第240話 未来へ

このお話で本編は最終回となります。

――――――――――――――――――――


「ふぅ~…やっぱり無駄に長いよね、この階段」


突然咲島さんに呼び出された私は、明日の用事のことが頭から離れないながらも仙台へやって来た。

そして、咲島さんの別荘へ訪れる。


警備を顔パスで通り、気配を追って応接間に辿り着く。


「いらっしゃい。急に呼び出して悪かったわね」

「全く。明日は大事な用事があるってのに。…それで?私を呼んだ訳を聞かせてもらえる?わざわざ『椿』まで同席させて…」


応接間にやって来ると咲島さんと『椿』―――出世して大幹部になり、『椿』を襲名した浅野杏さんが私を迎えてくれる。

私は机の反対側に座ると、『椿』が私の分の飲み物を用意してくれる。


そして、咲島さんはお酒をのみながら話し始めた。


「明日はどうせ東京にいるつもりなんでしょう?だから1日前に戦勝記念を祝おうと思ってね」

「例年通りなら明後日やると思ってたけど…」

「今年は私が忙しいのよ。それに、そっちの近況報告も聞きたくてね」

「近況報告ね……変わらないよ。あの日から15年。全く変わってない」


スベルカミとの決戦から15年経った。

…正確には明日で15年だけどね?

