第216話 次のステージへ

このドラゴンが闊歩する異空間へ来てからそろそろ1週間。

本気のバトルと夜のバトルを繰り返しているうちに、ようやく私達の《魔闘法》のレベルが10になり、《神威纏》を習得する準備が整った。

後は《神威纏》を習得するだけなんだけど…


「…はぁ、今日も駄目だった」

「はい。ポーション」

「ありがとうございます。…なんか、ここだけで一生分の最上級ポーションを飲みそうですね」

「まあね…」


私達が帰ってくる度に用意されているポーション。

実は最上級ポーションであり、それが分かってからは私達のバトルは更に過激になった。

死んでさえいなければどんな怪我も治療できる最上級ポーション。

かずちゃんは平気で私の腕や脚を切り飛ばす様になったし、私だってかずちゃんの腕を粉砕したり、内臓を破裂させたり、足を引きちぎったりした。


…そこまでやっても《神威纏》は習得できない。

今日だって私は左腕右眼欠損の、腹がかなりざっくり斬られていると言う超重傷。

それなのにまだ習得できないのはどうかしてる。


「ふぅ…神林さんにやられた脚が治りましたよ」

「私も腕と目が治ったよ。…ここまでしても手に入らないって…逆に咲島さんはどうやって習得したの?」

「相当な修羅場を潜り、壮絶な死闘の中でなんとか手繰り寄せたとかですかね?」

「私達も相当だと思うけどなぁ。これ以上となるとなに?」


私達よりも遥かに過酷な環境となると…もう、それこそもう本気であと一歩で死ぬとかじゃないと……まさか、そのレベル?


「生きるか死ぬかの境…本当の死にかけの状態じゃないと手に入らないとかだったら鬼畜難易度も良いところだよ?」

「私、そんなところまで神林さんを追い詰めたくないです」

「……ほんとに?」

「ホントですよ!!なんで疑うんですか!?」


…いや、今日私の右眼を潰した時、嬉々として飛び跳ねてたのはどこの誰だっけ?

まあ、ムカついたから、脚の骨を粉砕した時にその上で軽くダンスしてやったけどね?


「とにかく!私は神林さんをそこまで追い詰めるつもりはありません!!」

「…私は出来るけどね?」

「えっ…?」

「いや、そうしないとここから出られないならやるよ?私は早く帰って家のベッドで存分にかずちゃんとえっちしたいから」

「…変態」

「顔赤くして期待に満ちた目をしながらよく言うよ」


別に何処でヤろうと蝶の神はいつだって私達のことを覗ける。

でも、明らかに覗かれているであろうここで致すのと、覗かれているかどうかは分からない家でするの。

どっちが良いかなんて言うまでも無い。


「戦争とエロスは技術を進歩させると言うだけはありますね」

「すごい名言ね。それ」

「それだけ人が本気になるって事ですよ。…でも、私は神林さんとのえっちで《神威纏》を習得したくはないですよ?」

「私だってやだよ。……一回挑んでみる?巨竜」


私達のバトルでは不十分なら、挑んでみるしかない。

それで兆しを掴めるだけで十分。

ダメ元で私とかずちゃんは巨竜に挑んでみることにした。






「やって来ました巨竜」

「うん。勝てる気しない」


正直、来たことを激しく後悔してる。

咲島さんやヒキイルカミが可愛く見えるくらいのプレッシャーが私達の肩にのしかかる。

起き上がってこちらを睨む巨竜と目を合わせると……それだけで足が竦んでまともに動けやしない。

…でも、かずちゃんの前でそんな情けない事は出来ないし、そこは気合で耐える。


すると、巨竜の口が橙色の輝きを放つ。

…ブレスか?


「うん?初手ブレスは不味いよね…?」

「でも、全然敵意も殺意も悪意も感じないんですけど…それに脅威にも感じないし私達を狙ってな―――」


かずちゃんの読み通り、ブレスは私達ではなく森の遥か後方にある山に向かって放たれた。

私達は後ろを振り返って山の方を見ると……閃光が山を包みこんだかと思えば、核爆発でも起きた?ってくらいの爆炎が上がる。


そして、数秒遅れてやって来る爆風と衝撃波と鼓膜が破壊されそうな轟音。

それをなんとか耐えた後、もう一度山を見てみると……きれいに跡形も無く消し飛んでいましたとさ。

…うん、おかしい。


「……どうする?」

「どうするって言われましても……そりゃあ」


私とかずちゃんは顔を見合わせた後、気怠げな表情でこちらを見下ろす巨竜を見上げる。


そして……


「「逃げるが勝ち!!」」


もちろん、全力で逃げ出した。

アレに勝てとか蝶の神は難易度設定と言うのを0か1000しか知らないらしい。

何あれ?

