第204話 赤い花と黒い手

「うぐぅ…!」


神林さんの噛み殺しきれない悲鳴が聞こえる。

《鋼の体》で守られている神林さんでも、あの数と威力の魔法を受ければ無事では済まない。

既に服もズボンも穴だらけで、その部分から血が滲み出ている。


大切な人が傷つけられ、追い詰められているのにただ見ることしか出来ない。

そんな状況で、私の心には怒りと苦しみが積もっていく。


神林さんを傷つけたヒキイルカミへの怒り。

神林さんを守れない自分への怒り。

神林さんが苦しむ様子や、痛々しい姿を見なければならない苦しみ。


私はついに耐えられなくなって、強引に体を動かす。


「っうううあああああ!!!」

「やめなさい!それだとあなたの体が壊れる!!」

「うるさいっ!!私は!神林さんを!!」


『紫陽花』が無理に脱出しようとする私を止めようとするが、それを振り切って抜け出そうとする。

次の瞬間……


「――――ッ!!!」


何かが千切れたような鋭く激しい痛みが私の腰から広がる。


「だから言ったのに…回復魔法を使いなさい。無理に動くからそうなるのよ」

「だって!!」

「気持ちはわかるけど、もう少しやり方を考えなさい。『菊』まだ無理なの?」

「無茶言わないで欲しいね。私だけ異様に拘束が多いの見えない?」


この拘束から脱出する唯一の可能性、『菊』の魔王の大太刀。

それはヒキイルカミも対策していたようで、『菊』だけ異様に拘束が厳重だ。


私達の数倍の数の縄で縛られ、魔王の大太刀が万が一にも動かないようにガッチリ固められている。

大太刀を握っている手なんて、腕が見えない程の縄で拘束されてるし…


「いくらなんでも私のこと怖がりすぎでしょ。ここまでする必要無いって」

「ゴチャゴチャ言ってないでなんとかしなさい」

「それを言うなら姉さんこそなんとかしてよ。一丁前にすごい剣持ってるくせに肝心な時に役に立たないんだから」

「『菊』とは少し話し合いが必要なようね」

「私も色々と話したいところだったので受けて立ちますよ」

「…私を無視して喧嘩しないでよ」


大幹部の2人は喧嘩を始めるくらい何もできない。

そして、私も無理に抜け出そうとして腰が……


私に…もっと力があれば…


……ああ、力が欲しい。

こんな拘束を容易く引き千切って、あのクソ野郎をぶち殺せる力が…


咲島さんみたいな、圧倒的で強大な暴力が…


欲しい…私も欲しい…


なんで私だけ無いの?

私には本当に何も無い。

剣術だって、魔力制御だって、血の滲むような努力をして手に入れたものだ。

神林さんみたいに持って生まれたわけじゃない。

適当にやってみたらなんか出来た、なんてうまい話は無い。

成長速度がおかしいって言うけど、それもジェネシスが私に付与した加護の効果だけ。

私自身の才能は神林さんに劣る。


積み上げてきたもの?

そんなの、咲島さんを見れば鼻で笑えるようなものだ。

あの人は私とは比べ物にならない努力をして、今の地位と、力を手に入れた。

それに比べて私はどう?

私の努力はどんなモノ?


才能は?

神林さんは私の努力を踏みにじるようにあっという間に追いついてきて、歩みを止めたらあっという間に置いていかれるような天才。

私みたいな向上心や野心が少しでもあれば…きっと咲島さんなんかずっと昔に追い越して日本最強になってる。

あの人は歩いてるんだ。

私の隣に居たいから。


努力や才能で勝てないなら武器は?

ただ切れ味が良くて、壊れなくて、少しづつ成長するだけの刀。

『菊』のように魔法を破壊する効果もなければ、『紫陽花』のように即死級の攻撃を撃てる事もないし、咲島さんのような規格外でもない。


なんにも無いね、私。


……だからこそ欲しい。

神林さんにも、咲島さんにも、『菊』にも『紫陽花』にも無い、私だけの力。

私だけの他の誰にも張り合えない、絶対的で真似できない力が欲しい。

力が…力が欲しい…!!!