私と咲島さんは、毎年この時期になると戦勝を祝って一緒に、お酒を飲む。

あの頃は17才だった私も、肉体こそ変化しないものの32歳。

もう神林さんの歳を昔に超えて、お酒なんてずっと前に飲めるようになった。

時の流れは早いもので、無気力に生きているとあっという間に時間が過ぎていく。


「今年こそ、今年こそは神林さんは帰ってくる」

「もう15回目ね。それを聞くのは」

「……私が30超えたって知ったら、神林さんは幻滅するかな?」

「しないでしょう。あなた達のバカップルぶりを見ているとね。あなたもそう思うでしょう?『椿』」

「ええ。紫は例え何歳になろうと一葉ちゃんを愛すると誓っていましたから」


この場に居ない人間について話して盛り上がる。

…神林さんは、カミになった。

だからカミと同じように死んだら煙となって消える。

そのせいで、私は神林さんの亡骸を持ち帰れなかった。


…でも、悲観することない。

何故ならカミは殺されても復活するから。


コワスカミとホロボスカミ、そしてタケルカミやアラブルカミのように吸収されたカミは復活しないし、私によって魂諸共破壊されたスベルカミも蘇らない。

しかし、吸収されたわけでも、魂を砕かれた訳でもない神林さんは復活する。

それがいつか分からないだけで、神林さんは必ず帰ってくる。


だから私は、今日まで希望を失わずに生きてこれた。


「もし明日神林さんに会えたら、すぐに連絡するよ。それはそうと、本当に今日はお酒を飲むためだけに私を呼んだの?」

「……相変わらず鋭いわね。『椿』」

「はい」


41歳の浅野さんがアイテムボックスから取り出した書類を差し出してくる。

彼女は私が見つけた『フェニクス』で不老化してるから30代前半で老化が止まってる。

…もっと言うと、何故か分からないけど私は最上級ポーションは『フェニクス』しか見つけられない。

だから『花冠』の大幹部は全員不老化してもう高齢者に片足突っ込んでる人もいるのに、皆キビキビ働いてる。


まあそんな事はさておき…

私は書類の束を一通り見て溜息をつく。


「全く。あの金食い虫のバカは…」

「『向日葵』は優秀よ?あの子のおかげで海外進出がかなりしやすくなった」

「咲島さんは世界を征服するつもりなの?」

「征服だなんて人聞きの悪い。不当な扱いを受けている世界中の女性を解放すると言う大義を果たすのが、私の使命よ」

「はいはい。男嫌い男嫌い」


渡された書類の束に書かれていたのは、『向日葵』こと、出世して大幹部になった町田愛。

彼女は『菊』が請け負っていた対外支部の管理を引き継ぎ、『花冠国外支部』の長として世界中で暴れ回っている。

咲島さん曰く、『世の中の不当な扱いを受けている女性を解放する』とか言って発足した国外支部。

『花冠』とキョウコ・サキシマの恐ろしさを世界中に広めている悪名高い組織だ。


そして、私の儲けを利用して活動している金食い虫でもある。


「ついこの間私のダンジョン資源売却値を3%下げる事に合意したばっかりだよね?」

「ええ。でもまだ足りないのよ」

「私が融資した13億は?」

「『向日葵』がブラジル解放に使ったわ」

「よし、次日本に帰ってきたら半殺しにしてやる」


私の儲けは『花園』へ魔石などのダンジョン資源を売却する事。

その時の値段はギルドやゲートウェイで売った時の値段である最低価格――いわゆる冒険者の最低賃金的な価格から33%引いた値段。

つまり、相当ぼったくられてる。

大恩ある咲島さんへの支援として、差額は活動費に充ててもらっているので、別に文句は無い。


…そう、本来ならね。


「私もね?返しきれないほど恩がある咲島さんの為と、故郷を離れ治安の悪い国々の裏社会でより良い社会の為にと働く親友の為を思って売値を下げる事に首を縦に振った。でもこの仕打ちはあんまりじゃない?」

「…流石に40%は駄目かしら?」

「駄目に決まってるじゃん!常識的に考えて!」


最低賃金よりも4割低い賃金で働かされるとか冗談じゃない。

いくら金が有り余っているからと言って、私は別に『花冠』の貯金箱じゃないんだ。

少しくらいは抗議させてもらおう。


「引き下げは行わない。なんだったら30%に戻してほしいくらいだ」

「そこをなんとか…」

「無理。絶対無理!」

「ほら、私のお金で新しい別荘を用意するから」

「その金を充てれば良いじゃん。それに別荘くらい自分で買える」


咲島さんの非常識な交渉を突っぱねる。

いくら私が最近荒稼ぎしてるからと言っても、流石にこんな横暴は許されない。

ただでさえ税金関連で面倒くさいってのに……


「分かったわ。私が持ってる土地や株を売る。だから買ってくれないかしら?」

「株はともかく、土地ねぇ…?」


株も土地も不動産も。

将来的に使えそうな場所は基本押さえてる私の目に叶うようなモノを果たして咲島さんが手放すのか?

