第199話 カミの秘策
立ち昇る爆煙。
土煙の中を、私は気配を頼りにその場所へ向かう。
「『天秤』!!」
彼の名を呼びながらその場所にたどり着くと…そこには地に伏す『天秤』が居た。
駆け寄って体を起こすが…生命を感じられない。
即死攻撃をモロに受け、防ぎきれなかった。
その結果、どうなるかなんて言うまでもない。
「設置型の大規模破壊魔法…でも、そんなモノを仕込んだ気配は一度も…」
「『牡丹』」
「違う!!私は本当に知らない!!」
別に疑ったわけじゃない。
『牡丹』の警戒不足で魔法を使われ、その結果こんな事になったなんて…
それに、あの距離で戦っていたのなら私が気付けないのもおかしい。
だってこの規模の魔法だ。
ざっと半径300メートルはあるだろうか?
私達が1秒ちょっとで逃げられる距離。
それでいて『天秤』が逃げられない距離。
そんな広範囲に大爆発を引き起こす魔法を私達が見逃すなんて…絶対にあり得ない。
もしそんな事をしようと思えば、『菊』のスキルを使わないと無理だ。
そして、『菊』と同じ事が出来るなら、もっといい戦い方があったはず。
つまり、この魔法は私達が参加してから設置された魔法じゃないって事だ。
「私が見逃すはずが無い!そんな事させる余裕なんて与えてない!!アイツは私の相手で手一杯だった!こんな魔法仕込む余裕なんて無かった!!!」
「わかってる。私が気付いてないのもおかしな話でしょ?この規模だよ?」
「それは……」
必死になって弁明しようとする『牡丹』。
自分の失敗だって認めたくて頭が混乱しているんだろうけど、私は『牡丹』のせいだとは思えない。
一旦落ち着かせないと…
「冷静になって。確かにこれは想定外。ましてや、『天秤』が――「大丈夫か!?」――『紅天狗』と…あの2人は確か?」
『牡丹』を落ち着かせようとしていると、『紅天狗』と咲島さんが育てている『花冠』の構成員が走ってきた。
「何があったん、だ…」
「嘘っ…」
「そんな……」
私が膝の上に頭を乗せている『天秤』を見て、3人は言葉を失う。
「…まあ、見たままよ」
私がそう言うと、『紅天狗』が前に出て何かをする。
…鑑定でも使ったかな?
《鑑定》を使った『紅天狗』は、信じられないと言う表情で呟いた。
「『天秤』が…死んだ…?」
『天秤』の亡骸をギルドの職員に引き渡し、後の対応を任せる。
そして、無事だった『花冠』の施設の相談室を使って話し合いの場を設けた。
…空気は完全にお通夜ムードである。
「…まず、どうしてああなったのか聞いてもいいか?」
『紅天狗』が私にそう問いかけてくる。
「コワスカミを倒したあと、不完全な復活をしたホロボスカミが現れた。そして、その相手を『天秤』がしようと私達の前に出てホロボスカミの魔法を破壊しようとしたんだ」
「…それで?」
「全員が勝ちを確信してた。そんな時、突然地面からホロボスカミの魔力を感じたんだ。設置型の大規模魔法の気配だよ」
そこまで話すと、『紅天狗』は腕を組んで椅子の背もたれに身を預けて溜息をつく。
しばらく上を見たあと、その視線は『牡丹』へと向かう。
当然、『牡丹』は大慌てで弁明を始めた。
「違う!私は見逃したりなんかしてない!『青薔薇』だって気付いてないんだよ!?あの距離で戦ってたのに!!」
「まだ何も言ってないだろう…本当に知らないんだな?」
「知らない!誓って知らないわ!!」
必死に叫ぶ彼女を抑え、乗り出した身を退かせる。
そして、私が前に出て話を再開した。
「あんな規模の魔法、私達が気付けないはずが無い。『天秤』だっていた。それなのに誰も気付けないなんて…おかしいでしょう?」
「そうだな…と言うことは、あらかじめ設置されていた隠しの魔法。ホロボスカミの切り札。……しかし、俺が戦場に居た時もそんな気配はなかったぞ?『天秤』も気付いていなかった」
…確かに。
気付いていたなら、私達にその事を伝えていたはず。
となるとアレだけの大規模魔法をいつ仕込んだのか?
私達にも日本3強にも気取られることなく魔法を仕込むなんて…無理も良いところ。
それこそ、戦闘前でもないと……ん?
「……あの位置、あの爆発が起こった位置に心当たりは?」
「…………待てよ?」
私の言葉に何か思いたある節があったらしい。
顎に手を当てて真剣な表情で何かを考えている。
そして、ゆっくりと私の方を見て口を開いた。
「あの場所は、俺達が戦闘を始めた始めた場所じゃないんだ」
「…と言うと?」
「戦闘中に移動していた。あの場所は、俺達が戦闘を始めた場所とダンジョンを線で繋いだ時、その線が通る場所だ」
……?
つまり何が言いたいわけ?
全然読めないんだけど?
