第202話 黒い蕾

ヒキイルカミは倒した。

首を刎ね、経験値が入ってきたし間違いない。

…でも、カミを倒したにしては少ない?

こんなものなのかな?


「『菊』が一番頑張ってたし、首を刎ねただけの私はそんなに貰えないとか…」


転がったヒキイルカミの首――もとい、早川の首を蹴飛ばして壊れた車の窓にシュートした。


「こら!そんなはしたない事しない!!」

「どうせクズ野郎の首なんですから良いですよ。神林さんも唾でも吐きかけたらどうですか?」

「人間誰でも死ねば仏よ。生前どれほど恨みを買おうとね?」


私の行為を神林さんが叱る。

死ねば仏。

早川が仏になるとか…想像しただけで吐き気がするよ。


嫌な想像をして体を震わせていると、大幹部の2人が歩いてくる。


「流石は大人。いい事言うじゃん」

「神林さんはやっぱり違うわねぇ〜。うちの愚妹達にも見習って欲しいわ」

「…これでも歳は私達のほうが上なんだけど?」

「だからなのよ、全く…」


……『菊』って神林さんより年上だったのか。

…そう言えば、前に『菊』『牡丹』『青薔薇』は同期って聞いたような聞いてなかったような?


「『菊』って何歳なの?」

「随分いきなりだね…32だけど?」

「確かに神林さんより年上…『牡丹』と『青薔薇』も同じなんだよね?」

「そうだけど?…あっ、『紫陽花』は43だよ」

「余計な事を言わないの」


…大幹部の平均年齢高くない?

3人32歳で43歳が1人と60代…この際60歳って事にしよう。

すると平均年齢は…約40歳か。


…もしかして皆現役引退したいとか思ってる?


「かずちゃん。あんまり滅多な事は言わないほうが良いよ」

「そうですね。なんか嫌な予感がします」


何かを察した神林さんに止められる。

ちょっと気になって2人の方を見ると…


「チッ!」

「せっかく引退できるチャンスだったのに…」


予想通り、私達に大幹部の地位を押し付けて引退しようと画策していたのか、苛立っているように見える。

神林さんの危機察知能力の高さに感謝。


「とにかく、ヒキイルカミは倒したし、早く帰りましょう。レベルが上がるほど経験値を貰えなかったのが残念ですけど」

「…ん?一葉ちゃんが経験値を沢山貰ったんじゃないの?」

「え?私は大して貰ってないよ?『菊』がほとんど貰ったんじゃ…」

「いや全然?」


……え?

どういう事?

経験値は私と『菊』のを合わせても全然もらえてない?

あれだけレベル差があるのに?


あまりのショボさに思わず首を傾げていると、急に神林さんが私を抱きしめてくる。

そして…


「逃げるよ。アイツ、まだ死んでない!」


そう言って、私を抱きかかえたまま走り出す。

それに少し遅れて2人も走り出し、ヒキイルカミから距離を取ると…


『やれやれ…勘の良いヤツは嫌いなんだよ』


何処からともなく声が響いてきて、私達は一気に戦闘態勢に入る。


すると、首を失ったヒキイルカミの死体から光が溢れ出し、その光が形を持ち始める。

それが明確なモノになると…なんなのかが一目でわかった。


「まだ死んでなかったのか…」


ヒキイルカミが復活した。

アレは霊体だ。

本来のヒキイルカミは霊体で、早川の体に取り憑いて居ただけ……そうか!!


