第215話 すべてをぶつける

「ははっ…なんの冗談ですか、神林さん」

「私は何処までも本気で冷静だよ。実際、これされると嫌でしょ?」

「まあ…嫌ですね」


私は掴んでいた木を思いっきり引っ張り、根っこごと引き抜いた。

あの手の受けをしてる時にされて一番困るのは、受けると大きな隙を晒す遠距離攻撃。

例えば、今私がやろうとしているような大質量の物体投擲とかね?


かずちゃんの膂力と剣技を持ってすれば私が投げる木なんて簡単に斬り伏せられるだろう。

でも、それをするとその木の陰に隠れて接近してくる私に対応できない。

かと言って、私を警戒すると木に当たる。

なら避ければいいのか?

そんな単純な問題じゃない。


「今から“コレ”を投げるけど…かずちゃんはどうする?」

「……さあ。秘密です」


今の会話でかずちゃんから回避の選択肢を奪った。

別に絶対に回避しないって訳じゃないけど、『避けたらすぐに攻撃するよ』って意味を込めて話したからね。

頭の良いかずちゃんがそれに気付けないはずが無いし、そもそもそんな事しなくたって、避けたら私に攻撃されるのは容易に想像がつくはず。

その疑いを、確信に変えただけ。


すると、かずちゃんは小さな笑みを浮かべて話しかけてきた。


「じゃあ私からも1つ…神林さんは私のことをよく知っています。そして、“私も神林さんをよく知っています”」

「……?」

「別に気にしなくてもいいですよ?深く考えなくたって、神林さんならなんとなくでどうにでも出来ますから」


そう言って、改めて受けの構えを取るかずちゃん。

…やっぱり、受けを選んだか。


多分だけど、かずちゃんは私を警戒してる。

木は正直そこまで警戒してない。

だって、木が直撃するより私に懐に潜り込まれる方がよっぽど怖いから。

だから、木はなんとかして避けて、その直後に攻めてくる私のことを反撃できるように構えるに違いない。

それさえ凌げばこっちの勝ち。

ここで決めに行くよ、かずちゃん。


私は魔力を練って投擲の構えを取ると、全身を使って木を投げる。

木は斜めを向いて飛び、かずちゃんへ向かっていく。

私はその木に隠れる様に走り出す。

少しでもかずちゃんに私の動きを悟られないようにする為だ。


そして、かずちゃんの避ける方向だけど…コレも予測できる。

木は私から見て左側は下部分が開いていて、右側が上が開いている。

つまり、左でしゃがむか右で飛ぶかの2択。

仮に右で飛んだ場合を考えるなら…かずちゃんの剣術は地に足ついて力いっぱい振る剣術。

空中にいては私からの攻撃に反撃し辛いはず。


なら、多少姿勢は悪くても地に足つける左側を選ぶはず。

何より、かずちゃんは右利き。

そこまで考えていなかった場合、なんとなくで左側……つまり、かずちゃんから見て右側に逃げようとするだろうね。


散々私の事を馬鹿馬鹿って言われてるけど、私だって大学を卒業してる。

このくらいの事は考えられるんだよ。

それが、かずちゃんの想定外かな?


私は姿勢を低くして、かずちゃんが避けてくるであろう左側に走る。


「……まあ、そうしますよね?神林さんなら」

「っ!?」


木の陰から飛び出してきたかずちゃんが、私以上の姿勢の低さで突っ込んでくる。

そして…


「五ノ太刀『雷虎』」


その踏み込みは稲妻の閃光のような速度。

捉えた獲物に喰らいつく姿は虎のよう。

私は当然避けることが出来ず、かずちゃんの刀が胸に突き刺さった。

刀は深く刺さり、刀の鍔が私の胸に当たって軽く揺れた。

それにかずちゃんは少し表情を歪めつつも、そのまま突っ込んでくる。


私は勢いでかずちゃんに負け、そのまま体当たりされる形で後ろへ飛ばされる。

それだけでは刀は抜けず、間髪入れず飛んできた蹴りによって吹き飛び、今度こそ刀が抜けた。


「戦闘の最中に相手から意識を逸らしたり、視界から外しちゃいけない。基本中の基本ですよ?」

「…木の陰を利用されたか」

「そうですね。それに、色々と考えた結果私が左側に避けるとか考えたんじゃないですか?」

「考えたね」


素直に認めると、かずちゃんはいたずらが成功した子供のような表情を見せる。


「馬鹿ですね〜。な〜んでそこで反撃されるって考えないんですか?別に私はあそこから動けない訳じゃないんですよ?」

「…確かに」

「自分が攻めで私が受けの体勢を取ってるから、とりあえず近接を仕掛ければ良いとでも思ってたんでしょうけど…こっちから仕掛けてくるという可能性を失念していた時点で、神林さんの負けです」