「…言葉が足らなかったな。実は戦闘を始めた時、先にコワスカミが襲い掛かってきて、ホロボスカミは遅れてきたんだ」
「ちょっと待って。そんなの聞いてない」
「ああ。あんな状況だからな。そんな些細なことを言っている暇は無かっただろう」
ホロボスカミが戦闘に参加するまで時間が掛かった。
爆発が起こった場所は、ダンジョンと戦闘開始場所を線で結んだ際に線が通る場所。
魔法を仕込んだ気配は、誰一人として気付いていない。
つまり……
「戦闘の前…ホロボスカミが現世に現れた時に仕込まれた魔法…もしも自分が敗れた際に使う、ホロボスカミの秘策だった?」
「その可能性が高い。そして、俺達はその事に気付けず、まんまと危険域まで誘導され…」
「結果、『天秤』が犠牲になってしまった…そんなの…どうしろってのよ」
私は、額に手を当てて溜息をつく。
先に戦闘をしていた4人ならまだしも、私達はどうしようもない。
要は戦闘に参加したい時点で、私達はカミの罠にハマっていた訳だ。
……と言うか、一歩間違えばあの瞬間に私達と『天秤』がまとめて全員死ぬ可能性があった…?
それを考えれば、『天秤』だけの犠牲だけで済んだと考えればまだ…
「2人は、何か気付いてた?」
「いえ…」
「私も…」
これから同僚になるであろう2人に聞いても、良い反応はもらえない。
まあ、この2人は少々力不足だし仕方ない。
とは言え、失うと恐ろしい損害である事も事実。
生き残ってくれて良かった…
「あんな切り札を残しているとは思わなかった。戦闘にはじめから参加していて気付けなかった俺の言うことではないが…お前達の方でどうにかならなかったのか?」
「…私達は逃げられるけれど、ホロボスカミにトドメを刺そうとしていて、身体能力も魔法使いである彼の速度で逃げられるとは思えない。抱きかかえて逃げろ?無理を言わないで」
しっかり文句を言う。
確かに気付けなかったのは問題だ。
私達が戦闘の中で魔法が仕込まれていることに気付いていればこんな事にはならなかった。
…でもそれは結果論。
そんな事を私達に言われても、どうしようもない。
犠牲は…出るべくして出てしまった。
それも、最も死んではならない人間が死ぬ形で。
「…あの時、私が前に出ていれば話は変わったのかもしれない」
「『牡丹』…」
「もっと欲を見せれば…余裕を持って…前みたいに自信満々に強気で居れば…」
「『牡丹』…?」
『牡丹』の様子がおかしい。
『紅天狗』の言葉が思った以上に刺さっているのかもしれない。
止めないと不味いかも…
「まただ…私はまた失敗を…!」
「リナッ!!」
「ッ!?」
本名で怒鳴ってこっちに意識を向かせる。
『牡丹』の本名を知って、3人は目を丸くしているけれど無視無視。
「一旦休みな。今回の件は流石にオーバーワーク。咲島さんも、もっと警戒していれば防げた、なんて無茶は言わないよ」
「でも…」
「私達は十分働いた。そして、生き残った。それだけで本来褒められても良いはずなんだよ。胸を張って成果を報告しよう」
落ち着かせるべく優しい言葉を並べる。
そして、一旦休憩させるべくとりあえず立たせて休憩室へ送った。
正直、精神的に参ってる人間をこんな真面目な話し合いに参加させても邪魔なだけだし…
「話がそれたわね。おそらく、戦闘前に仕込まれていた魔法にやって大爆発が起こり、それに『天秤』が巻き込まれた。そして、彼は命を落としてしまった。そこまでは良い?」
「ああ」
「その直後、大きな爆発にあなた達が集まった来て、今に至る。まあ、話すべきことはそれくらいかな?」
「ホロボスカミはどうなった?」
「死んだわよ。ちょっと小突けば死ぬような復活をして、あんな大爆発を起こしたんだ。巻き込まれて木っ端微塵よ」
見えたわけじゃないけど、死んでないほうがおかしい。
あんな爆発の中心に居て死なないわけがないんだ。
「スタンピードの方は?」
「制圧はほぼ終わりだ。後は他の冒険者に任せているが…すぐに終わるだろう」
「なら、今回の件は収束ね。他の地域がどうなってるかは知らないけど…東京と仙台に関しては問題ないでしょう」
「どうしてそう言い切れる?」
私の言葉に、『紅天狗』が食いついてくる。
「東京には私の同僚が2人とそこの2人より強い人間が2人居る。そして仙台には…誰がいるかなんて言うまでもないでしょ?」
仙台はあの人の庭だ。
あの人の庭を荒らすやつは、あの人が許さない。
マガツカミは、今日が命日だろうね。
「仙台には咲島さんがいる。本気を出せば、日本にいる誰よりも強いあの人が。心配することはないよ」
敬愛するあの人を思い浮かべ、私は自然と頬が緩む。
私達の仕事は他の地域で起こっているスタンピードを抑えることだろうね。
東京も大丈夫だろうし。
とりあえず大事な仕事は終わったし、ボランティアをしに行こうかな?
スタンピードが収束したら自然と招集がかかるだろうし、それまではこっちから咲島さんには会いに行かなくて良いと思う。
それまでに、『牡丹』の心を治して置かないとね?
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