第234話 突破口

カミへと至る進化。

その条件は、『至高の種子』と大量の魔力、そして現役のカミから力を受け取ること。

今の私は、そのうちの『至高の種子』と大量の魔力の2つの条件を満たしている。

後はカミから力を受け取ると言う条件だけど…これもなんとかなりそう。


「さて…咲島さん」

「ええ。準備は出来てるわよ」


一言も頼んでないのに、すでに準備を進めてくれていた咲島さん。

私達の目の前にポータルが出現し、スベルカミは分かりやすく目を見開いた。


「行くよ!」

「はい!」


私達はすぐにポータルに飛び込むと、転移した先でよく見知った道を走る。

そして、山を駆け上がって神社へやって来る。


「タケルカミ!あなたの力を貸してほしい!」


瞑想をしている中身の無い甲冑。

咲島さんの師匠であり、私達にも武術の指南をしてくれた友好的なカミ。タケルカミだ。


そんな彼に助力を求める。

私達が、ヤツに勝つにはそれしかない。

しかし、私の声は届いていないのか、瞑想を続けるタケルカミ。


「時間がないんです!どうか!私達に!!」

「………」


瞑想の姿勢を崩さないタケルカミ。

蝶の神のシナリオが今の状況なら、全滅しない未来があるはず。

それが、私達がカミになる事。

その為にはタケルカミの助力は必須なのに…


「っ!?神林さん!!」

「分かってる!でも…!!」


スベルカミがここに来た。

咲島さん達が足止めしてくれてたはずだけど…やられたか、支配されたか。

どちらにせよ、ここでタケルカミに力を貸してもらえないと勝てない。


「自分の領域に侵略者が来てもその態度を崩さない……教え子がどうなろうと関係ないと?」

「神林さん!もうそこまでスベルカミが来てます!!」

「ステータスの高さは本物ね…速すぎる…」


スベルカミの速さは異常だ。

あっという間にもう半分くらいまで来ている。

…でも、それだけ急いでるって事はコレがシナリオを生き抜く上で必須なモノだと言うことに違いない。


あとは…


「まさか…日和った訳では無いよね?確かにスベルカミのレベルは高く、一歩間違えれば自分が支配されかねない。そんな恐怖を前に、不干渉を貫く事で逃れようなど…考えているわけではないと信じたい」


…気付いてないのか、無視しているのか。


いや、気付いてないはずが無い。

これだけ強い気配がいくつもあるのに、一つも気付かないなんて…絶対にない。


「神林さん……」

「…時間切れか」


振り返ると、入口にスベルカミが立っている。

…が、中には入って来ない。


『大した結界だ。破壊の神威すら弾くとは…是非欲しい力だ、タケルカミよ』


結界…そう言えば、神社の鳥居には邪悪な物を通さない結界の意味があったね。

ここは、そんな意味持つ神聖な領域。

私達は通れても、明確に敵と分かるスベルカミは通れない。

……でも――


『今すぐ結界を解け。そうすればお前の意思は尊重してやろう。だがそうでないのなら……』


まるで電流が流れたような破裂音がいくつも聞こえ、結界が明滅する。


『猶予はこの結界が崩れるまでだ。お前の賢い判断を期待しているぞ』


結界は無敵じゃない。

いつ破壊されてもおかしくはないだろう。

でも、まだ私たちには猶予がある。

そう信じて再びタケルカミの説得をしようと振り向くと…タケルカミが立ち上がってこのこちらを見つめていた。


「………もし、私が力を与えるに値するならば……え?」

「………言葉は不要ってことじゃないですか?構えてください、神林さん」


虚空から取り出した刀を抜き、構えるタケルカミ。

力が欲しければ…勝ち取れと。


連戦によって消耗している私達と、今まで安全系で瞑想していた為に全てのコンディションが完璧なタケルカミ。

ましてや相手は格上。


…でも、ここで勝ち取れなければ……


「…分かった。私は、“それ”に値する人間だと証明してみせる」


短い沈黙のあと、私は覚悟を決めた目をタケルカミに向ける。

時間は無い。

タケルカミが何か反応を見せるよりずっと早く、私は本気の蹴りを放つ。


…が、流石は武術を司るカミ。

私の蹴りはいとも容易く弾かれ、反撃を食らう。

《鋼の体》で防御できる程度の攻撃だったのが幸い……いや違う!!


