第200話 仙台の支配者
――同刻・仙台――
「咲島さん!」
「どうしたの?もう少し落ち着きなさい」
本部の自室で魔力を練っていると、部下の一人が駆け込んできた。
「ご報告が2つございます」
報告、ね?
敵が増えたとか、重要な人間が死んだとか、嫌なモノじゃないわよね?
「そう…じゃあ、あなたが思う良い報告からお願い」
「でしたらこちらですね。つい今、近畿支部から連絡があったのですが…『青薔薇』『牡丹』が2体のカミを制圧することに成功したようです」
「それは素晴らしいわね。で?もう一つの報告は?」
「マガツカミの居場所の特定が完了しました」
どちらも良い報告。
良かった、私の胃はこれ以上痛まないわ。
もし誰かが死んだとかだったら…はあ、嫌なことは考えないようにしましょう。
「マガツカミは何処に?」
「こちらです」
差し出されたタブレットには、マガツカミが居るという場所にピンが刺されている。
何でもない田園地帯のど真ん中。
近くにはいくつかの民家が集まって出来た農村が複数見えるけど、人が住んでいそうなのはそれくらい。
ここなら気兼ねなく戦えるね。
「マガツカミはこの位置から移動していないの?」
「はい。移動は確認していません」
「そう…なら、動かせる人全員を使ってこの位置から半径10キロ圏内の全ての人を退避させて。私の邪魔になる」
本気を出して戦うとどうしても犠牲がでてしまう。
なにせ、私の攻撃は基本的に広範囲無差別。
殴る蹴る斬る以外は、周囲を巻き込む事の多い技しかない。
それにマガツカミの攻撃も一撃一撃が災害規模の広範囲攻撃。
その上神威で災害を引き起こすんだから…まあ、周りに人がいるとまともに戦えない。
「マガツカミの相手をするならもう少し欲しいけれど…そこまでの事は出来ない。最低限魔法が届かないくらいまで避難をさせておいて」
「了解しました」
マガツカミは平気で100、200の範囲に地震を起こせる化け物だ。
たかが半径10キロの範囲から人を退避させたくらいだと心許ないけど、魔法が届かないだけでも大きくやり易さが変わる。
『花冠』には避難誘導を任せて、私一人で戦う。
「じゃあ行きましょう。避難が終わったら伝えて。私はマガツカミを見張るから」
「了解しました」
こうしているうちにマガツカミに逃げられたら困るからね。
私もすぐに出発する。
この距離なら走れば一瞬だし、軽いウォーミングアップのようなもの。
走りながら、私はスマホを取り出して『青薔薇』に電話をかける。
『はい小畑です。どうなさいましたか?』
「…珍しいわね。あなたが普通の話し方をするのは」
『こっちはふざけてる場合じゃないので…』
「そんなに状況が悪いの?」
そう言えば、被害は聞いてなかったわね。
何かあったのかしら?
『犠牲者は多数。今の所、『花冠』で死者が出たと言う話は聞いていませんが…それ以外で許容出来ない被害が出ています』
「それは、私達にとっても重要な人物かしら?」
許容出来ない死者。
『花冠』に死者が出ていないのに、一体誰が死んだの?
まさか…
『まず、近畿の冒険者が確認できただけでも3桁は死んでいます。ですが、そんなものは時間の経過とともに元に戻るでしょう。問題はとある人物が死んだことにあります』
「それは誰なの?」
『……ふぅ。その死者の名は『神宮寺誠』。世間一般で、『天秤』と呼ばれる人間です』
……あぁ、なんて悪い冗談だ。
ふざけてる余裕は無いとか言いながら、とんでもない冗談を…
『咲島さん。現実逃避しないでください』
「うるさいわね。…はぁ、どうしてこう嫌なことは畳み掛けるように襲い来るのかしら?」
『青薔薇』は私が現実逃避をしている事を見抜いて余計な事を言ってきた。
ちょっとくらい現実逃避したっていいじゃない。
こっちは心労が溜まりすぎて困ってるのよ…
『あと、『天秤』の死が原因で『牡丹』が若干メンタルを病んでいます』
「…なんで?」
どうしてそうなった?
その2人に何か変な繋がりあったっけ?
