第184話 修行最終日

「へぇ〜?じゃあ、あの2人が帰ってくるんですか?」

「ええ。既に帰りの飛行機を用意させているし、明後日には日本に戻ってくると思うわ」

「そんなに追い詰められてるのか…『花冠』がそんな状況じゃ、悠長に私たちに修行を付けてられないってこと?」

「そういう事。一葉ちゃんにしては察しがいいじゃない」

「……私に追い抜かれたくないから、修行を切り上げてるとかじゃないよね?」

「そんな事しないわ。本当に『花冠』は追い詰められてるのよ」

 

魔力の扱いが上達した次の日、咲島さんからそんな話をされた。

どうやら『花冠』がかなり不味い状況らしく、『青薔薇』と『牡丹』を呼び戻して早急な立て直しをしたいらしい。 

流石にあの2人も反省しただろうし、もう下らない理由でとんでもないミスをするとは思えない。

途中で呼び戻すのはなんかモヤモヤするけど…流石に同じミスは繰り返さないだろうと思うし、悪くない判断だと思う。


…ただ、そうなると私達が効率よく強くなれない。

タケルカミの元で修行できないから、独学とレベリングで強くなるしかないんだよね…


「明日からまたレベリングですか…この強さになって来ると、レベルを上げての成長って効率が悪いんですよねぇ…」

「そうは言っても仕方ないでしょ?咲島さんは私達みたいに暇じゃないんだから」

「その通り。私もあなた達くらい自由に生きられたら良いんだけど…」

「咲島さん無しで『花冠』は成り立ちませんよ。頑張ってください」


働きたくないのか、これから訪れる激務を想像してやる気を失っているのか、咲島さんがいつになくネガティブだ。

そんな咲島さんは私達と一緒に魔力を練りながら、愚痴をこぼし始める。


「わかってたのよ。いつかこうなるって。それでも、私は見て見ぬふりをして『花冠』の問題を放置してきた」

「そのツケが回ってきたと…」

「ええ。『青薔薇』と『牡丹』の失敗も、『菊』の暴走も。全ては、分かっていながら具体的な対策をせず、彼女たちに何もかもを任せていた私のミス。本当なら、口酸っぱく注意して回るべきだったのよ」


…前にも聞いた覚えがある内容。

あの時は…そう、深層遠征の時だ。

その事を指摘すると面倒くさい事になるから言わないけど…かずちゃんは察してくれるかな?


チラッとかずちゃんの方を見ると、首を傾げて不思議そうな顔をしている。

…駄目かも。


「前にもこんな話しませんでした?」

「しっ!かずちゃんステイ!」

「…したわね」


言ってはいけない事を口にしてしまったかずちゃんを止めるが、一足遅かった。

咲島さんにはが私の事を睨みながら、かずちゃんに『続けて』と視線を送る。


「『私が悪いんだ』『私のミスだ』『あの時こうしていれば』って…口で言うのは簡単ですけど、アレから何か対策しましたか?」

「……」

「さっき、『青薔薇』と『牡丹』を呼び戻すって言ってましたけど…アレが対策ですか?」

「まあ…そうかもね」


そうかもね…?

なんでそんな…自信のない言い方をするの?

なんか咲島さんらしくないね。


「…とりあえず今いる幹部に意識改善をするように指示してみるだけでもだいぶ変わるんじゃない?咲島さんが国中を回る必要はないだろうし」

「でも、私が行くのが一番効果的なのよ。だから、行かないと」

「どうしてもそうしたいなら別に何も言わないけど……」


そう言いながら、かずちゃんは私の方を見る。

私にフォローを求めているんだろう。

何をしてほしいかは火を見るより明らかだ。


「咲島さん、一回休んでみませんか?」

「休む…?私が?」


私の問いかけに、咲島さんは首をかしげる。

…この人もだいぶワーカーホリックだな。


「多分、組織の改革とかそういうのをする前に、まずは咲島さんが変わらないと不味いと思います。咲島さんがこんな調子だと…『花冠』も変わりませんよ」


『花冠』のブラックぶりの理由が何となく分かった気がする。

トップがこんな調子じゃ、組織全体で『休む』って考えが希薄なんだと思う。

構成員の意識を改善する前に、まずは咲島さんの労働環境をどうにかしたほうが良いかも。


「咲島さんって、普段どのくらい働いてるの?」

「……ここ数年休日らしい休日は無かったわね」

「う〜ん…これはワーカーホリック」


かずちゃんの質問に、咲島さんはイカれた答えを返す。

まず休日は年間0日。

日毎の労働時間は?


「何時間労働ですか?」

「特に決まった時間は無いわね。昼間は各支部からの報告を確認したり、夜は私自ら動くこともある」

「つまり…?」

「多いと24時間労働ね」


…こんなのだから『花冠』がブラックになるんじゃないの?

やっぱり変えるべきは咲島さんの労働環境だったか…

私も手伝てあげられたらいいんだけど…仕事が出来なくてリストラされたような人間は雇ってもらえないよね。

となると私に出来ることは、相談に乗ってあげたり、休みの日にどこかに一緒に遊びに行くくらいか…


「あの二人を呼び戻して一段落したら、休暇を取ったら?」

「まあ…一理あるわね」


かずちゃんの休暇の提案に首を縦に振る咲島さん。

休暇か…


「もうすぐ冬ですけど、グランピングとかどうですか?自然に囲まれてゆっくりしましょうよ」

「そうね…私ももういい歳だし、若者に任せて休むのもアリか…」


いい調子。このまま咲島さんを休ませて、元気になってもらわないと。

なんだったらこのまま今日の修行を切り上げて、仮眠でも取って……ん?


「…どうしたの?急に険しい顔して」

「いえ…なんか胸騒ぎが…」


嫌な胸騒ぎを感じて落ち着かない。

咲島さんは私の急な変化に首を傾げ、きょとんとしてる。

しかし、かずちゃんは別だ


「一旦外に出てみましょう。何かとんでもない事が起こっているかもしれません」


私といつも一緒に居るかずちゃんはよくわかってくれている。

こういう時は大体何か面倒なことになってる事が多い。

もしかしたら、仙台で何かが起こっているのかも…?


「2人がそう言うなら行ってみましょう。でもいいの?ここでの修行は今日までよ」

「ここに残って取り返しのつかない事になるよりはいいよ。行きましょう、神林さん」

「ええ。咲島さん、お願いします」

「わかったわ」


咲島さんに頼んでダンジョンの外へ出る。

修行できないのは残念だけど…外に出てすぐに出てきてよかったと思う事になる。


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