第239話 狂える神

「神林さん…?」


私の問いかけに神林さんは一言も発さない。

ふらふらとおぼつかない足取りでそばに寄り、その体に触れると―――その部分から体が崩れ、まるで煙へと変わるように体が少しずつ消え始めた。


その現象がなんなのか、私はよく知っている。

そして、どうしてそうなってしまったのかもよく分かる。


「そん、な……」


全身から力が抜け落ち、その場に膝から崩れ落ちた。

神林さんの身に起こった現象。

それは、モンスターが死んだ後に起こる肉体の消滅。

そして、神林さんはカミへと至ることで人間から神霊となっている。

つまりは……


『神林紫は死んだ。そして次はお前だ』


私がそれを認識することを拒んでいる所に、スベルカミが冷徹にそう言い放った。






信じたくなかった。

目を逸らしたかった。

でも、現実は無情で、私の絶望が和らぐ間もなく次の絶望が押し寄せる。

次は私?そんなはずない。

だって……きっとまた私は誰かに庇われて生き残り、そして誰かが死んでしまうから。


私は……弱いから。


私に力があればこんな事にはならなかった。

私がもっと強ければ、神林さんに庇われることはなかった。

…そう、力だ。


力が欲しい。

絶対的な力を。

誰にも守られる必要のない、圧倒的な力を。

もう何も失わない、奪わせない力を。


そのためなら私はなんだってしよう。

悪魔に魂を売ろうとも、人で無くなろうとも。

与えられないのならどんな相手からでも奪ってやる。

私は奪われる側の存在じゃない。

奪うんだ。


そう、奪う。


奪って、奪って、奪って、奪って、奪って、奪って、奪って


奪うんだ。


奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う奪う


何故?

そんなの決まっている。


力が欲しいから。


欲しいんだ。力が。


欲しい……欲しい……欲しい……


何かが壊れる音がした気がした。


そして、本当に力が湧き上がってくる。

でも……足りない。


足りない。足りない。足りない。足りない。足りない。


タリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイタリナイ


もっト…チカラ…ヲ






          ◇◇◇






『次はお前だ』


スベルカミがそう言って神林さんを殺した魔法と同じ魔法で次は一葉ちゃんの事を殺そうとする。

でも、そうはさせない。

『守れなかった』

そんな想い2度もしてたまるものか。

私の部下達と…一葉ちゃんは、私が守る。

今度こそ!!


そう意気込み、一歩踏み出した私の心を一撃で打ち砕く。

そんな、恐ろしい出来事が起こった。


『っ!?なんだそれは!!?』


一葉ちゃんの体から禍々しい……いや、そんな生ぬるい陳腐な言葉では表しきれない、まるで…地獄の底の底の底の奈落の更に底に鎮座する、神すら恐怖で震え上がるような恐ろしいバケモノの気配。