難易度設定インポッシブルとかそんなの?

ヘルとかルナティックとか平気で飛び越えて不可能の領域なんですがそれは…


「…あれ相手に成長を期待するなら、かずちゃんと傷つけ合ってたほうがまだマシ」

「仕方ないです。私も神林さんが生死の境を彷徨うまでやるので、頑張りましょう」


そう言って、いきなり刀を抜いたかずちゃん。

私もすぐに気持ちを切り替えると、今日は私から攻める。


私が攻めると、かずちゃんはすぐに受けの技の構えを取った。


(帰ってきていきなりだなぁ……まあ、それはともかく、『剣域』の対策はもう出来てる。それは怖くないよ)


受けの剣術『剣域』。

この技の特徴は、自分からは動かない代わりにその場でとにかく剣を振る事。

めちゃくちゃ極端に言えば、その場で超全力で刀振り回してるだけ。

ならどうやって対策するか?


「『剣域』は、しっかり地に足ついて体を固定しないと使えない。反動を制御しきれないんでしょ?なら…足場を崩せば良い」


そう言って、私は地面を踏み抜いて割る。

私を中心に地面に亀裂が入り、地形が抉れた。

そのせいでかずちゃんの周辺の足場も不安定になり、『剣域』は使えなくなった。


『剣域』が無いなら怖いものはない。

地面を踏み抜いた脚を軸にしてその場で回転。

回し蹴りでかずちゃんの頭を狙う。


「…っ!!その即死技やめてもらえません!?避けるこっちの身にもなってほしいです!」

「即死技だから避けるんでしょ?私の攻撃は、まだ終わってないよ」

「かはっ!?」


回転を利用して向きを整え、一気に前に出た私。

かずちゃんの懐に潜り込むと、渾身のアッパーで腹を撃ち抜き大ダメージを与える。

でも、この1週間でかずちゃんは打たれ強くなった。


「そんな舐めた甘い攻撃…タダでできると思いました!?」

「うぐっ…!」


刀から手を離し、アイテムボックスから小刀を取り出したかずちゃんは、躊躇いなくそれを私に背中から突き刺してくる。

しかも、ご丁寧に肺まで刃が届くように。


「痛いのよクソガキッ!!」

「うあっ――!?」


そのまま突進して突き飛ばす。

かずちゃんがバットで打たれた野球ボールのように吹き飛び、バスケットボールのように地面を跳ねる。

そこに追い打ちを掛けるように接近して蹴りを入れ、さらにダメージと速度を増す。

森の中なので木に激突し、かずちゃんはもうボロボロ。


…でも。


「いったぁ…!?」


よく見ると私の足にナイフが刺さっていて、血が流れ出している。

蹴った時に刺されたか…なんて肝の据わり方。


姿勢を低くしてナイフを抜くと、顔を上げた時には既にかずちゃんが目の前にいた。

避けようとするも、距離が近すぎて避けられない。

刀が私の左肩を貫いた直後――


「うぐっ―――」


かずちゃんの膝が私の顔を強打し、顔を潰しに来た。

それと同時に刀が一気に抜けていき、引っ張られるようにして抜けたかと思えば、膝打ちを食らって怯んでいる私の体をバッサリ斬り裂いてくる。


「死んだら、どうするのよっ!!」

「ぎゃっ!?」


いきなり膝打ちはびっくりした。

でも、これだけ隙を晒せば斬られるのは分かってたから今度は怯まない。

ノーガードカウンターでかずちゃんの可愛らしいお顔をぶん殴る。

その上で、今度は魔力武装アリのパンチを腹にぶち込んだ。


「〜〜っ!?」

「内臓と肋骨がいかれたね。まだまだ行くよ」


本当ならここで魔力武装パンチのラッシュで殺しに行くところだけど…相手はかずちゃん。

殺しはしない。


「はあぁぁぁっ!!!」


軽く100発本気で殴って、ボッコボコにしてあげた。

普通ならもう終わってるんだけど…


「隙、ありッ!!」

「っ!?」


ボコボコにしたはずのかずちゃんは、少しふらついただけで体勢を取り戻し、さっきやられた方向とは逆方向から私を袈裟斬りにしてくる。

これは予想外。

一瞬怯んでしまい、反撃できなかった。


