第206話 強欲
『菊』と『紫陽花』の間を通り抜けヒキイルカミの右腕に手を伸ばす。
ヒキイルカミは私を見てかなり驚いている様子で、簡単に腕を掴むことができた。
驚いて固まってるやつほどやりやすいからね。
そして、肝心の能力の効果だけど…
『っ!?ぐぁああああああ!?』
私が右腕を掴んだ瞬間、掴んだ場所から先が消滅した。
そして、私の中に膨大な量の魔力が流れ込んでくる。
分かってはいたけど、すごい効き目だね。
相性はかなりいいようだ。
「なになに?どういう力なのそれ?」
「『強欲』だって。他者から奪う事に特化した力。この場合だと…魔力を奪う力だね」
「ふ〜ん?魔力で体が構成されてる霊体相手にはかなり効くわけだ」
私の右手に宿った能力は、奪って吸収する力。
特に魔力みたいなエネルギーにはかなりの効果を発揮し、触れるだけでごっそり相手の魔力を奪える。
霊体相手だと体が消滅するくらいの勢いで吸収するから恐ろしい。
そんなとんでもない力を持つ『強欲』だけど、これでも力のほんの一部でしかない。
本当の力はこんなものの比ではない事が、私の中に居る黒い手の私が教えてくれる。
『私そんな守護霊みたいな存在じゃないからね?』
(そこはそういうポジションに収まっとけば良いじゃん!ちょっと考えたらしゃしゃり出てくるんだか―――)
『前見なくていいの?』
「やばっ!!」
意識の中にいる黒い手の私と話していたせいでちょっと迂闊になってた。
魔法攻撃を走って避けると、もう一度ヒキイルカミを吸収しようとするけれど…流石に逃げられてしまう。
まあ、明らかにヤバイ力だもんね。
自分を殺しかねない力だし、逃げるのは当然。
『あ〜あ。逃げられてるじゃん。もっと頑張ってよ、私』
(うるさいなぁ…触れなきゃ意味無い能力なんだから仕方ないでしょ?強くなれるって言うから受け入れたのに…全然だね)
『そりゃあ、たかがあの程度の力だし…もっと私のことを求めてくれたら触らなくても最低限の事は出来るくらいの力はあげられるけど』
(じゃあちょうだい!今は何より力が欲しい!!)
私がそう言うと、頭の片隅に結界を超えて私の方へやって来る黒い手のイメージが浮かんできた。
その手は魂の外へ出てくると、私の左腕に宿り、左腕が黒いオーラを放ち始めた。
『封印がまた緩んだね。それは“強奪収集”の力。先に渡した“強奪吸収”と併用しな』
(何が違うの?)
『使えば分かるよ』
…全然説明してくれない。
守護霊なら守護霊らしくナビゲートしてくれればいいのに。
とりあえず使ってみよう。
…そうだ!技名があった方がかっこいいよね?
「…『渇望する左腕』とか?」
『う〜ん。めっちゃ厨二』
(うるさいなぁ…)
黒い手の私にツッコまれながら私は2つ目の力…『渇望する左腕』を発動する。
すると、その能力がすぐに理解できた。
「周囲の魔力が集まってくる…それで、“強奪収集”なのか」
周囲の高濃度の魔力が掃除機で吸い込まれる煙くらいすごい勢いで私に向かってくる。
…でも、吸収まではされず、力の宿っている左腕に集まってくるだけだ。
なるほど、ここで先に手に入れた右腕の力が活かされるわけだね!
「右腕は…『貪欲な右腕』にしよう!」
『やーい厨二病』
(うるさい黙れ!)
鬱陶しい黒い手の私を引っ込めると、左腕に集まった魔力を吸収する。
…あっ、待って。
コレよくないかも。
「うっ…!気持ち悪い…」
「魔力を吸いすぎなのよ。私達がやるから、一旦下がって」
「ここはお姉さん達に任せなさ〜い」
「姉さんはもうおばさ――「何か言った?」――いや、何も…」
魔力を吸いすぎて気分が悪くなった私の前に出て交代してくれる大幹部の2人。
その2人に任せると、吸いすぎた魔力を放出してガス抜きをするが…
「…駄目だ。出した分だけ吸ってる」
「止められないの?」
「止められるけど…何かに使いたくない?」
「使えないからガス抜きしてるんでしょうに…困った子ね」
「むぅ…」
私の心配をしてくれた神林さんが吸うのを止めることを提案してくる。
でも、どうせ空間に漂う魔力を吸えるのは私だけだから、何かに活用したい。
…でも、神林さんの言う通り活用の方法がないんだよねぇ〜。
魔法なんか使っても意味無いし…魔力を無駄に使っても良いって考えるなら、馬鹿みたいに燃費の悪い技とか…あっ!
