第230話 最強とヒキイルカミ2

本気を出したヒキイルカミの圧は凄まじく、咲島さんの放つ冷気が押されている。

このままだと不味い。

そう感じた私は、かずちゃんをその場に残して前に出る。


『お前は脅威ではないが厄介だ』


ヒキイルカミは走る私を見てこちらに拳を突き出してくる。

…何かしようとしてるのは分かるけど、なんの意味がっ!?


「っ!?」

『まあ、躱すだろうな…』


突然手の形が変形し、大砲のようになったかと思えば…そこから魔力光線が放たれた。

砲口のようなものが向けられた時点で何が来るか理解した私はいつでも回避できるように動いていたからなんとかなったけど…魔法が使えないくせに無茶苦茶な…


『さて…奥の小娘は時間切れか。となればお前も時間の問題だな?咲島恭子』

「そうね。でも、お前が死ぬまでの時間のほうが早い!」


威勢よくヒキイルカミと距離を一瞬で詰め、ゼロノツルギで全てを凍らせようとする咲島さん。

しかし、ヒキイルカミもこの場で一番脅威なのは誰かよく把握している。

この場で唯一、自分を即死させられる強敵。

警戒しないはずが無い。


攻撃を余裕を持って回避し、冷気もしっかり魔力で弾いて対策している。


「チッ……神林さん!」

「任せてください!」


背後からヒキイルカミを蹴ろうとする。

しかし、ヒキイルカミは冷静に私の動きを見て、咲島さんに隙を晒さないように逃げる。


…強くなった割にとんでもなく冷静で、堅実だ。

臆病とも言えるけど…確実に攻撃を食らわないようにしつつ、こちらの有利な状況が終わるまで逃げ続ける。

なんと言われようと勝てばいいだけの話。

面倒くさくてプライドを微塵も感じない戦い方。

でも、今されて一番困る戦い方だ。


逃げ回るヒキイルカミを捕らえることができず、時間だけが過ぎていく。

そして…


「……ごめんなさい」

「いいえ。後は任せてください」


咲島さんも《神威纏》の限界が来た。

すぐに後ろに下がって私に対応を任せる。


「私一人、か……ここで私を倒せたらあなたの勝ちは揺るがないけれど…どうなるかしら?」

『大した自信だな。咲島恭子よりも、あの小娘よりも劣るお前に何が出来る?』


勝ち誇った笑みを浮かべるヒキイルカミ。


……その余裕が、お前の敗因だ。


「私を甘く見ると痛い目を見る。早川を餌にして成長した割には、学習していないみたいね」

『なんだと?』


余裕の態度が崩れ、険しい表情を見せるヒキイルカミ。

警戒されようがされまいが関係ない。


私から距離を取らなかった事を後悔させてやる。


『減らず口を…お前との遊びもこれまでだ』

「そうね。…遊びはおしまい」

『………なんだ、その目は?』


私はとあるスキルを使う。

それは、今まで使ったことが無かったスキル。

…厳密には何度も使ってるけど…わざわざ自分の意志で使うことはなかった。

そのスキルの名は《鋼の心》。


それ、を発動した瞬間…私の体を縛っていた『恐怖』が消えた。


『何かしたか?…大きな変化は見られないが…』

「見えなくていい。知る必要はないから」


一歩前に出る。

すぐにヒキイルカミが手を砲口に変えて魔力光線を放ってこようとするが…よく見て避ければ脅威じゃない。


光が強まった瞬間姿勢を低くし、魔力光線を躱すと一気に前に出てヒキイルカミに拳を届かせる。


『むっ!?』


実体化していたヒキイルカミに大ダメージを与える事に成功。

私の動きが良くなった事に驚くヒキイルカミの隙をついてさらに攻撃を叩き込む。


思考の一瞬の停止を隙と見て、動き出す前にまず24発。

動き出したあとも、前に出て脚を払い体勢を崩したところへ16発。

なんとか逃げようとするヒキイルカミの頭を押さえ、力技で腕を引き千切り、それに驚かせて30発。


数秒で70回か…まあ、及第点。

ヒキイルカミ相手なら上々くらいの成果。


『くっ…!貴様何を…』

「………」


答える必要はない。

そして、手を緩める必要もない。


さらに多くのダメージを与えるべく蹴りを放つも霊体化で威力を削られる。

霊体化、なら魔力武装が効果が高いな。


『ぐはぁっ!?』


止まることなく前出た私は、動画を見て学んだ発勁をヒキイルカミの霊体化した腹に叩き込む。

もちろん、魔力武装込み。


霊体化しているから私の魔力はよく浸透する。

内部からとてつもない威力の爆発を受け、叫び声を上げるヒキイルカミ。

ここで攻撃の手を緩めると逃げられる。

リスクを背負ってさらに前へ。


『うがっ!?』


魔力武装を全身に纏って体当たり。

少しでも広範囲にダメージを与えられるようにする、私なりの工夫だ。

吹き飛んだヒキイルカミに追い付き、魔力武装を纏った拳を何連続も撃ち込む。


例えレベル差があろうと、全てステータスで劣っていようと…インファイトを仕掛けられ、何もできなければただの飾り。

着飾ったところで、それを活かせなければただただ滑稽だ。


攻撃の手を緩めない私と、なんとか抵抗を試みるヒキイルカミ。

私の超常的な勘でヒキイルカミの反撃は尽く失敗に終わり、ただ私に隙を晒すだけ。

最初からこの戦い方をすればよかったかもしれないが、これにも致命的な欠点がある。


(想定外の事態に対応出来たり、ここまでヒキイルカミを追い詰められるのは私だけ。あと2人が介入する余地がない……つまり、決め手に欠ける)


私の近接戦闘は圧倒的だ。

一度私のペースに持ち込めば咲島さんでさえ勝つことは難しい。

しかし、ここまで圧倒できているのは私のペース、私の戦い方で相手を圧倒しているから。

誰かが介入するとそのペースを乱されて、結果こっちが押される。


かと言って、私一人で戦うには限界がある。

人間相手なら無類の強さを発揮できるけど…相手は高い不死性を持つカミ。

どれだけ殴ろうが蹴ろうが……


(私一人でこの量の魔力を削り切るのは無理だ。《神威纏》の再使用には最低でも30分は時間が欲しい)


ヒキイルカミが持つ魔力を削りきらなければ勝てない。

それは私一人の力では無理。

30分…時間を稼ぐ。


私は《鋼の心》によって恐怖や絶望を忘れ、無謀な戦いへ身を投じる。

30分。

私の体力と魔力が持つか、届かず敗北するか。

勝敗の鍵握り、私は恐ろしい破壊力を持つ攻撃を連射してくるヒキイルカミと対峙した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る