この人もなんだかんだ自分の資産はなかなか手放さないからなぁ…

どうせ株も今後成長が見込めない会社の株でしょ。

その手には乗らないよ。


「今年は15年の節目。復活するであろう神林さんと一緒にパーッと散財するために、これ以上の融資はできない」

「何十億使うつもりなのよ…」

「さあ?」


なんだったら手付かずの神林さんの十数億もそのまま残ってるし、一気に百億くらい使うかもね。

そうしたらまた経済が回るから良いことじゃん。


「それに、神林さんが復活したら神林さんからもお金を搾れるんだし、今は我慢してほしいね」

「強欲の魔神から我慢なんて言葉が出るとはね…」

「うるさい」


強欲の魔神。

魔神となった私に寿命と言う概念は存在しない。

本来はそこに加えて不死の存在でもあるんだけど…それはまだ封印されてる。

強欲もまだまだ封印は解けてない。

大体進捗は5%と言ったところ。

周囲から大量に魔力や神力を吸い上げる分には5%で十分だけど、それ以上となると封印が無いと私は強欲を制御できない。

だから、まだしばらくは使用は控えなければいけない。


でも…


「狂乱に関しては8割は解析が終わってる。ふざけたこと言うなら分子レベルで体の結合を狂わせて塵に変えるよ」

「本当に恐ろしい力ね。混沌の力ってのは…」


『狂乱』

私の本来の力の1つで、悪魔が多く持っている混沌の力。

『破壊』『狂乱』『混沌』とかがその系列に当たり、どれも破壊に特化した能力だ。


『狂乱』はその中でも対能力、対エネルギーに強い力で、何かを乱したり、何かを狂わせて本来の力を発揮させない能力だ。

あらゆる防御やバリアを無効化して攻撃出来るのが強み。


「分かったわ。国外支部の資金に関してはこっちでなんとかする。だけらこれからも支援を続けてほしい」

「それでいいよ。それで」


もうウンザリした私は、とにかく話を終わらせるべく咲島さんの妥協案に首を縦に振る。

『椿』にお酒つがせ、それを一気に飲み干して話を変える。


「……明日、本当に神林さんは帰ってくると思う?」

「さあね。何十年何百年掛かろうと、神林さんはいずれ復活する。それまで待ちましょう。特に、あなたには無限の時間があるんだから」

「……でも、私の本質はあの時から変わってない。強くなろうと、悪魔になろうと、本質は心の支えが無ければどんな事にも迷う弱い女だから」


私にとって神林さんは心の支えだ。

あの人が居ないと私は何も出来ない。

スベルカミを倒したあの日、家に帰って改めて神林さんが死んだ事を認識して、1ヶ月以上何もする気が起きなかった。

ただベッドの上で天井をボーっと眺め、たまに会いに来る咲島さんや『花冠』の人が作る料理を食べてまたボーっとする。


本当に無気力に、ただ時間を持て余して生きていた。

見かねた咲島さんが、カミの復活を期待しようと言う旨の話をするまで、私は何もしてこなかった。


今を生きられてるのだって、神林さんが復活すると言う希望があるから。

…でも、今年で15年目。

もう、待つことにも疲れてきた。


すると、咲島さんが苦しそうに横になる。


「ふぅ…ここまでにしましょう。もう飲めないわ」

「咲島さんももう歳か…」

「当たり前よ。今年で65歳。もう高齢者の部類に入るんだから」

「その割には最前線で戦ってるけどね」

「むっ…?もっと年寄りを労ってくれても良いのに」

「不老かつ魔力の操作で若返ってるのに年寄りとはこれ如何に…」


そんな話をしながら小さく笑う。

話を逸らし、冗談を言って私を元気付けようとしてくれたんだ。

この15年咲島さんには助けられてばかり。

神林さんが復活したらその時はしっかりお礼しないと……


でも売却値を4割引きは違うと思うけどね!


「さて…なら今日はこのくらいでお開きにしましょう。一葉も、もう飲まないでしょう?」

「明日の事を考えると、ほろ酔いくらいで終わらせたいからね。誘ってくれてありがとう」


明日は神林さんの復活を1日待つつもりだ。

その為にも、お酒は控えて早めに寝たい。

その配慮をしてくれた咲島さん。

更に見送りまでしてくれるようだ。


屋敷を出て門の前まで着いてきてくれた。


「じゃあ、神林さんに出会えたら報告する。私から何も話が来なかったら…その時はそうだと思ったておいて」

「ええ。駄目ならまた一緒に飲みましょう。もちろん、神林さんには内緒よ?」

「そのつもりだよ。じゃ、また今度」


そう言って、私は転移魔法を使う。

一瞬で東京の一等地に出来た超高層マンションの最上階に転移すると、自分の部屋に入りベッドで眠る。

このマンションも『花冠』が運営してるものだし、本当咲島さん様々だ。

咲島さんの凄さと有り難みを感じながら、私は眠りについた。








翌日午前10時頃

私は渋谷ダジョンの第1階層でうさぎと戯れていた。

いつもこうやって時間を潰して、神林さんが復活するのを待っている。

人参をポリポリ食べるうさぎは可愛らしいもので、思わず頭を撫でたくなる愛くるしさがある。


…神林さんの私を見る目も、そんな感じだったに違いない。


うさぎを抱き上げて人参を食べさせながら頭を撫でていると、背後に人の気配を感じた。

でも、私に勝てる人間なんてこの世に存在しない。

背後を取られようがまるで関係ないんだ。

気付いていないフリをして居ると、私の背後に立つ気配はこちらに手を伸ばし―――そして私を抱き上げた。


「……待ちくたびれましたよ」

「ごめんね」


不思議な事に、天気の変わるはずのない第1階層で今日は雨が降っていた。





―――――――――――――――――――

約半年間ありがとうございました!

余裕があれば後日談を投稿すると思います!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る