「うぅ〜…私だってそこまで馬鹿じゃないって所を見せようと思ったのに…」


刺された胸に魔力を集中し、フェニクスの再生を早めながら話していると、かずちゃんがニッコニコで抱きついてきた。


「神林さんは変に頭を使わなくて良いんですよ。そのほうが、私も頭を使わなくて済むので」

「………私に馬鹿で居て欲しいってことで良い?」

「はい。そうしたら私も馬鹿になって、お互い何にも考えずにただ愛し合って幸せに暮らせるんですから」


戦闘中なのに、体をこすりつけて愛情表現してくるかずちゃん。

…この子はちゃんと頭を使ったら賢いけど、その賢さが続かないみたいだね。

私はかずちゃんに抱き着くと……そのまま全力で締める。


「分かった。じゃあ私は馬鹿で居るね。だからかずちゃんも馬鹿で居てね?今こうやって、私に締められてるみたいに」

「うぐぐぐ…!卑怯な…!」

「卑怯?戦闘中なのに不用心に私に抱き着いたのが悪いの。降参するなら今だよ?」

「…やだ!私は、諦めない!」

「うわっ、力強っ!?」


全力で抵抗するかずちゃんの力かなり強い。

私の締めつけと同じかそれ以上だ。


「くそぅ…このまま苦しめてギブアップさせようと思ったのに…」

「神林さんもいい加減諦め悪いですよ…!さっさと離してください!」

「ふふっ、我慢比べその2だよ。どっちの体力が先に尽きるかな?」

「そんな下らないこと……ああもう!良いですよ!その茶番付き合います!!」


全力で抱き着く私と、それを内側から引き剥がそうとするかずちゃんの我慢比べ。

さっきの茶番と何ら変わらないし、なんだったら悪化してるけど…私は全然いいと思う。

だって、かずちゃんが私に抱きつかれてここまで嫌がることなんて無いし、こんな遊びしたこと無い。

滅多にない機会だし、もっともっと遊んじゃおう。


「もぅ…いい加減…離してくださいよ…」

「だ〜め。どっちかの体力が切れるまでま離さないよ」

「…あぁ〜あ、もう疲れた〜」

「……ふん」

「いたたたっ!?ま、真面目にやるから許して!!」

「分かればいいのよ分かれば」


すぐに飽きたかずちゃんを全力で締めて喝を入れ直すと、また茶番を再開する。

中々に楽しい茶番だったけど、かずちゃんはもうやりたくないらしく離した後は本気で嫌がっていた。

結局、負けたのは私で私が体力切れで負けた。


…と言うか、そもそもこっちは胸を刺されて苦しいんだけど?

多分これ肺に穴空いてない?

大丈夫?


…うん、これ駄目だわ。

今更だけどこれ肺に穴あいてる。

逆になんで今までなんの影響もなく茶番出来てたの?


「…かずちゃん。一旦戦闘とか無視して私のこと治してくれない?もしかしたら死ぬ…」

「任せてください。と言うか、一旦休みませんか?流石に疲れました」

「まあね…別に急いでるわけじゃないし、一旦戻って休憩しようか」


ちょっとふざけ過ぎたせいで無駄に疲れた。

私の怪我を治すためにも、丁度いいので一旦休む事に。


「まあ、私の勝ちで終わりだね。一時はどうなるかと思ったけどさ」

「はあ?何言ってるんですか?負けたのは神林さんですよ?」

「いやいやいや。見栄はらなくていいんだよ?」

「それはこっちの台詞ですよ」

「………」

「………」


特に深い意味は無いけど、私が勝利宣言したらかずちゃんが反論してきた。

最後の最後で油断して負けたよね?

かずちゃん。


「あの時もし捕まえたのがかずちゃんじゃ無かったら、一瞬で体を圧し折って私の勝ちだったよ?それをしなかったら茶番になったけど」


そう。

あの時体を圧し折って勝つことだって出来た。

でも、相手はかずちゃんで殺すわけにはいかないからああなったけど…そんな理由もあって私の勝ちだ。


「アレは負けを理解できなかった神林さんが悪いんですよ。あの時私があえて心臓を外してなかったら私の勝ちでした」


確かに……いやいや!私はあの時確かに少しでも致命傷を避けようと体を捻ってた。

心臓に当たらなかったのはかずちゃんの調整じゃなくて私の調整。

つまり、あの時点で私は負けてない。


…それにそんなことを言い出したら?


「だったら1回目の茶番の時、私が魔力武装を使ってなかったらもれなくかずちゃん死んでたよ?やっぱり私の勝ちじゃん」

「分かってないですねぇ〜?当てたら殺しちゃうかもしれない恐怖と戦ってるんですよこっちは。本来の力を出せない場面がどれだけあった事か…」

「私だって魔力武装を本気で使ったらかずちゃんが死ぬかもしれないって思って、常に出力は下げてたよ?」

「私は纏う魔力の量を減らしてしましたけどね?」

「私もだよ?」


……まあ、こうなる訳で。

こうなったらどうなるのかなんて言うまでも無いんだけど…


「いいよ。じゃあ同じ条件で戦おうよ。お互い魔力なし殺傷性武器無しね?」

「ただの喧嘩じゃ無いですか。まあ、今の堅物神林さんを分からせるにはそれしかないですけど」

「堅物なのはそっち。ガキみたいに諦め悪く引きずって」

「そのガキと一歩も引かない喧嘩をしてる神林さんはなに?」

「バカ」

「自分で言うんですね。でもそれ全然かっこよくもなければ、潔くもないですよ?」


胸の傷を治して貰い、今度はお互い魔力なしで戦う。

…と言うか喧嘩する。

ここから先はいつも通りの喧嘩。

お互いボロボロになるまで全部をぶつけ合うんだ。

死なないって分かってるからね。


3時間くらいノーガードで殴り合った結果、私の辛勝。

血みどろで全身アザだらけで小屋に戻ってきたらポーションと手紙が置かれていた。

手紙の内容はこうだ。



『君たちホントにお似合いだと思うよ。文字通りの“バカップル”

             邪神より』


その手紙を見て、私達は同時に沸騰した。


「「あのクソ邪神がっ!!」」

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