そんな願いが叶ったのか、私の中に魔力が流れ込んでくる。

何がそうさせてるのかは分からない。

どうしてそうなってるのかは分からないけど…何処から来ているかは分かる。


「ヒキイルカミの縄…魔力の縄だから吸収出来てるのか…」


私を縛る縄から魔力が流れ込んでくる。

何が…私の中の何が縄から魔力を奪っている。


…魔力が奪われたなら、縄の強度が落ちてるんじゃ?


「うぐぐぐぐぐ…!!」

「こら!また無茶なことし、て…」

「…なになに?どうなってるの?」


縄の魔力が私に奪われていることで、どんどん拘束が弱まっていく。

そして、私の力でも縄が引っ張られて、今にも千切れそうだ。


「頑張って一葉ちゃん!あなただけが頼りよ!!」

「金魚の糞とか言ってごめん!!土下座でも何でもするから頑張って!!」

「いや…別に土下座なんて興味無いけど…」

「ほら、『菊』が余計な事を言うから一葉ちゃんのやる気が失せちゃったじゃない」

「え!?コレ私が悪いの!?」

 

なんかコントが始まってるけど無視無視。

あとちょっと…あとちょっとで破れるんだ!

精一杯全身に力を入れて縄を押し続け……ついに縄が弾け飛んだ。


「よしっ!!」

「よくやったわ!!ついでに私達の縄も解いてくれない?」

「特に私」


脱出した私は、『菊』の縄を掴むと魔力を奪って強度を落としていく。

意識して使えたら楽なんだけど…私の意識とは別に魔力を吸ってるんだよね。


……ん?


「…なんかおかしくない?どうなってるの?」

「空間の魔力濃度が薄れてる?一葉ちゃん、大丈夫?」

「なんか…勝手に吸収が強くなってる…」


掴んでいる縄の魔力吸収が強まったかと思ったら、今度は全身で空間の魔力を吸い始めた。

今この空間にはヒキイルカミの魔力爆発によって、高濃度の魔力が漂ってる。

それをどんどん吸い続けて、私の中に蓄えていってるんだ。


…これ放っといて大丈夫なヤツ?ダメなヤツ?


「あっ、解けた」

「よし!『菊』私の縄を壊してちょうだい」

「えぇ〜?どうしようかなぁ〜?」

「ふざけてる場合じゃないよ!えいっ!」

「いいっ!?……ん??」


ふざけて『紫陽花』の縄を壊そうとしない『菊』の背中を叩くと一瞬で大量の魔力が奪えてしまった。

『菊』もそれはわかったみたいで、目を丸くしてる。


ちょっと叩いただけでコレって…不味いんじゃ?


「ちょっと…この力と向き合ってみる」

「それがいいと思う。護衛は私と姉さんに任せて」


私は目を瞑って周囲から魔力を吸い上げている源を辿る。

魔力が私の中にある何かに吸い寄せられてるから、その吸い寄せてる力を辿れば何なのかが掴めるはず。

深く深く…真っ暗な私の中の何かに向かって意識を伸ばしていく。


…かなり深いね。

魔力を感じ取って、魂を辿るだけならもう知覚できるんだけど…


魂の知覚は魔力をある程度操れるようになれば誰でもできるけど、見えるだけ。

魂の中まで覗こうと思うとそれなりに技術がいる。

私はそれが出来るけど…まあ自力でやるのは結構大変。

何の装備もなしに深い海に潜ろうとしてるようなものだ。


だから今回は咲島さんに聞いたずるの仕方を使おうと思う。


(確か、魔力に似た気配のある細い糸を…あった!)


私が探したのは、魔力とは似て非なる気配を持つ細い糸。

それはステータスの糸と呼ばれるものらしい。

名前は第1発見者の咲島さんが名付けたもので、蜘蛛の糸くらい細いのにその中には膨大な量の情報が詰まっているジェネシスの芸術。

私はその糸を辿って魂の深いところまで潜っていく。


あまりにも細すぎるから、途中何度も見逃しそうになるけれど、その度に本気で探し回ってなんとかした。

そして潜ること体感10分。

ついに糸の終着点までたどり着いた。


(これがステータスの糸の塊…私達の力の根幹)


