第191話 最後の1人

「間一髪、かしらねぇ〜?」


妙に間延びした、甘ったるい声。

その声の主は宝石の装飾の付いた輝く剣を持っていて、その剣で悪魔の攻撃を受け止めていた。


「刃を立てて防いだから痛いでしょぉ〜?でも〜…この子はもっと痛いと思うわぁ」


笑顔でそう話す女性。

…悪魔の攻撃を正面から受け止められる人間なんて……もしかして?


「遅くなってごめんね〜?助けに来たわよぉ、神林さん?」

「『紫陽花』…?」

「御名答〜♪」


『花冠』大幹部の最後の一人、『紫陽花』。

でも確か彼女は今九州に居るって…


「リニアで大阪まで行って、そこから走ってきたわぁ。本当、姐様あねさまは無茶を言うわよねぇ?」


この人も走ってきたのか…と言うか姐様?

咲島さんの事を姐様って呼ぶのか…個性的。


「う〜ん…このまま倒しちゃってもいいけれど…それじゃあ芸が無いわよねぇ?」

「『紫陽花』さん!そいつはそんな呑気なことを言ってられる相手じゃ!!」

「そう?なら本気でやるしかないわよねぇ…」 


そう言った直後、悪魔の心臓が剣で貫かれる。

あの硬い悪魔の胸筋を突き破って、心臓を的確に…


「半分賭けだったけど…こいつにも効くようね。『セイギノツルギ』」


よろめく悪魔目の前に切っ先を向け、剣を眺めてうっとりする『紫陽花』。

…ん?


でも、今も剣は悪魔に突き刺さってる…?

剣は『紫陽花』が握ってるのに…


「悪いけど、お馬鹿な仲間があなたよりもずぅ〜と強い相手と戦ってるの。遊んでる暇は無いからぁ……すぐに終わらせる」


常に優しい微笑みを浮かべていた『紫陽花』の顔が真剣なものに変わり、その直後悪魔の全身から剣が突き出してくる。

そして、その攻撃によって悪魔は膝をつき、そのまま煙となって消えた。

私の中に流れこんでくる魔力が、悪魔が死んだ事を告げる。


「…こいつ、相当硬いんですけど」

「そう?私には関係ないわぁ…条件さえ揃えば、防御・耐性完全無視だもの」

「え?つよ…」


何そのインチキ。

スキルなのか武器の効果なのか…まあ、多分武器だろうね。


「その剣の効果?」

「そうよ。条件を揃えれば問答無用で即死級のダメージを与えられるスキルがあるの。即死したのは、あなた達が頑張って削ってくれたおかげね〜」


気の抜けるような声。

でも、言ってることは全然気が抜けない。

気を抜いちゃいけない。

だってつまり、条件さえ揃えば今この瞬間私も為すすべなく即死する可能性があるんだから。


『花冠』の大幹部が私達を攻撃するとは思えないけど…


「怖いのわ分かるけど〜、そんなに警戒しなくていいのよ?少なくとも1つの条件は満たすことはないんだから」

「…どんな条件ですか?」

「『互いに敵と認識している』仲間と模擬戦をする時も、この条件を満たすことはないわ。私と事を構えるなんて状況にならなければ、まず安心だもの」


『敵』の認識は、本気で戦うとか命を狙うくらいの勢いじゃないと『敵』にはならない。

それならまあ、安心か…

…でも、かずちゃんがその条件を満たしそうなんだよね。

この子、基本誰にでも牙を剥き出しにしてるし…

初対面なら尚更…


「まぁ、それはそうと〜?怪我は大丈夫なの?かなり痛そうだけど…」

「このくらいなら平気ですよ。胸に風穴が空いたこともあるんですから」

「ふぅ〜ん?私も最近胃に穴が空きそうで心配だわぁ…」


…確か『紫陽花』って、あの2人が抜けた穴と亡くなった『椿』さんのやってた仕事をしてるって聞いたけど……この人も働き過ぎなんじゃ?


