第190話 ステゴロ悪魔

できる限り息を潜めて悪魔の背後や斜め後ろ等の死角に居続ける。

こうする事で悪魔は常に私を警戒しないといけないから、神林さんに対する警戒度を下げることができるらしい。


…別に神林さんがそう言っていたわけじゃないけど、そんな事を手を握って教えられた。

私達くらい愛し合って、お互いに大切で、依存し合っていると触れ合うだけで考えていることがわかる。

だから、手を握った時に聞いた。


「…やっぱり隙がないなぁ。まあ、仕事は出来てるから全然いいんだけど」


神林さんの《鋼の体》があんなにも簡単に突破されていたことを見るに、私がアイツの一撃を食らったら、致命的な大ダメージは確定だ。

私の弱点の一つは、とにかく紙耐久ってこと。

攻撃をまともに食らったら、それだけで戦線離脱。

治るまで前に出られないのが、大きな欠点なんだよね。


…まあ、その原因の4割くらいは神林さんと言う優秀なタンクが居るせいで、私自身があんまり攻撃を受けたことがないって理由。

このレベル帯になると、物理耐性は大抵持ってるらしいけど…そもそも攻撃を基本受けたことが無い私には物理耐性なんてものは無いんだよね…

 

「優しくて強い味方がいるのも考えものだね…うん、贅沢な悩み」


適度に殺意を飛ばして悪魔の気を引きつつ、常に死角に移動し続ける。

神林さんと悪魔の戦闘は、某ドラゴンなボールの戦闘シーンを彷彿とさせるような、高速の格闘戦。

介入してもいいけど…至近距離での手数で私の上を行く神林さんが、普通にカウンターを食らってるんだよね。

多分私なんかが入ったら腹に一撃もらって即離脱だ。


「回復魔法でどうにか…」


神林さんに回復魔法を飛ばして、《フェニクス》の自己再生と一緒にダメージの回復を図るけど…まあ、遠くから飛ばしてるだけだとやっぱりあんまり効かないね。

回復魔法ももっと練習しないと。


うん?


「…魔法か。やってみる価値はあるかも」


私はあえて悪魔の死角から外れると、神林さんにアイコンタクトを送る。

そして、出遅れた感を出して悪魔の死角に戻ると、魔法を構築して悪魔を狙う。


すると、私の読み通り悪魔の動きが一瞬鈍った。


「――らぁッ!!」


その隙を狙い、神林さんが全力の右ストレートを悪魔の顔面に打ち込み、見事に決まる。

そして、悪魔がパンチの衝撃でこっちに飛んできた。


「やっと出番!!」


すぐに体勢を立て直される前に押し切る。

アイツに考える時間なんて与えない!


一瞬で距離を詰めると、電光石火の居合い切りで悪魔の背中に大きな傷をつける。

……コイツ硬すぎ。


「全然切れない…《金剛体》と《物理攻撃耐性》かな?」

「だから何?今できる最大火力で押し切る!!」

「はい!!」


いつの間にか目の前に来ていた神林さんが、そう言いながら体を捻った。

アレは…回し蹴りかな?

それなら…


「はあっ!!」

「セイッ!!」


神林さんの回し蹴りとは逆方向から刀を振るい、同時に攻撃をする。

そうすることで、さっきよりも刀が深く入り、それなりにダメージを与えられたと思う。

それに神林さんの回し蹴りの威力も結構高いし、これは私達だけでも押しきれるかも?


勝利がより現実味を帯びてきたね。


「まだまだ終わらないよ!シイッ!」

「遅れないでよ!かずちゃん!!」


2人でラッシュを仕掛け、悪魔の体力を削っていく。

前からは神林さん。

後ろからは私。


今や『花冠』の大幹部と同等の力を持つ私達の同時攻撃に、悪魔は成すすべ無くただやられていた。


(速い…速いなぁ。神林さんの動きについて行くだけで精一杯だよ。ダメージを狙う攻撃とか言ってられない)


最近、神林さんの成長が著しい。

魔力武装を覚えてからは火力が爆発的に上がったし、今なんて信じられないくらい魔力の練度が上がってる。

咲島さんとか『花冠』大幹部と比較しても何ら変わらないレベル。

本当にもう少しで《神威纏》を覚えてしまいそうだ。


…そうなったら、私が置いていかれちゃう。

また守られるだけの存在になる。

それは嫌だなぁ…


(力…あの時の力さえ使えれば…もう神林さんに置いていかれることはないのに…)