「…何か思いついたみたいね?」
「せっかくなら魔力を無駄遣いしようと思ったんですよ」
「へえ?何か見せてくれるんだね?」
「はい。今まで魔力が勿体ないので使っていませんでしたけど…今なら使える」
刀を構え、練習してきた通りに魔力を流す。
そして、今使っている大量の魔力の一部を脚に集中して急加速。
一瞬でヒキイルカミの目の前に来ると、刀に集まった魔力を解放する。
「一ノ太刀…『轟』ッ!!」
タケルカミに習った中で2番目に火力のある技。
その威力は絶大で、刀から解き放たれた魔力が熱したナイフでバターを切るようにヒキイルカミを両断する。
それだけに留まらず、その魔力の刃は通る上にある全てのモノを切断し、破壊しながら進み続ける。
…やばい、とんでもない物的被害になるよこれ。
「うわぁ〜お。派手にやったな〜」
「……まあ、アレもカミがやったって事にしておきましょう」
崩れ行くビルのジャングルを眺めて大幹部の2人がなんか言ってる。
ヒキイルカミは…もう再生したのか。
いくら霊体が魔力で出来てるからって早すぎない?
そして神林さんは……なんでそんなに頭を抱えてるの?
私別に悪くないもん!
「私悪くないもん!」
「それは無理があるでしょう」
「一応隠蔽はするけど…やったと自覚はしておいてね?」
「こうなる事は火を見るより明らかだったはずだけど?」
『とんでもない濡れ衣だな。これだから子供は…』
ヒキイルカミまで私の事を悪いと言ってくる。
私悪くないもん…
『さて、少し落ち着いたな。1つ聞かせてもらおう。“それ”はなんだ?』
「…教えない、って言ったら?」
『おおよそ何かは分かる。偉大なるあの方が封印していたはずだが…』
「私の中にこれがある事は見抜いてたの?それとも…」
ヒキイルカミには、この『強欲』が見えていた…
もしそうならカミに対する警戒度を見直さないとね。
『偉大なるあの方が封印を施されたのだ。気付けるはずがなかろう。…だが、そう言った力がある事は知っていたし、持っているモノはその力を封印されていることも知っている』
「…あっそ」
『他者の力を奪う力…そしてその禍々しい気配…間違いなく良いものでは無いな。何かの不都合でそう言った力が使えるようになった者を消すのも我らの使命……しかし、今その使命を果たそうとすることは愚の骨頂よ』
そう言って、ヒキイルカミは魔法を乱射して土埃を巻き起こす。
次の瞬間、空間の歪みを感じ、私達は急いで走り出すが……一足遅かった。
『どうにも相性が悪い。ここで無理に使命を果たそうとし、お前を強化する訳にはいかんのでな。退くとしよう』
「くそっ!」
『まさかここまでとは思わなかったよ。今回の懲罰は失敗も良いところだな』
ヒキイルカミは、私達が土埃を超えた頃にはもういなかった。
声はさっきまでいた場所に設置されている魔法陣から聞こえてきている。
なんて逃げ足の速さ。
一体どこのどいつに似たんだか…
早川以上の逃げ足の速さに怒りと驚愕と何処か諦めを感じていると、黒い手の私が囁く。
『あの術…術者と密接に繋がってるな。『渇望する左腕』で力を奪えるぞ』
(本当?)
『ああ。どうせ逃げられるなら、何か1つ貰っていこう。行くよ、私』
(任せた!)
