第205話 花咲く魔の手
「『菊』『紫陽花』。かずちゃんは私が見るから交代して」
「了解」
「頼んだわよ」
隙を見て戻ってきた神林さんが、2人をヒキイルカミの対応に向かわせて私の様子を見てくれる。
神林さんが隣にいてくれる。
それだけで私は少し心が落ち着いた。
「っ!?やめて!!」
「…なるほどね。2人が触れることを躊躇するわけだ」
私のことを抱きしめた神林さんは、私の拒絶と自分の魔力を吸われた感覚から手を離す。
しかし、怯える私の顔を覗き込んで微笑むと、私の頬に手を触れる。
「大丈夫。私がついてる」
「神林さん…」
「何かあったら私がなんとかしてあげる。だから…何があったか教えて?」
私を安心させようと優しい口調で話す神林さん。
そのおかげで私も少し落ち着いてきた。
「……ステータスの糸って覚えてますか?」
「咲島さんが話してたやつ?難しい話だったからほとんど聞いてなかった」
「ふふっ…神林さんらしいですね」
そういえば、あの時神林さんは途中から私で遊んでたような気がする。
やっぱり神林さんにこの手の話は駄目か…
「そのステータスの糸というものを伝って魂の深いところまで行ったんです。私のこの吸収の力は、魂の奥にあるんじゃないかって」
「そこで何か見つけたの?」
「……はい。黒い手です。それも、沢山の」
…思い出しただけで身震いをしてしまう。
意識すると、今も頭の片隅に見えてくる。
知ってしまったからこそ、私は“それ”をいつでも認識できちゃうんだ。
「私がその黒い手を見た時、初めは真っ暗な空間なんだと思ってました。よくない力だから、真っ暗な空間に閉じ込められてるんだって……でも違った。あの空間が真っ暗だったのは、一切の光を通す隙間がないほど膨大な量の黒い手で埋め尽くされていたからなんです」
「そうなんだ…」
「それを理解した瞬間、私は気が触れそうになって……って、ちゃんと話聞いてます?」
「きいてるよー(棒)」
「駄目だ。ちょっと神林さんに難しい話でしたね」
うちの神林さんにはちょっと難しい話だったみたい。
目に光が無いし、明後日の方向を向いてる。
…まあ、神林さんらしいし、いつもの日常が直ぐ側にあるって考えたらちょっと落ち着く。
「……なんだか、もう一回しっかり見てきてもいいような気がしてきました」
「大丈夫?」
「もちろんです。それに、この力をなんとかしない事にはろくに神林さんに触れられませんし…その、夜の触れ合いもできませんから」
「気にするところが違うような気がするけど…かずちゃんが大丈夫なら頑張って。もし何かあったら私を頼ること。いい?」
「はい」
私は、神林さんに見送られながらもう一度自分の魂の奥底に意識を向ける。
さっきも少し意識したくらいで見えたくらいだし…すぐにそこに着く事が出来た。
(…相変わらず精神を削られる見た目。生理的に受け付けないとはこの事なんだろうね)
私を捕まえようとこちらへ伸びてくる無数の手。
その手はジェネシスの作った封印に阻まれて、私のところまでは来れない。
…とは言え、これをどうやって抑えるのかは私にも分からない。
こういうのは、アニメや漫画のキャラクターなら精神力で抑え込むんだろうけど…
(精神力でどうこうできるレベルの力じゃないよね…明らかに)
私なんかとは比較にならないほど強い力。
抑え込もうとかそういう気持ちが微塵も湧いてこない程の力を感じる。
封印が無かったら一瞬で諦めて神林さんに泣きついてるね。
『いやいや。封印が無かったらとっくに呑み込まれてるよ』
「っ!?誰っ!?」
突然背後から聞こえてきた言葉。
振り返るとそこには……私が居た。
『いや〜、この皮を用意するのにちょっと時間がかかってね?望まれたとは言え、封印が邪魔をしてくるんだよ』
「…私の問に答えて。誰?」
私の姿をした何者かを睨んでそう言う。
ソイツは私の顔で不気味な笑みを浮かべたあと、真上を指差す。
『私は御島一葉の精神の一部であり…この無数の手の一部だよ』
「…つまり、私とこの黒い手が一帯化した存在って事で言い?」
『概ねその認識でいいよ。色々と話したいところだけど…あんまり時間が無いからね。手短に終わらせよう』
そう言って―――黒い手の私は封印の壁を越えて私の目の前まで歩いてくる。
…気味が悪い。
『ねえ私?この力を受け入れるか拒絶するか。どっちを選ぶ?』
「………」
『言っておくけど、こうなったのは私が力が欲しいって願った事が原因なんだよ?今更選択を後にしたいなんて通じないからね』
少し考えて、口を開こうとしたその時、黒い手の私は退路を潰してきた。
…私の一部だから、私の考えてることが分かるのか。
二択のどちらかを選ばないといけないと…
「この力を受け入れたら…私は…強くなれる?」
その問いに、黒い手の私は待っていましたと言わんばかりの笑みを浮かべた。
『なれるとも!今は封印のせいで全然力が使えないけど…それでもあのヒキイルカミとか言う粘土細工程度なら絶対に負けないね!』
「…本当なんだよね?」
『疑うのかい?これだけの力を目の前にして』
その瞬間、黒い手の私からジェネシスに匹敵する圧倒的で絶大な力が放たれた。
その覇気だけで生き物を殺せそうな力。
…それの一部でも使えるのなら…私はもっと強くなれる…
黒い手の私は私に握手をとも求める。
その手を取れば…私はこの力を手に入れられるんだろう。
…でも、本当に取っていいんだろうか?
取り返しのつかない事にならないよね?
『ほらほら。時間は無いはずだけど?』
わざとらしく手を振って、私に促してくる黒い手の私。
ゆっくりと手を伸ばし、恐る恐るその手を取ると―――黒い手の私は体が崩れだし、代わりに握手をしている私の右腕に力が入り込んでくる。
『オーケイ。その右腕に力の一部を付与しよう。大罪の力の1つ、『強欲』の力をね?』
その言葉が聞こえた直後、私の意識はその封印の領域から弾かれて現実世界に戻ってきた。
「その様子だと。なんとか力を自分のものに出来たようね」
「神林さん…」
「立てる?そして、力は使える?」
「……立てますし、使えます。行きましょう」
黒いオーラを放つ右腕を少し見たあと、私は起き上がってヒキイルカミの方へ向う。
力の使い方は分かる。
どんな力なのかも分かる。
なら、やる事はもう決まってる。
「今度こそ、勝ちにいきますよ!」
私は神林さんより前に立ち、ヒキイルカミを見上げる。
そして、地を蹴って走り出した。
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