それが、一葉の体から溢れ出している。


「『チカラ…チカラ…』」


一葉の口から、一葉の声とそうでない別の何者かの声が重なって聞こえる。

その声は…聞いただけで恐怖で足が竦むような恐ろしいモノに聞こえる。


恐怖で動けずにいると、一葉はタケルカミの宿った刀を見つめ始めた。


「『カタナ…』」


そう、一言呟く。


次の瞬間、一葉の体から大量の真っ黒な腕が現れ、一直線に刀へと向かって伸びる。

真っ黒な腕は刀を握りしめると、その刀が持つ力…タケルカミの力を吸収し始めた。


バチバチと雷鳴が鳴り響き、タケルカミが抵抗していることが分かる。

しかし、抵抗すればするほど腕の数が増え、その吸収スピードが上がる。

私も、スベルカミも、その光景に唖然として一歩も動け無かった。

やがて力を吸い付くし、それどころか刀そのものまで吸収した一葉。

タケルカミを吸い尽くした後のその目は、スベルカミへ向けられた。


『くっ!使うほかあるまい…!!』


スベルカミは全力で後ろに飛んで距離を取ると、何かの魔法陣を作り出す。

そして、その魔法陣から光の柱が立ち昇り、空に大穴が開いた。

そこから現れたのは……


「アラブルカミ…」


見るものを圧倒する巨体。

大地が震え、大気が揺れるほどの恐るべき魔力の奔流。

他の追随を許さない圧倒的な力を持つ、厄災の象徴とも言えるカミ。

アラブルカミ。


『さて…まずは1つ目の賭けだな……』


スベルカミは険しい表情でアラブルカミを見続ける。

まるで、アラブルカミを敵として認識しているような視線。

その事に違和感を覚えた。

しかし、そんな些事な違和感は一葉の行動の前に吹き飛んでしまう。


「『チカラ…ノ…カタマリ…!!』」


一葉はアラブルカミを獲物と認識した。

捕食対象。自分がさらなる力を手に入れるための糧。

そして、その黒い腕をアラブルカミへと伸ばす。


『オオオオオオオオオオ!!!』


攻撃を受けたアラブルカミは一葉を敵として認識し、攻撃を仕掛ける。

右脚を振り上げる、一葉を踏み潰そうとした。

しかし、一葉はその脚を大量の黒い腕で掴んで押さえ、受け止めてみせる。

そして、信じられないようなスピードでアラブルカミの力を吸収し始めた。


『1つ目の賭けは勝ちだな…だが問題は…』

「勝てるんでしょうね…?」

『我が聞きたいくらいだ。万全のアラブルカミが勝てぬ相手など、バケモノ以外の何物でもない』


スベルカミの言う賭け。

それは召喚したアラブルカミが自分を敵と認識せず、一葉に襲いかかること。

そして、アラブルカミが一葉に勝つかどうかと言う事。


この2者の戦いを見ていると今はまだアラブルカミに余裕があるように見えるが……


「『ゼンブ…ヨコセ…!!!』」

『っ!?』

「ヤバイ!!逃げるよ!!!」


一葉の放つ恐ろしい程に禍々しいオーラが爆発したかのように大量に開放され、アラブルカミに襲いかかる。

もうそれだけで勝敗を理解できた。

私は大幹部達を連れて走ると、離れたところにダンジョンへと繋がるポータルを作り出す。

そこに飛び込んで逃げる。

スベルカミもそれを利用して逃げて来たけど…もうそんな事どうでもいい。


「主君…大丈夫でしょうか?」

「知らないわそんな事。だけどポータルは閉じた」

『いくらアラブルカミを吸収しようと、番外階層からこちらへ来る程の力あるまい。しかしどうしたものか…』

「蝶の神は何も言っていないの?」

『なんとも。……いや、今神託がくだっ―――』

「ん?何か言われたの?」


突然黙り込むスベルカミ。

しかも、めちゃくちゃ顔色が悪い。

何を言われたのかあまり想像できず首を傾げていると、こちらを見つめて口を開いた。


『偉大なる主の啓示だ。『備えよ』とな…』

「備えよって……まさか!?」


警戒度を最大まで上げ、周囲を注意深く観察する。

すると、禍々しい気配が染み出すようにじわじわと出てきているのが分かった。


「咲島さん…」