「くっ!!」


片脚だけで後ろに飛び退き、なんとか反撃の刃を回避する。

危機察知が遅れたら真っ二つにされてた。

嫌な汗が背筋を伝う。


「加勢します」

「いや、要らない。《神威纏》を温存して」

「でもそれは―――」


助けに入ろうとしたかずちゃんをその場に待機させ、私は全速力で殴りかかる。

私の最高速度の拳は簡単に見切られ、躱されたが……それだけじゃない。


「当たると、思ってない!!」


拳を思いっきり振った勢いを利用して体を回転させ、そのまま足を伸ばして蹴る。

しかしこれも躱され、私は大きな隙をさらす事となった。


その隙をタケルカミが見逃してくれるはずも無く。

バチバチと電気を帯びた刀が私に向けて振り下ろされた。


「大体…この辺でしょ!!!」

「………」


ヤマ勘で地面を強く踏みしめている方の足の太ももを《鋼の体》の一点集中で防御すると、本当にそこに刀が激突した。

刀は防げたけど、その威力までは完全には殺せず、その場で転んでしまう。


「チィッ!!」


追撃が来る前に全力で体を捻って転がり、タケルカミから距離を取って立ち上がろうとする。


「かはっ―――!?」


だが、タケルカミは私の想像の何倍も速い。

一瞬で距離を詰められて腹を蹴られ、神社の塀に激突した。


そして、気付いた頃には目の前にいる。


「速すぎるでしょ…」


スベルカミよりも遥かに速い。

地面に片膝を付いた状態で顔だけ見上げ、タケルカミを睨みつける。

まだ、戦う意志を失ってはないと伝える為に。


「ああああああああああああ!!!」


そこへかずちゃんが後ろから殺意剥き出しで斬りかかる。

私を好き放題された恨みか、その目はかずちゃんの狂気を知っている私でも怖い。


「なっ!?」


しかし、タケルカミは全く怯むことなく、しかもノールックで背後に刀を回すと、片手で速度の乗ったかずちゃんの一撃を抑えてみせた。

さらには、かずちゃんの刀を振り払うついで峰打ちをして、かずちゃんを反対の塀へ打ち付ける。


『恐ろしいな……結界内だからか?いや、例え結界外でもその強さは健在だろう。だからこそ欲しい』


タケルカミの力は、レベル差やスキルにおいて差のあるスベルカミからしても恐ろしいと言う程のモノ。

こっちは全力だったのに、タケルカミにはまだまだ余裕がある。


それに、まだ刀しか使ってない。

最も得手とする武器とは言え…タケルカミの真骨頂は多種多様な武器武術の使用による、変幻自在かつ万夫不当の近中遠全てに置いて隙のない戦い。

近ければ格闘で、ある程度余裕があるなら刀で、少し距離があれば槍で、遠いなら弓で。

咲島さんの見立てでは、あの真の怪物、アラブルカミすらサシでやれてもおかしくないと言う最強の『武』。


それを私達はまだ刀しか引き出せてない。


「…だからって、諦めるつもりは微塵も―――ッ!?」


立ち上がろうとしたら、急に全身に力が入らなくなった。

立てない。

それどころか、上体を起こす事も出来ない。

まるで体から力が全て抜け落ちたみたいに、身体の自由が効かなくなった。


「……タイムリミットです。死ぬときは一緒ですよ、神林さん」

「なん、で…」


諦めたような表情と声のかずちゃんが、回復魔法を使いながら私に近付いてくる。


「《神威纏》の制御を手放して…さっきまでのように長時間戦えるはずが無いんですよ。忘れましたか?私や咲島さんが10分ちょっとしか戦えない事」


そうか…《神威纏》の反動。

全く体が動かないのは、もう1時間近く使い続けたからかな?

ただでさえ外からの強力な力に晒され続けた状態で、トドメを刺すように無制限使用。

いかに《鋼の体》を持とうとも、さすがに体が耐えられなかった。


「どうせここでスベルカミに殺されるか、支配されてしまうのなら…私が神林さんを殺して、自分も死ぬ。その方が、あっちでも仲良くやれますよ」

「わた、し…は……まだ…!」


刀を抜いたかずちゃんが、まだ希望を捨てない私の体を抱き起こして諭すような表情で見てくる。


「もう十分でしょう。私は、悔いはありませんよ」


死を覚悟した目……生きることを諦めた目。

かずちゃんは私の首にその刃を押し当てて来る。


「《鋼の体》を使わないでくださいね?下手に防御されると苦しむのは神林さんなんですから」

「まっ、て…」

「それじゃあ………最後くらい、待ってくれたらいいのに」

『生憎と、死なれては困るんでね』


結界を破壊したスベルカミが、こちらへ歩いてくる。

禍々しい気配を纏い、私達を支配しようと一直線に歩いてくる。


「咲島さん達はどうなったの?」

『力を使い果たした女と、スキルが強いだけの雑魚どもなど話にならん。まあ、それでも人間にしては優秀なのは確かだ。支配して現世に向かわせた。そして、お前達が最後の障害だ』


…咲島さん達に現世を襲わせる気か……ん?

