますよ」
「じゃあ建てるのに使ったお金を回収する目処はあるんだね?」
「はい。あと数年で取り返せるらしいので、そこから先はひたすら利益になり続けます」
なんだかんだこの『キョウチクトウ』は成功し、観光地として、商業施設として、住居として莫大な利益を生み出している。
…まあ、女性名義で契約するだけで都内の他のちょっと高いマンションと同じ値段で日本一のタワマンに住めるってのはかなり破格だ。
そもそもの収容人数も多いから数で収支を取れるし、住人は下の階の商業施設でお金を落とすから万々歳。
それに、巨大建築を作った組織として『花』の世界に売り出すと言う事にも成功し、『花園』に所属する冒険者が一気に増えた。
事業拡大と、それによる名前売りで冒険者の獲得。
そして、咲島さんの妥協による新組織の設立何も『花』が拡大した要因だろう。
「他に『花』を大きくした理由があるとすれば、『大森林』と言うクランが作られたことですかね」
「なにそれ?」
「咲島さんをトップとした、男性向けのクランですよ。待遇は良くないですけど、現状日本最強の咲島さんが運営するクランってだけで価値はありますからね。構成員がかなり多く、『花』の収入に大きく貢献してるんです」
「へぇ〜?」
……とまあ、咲島さんが運営するクランってだけなら本当は人は集まらない。
『大森林』がうまく行った理由は、『天秤』の死や『紅天狗』の加齢よる引退。
そして、私達の世代の頃に第一線で頑張っていた冒険者が軒並み歳で引退したのに対し、若手が育っていなかった事による冒険者という業界全体での不景気。
冒険者クランと言う業界そのものが弱まったのに対し、咲島さんはフェニクスによって不老。
衰えを知らない影響でバンバン質の良い魔石を売り出せる『花園』が他の冒険者クランが弱まる中、利益を一身に受けることができた。
…正確には私の成果を咲島さんの成果って事にして上乗せし、倍の量の魔石を売ることで利益を独占してた、だけど。
まあ、そんな難しい話をすると神林さんは頭がパンクするから、この話は少しずつ噛み砕きながら時間をかけてやろう。
「とまあ、『花』の繁栄はこんな感じですね」
「改めて見るといい眺めね…下々の平民を見下ろしてるって感じがするわ」
私の話を聞いて窓の外を見る神林さん。
私も窓に近付いて下界を見下ろすと、無駄に良い視力でスーツを着た人々が忙しなく行き交っているのが見えた。
もうすぐ梅雨になるから蒸し暑くなるってのに…ご苦労なことだね。
「労働者は毎日汗水流して働いてますが、私達はたまにダンジョンに潜るだけで頑張れば一般人の生涯年収くらいの額を稼げますからね。だからこうやって、昼間から盛っても余裕なんですね〜」
「昼間どころか丸一日…文字通り24時間盛ってるけどね?」
「体力は有り余ってますし、本当に『強欲』なのかってくらい性欲も強いので!」
「もしかしたら、私が『色欲』ってやつを持ってるのかもね〜」
「だとしたら最高のお似合いカップルですよ」
そう言って、神林さんの服を脱がせる。
私は私でいつでも神林さんとえっちができるように、紐を引くだけで裸になるような服を着てるからすぐに始められる。
常に空調が効いてて年中同じ気温になるように調整されてるのもこの部屋のいいところだ。
そして、どれだけ喘いでもその声は絶対に外には漏れない。
お金も有り余るほどあるし、働く理由がない私達は、今日もひたすら相手の体を求めて愛し合う。
たまに咲島さんの為にダンジョンに潜る以外は、私達は愛の巣で最高の人生を送るんだ。
こんな幸せな生活が、最低でもあと百年は続く。
そして100年後も続くだろう。
私の地位は、この世界に居る限り揺るがないのだから。
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