第193話 2体のカミ

ダンジョンから姿を現した2体のカミ。


うち1体がこちらに向かって一直線に高速移動してくる。

鑑定石を用意して近くまで来るのを待つ――までもなく、目の前に現れて地面が大きくえぐれる程の攻撃を仕掛けてきた。


―――――――――――――――――――――――


名前 コワスカミ

種族 神霊

レベル300

スキル

  《神威・破》

  《破壊》

  《神体》


―――――――――――――――――――――――


コワスカミ。

スキルを見れば分かる、コイツは破壊に特化したカミだ。

《破壊》のスキルを持っている上に、さらに神威まで破壊系とか…凶悪すぎるでしょ?


パンチが当たってない場所すらぐちゃぐちゃに破壊されてるのは、スキルの効果か…


「《天秤・人間優勢人外劣勢》」


その言葉が響いた瞬間、反動があるタイプの強化アイテムを使った時のような全能感で体が満ち溢れる。

さらに…


「《天秤・物理優勢能力劣勢》」


普段から使っているスキルの出力が落ち、代わりに身体能力が上がった気がする。

…これ、不味くない?


そんな不安が頭をよぎるが、『天秤』はその対策もバッチリな様子。


「《天秤・魔力優勢物理劣勢》」


さっきので強化された身体能力が弱まる代わりに、魔力が強化される。

みんな《魔闘法》で強くなっている上に、『天秤』は魔法使い。

2つの天秤のデメリットを打ち消し、メリットだけ残す。

凄い手腕だ。


そして、さらに魔力が高まり、『天秤』が声を張り上げる。


「最後のバフだ。これで駄目なら撤退するぞ。《天秤・低位優勢高位劣勢》」


…ん?

なんか変わった?


「基準レベルは200だ」


『天秤』がそう言った後に私達にバフが入る。

なるほどね?

さっきのは、レベルが低いほど強いバフを得られて、高いほどデバフを受ける《天秤》か。


ただ、そう言うアバウトな《天秤》だと不安定だから、何を持って優劣をつけるかを明確にして、私達には確実なバフを、カミにはデバフを設けたんだね。

流石、使い慣れてる。


「今の俺たちは実質レベル200相当の実力になってる。ただし、カミはそれ程弱くなってない。せいぜいレベルが20くらい下がった程度のデバフだ」 

「普通に考えれば破格のデバフですね…」

「それでも心許ないあたり、カミは本当に規格外ね…町田、無理はするなよ?」

「先輩こそ。お子さんがいるんですから、無理は禁物ですよ」


武器を構え、《天秤》の影響で大きく変わってしまった魔力の流れを調整する。

そして、《天秤》のあまりの効果に警戒心を高め、手を出してこないコワスカミを睨みながら体の調整もしておく。


「レベル200か…」

「なんだ?まだ足りないか?」

「そう言う話じゃない」


『紅天狗』の呟きに、『天秤』が反応する。

基本口を開かず、必要以上には喋らないらしい『紅天狗』。

話してみたらそんな事はないけれど…まあ、確かに言葉が少ないかも?