でも、じゃあなんでポータルからちょっと離れた所に咲島さんの気配が?


……いや、待って。

この感じは……


「なるほど…それだけ優秀な駒がいるならもう十分のはず。ここで私達が死のうがなんの問題も……今更何を?」


気配を探っていると、タケルカミが私に触れる。

そして、暖かい力を私の中に流し込んできた。


『本当に今更だな。そんな放って置くだけで死ぬほど力を使い果たし、なんの役にも立たない女に自らの半身を分け与えてなんになる?』


半身を分け与える?

まさか、カミになるための力を受け取る方法って、自らの存在の一部を他者に与えるって事?

でもそんな事したら…!


『愚かな。だが貴様の武は力を失ったとて発揮できるだろう。自ら抵抗力を失うとは…正直助かったぞ』


スベルカミは、私に力を分け与え、弱体化したタケルカミを狙う。

それに対し、強い殺気を放って威嚇をするタケルカミ。

二者の気配がぶつかり合い、空間に高い圧が漂う。


…はじめに動いたのは、どちらでもない第三者だった。


『…何のつもりだ?』

「訂正しろ。神林さんがなんの役にも立たないはずが無い」


スベルカミに斬りかかり、いとも容易く抑えられたかずちゃん。

私のことを馬鹿にされてキレてるね。

《神威纏》を使ってないかずちゃんなんて、スベルカミからすれば雑魚同然。

戦闘で役に立つとは思えないけど…だからこそ出来る役割もある。


『っ!!しまった!!?』


気付いた頃にはもう遅い。

タケルカミの、とてもただ矢を射ったとは思えないほどの超高速かつ、とてつもない破壊力を持った矢がスベルカミを射抜き、塀に押し付ける。

弱体化してこれか…化け物だね。


『まさか、これほどとはな…ステータスは、そこの搾りかすになった女とそう変わらないほど落ち込んでいる言うのに破壊力が段違いだ』


矢を抜き、不敵な笑みを浮かべるスベルカミ。

それに対してタケルカミは表情―――は見えないけど、とにかく冷静だ。

また弓を構え、スベルカミを射抜こうとする。


『同じ手は食らわんぞ』


スベルカミは破壊の力を使って矢を砕くと、一瞬で距離を詰める。

そして、支配の力を使う。


『なにっ!?』


しかし、タケルカミはそれを魔力で中和すると、スベルカミに強烈な正拳突きを撃ち込む。

……言うのは簡単だけど、それは他に誰も辿り着けていない程魔力を精密に扱えるタケルカミだからこそできる代物。


例えるなら、50メートルも離れていないような至近距離で発砲された銃弾の先端を、ナイフの先端で突いて弾いたようなもの。

もはや曲芸に近い。


そして、正拳突きの火力もおかしい。


『がっ―――――』


殴られた瞬間、スベルカミがとんでもない速度で吹き飛んでいき、塀を飛び越えてそのまま山を真っ逆さまに落ちていった。


「ねぇ、かずちゃん」

「えっ!?復活したんですか!?」

「その倒したと思った敵が蘇ったみたいな言い方やめない?」

「ごめんなさい…」


なんとか反動がマシになって来て、一応立ち上がって歩くくらいはできるようになった。

でも、まだ《神威纏》は使えない。

今度は大量の魔力が欠けてる状態か…なんとかしないとね。


「さっき咲島さん達を支配したとかほざいてたけど…」

「ええ。知っての通り私達はピンピンしてるわよ」

「だよね…」

「アイツ、学習しないなぁ…ま〜た『虚構』食らって」


普通にスッと現れたのは咲島さんと大幹部達。

『菊』の『虚構』を食らって、咲島さん達を支配した幻覚を見せられたんだろうね。

それを警戒しない辺り…まあ、スベルカミらしいとは思う。


「…まだカミにはなれてなさそうね」

「《神威纏》が切れた後にタケルカミから力を受け取ったから……っと、話してる時間は無いか」

「私達はまだ一応隠れておくわ。ここぞという時に後ろからグサッ!とね?」

「いっちょ前に暗殺者気取って…早く隠れて」


こんな時まで咲島さんに対して強気なかずちゃん。

さっきまで諦めて心中しようとしてた子とは思えないね。


そんな事を考えているうちに咲島さん達は隠れ、タケルカミは再び戦闘態勢を取る。


『流石だ。だがおかげで空を飛べることを思い出した』


飛んで現れたスベルカミ。

確か、空を飛べるのはホロボスカミの力だったね。


『時間稼ぎのつもりか知らないが…そう何度も上手くいくと思うなよ!』


魔法を連射してくるスベルカミ。

戦闘をタケルカミに任せると、私たちは一旦避難して私が《神威纏》を使えるようになるまで待機することにした。

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