「備えなさい。『菊』私達全員の気配を隠して!!」

「すぐに全員に『虚構』は…」

「結界のような形で展開しなさい!この際そこのゴミも一緒で良いから」

『酷い言われようだな…』


『菊』に『虚構』の結界を張って探知を妨害するように指示する。

その間にも、禍々しい力がどんどん大きくなり、近づいて来ている事が分かる。

そして、『虚構』の結界が張られた直後―――


空間が破壊されるけたたましい音が鳴り響き、一葉が現れた。


…いや、一葉かどうかもわからない。

それは禍々しいオーラに全身を包まれていて、その姿を捉えることができない。

分かるのはアラブルカミをあの一瞬で喰らい尽くし、肥大化した一葉の魔力の気配。

もはや人かどうかも疑わしい、アラブルカミをも上回るバケモノのような気配だ。


…私達に気付いているのかいないのか。

息を殺してやり過ごそうとして居ると……目があった気がした。


「逃げるわよ」


私がそう呟いた瞬間、皆散り散りに走り出す。

その直後、私達がいた場所に黒いオーラの津波が押し寄せる。

『虚構』は簡単に破壊され、結界が消えた事で私達は完全に捕捉された。

その黒いオーラの波から腕が無数に生え、凄まじいスピードで私達を掴む。

黒い腕に掴まれた瞬間、恐ろしいスピードで魔力が吸われていく。

数秒でその命までも吸い付くされそうな勢いだ。


抵抗なんてできる訳もなく。

ただ啜り殺されるだけなのかと覚悟したその時―――


『そうは問屋が卸さんぞ、悪魔』


男とも女とも取れる、まるで子供のような元気と老人のようにしわがれたようにも聞こえる声。

聞くだけで不快になる声を持つ者が現れ、私達を吸収しようとする黒い腕を全て消滅させた。


魔力をごっそりと吸われ、激しい目眩が起こる中で私達を助けた存在を見る。


「蝶の神…」


この世界を改変した元凶にして、私達に全てを与え全てを奪う存在。

ジェネシスと謳われ、時には崇拝の対象ともなった本物の神。


それが下界に顕現した。


『やれやれ。こういう時のために、あえて封印をガチガチのガチに固めなかったのに…そうやって呑まれてるようじゃ話にならないよ。興醒めだ、興醒め』


当たり前のように理不尽なことを言う蝶の神。

一葉の暴走の原因は間違いなくコイツだ。

コイツがこうなるように仕向けたんだ。

でも、納得のいく結果じゃなかったから始末しに来た。

放置すればこの世界が滅ぼされる可能性があるからね。


『一気に大罪を解放するからそうなるんだよ。やっぱり人間の成長に任せるのは無理があったか。今後は私が管理しよう』


その言葉と共に、一葉の禍々しい力が弱まっていく。

そんなに当たり前のように……やはり蝶の神は本物だ。


『へぇ?混沌の力まで獲得したか。でもまあそれも扱えてないみたいだし、こっちで管理だね。吸収による肉体の変化も不完全だし…ああ、体が溶けてるね。治してあげよう』


混沌の力…?

体が溶ける…?


一葉の身には、私には理解し難い事が起こっているらしい。

しかし、その姿が見えるようになる頃には全てが終わっていた。

そこには、外見こそ変化は無いものの、明らかに雰囲気の変わった一葉が目を瞑って立っていた。


…いや、眠ったまま立ってるとか?


『とりあえず、新しく獲得したものは全部こっちで管理できるようにしたし、当分はこれでいいかな?さて次はお前だ』


蝶の神は一葉を安定化させるとスベルカミへ向かって歩く。


『お前、仕事はしっかりしてるけど面白くないわ。あんまりにも素体が悪い』

『なっ!?』

『一旦お前を消して作り直したいくらいだ。だからこそ、ここでお前に選ばせてやる』


哀れスベルカミ。

さっきまで散々『偉大なる主のために』とか言ってたのに、その主に『お前面白くない』と言われる始末。

しかも話の流れ的に……


『私の手によって人格と得た力を分解して初期化されるか、覚醒した一葉の実験体第一号になって死ぬか。選べ』


……まあ、死刑宣告だろうね。

前者と後者、どっちが辛いんだろうか?