「何連勤ですか?」

「…さあ?酷い時は1週間の間に一度も眠れない事もあったし〜……まぁ、姐様が『厨二バカ青薔薇』と『ドSバカ牡丹』を呼び戻すって言ってくれたお陰で、久し振りにゆっくり出来そう」

「本心漏れてるよ…」

「あなたなら分かるでしょう?この辛さが…」


キャラが崩れてる。

それくらい辛く大変だったのか…よく頑張ったと思う。


…それと、私に共感を求めていたけれど、私には《鋼の体》と《鋼の心》があるから、超残業をしてもそれほど苦しんでないし、そもそも仕事があんまり出来ないからストレスが掛かるような仕事をしてない。

だからあんまり共感はできないけれど…黙っておこう。


「…さぁ〜て。お喋りはこの位にしてぇ〜地上に戻りましょうか?」

「…私の怪我と意識を失ってるかずちゃんは無視ですか?」

「あなたの怪我はともかく〜、この子は起きてるわよ?もう」

「…ん?」


顔を覗き込んでみると、眠っているようにしか見えないけれど……じーっと見つめていたら、舌をペロッと出して可愛らしく起きている事を教えてくれた。

可愛い。


「行きましょう。怪我は回復魔法をかけながら移動すれば治ると思うので」

「かずちゃんは休まなくてもいいの?」

「不思議とそれほどダメージを食らってない上に、なんだか今は気分が良いんです。前の無敵状態にも似てますし、もしかしたらがあるかもしれないので」


あの無敵状態に似てる…それは早く戦闘に参加したいね。

…参加させてあげたいのはやまやまなんだけど――


「ちょっとだけ…2分でいいから休まない?ちょっとダメージが…」

「いいですよ。無理しないでください」

「私も構わないよぉ〜。…まぁ、愚妹がヒキイルカミ相手に、姐様に使うなって言われてる切り札を使って30分以上戦ってるから、急いであげてほしいなぁ〜」

「愚妹…『菊』とは血縁関係なんですか?」


それでこんなに個性的なのかな?

だとしたら凄く納得なんだけど。


「いや?単に可愛がってる後輩ってだけよ〜。昔はよく仕事を押し付けたものね〜……今は私に押し付けてきてるけど」

「あはは…」


昔は序列が逆だったのかな?

それで仕事を押し付けてたけど、今は…


「育ててもらった恩を忘れて…一体どれだけ私が苦労してると思ってるんだか」


結構ガチな表情で困っている『紫陽花』

先輩としての威厳かな?


それとも単に仕事が多すぎて苦しんでるのか。


「…まあ、私が苦しんでる理由のほとんどはあのもう2人の愚妹のせいなんだけどね?」

「『青薔薇』と『牡丹』ですか…」

「そうそう。昔からよく喧嘩してたけど、まさかあんな形でそれが裏目に出るとはね。チエ姉さんともっとしっかり教育するべきだったわ」


さっきまでの甘ったるい口調は何処へやら。

仕事が出来そうな、ちゃんとした大人の女性になっている。


そしてチエ姉さん。

チエさんとは『椿』さんの事で、実年齢が60代と言う咲島さんよりも年上の大幹部の事だ。

あの人を『姉さん』と呼んでいるって事は…この人結構歳いってるのでは?


「…『紫陽花』って、何歳なの?」

「こらっ!」

「あ痛っ!?」


私の思った事をサラッと口に出したかずちゃん。

女性同士と言えど、年齢を聞くのはマナー的によろしくない。

軽く頭に拳骨を振り下ろして怒っておく。


「40代よ〜。でも〜、若く見えるでしょ?」

「…もしかしてその口調も若作りだったりするの?」

「……まあ、ね?あなたは良いわね。若作りしなくても、《フェニクス》でずっと若いままなんだから」

「すいません、うちの一葉が…後でキツく叱っておきます」

「良いのよ。気にしないで」


余計なことまで聞くかずちゃんは後でしっかりお説教をするとして…

この人も色々と苦労してるんだなぁ。

そして、口調とか人の呼び方はアレだけど、人間性としてはまとも。

流石、『椿』さんとあの三馬鹿を育てただけはある。


…いや、その言い方だとこの人のせいであの三馬鹿が出来上がったみたいだね。

この場合、なんて言ったら良いんだろう…?


「怪我を治せたら出発よ。『菊』が頑張ってる中で〜、私達が何もしないのは良くないもの」

「あ、口調戻った」

「こらっ!」

「いぃっ!?」


まーた余計なことを言うかずちゃんの太ももを千切るくらいの勢いで抓る。

当然かずちゃんは頬を膨らませて怒っていたけれど…無視して怪我を治してもらい、そのままダンジョンを脱出した。

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