「レベルをほぼ2倍にするなんて…『氷華』でもそこまでのスキルは持ってないぞ?」

「《神威纏》は例外として…アイツの仲間にもこれ程強力なバフを振りまける奴は居ないからな。そこはNo.1としての威厳があるんでね?」


そういえば触れてなかったけど、レベルを2倍にするスキルってかなりぶっ壊れだよね。

《神威纏》とゼロノツルギを使ってない咲島さんが負けたって話だけど…これは納得。


「使い方を変えれば、俺たちの戦闘力が強化されない代わりに、アイツの戦闘力を半分以下に出来るぞ?」

「…それで袋叩きにしたほうが早くないか?」

「バカ言え。神威でデバフがほとんど破壊されてんだ。さっき掛けた2つのデバフ。本来の三分の一くらいしか機能してねぇ」


デバフ耐性まであるのか…

と言うか、破壊ってそんな使い方まで出来るのね…


面倒なことになりそうな気配がする。


「どうしますか?私達が一番槍になります?」

「《破壊》がどこまで破壊できるのかわからないからね…バラバラになって死にたかったらどうぞ?」

「…こいう危険なことは男の仕事です。さあ、どうぞ?」


先に戦闘をしようとして、前のめりになった町田を止める。

そして、私は視線で2人に促しつつ、町田はそのまま2人に頼み込んだ。

それを見て、『紅天狗』が首を振りながら、やれやれと言う様子で前に出た。


「仕方ないな。俺が一番やりになってやる」


そう言って剣を抜いた『紅天狗』の背中から白い翼が現れる。

その翼を羽ばたかせ、宙へ浮かぶとといきなり高度を上げた。


私もコワスカミもそっちに気を取られて上を向いた直後。


「残念。一番槍はこっちだ」

「「っ!?」」


先に攻撃したのは『天秤』。

超高速の雷撃でコワスカミを打ち抜くと、ドヤ顔を見せた。


意識外からの攻撃にコワスカミは怯む。

それを見た私はすぐにスタートを切ると、斬りかかろうとするが猛烈な嫌な気配に回避行動を取る。

どつやらそれは正解だったようで、破壊の力を帯びた魔力の波動が私の居た場所を一直線に抉る。


アスファルトはもちろん、地中に埋まっている水道管や電話線なんかも全部破壊して、触れたものが何であれ破壊される波動。

恐ろし過ぎるわね。


「接近戦は危険ね。町田!直接攻撃は絶対だめ!道具を使った支援をお願い!」

「了解です!」


短剣だと私ほどの猶予がない分、攻撃を食らう可能性が高い。

なら、いっそ戦闘に参加させず大人しくさせた方が良い。

町田には支援を頼むと私はこのあとどうするかを考える。


(町田には言ったけど、私も接近戦は危険が伴う。当たれば即死で勝ちとか…正気じゃない)


ただ魔力を放っただけであの破壊力。

…もし、魔力爆発みたいな全体攻撃をされたら、私はどうすることも出来ずに死ぬ。

それだけは避けたい。


「まともな接近戦が出来るのは私くらい。ここは、危険を承知でやるしかないんだけどさ…」


こちらを睨み、いつでも攻撃できるコワスカミ。

ある程度距離を取っていないと心許ない私。


ずっとこの状態でも全然いいけれど…『紅天狗』と『天秤』がどう動くか。

2人の動き次第で私は攻撃するか否かを決められ――!?


「やばっ!!」


一瞬で私の目の前に現れたコワスカミ。

私は全力で横に飛んで攻撃を躱そうとするが、コワスカミは冷静のその動きを見て拳を握る。

回避はもう無理。

なら、賭けるしかない…


「プレゼントッ!」


液体の入ったコップを取り出すと、中の液体をカミに振りかける。

カミと言えど、その液体が危険なものなのか、若干動きが鈍る。

その隙をついて体勢を立て直すと…


「『天陽炎』」

「『轟魔』」


とんでも火力の魔法がいきなり2つ飛んできた。

1つは『紅天狗』が放った早川の熱光線が可愛く見えるほどの熱量を持った光線。

もう一つは『天秤』の髪がチリチリになる程の強力な電気を帯びた雷撃。


両方とも私には当たらなかったとは言え、本当にギリギリ。

急いでその場を離れると、2人に文句を言う。


「私に当たったらどうするの!?」

「その辺は調整してるから、お前が余計な動きをしなけりゃ大丈夫だ」

「当たったら死ぬかもしれないが…その時はその時だ俺達もコイツに勝てない」

「一緒に死ぬから大丈夫と……って!納得できるか!!」


怒鳴って軽く二人を睨むと、『天秤』はニヤニヤと笑い、『紅天狗』も微笑んでいるのが見えた。


「関西人の血が騒ぐか?」

「私別に関西出身じゃないけど…」

「『椿』だったか?彼女の教えは、深く根付いてるみたいだな。良かったな!『椿』はお前の中で生きてるぞ」

「『天秤』…コワスカミを倒したら次お前な?」

「同意です。死ぬ覚悟を」


『紅天狗』は良いとして『天秤』

お前は駄目だ。


「盛大に地雷を踏んだな。俺は助けないぞ」

「おい!?」

「味方は居ないみたいね。言っておくけど、この話は『花冠』内で共有する」

「それしたら『氷華』と俺の天敵とイカれアーティファクト持ちが敵になるよな…?」

「まあ、ね?」

「まじか…終わったな」


咲島さんと『菊』と『紫陽花』。

あと、多分『青薔薇』と『牡丹』もね?


