第229話 最強とヒキイルカミ
東京・渋谷ダンジョン
未到達階層の攻略を始めておよそ30分。
意外と浅い階層にヒキイルカミは拠点を設けていて、攻略を2階層進めた段階で見つけることが出来た。
『ふむ…まさかそちらから来るとはな。お前達にそれほどの度胸があるとは思わなかった』
「女は度胸よ。さて…どう調理してくれようかしら?」
咲島さんとヒキイルカミが睨み合う。
ゼロノツルギの効果か、咲島さんの周囲だけ異様に温度が低く、空気中の水蒸気が反応して靄が出来ている。
「…使いますか?」
「まだよ。咲島さんが動くまで待ちなさい」
戦闘態勢をとっている咲島さんを見て、かずちゃんもいつでも《神威纏》を使えるように構えて待っている。
私は咲島さんが動くまでかずちゃんを待機させ、《神威纏》の使い所をよく観察する。
「アンタを見てると無性に腹が立つ。今すぐその不愉快な姿をやめろ。でないと…」
咲島さんの纏う殺意が一層強くなる。
そして、魔力が爆発する。
「何もできず、死ね」
《神威纏》を発動し、一気に最高火力で攻める咲島さん。
ゼロノツルギが触れるもの全てを凍結させる程の冷気を帯び、蒼白い光を放つ。
アレが直撃すればヒキイルカミは即死だ。
聞いた話だと、ゼロノツルギと《神威纏》の合せ技でマガツカミを凍結させて即死させたらしいし…ヒキイルカミで同じ事をしようとしてるのか。
「使いますか?」
「少し待って」
もういつでも飛びかかれる状態のかずちゃんが、《神威纏》を使うか聞いてくる。
私は慎重に状況を見て、その判断材料を集める。
「凍てつけ!」
「それは無理な話だ」
咲島さんがゼロノツルギを振り、蒼白い魔力が前方の全てを包み、氷漬けにしていく。
私はその光景をよく観察し……《神威纏》を発動した。
「行くよ」
「はい」
私が《神威纏》を使ったのを見て、即座に《神威纏》を発動するかずちゃん。
そんなかずちゃんと一緒に走り出す。
蒼白い魔力が通り過ぎ、空気すらほとんど凍てついている空間に踏み入る。
拳に魔力を大量に纏い、振りかぶると……モンスターで壁を作り、冷気から逃れていたヒキイルカミに殴りかかる。
「初撃で広範囲攻撃を仕掛け、あと2人が追撃。抜かりないな」
「なっ!?」
「えっ!?」
右からは私が、左からはかずちゃんが攻撃を仕掛けた。
避けるか、モンスターを呼び出して肉壁にするか。
それなら想定は出来た。
でも、実際は違う。
ヒキイルカミは…私達の攻撃を同時に受け止めた。
それも、片手で。
「《神威纏》か…その程度の完成度で我に挑むなど…時期の判断を見誤ったな」
「うぐっ!?」
「きゃっ!?」
凄まじい速さの反撃を受け、私とかずちゃんは吹き飛ばされる。
しかし、入れ替わるように咲島さんが攻撃を仕掛けに行ってくれたおかげで追撃は免れた。
「咲島恭子。やはり貴様が一番の脅威だな」
「それはどうも!それとその肉体。どうやって手に入れたのかしら?」
「ふっ…ただの《神体》だよ。このスキルは肉体を得ることも出来る」
「なるほどね。通りでそんな不快な体をしてるわけだ!」
近接戦闘。
咲島さんの超スピードにヒキイルカミが追いついている。
…いや、それだけじゃない。
近接戦闘において百戦錬磨の猛者であり、私達が2人がかりでも勝てる確率は五分より低い咲島さん相手に……ヒキイルカミが互角…?