「なるほど…さっきの経験値は早川が死んだ事による経験値か。ただ取り憑いてるだけのヒキイルカミはノーダメージと…」

「そういう事か…通りで少ないわけだ」


カミを倒したにしてはあまりにも少ない経験値。

その正体は、精神こそ死んでいたものの、肉体は操られていた事で生きていた早川の経験値。

ようやくあのクズ野郎が死んだという証明だったんだ。


「…肉体を無くした割には、もと肉体に引っ張られ過ぎじゃない?その見た目、世間で嫌われまくってる人間のものなんだけど」

『そんな事どうでもよかろう。どうせお前達は滅びる。この姿を知る者たちも皆死ぬのだからな』

「悪いけど、それほど脅威に感じないね」

『ほう?随分余裕だな。先程の技ならもう効かないが…何か策があるとでも?』


やっぱり、『虚構』は対策されたか。

おおよそ、私がアイツを倒した時に『虚構』が切れてその時にタネを見破られたんだろう。

タネが分かれば対策は容易だからね。

……まあ、最低でもカミと同等の力が必要だけどさ。


でも、そんな事はどうだっていい。

そんな小手先の作戦なんて関係ないんだから。

だって…


「アレが効かなくなったからって――」


私の言葉と共に、3人の大人たちが前に出てくる。

私も刀を構え、魔力を放つ。


「――このメンツを相手に、魔法しか攻撃手段を持たない奴が勝てるとでも?」


相手はレベル400のカミ。

対するは人類最強クラスの力を持ち、超防御、魔法使い殺し、耐性無視攻撃等の豪華な特殊能力持ち4人。

ただ無駄に魔力が多くて、私らにワンパンされる程度のモンスターを無数に召喚できるだけの奴が霊体で復活したからと言って、さして絶望感は無いね。


「もっと言うと、準備していたモンスターの6割を私に消されてるんだってね?大丈夫?ここに居るのは私と同等かそれ以上の人間ばっかりだけど」

「多勢に無勢とはこの事ねぇ〜。神威でモンスターを呼ぶかしら?」

「それで呼び出されるモンスターも1人対処に回ればいいだけ。何の障害にもならない」


頼もしい大人たちだ。

特に神林さん。

この人が居るだけで私としては安心感が段違い。

神林さんならどんな敵も倒してくれるって信頼がある。


色眼鏡が掛かりまくった目とフィルターが何枚も挟まれている私の記憶の神林さんはそんな人だ。


「逃げても無駄だよ。私達は絶対に逃さない」


そう言い切って切っ先を向けると…ヒキイルカミは笑ってみせた。


『まさか、それで勝ったつもりでいるのか?本気を出していないのは自分達だけだといつ錯覚した?』


そう言って人差し指をこちらに向けるヒキイルカミ。

何かを感じ取った神林さんが前に出て、《鋼の体》をバリアのように展開する。

その直後、とんでもない威力のレーザーがバリアを直撃し、弾かれた先でビルを粉砕した。


『今のはちょっとした魔力攻撃だが…どうした?そんなに慌てて』

「…私の本気のパンチくらいの火力はある。私以外は攻撃を食らうイコール即死って考えたほうが良いかも」


…まじか。

強くない?

気配からはそんなに強者に思えないんだけどなぁ…

もしかして、気配を抑えて戦闘力を誤認させてたとか?


「警戒度を上げようか。モンスターの相手はどうでもいいけど、アイツは面倒くさい」


『菊』がそう言って魔王の大太刀を構える。

それに続いて『紫陽花』が真剣な表情で剣を構えた。

…なるほど、あの特殊能力が適応されない相手か。

それは厄介だね。


『まだ立ち向かってくるか?愚かな』

「油断出来ない相手って事は分かったけど、まだなんとかなるよ。それに、最悪時間稼ぎをすれば、ね?」

『………』


私の言わんとする事が理解できたのか、ヒキイルカミは口を閉ざす。

咲島さんと大幹部が集結すればいよいよヒキイルカミに勝ち目はない。

さっきも『紫陽花』が言ってたけど多勢に無勢。

最悪の場合、そういう手段も取れるという意味では…私達が絶望することは無いかな。


「こっちにも勝機が十分ある。簡単に倒せると思わない事だね。ヒキイルカミ」


私はそう啖呵を切ると、一番乗りに走り出す。

なんだか気分が良い。

もしかしたら本当に無双状態に入れるかもしれないし、積極的にカミを攻撃したい。

私に続いて3人も動き出したし…さて、勝負だ。ヒキイルカミ!

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