『『天秤』が死んだ状況なんですが―――』
『青薔薇』は自分の知る限りの事の顛末を話してくれた。
聞けば聞くほど嫌になる話ばかりだけど、我慢して聞いて状況を理解する。
『―――と、このように『天秤』ではなく『牡丹』がホロボスカミにトドメを刺そうとしていれば全員助かった可能性が高いんです。それを自分の失敗だと考えて、トラウマが刺激されているんだと思います』
「そこまで気を負う必要は無いと思うけれど…まあ、そんな事言ったって無駄でしょうね。とりあえず、『牡丹』の事は後回しで良いわ。休憩が取れ次第九州に行ってもらえないかしら?」
2人にはこれから九州に行ってもらって、スタンピードを止めてもらう。
『牡丹』は…まあ、『青薔薇』がケアしてくれるでしょう。
なんだかんだ根は仲良しだし。
『明日以降になりそうですね。これでもカミとの戦いで2人ともボロボロなんです。体力も魔力も残ってませんよ』
「今日の夜に出発して、あっちで休めばいいじゃない」
『帰ってきて早々ですね…これなら左遷されてるほうが良かった…』
「何か言ったかしら?」
『言え何も』
2人には疲れてるところ悪いけど、これからもバリバリ働いてもらおう。
特に『牡丹』は…しばらく見張りが必要かもね。
『それはそうと、東京は大丈夫そうですか?相手はヒキイルカミだって聞きましたけど』
「大丈夫でしょ。『菊』と『紫陽花』よ?一応使うなと言っているけれど…ハマれば『菊』は一人でカミを倒せる」
『私は使っているに賭けますよ』
「私も使ってるに賭けるわ。あの子の性格上、使わない訳が無い」
『『カミを一人で倒して主君に褒めてもらおうとしたの』…アイツの言葉が容易に想像できますね』
……『青薔薇』の言う通りね。
今言った言葉が『菊』の声で脳内再生される。
それくらい容易に想像出来ちゃう。
「確実にカミを滅ぼせる方法を見つけてから『菊』に使ってもらおうとおもっていたけれど…まあ良いわ」
『私も『牡丹』もスキルを外で使っちゃたので…』
「そっちはまだ良いわ。問題なのは私達の切り札たるあの技を使っちゃう事なんだから」
2人は私が使うなと言っていたスキルを使ったらしい。
まあ、そっちはやむを得ない状況でなら仕方ない。
でも、あの技は出来れば使って欲しくなかったなぁ…
絶対にあの子は使ってるだろうけど。
「まあ、そんなだから東京は大丈夫よ。こっちも…もう倒す目処はついてるし問題無し」
『近畿は既に終わってますし、これから九州に向かうのでそっちも大丈夫。なんとかなりそうですね』
「ええ。『天秤』が死んでしまったのは想定外だけど、これ以上の犠牲は出さないよう頑張りましょう」
『はい。では私はこれで』
そう言って、『青薔薇』は電話を切った。
九州に行く準備を始めてるんだろうね。
どうせリニアは使えないし、車か何かで行くとなると今から出発しても間に合わない。
…まあ、なんとかして明日にはあっちに着くでしょう。
それに、今はあっちの心配よりもこっちの事を心配すべきだ。
『住民の避難、完了しました』
無線でそんな通信が来る。
私の番が回ってきた。
「さて…1分で終わらせましょうか」
私はいきなり《神威纏》を使い、一気にステータスを上げる。
そして、地面を壊す勢いで蹴ってスタートを切り、一瞬でマガツカミの目の前に現れた。
「ぶっ飛べ」
マガツカミの顔面を蹴り飛ばすと、巨体を持つマガツカミが冗談みたいな速度で吹っ飛んでいく。
それを追いかけながら、剣に魔力を大量に流し込む。
マガツカミを倒すにはこれが一番手っ取り早くて効果的だ。
体勢を起こそうとするマガツカミの腹に飛び蹴りを突き刺してまた吹き飛ばすと、今度は山肌に激突した。
こうなれば私のもの。
「逃げられると思うなよ?そして、無駄に痛めつけるつもりは無いから、そこだけは感謝しろ」
容赦の無い連撃を叩き込み、マガツカミに一切の行動を許さない。
魔法を発動しようとすれば、『菊』から借りた小太刀を使って魔法を破壊する。
暴れようとしても、他の追随を許さない圧倒的な『暴』を持って叩きのめす。
あっという間のようで長い1分。
私がマガツカミを倒すのに必要な時間だ。
その時間が経過し、私は『ゼロノツルギ』を掲げた。
「終わりよ。『絶氷華』」
《神威纏》の溢れ出す魔力を大量に溜め込んだ『ゼロノツルギ』が輝き、秘められた力を開放する。
青白い光が周囲の全てを包み、全てを凍てつかせていく。
田園を
山脈を
町村を
生けるモノを
空を
すべてが呑まれた後にあったモノは…氷に閉ざされた田園風景。
そして、氷漬けになったマガツカミ。
…もちろん、私も氷の中に居る。
『ゼロノツルギ』を使って氷に穴を開けると、その穴から外に脱出。
若干空気の薄いその場所でマガツカミを見下ろしていると、ヤツは煙となって消えた。
「モンスターは低温による仮死状態になると即死する。カミと言えどやはりモンスター。例外では無かったようね」
私がマガツカミを倒せると思った理由と、周りに人が居ると倒せない理由がこれだ。
《神威纏》と『ゼロノツルギ』の併用。
それをすれば基本的に勝てないモンスターなんていない。
これで勝てないのはアラブルカミくらいだ。
アレみたいな規格外でもないと負けることはない。
そんな技を隠していた…と言うより、使えなかった、かな?
こんなの味方を巻き込むこと間違いないし、ダンジョン以外で使えば周囲に与える影響が計り知れない。
氷に閉ざされた農村に住んでいた人には損害賠償をしないとね…
マガツカミの持つ魔石を回収すると、私は本部へ戻る。
あとは東京のヒキイルカミだけど…まあ、あっちもなんとかなるでしょう。
あっちには信頼できる部下が2人と、将来有望な子が2人居るんだもの。
あっちはあの子達に任せ、私は本部へ向かう。
この後の事務作業が終わったら、2人に勧められた通り、休暇を取らないとね。
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