私は、黒い手の私の言う通りに『渇望する左腕』を発動する。
禍々しい黒いオーラが強くなり、意識しないと近くにいる神林さん達からも魔力を吸い上げそうなほど力が高まる。
そして、その高まった力が黒い手となって、魔法陣へ飛び込んだ。
「かずちゃん!?」
「黒いオーラ…なんて禍々しい」
「なんかカッコイイ闇のビームを会得してる…」
…ビーム?
腕とか手じゃなくて?
『黒い手は私のイメージだよ。私が勝手にそう解釈してるだけ』
(そうなんだ…じゃあ他の人には…)
『ただの黒いオーラの流れ…それこそビームみたいなモノだよ』
見え方が違う。
そんな事あるんだ…流石は『強欲』。
名前負けしない特性だね。
……お?
『掴んだね。絶対離さないこと』
(離さないって言ったって…感覚分かんないし)
『イメージだよイメージ。掴んだものを絶対に離さないってイメージ』
絶対離さない…がっしり掴むイメージか。
……神林さんの胸を思いっきり握った時の感覚?
『…私には『色欲』の方が合うかもね』
「なんか、かずちゃんからやらしい気配を感じたんだけど?」
「べ、別に何も考えてないもん!!」
黒い手の私と神林さんがなんか言ってる。
…しょうがないじゃん!
他にそれっぽいイメージが沸かなかったんだから!
変わらずそのイメージで掴んだものを引っ張ると、魔法陣から黒い手が戻ってきて、私の中に入ってくる。
『貪欲な右腕』を使ったから吸収されたんだろうけど……ん?
――――――――――――――――――――――
名前御島一葉
レベル115
スキル
《鑑定》
《大魔導師》
《抜刀術Lv7》
《立体戦闘》
《魔闘法Lv9》
《探知Lv5》
《威圧Lv 4》
《状態異常無効》
―――――――――――――――――――――――
……あれ?
「《大魔導師》って…かずちゃん、そんなスキル持ってたっけ?」
「今奪ったんですよ…でも、まさかこんなスキルを奪えるとは…」
スキルを奪う…
ヒキイルカミが早川を乗っ取った時、吸収されたスキルを私が奪う。
うん、かなり得!
『でしょでしょ?本来ならこんなモノじゃないんだけど―――くっ!?』
「ううっ!?」
黒い手の私がドヤ顔で自慢していたその時、突然表情が苦しくなり、私も胸をワイヤーで締め付けられているような痛みに襲われた。
「かずちゃん!?大丈夫!?」
「スキルを奪った時に何か良くないものでも入ってきた…?姉さん!どうしたら…!」
「分かんないわよ!私に聞かれても!」
3人が駆け寄ってきて私の心配をしてくれるが…そんな心配を他所に私は痛みで立てなくなった。
『クソッ!忌々しい!!■■!また我の邪魔をするか!!』
黒い手の私……いや、『強欲』が悪態をつく。
…なんか聞き取れない言葉があった気がする。
なんだろう…?私には理解できない言語…いや、それもなんか違うようなッ!?
「うっ、くぅぅぅあああああああ!!!?」
「かずちゃんッ!!」
心が引き裂かれるような痛み。
比喩でも例えでもなんでもない、本当に心が引き裂かれるような痛みが私を容赦なく襲ってくるんだ。
これは…魂の痛み?
ジェネシスの封印が私と『強欲』を切り離そうとしている?
『ああああ!!くっ…!だが、既に植え付けた!もうお前の出る幕じゃない!!お前はただの傍観者!そうだろう!?』
封印の上で『強欲』が藻掻き苦しみながら、そう叫ぶ。
すると、封印を作っている魔法陣から声が響いた。
『別にこれ以上取ったりはしないさ。…ただ、このまま好きにされると御島一葉という存在をどうこうできる者が居なくなるんだよ。それは、面白くない』
ジェネシスだ。
私が…これ以上強くならないようにする為に封印を?
『悪いけど、せっかく手に入れた力に制限をかける。この力は私の箱庭には過ぎた力だ。まだろくに扱えもしない人間如きになんの制限もなしに持たせるには危険すぎるよ』
(そんな…)
ジェネシスがそう言った直後、魔法陣が輝き、さっきまで当たり前のように使えた『強欲』の力が使えなくなる。
そして、痛みがもっと強くなり、私はその痛みに耐えきれず意識を失った…
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