私としては圧倒的に後者だと思うけど…


『前者なら、欠陥品の烙印を押されて廃棄処分される事になる。後者なら、最後まで自分の役割を全うして消滅する。どっちが良い?』

『消滅、でしょうか…?』


消滅…

殺されても死なないカミを滅ぼす方法。

それが、消滅だ。

つまり、本当にスベルカミは死ぬ以外の道が無いんだ。


『ん?ああ、消滅だよ。お前の持つ破壊の力。あれは混沌系列の力の劣化模倣能力。破壊できるものの指定は私が定めたものだけだ。しかし、一葉が獲得したものは本物の混沌系列の力。強く使えば使うほど壊せるものは増える。もちろん、魂を破壊することだって可能だ』


魂を破壊され、完全に消滅する。

一葉と戦うということはそういう事なのね。


でも、スベルカミが勝つ可能性だって…


『勘違いしないように言っておこう。お前の廃棄処分は決定事項だ。一葉に殺されようが吸収されようが私に消されようがなんでも良い。お前は一度処分され、新たに生まれ変わる。もっとも、そこにお前は欠片も残っていないけどね』


どうやら蝶の神はスベルカミに勝たせる気はないらしい。

あるのは、欠陥品の烙印を押されて仕える主君に殺されるか、最後まで自分の役割を全うして死ぬか。

その残酷な2択のみ。


『……我は最後まで役目を全う致します』

『うん。それで良い。さて、精神安定化した事だし……まあ、せいぜい最期に私を楽しませることだ。必死に生き足掻け。そうすれば、多少はお前にも価値がある』


スベルカミの選択を確認した蝶の神は、一葉の状態を安定化させると冷たい言葉を吐いて姿を消した。


そして入れ替わるように一葉が目を覚ます。


その頭上にひとりでにステータスが表示され、今の一葉の力が分かりやすい形で現れる。



――――――――――――――――――――――


名前 御島一葉 

   クルエルカミ

種族 魔神

レベル800(抑制済み)

スキル

  《鑑定》

  《狂乱》(封印中)

  《強欲》(封印中)

  《邪心》


状態異常 《全能力90%封印》

―――――――――――――――――――――――


レベル、800…?

しかもそれで抑制って……

その上状態異常で全能力が9割封印されてる…?


それに何より種族魔神って何?

そんな種族、聞いたことがない。


「………よし」


あまりのステータスに呆気に取られていると、一葉が1言そう呟く。

そして、気がつけばスベルカミの背後に居た。


「お前、私の実験体第一号な?」

『っ!?』


そう言ってスベルカミの背中に触れた一葉。

その瞬間禍々しい力がスベルカミを包み込む。


『ぐあああああああああッ!!?』


体がまるで分解されるように崩れていくスベルカミ。

あの力…何処かスベルカミの破壊に似ている。


アレが蝶の神が言っていた混沌の力か…


「この力、悪魔特有の力なんだって。大魔神の大罪の力を持つ私は悪魔扱いを受けてるみたい。心外だよね?」

『はぁ……はぁ……』

「返事しろよ。紛い物」

『――――ッ!!?』


ゴミを蹴るようにスベルカミを蹴り飛ばす一葉。

あまりにも強い。

強過ぎる。

それに紛い物って……


「蝶の神が言ってた。『強欲』がダンジョンのエネルギーを7割近く吸い上げたせいで、私は人間で居られなくなったらしい。だから仕方なく体を悪魔の物に作り変えて、吸収したエネルギーを十分に扱えるようにしたら、神格の域に容易に達したって。お前みたいな、紛い物と違ってね」

『バケモノめ…』


しれっととんでもない事を言う一葉。

それにスベルカミは一葉をバケモノ呼ばわりする。

しかし、一葉はそれを鼻で笑った。


「バケモノ?違うね」


そう言って姿が消える。

気配を追って空を見上げるとそこには……


「私は悪魔だ。それも、神格の領域に達した悪魔、魔神だよ」


もはや人ではない…悪魔の翼と角を持った一葉がこちらを見下ろし、禍々しい力の塊を作って空を飛んでいた。


「もう大体把握できたし、死んでいいよ。実験体にすらならなかったね」

『くっ…!!』

「最期に、言い遺すことは?」

『……無い』

「あっそ」


再び姿消える。

そしてスベルカミの前に現れた一葉は、その禍々しい力の塊を解き放ち、破壊光線を至近距離で撃ち込んだ。

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