「はぁ……はぁ……」

「げほっ…げほっ…!…くそっ!肺に血が…」


満身創痍、内蔵をやられ肋骨が折れ肩で息をするかずちゃん。

満身創痍、右左両方から袈裟斬りをくらい、片方の肺に血が流れ込み呼吸がし辛い私。

…でも、まだ諦めてないし、もっともっとボコボコにし合うつもりだ。


またもや先に動いたのは私。

半ば特攻を仕掛ける形でかずちゃんに急接近する。

すると、かずちゃんは刀を構えて私を突き刺そうとしてきた。


…丁度いいじゃん。


「それは悪手なのよ!!」

「なっ!?」


自分から飛び込んで腹を思いっ切り刺されながら突っ込む。

深く深く食い込む刃。

それでも前に進み、かずちゃんを捕まえる。


「どっちが先かな?そのナイフで滅多刺しにされて私が倒れるか、ラッシュに負けてかずちゃんが倒れるか」

「もちろん神林さんが先ですよ。じゃあ、行きますよ!!」


その言葉を皮切りに、私は腹に刺さった刀を強く握るかずちゃんの左腕を掴みながらひたすら殴れる場所全部殴る。

かずちゃんはそんな状態で刺せる場所全部刺したきた。


…こんな事してお互い無事で済むはず無く。

ものの数秒でお互い手を止めて距離を取った。


「はぁ…はぁ…しつこい…なんでこんなに刺されて動けるの?」

「それは…げほっ…!…こっちのセリフ…なんで気絶するしないわけ?」


だいぶヤバイ。

もう…なんか全身痛いし体怠いし、何処がやられてるか分かんない。

血がめっちゃ流れてるからかな…?

なんか…意識が遠い…


でも…ここで耐えないと…

咲島さんは…ここを耐えて《神威纏》を習得したに違いない。


……でも、死にたくない。

このままやったら死ぬ。

もう勘も働かないくらいボロボロだ…

と言うか、これ小屋に帰れる?

その前に私死にそうなんだけどさ…


ああ、なんか手を振ってる女性が見える。

あれは…どっかで見覚えあるな。

な〜んだろう…何処だっけ?

……あっ!『椿』さんだ!

今は亡き『椿』さんがこっちに手を振ってる?

…不味くない?

私死ぬじゃん。


「あぁ〜…死にたくないなぁ…」

「神林さん…逃げるんですか…?」

「そんな燃えたぎる魔力見せられても…死にそうなのは死にそうで変わらないの…」


魔力…そうだ魔力。

せめてなんとか延命だけでも…

そうしたら比較的元気なかずちゃんが小屋に連れて行ってくれる。

魔力を…こういう時はどうするのが正解?


とりあえず波を無くそうか。

波は魔力制御が不十分ゆえの乱れ。

正直コレを無くすのはほぼ無理。

だって、そんなの咲島さんでさえ出来ないし。

…でも、ほとんど誤差レベルまでなら整えなれる。

まだ誰にも見せてないけど…私は出来る。


…よし!順調順調!

後は魔力を流してフェニクスの《再生》を強くするんだけど……あぁ、駄目だ。魔力が足りない。

命が失われる感覚…生命力に抜け出す感覚にフェニクスの《再生》による、生命力が回復する速度が追いついてない。

今できる最大出力でやってこれか……純粋に量が足りてない。


そう。量が足りない。

見てるんでしょ?蝶の神。

私はもう使える。

扱えるだけの技量がある。

だからちょうだい?

《神威纏》を!!





……なんて、願ってみたけど反応無し。

ああそう。

あくまで自分で掴み取れと?

なら良いよ。こっちにだって考えがある。

ステータスの糸。

かずちゃんの指導のもと見つけたこの糸。

コイツを思いっ切り引っ張ってみる。

何としてでも生き残ってやるんだ。

できる事全部やれ!

意地汚く生き足掻いて!

これでも駄目!?蝶の神!!


『大正解!自分の意志でここまで辿り着いたのは君が初めてだよ』


私の呼びかけについに蝶の神が応えた。

そして、確かな感覚を……私は掴んだ。


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