まあ、3人の段階で絶望している『天秤』は置いておくとして…


「…それはともかく、流石は日本1位と2位。たった2発でこれか…」

「戦闘開始してから一分くらいですかね?もう決着ですか」


私は、2つの魔法を受けて動けなくなったコワスカミを見る。

二人の火力…特に『紅天狗』の火力が本当にイカれている。

単発火力だけは本物ね。

『タイヨウノイシ』の火力補正が凄まじい。


『紅天狗』の首に掛けられた『タイヨウノイシ』を見ていると、ため息をつかれた。


「まだ戦いは終わっていない。こっちを見るな」

「そう言っても、もうコイツに勝ち目なんて……っ!?」

「っ!?避けろ!!」


突然すぐ近く――それも私の直上にもう一体の方のカミの気配が現れた。

見上げるとそこにはもう一体のモンスター…カミが居て、こちらに何か魔法を放とうとしている。


その魔法が放たれた瞬間、私は全力疾走でその場を離れる。


「やっば!!」

「嘘でしょ!?」

「チッ…退くぞ」


威力が想像以上。

私とコワスカミから少し離れた場所にいた3人さえも危険域から逃れるべく動き出した。

全力で逃げ、なんとか魔法を回避した私達が見たのは、もう一体のカミにトドメを刺されたコワスカミ。


…しかし、何処か様子がおかしい。


煙となって体が霧散する―――かに思われた。


「……煙が散らない?」

「ねぇ…まさかそんな…」

「そのまさかじゃねぇか?アレはどう見ても…」


煙は散ること無く、その場に留まると再び体の輪郭を持ち始めた。

そして、その輪郭が確かなものになり、やがて現れたのは…


「コワスカミ…」


倒されたはずのコワスカミだ。


私は急いで鑑定を使ってもう一体のカミのステータスを見る。


―――――――――――――――――――――――


名前 ホロボスカミ

種族 神霊

レベル300

スキル

  《神威・滅》

  《魔導》

  《飛翔》

  《神体》


―――――――――――――――――――――――


また物騒な名前のカミ…

滅ぼす、か…コワスカミが破壊を司るなら、ホロボスカミは滅亡。

でも、滅亡なんて概念的な考え…国や組織を滅ぼすって訳じゃ無いだろうし、なんだろう?


「ホロボスカミ、ですか…コワスカミが物質を破壊するカミなら、ホロボスカミは生き物を殺す――滅ぼすカミですかね?」

「なるほどね…そういう考えもできるのか」


壊す事に特化したカミと殺す事に特化したカミ。


…なんか、不遇じゃない?


「もしかしてさ?こいつ等って前座だったりする?」

「はぁ?なんですか、藪から棒に…」

「いやね?こいつ等、劣化にしか見えなくて」


コワスカミとホロボスカミ。

私には、この2体の上位互換に心当たりがある。


「コワスカミのステータスってさ?ちょっと変えたらアラブルカミだよね?」

「…確かに」

「ホロボスカミは《魔導》と《飛翔》のスキルが気になるところではあるけれど、《神威》含めて見たところ、マガツカミの方がヤバそう」

「そうですね。被害規模的にマガツカミの方が……あれ?」


町田も理解したらしい。

こいつ等があんまり強くないカミだって。


そうしてあの2体に対する認識が甘くなりかけた時、『紅天狗』が話に割り込んでくる。


「その認識は間違っているだろうな」

「どうして?」

「コワスカミはどうして復活したんだ?ホロボスカミの影響か?そんなスキルがあるようには見えないが…」

「……そうね。じゃあ一体?」

「……思うに、こういうことなんじゃ無いか?」


『紅天狗』は『タイヨウノイシ』を前に出すとそれに魔力を集める。

そして、さっきの魔法よりも強い熱光線を放ち、空に浮かぶホロボスカミに向かって撃つ。

ホロボスカミは見えていたにも関わらず、避けようともせずにそのまま熱光線を食らった。


コワスカミが一撃で瀕死になった魔法よりも遥かに高威力な技。

無事で済むはずもなく、その一撃でホロボスカミは地に落ちて体が煙になった。

……脆いなコイツ。


「弱すぎるな…と言うことは―――まあ、そうだろうな」

「……?」

「……ねえ先輩。私、ものすごく嫌な予感がするんですけど…」

「私もだよ。こいつ等多分…」


煙が霧散しない。

ついさっき見た光景と一緒だ。


煙が集まって輪郭を持ち、やがて倒れたはずのホロボスカミが現れた。


「不死身。或いは条件が揃わないと倒せないパターンだな」

「アレですよね?同時に倒さないと駄目なやつ」

「だとしたら楽じゃない?私達は今『天秤』で強化されてるんだし」


『紅天狗』と『天秤』の超火力で同時に倒せばいいだけ。

なんだ、思ってたよりも強敵じゃないかもね。


「さっさと終わらせて」

「簡単に言うがよ?そんなに楽じゃないんだぜ?」

「囮になってるこっちの気持ちにもなってほしいわね」

「まだ大して危険感じてる訳でもないくせによ…」


『天秤』は文句を言いながらも、魔法を構える。

どうせ一発で倒せるし、そんなに文句言わなくたっていいでしょうに。


…それ言ったら私もそうか。


剣を構えて前に出る。

敵が増えた以上、私の負担も増えるだろうけど…まあ、頑張るしかないね。

さっさと終わらせて帰ろう。

こんなところで、遊んでるわけにはいかないからね。

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