そう心の中で願ってみたけれど……まあ、実際そんな事では何も起こらなくて…

余計な事を考えている暇があったら、真剣に神林さんについて行くべきだと考えを改めた。


「セイッ!ハッ!…くっ!」

「遅れてるよ!もっと気合い入れて!!」

「はい!!」


…まあ、それでもゾーンに入った神林さんには追い付けない。

ちょっとずつ離されて、体勢を崩しそうになった。


その事を神林さんに指摘されて、凄く心が痛くなった。

また置いていかれるのかって…

やっぱり私はいつまでも守られる側なのかって…


……それで良いかもしれない。

神林さんは、私を甘やかして大切にして、いつまでも子供で愛らしい私を愛でたいだけなんだと思う。

そんな私が強くある必要はない。

ただ、置いていかれない程度の力さえあればそれでいい。


「隣に居るだけでいい。本当にそうなのかな…?」

「かずちゃん!!」

「えっ…?」


そう呟いた時、神林さんの悲鳴にも聞こえる怒声が響く。

ハッとした時にはもう遅い。

悪魔の裏拳が…もう避けられない位置まで迫っている。

それが、妙にスローに見えて、でも体は動かなくて。


私は自分に迫りくる拳を見つめたまま何もできず、頭が弾け飛びそうな衝撃を受けて意識を失った。




            ◇◇◇





「かずちゃんに触れるなぁぁぁああああ!!!!」


気絶したかずちゃんにとどめを刺そうとする悪魔に全力の右ストレートを打ち込み、何とか止める。

そして体当たりで悪魔を突き飛ばすと、距離を詰めて蹴り飛ばした。


「死んでない…でもこれは…」


かずちゃんは奇跡的にもそれほど重傷じゃない。

当たる瞬間、無意識かどうか知らないけど、回避行動を取っているのが見えた。

だから、まだ冷静で居られる。


…でも、当たりどころが悪かった。

間違いなくこめかみに当たってたし…最悪後遺症が残る可能性だって…


「かずちゃんを守りながら一人で…やるしかないか…」


自分を守るだけで精一杯だけだと、やるしかない。

もしかしたら『菊』が来てくれるかもしれないし、私達が帰らなければ咲島さんが来てくれるはず。


それまで耐えるんだ。


「耐えるだけなら十分。こっちには『フェニクス』の自己再生もあるし、守りに徹すれば《鋼の体》が突破されることはそうそう無い」


魔力武装に使う魔力を減らし、魔力装甲に全力を注ぐと、前に出る。

かずちゃんに手を出されないように、距離を取るためだ。

多少の…いや、最悪手足の一本無くすくらいの覚悟で攻撃を仕掛ける。

とにかくまずは距離を離さない事には何も始まらない。


「せあっ!!」


まずはタックル。

そして、怯んだところで悪魔の腰に飛びついて全力で地を蹴る。

2歩、3歩…これが限界だね。 


それでも50メートルくらいは離れた。

腰から手を離すと、今度は頭の角を掴んで頭突きをお見舞いする。

どういう訳か、さっきから攻撃が来ない。


舐められてるのか知らないけど、攻撃してこないうちに少しでも距離を―――


「―――うぐ…!」

 

また体当たりをしようとした矢先、《鋼の体》を平気で貫通するパンチが私に襲いかかってきた。

鳩尾を撃ち抜かれ、痛みで体が硬直する。

その隙を狙われ、私は頭を掴まれそのまま思いっきり振り上げられた。


今まで感じたことないような浮遊感――を感じたのはほんの一瞬。


「かはっ!?」


地面に叩きつけられ、その衝撃で肺から空気が抜ける。

もちろんそれだけじゃ終わらない。


「〜っ!?」


骨が粉々になるような蹴りを胸に喰らい、肋骨が何本かやられた。

…でも、肺に刺さってはない。

衝撃をある程度吸収したんだ…無駄に大きな胸が。


(まさか乳房に助けられるとは思わなかった…でも、これは不味い)


なんとか体を転がして追撃を避けると、そのまま手で地面を押して飛び上がり、体勢を立て直して距離を取った。


これで追撃の心配はある程度なくなったけど…果たして回復する時間があるのか?

そんな事を考えていると、悪魔は何故か笑みを浮かべる。

それも、勝ち誇ったような…


……まさかっ!?


「ま、待てッ!!」


理由に気付いた頃にはもう遅かった。

悪魔は走り出している。


…倒れているかずちゃんに向かって。

私も走るが、ダメージが大きくて思うように速度が出ない。

グングン距離を離されて、かずちゃんとの距離があっという間に詰められてしまう。


そうして悪魔は脚を引いて全力でかずちゃんを蹴ろうとする。

間に合わない……


絶望に心が青く染まり、全身から血の気が引いたその時―――甲高い金属音が鳴り響いた。





「…間一髪、かしらねぇ〜?」


そんな声が聞こえてよく見ると、かずちゃんと悪魔の間に誰かいる。

…あの人は一体?


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