「かずちゃん。出し惜しみは無し。あと、味方への被害なんて考えないで」
「わかりました」
「時間は私と咲島さんが稼ぐ。頼んだよ!」
まともに戦えば勝ち目はない。
あんな戦闘を見せられて、正面から戦おうなんて考えるバカはこの場には居ない。
かずちゃんの超火力で一気に勝負をつける。
かずちゃんを少し離れた所に残し、私は先に咲島さんと合流する。
「また挑みに来たか…あの小娘の技を使うための時間稼ぎか?」
「話す理由がない」
「聞かずとも分かるさ。…だが、そう上手く行くと思うか?」
ヒキイルカミの言葉は…私の心の何処かを刺激する。
妙な恐怖を掻き立てて、不安にさせてくるんだ。
…何も、不安がることは無いはずなのに。
そんな中、かずちゃんが高速でこちらに近付いてくる。
私と咲島さんはギリギリまでヒキイルカミを足止めすると、かずちゃんの邪魔にならないように横に飛ぶ。
「三ノ太刀『鳴草薙』」
雷を帯びた高密度の魔力の刃がヒキイルカミに襲いかかる。
あの位置は躱せない。
勝ち……とまではいかないけれど、強烈な一手が決まった事を確信した。
しかし…
『凄まじい火力だな』
「な、なんで…」
真っ二つになったヒキイルカミ。
しかし、両断された体が一瞬にして繋がり、かずちゃんは蹴り飛ばされた。
「霊体化。肉体を無くす事でダメージを最小に抑えたわけね…」
「面倒な…しかも、また肉体を得てますし…」
スキルを最大限活かした賢い戦い方。
…ただちょっと姑息な気がするのは気のせいかな?
私達よりずっと強いくせに…小物な感じ。
…ちょっと煽ってやるか。
「良い避け方するわね。…でも、とても私達よりも圧倒的に強いカミとは思えない小物な避け方ね?」
「なんだと?」
思いの外煽りが効いたのか、こちらを睨んでくるヒキイルカミ。
「まさか、“霊体化しないとどうしようもない”なんて言わないわよね?これだけのレベル差があるのに?」
「……その手の挑発には乗らんぞ。だが、我をここまで不快にさせた代償を、甘く見るなよ?」
そう言って、いきなり亜空間から刀を取り出したヒキイルカミ。
…あいつ、剣術使えたっけ?
「威力は…こんなものか。さあ、止めてみせろ」
刀に膨大な魔力を送り込み、構える。
あの魔力…なるほど、確かにかずちゃんの一撃に匹敵する。
「なるほどね……かずちゃん。下がって」
「はい」
かずちゃんを私の後ろに隠し、万が一にも攻撃が届かないようにすると、刀が振るわれ魔力の刃がこちらへ飛んでくる。
触れれば全てが切断されそうな斬撃。
…でも、それはかずちゃんを相手にしていれば何度も見てるもの。
「対策法は、知ってるのよね」
斬撃を見ることに全神経を集中し、その軌道を見る。
横薙ぎの斬撃。
それなら…下から持ち上げて飛ばす。
手と手首に魔力を集中すると、まるでバレーボールを受け止めるように両手で下から優しく持ち上げる。
そして軌道を変えれば…後は勝手に飛んでいく。
もう何回もやってるからね。
慣れたものだよ。
「かずちゃん。もう一発お願い」
「はい。わかりました」
本当に正面から攻撃を受けた私を見て、ヒキイルカミは驚きつつも平静を取り繕っている。
「どう?私は正面から受けた。これから同じような攻撃をするけど…まさか避けるなんて事はしないわよね?」
「……いいだろう。やってみろ」
こちらの話に乗らせることに成功。
かずちゃんに合図を出すと、前に出てきて、魔力の刃をヒキイルカミへ飛ばす。
「…大丈夫でしょうか?」
「アレが止められようが弾かれようが関係ない。意識を少しでも誘導出来れば良いんだから」
ヒキイルカミを見ると、魔力の刃が止められている。
流石に私ほど器用じゃないか。
アレを正面から受け止めるのも大したものだけど…別にこっちは正々堂々戦ってるわけじゃないからね。
「よくやったわ。2人とも」
《神威纏》を解除し、気配を隠して潜んでいた咲島さんがいきなりヒキイルカミの前に現れる。
そして、ゼロノツルギの強烈な冷気を放って攻撃。
ヒキイルカミの上半身が凍り付き……
魔力爆発が起こり、かずちゃんの魔力の刃もゼロノツルギの氷も全て吹き飛ばされた。
『そうだったな。お前たちは正義の味方でも、誇り高き武人でも、なんでもなかったな』
ただ魔力を放っているだけで、私達の《神威纏》全部を合わせたものと同じ魔力を感じる。
…本気モードってところかな?
レベル400の本気のオーラ。
どういう化け物なんだか…
もうすぐ《神威纏》が使えなくなるかずちゃんを後ろに隠し、冷や汗を見せないようにする。
私が怯えるわけにはいかないからね。
少しでもかずちゃんにかっこいいところを見せたくて……私は流れで一番槍になりそうだった。
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