糸を辿った時に到着する場所。

そこは細い糸がしっかりと認識できるほど複雑に絡み合った糸の塊があった。

この糸の塊こそがステータスの根幹であり、私達にステータスと言う形で力を与えているモノ。


ステータスの糸を通して送られてきた情報や力はこの塊から滲み出し、身体を強化するスキルは肉体へ。

精神を強化するスキルは魂を通じて精神へ作用する。

人間の臓器で例えるなら肺胞みたいなものだ。

ジェネシスから受け取った力を効率よく吸収し、全身へと送り出す器官。

それがこの糸の塊。


(確かに、私が普段使うスキルの気配を感じる…間違いない、これが咲島さんの言っていたステータスの糸の塊だ)


こんなモノから私達は力を得ていることに驚きと感心を覚え、隅々まで観察していると…ある異常に気が付いた。


(…さらに深いところまで糸が続いてる?)


ここは魂の中でもかなり深い部分のはずだ。

それよりも深い部分場所に向かって、ステータスの糸が伸びているのがわかった。


…しかも、その糸は他の糸には無い独特の気配を放っていて、私の為に作用しているとは思えない。

私とは別の何かに使用しているように見える。


(コレを辿れば、私のパワーアップの理由が分かる?)


そう思った私は、その糸を辿ってさらなる深みへ潜る。

きっと、ここまで魂の深層にやってきたのは私だけだ。

咲島さんだって、ここまで深くまで辿り着いてないはず。

前人未到。

それまで神の領域とされた場所に、私は人類で始めてる到達するんだ。


その事に喜びを覚えていると、案外すぐにその糸の終点に辿り着いた。


(……魔法陣、だけ?)


糸が伸びていた先は魔法陣。

それ以外には何も無く、今まで見てきた場所よりも何も見えないほど真っ暗な領域が広がっていた。


……何なんだろう?この空間。

それにこの魔法陣…とんでもなく高度で複雑な形をしてる。

例えるならそう…中に百個くらい入ってるマトリョーシカみたいだ。


魔法陣の中に小さな魔法陣がいくつもあって、その小さな魔法陣の中にさらに沢山の小さな魔法陣がある。

そしてその小さな魔法陣の中にもっと小さな魔法陣があって、その魔法陣の中にもさらに小さな魔法陣がある。

そんな複雑で高度な魔法陣だ。


(複雑過ぎてなんの魔法陣なのか分かんないけど…感覚的に神林さんの《鋼の体》に似てる)


つまり、障壁とか防御に関する魔法陣って事だ。

或いは何かを封印する魔法陣。

…それってつまり、私の中にある恐ろしい何かを封印してるって事じゃ…?


(…戻ろう。なんだか気味が悪い)


触れちゃいけない。

世の中知らないほうが良いことだってたくさんある。

コレもその一つだ。

正体は気になるけど、求めちゃ駄目。

ジェネシスがここまでして封印してるんだ。

きっと、私には手に負えないようなとんでもなく恐ろしいナニ、カ……




意識を戻そうとした私は見てしまった。

見えてしまった。


「あ、ああぁ…」


“それ”はあまりにも巨大で、あまりにもおぞましくて、あまりにも非現実的。 

あんなものが私の中に…それも魂の最深部にあるなんて認めたくない。

知りたくない。

そんな代物を私は見た。


「うわあああああああああああああ!!!」

「「「っ!?」」」

『なんだ…?』


なんとか意識を現実に戻すことが出来た私は、文字通り心の底から叫び、骨の髄まで震え上がる。 


「大丈夫!?何があったの!?」

「私が消してあげる!頭借りてもいい!?」

「ひ、ひひひ…」


まともに喋れない。

身体もろくに動かない。

恐ろしさで息さえ忘れそうだ。


「手が…黒い手が…」

「手?黒い手がどうしたの?」

「触らないで。私に近付かないで。じゃないと…私は、私は…」


強大な敵を前にしているのに、私は錯乱して2人の手を焼く羽目になった。

後で知った事だけど、この時の私はかなりおかしくなっていたようで、ヒキイルカミすら私のことを『関わらないほうが良いんじゃないか?』みたいな顔で若干引いてたらしい。

…皮肉にも、それが私達が助かる要因になった事も後で知った。


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