第183話 現実に目を向ける

「ありがとうございました」

「あと1週間で追い抜いてやるから、首を洗って待ってなさい!」

「あらそう?楽しみにしてるわ」


2人を見送り、迎えの車に乗り込むと珍しい人間が乗っていた。


「家まで送って頂戴」

「かしこまりました」


私の指示に従う男性。

夜の仙台の街並みを走る真っ黒な高級車。

はたから見ると完全にヤクザの車だけど…まあ、似たようなもの。


そんな事より、今この車が目を引く理由は運転手にある。


「私が男の運転する車に乗っていた、なんてマスコミがよだれを垂らして集まってきそうな事態ね」

「そうですね。対策はしてますから問題ありませんよ」

「便利なスキルね。全く」


男の運転する車。

想像するだけで身の毛がよだち吐き気がするが…今は全く気にならない。

だって――


「しかしまあ、あなたが男の姿で私の前に立つなんて、どういう風の吹き回しかしら?『菊』」

「気分ですよ。気分」

「気分、ね…」


彼はスキルを解除した『菊』だ。

そして、自分に掛かっているスキルを解除する代わりに、車にスキルを掛けて外からは女性が運転しているように見せているんだ。

だから、マスコミの心配をする必要はないだろう。

…でも、あんまり気分はよくない。


「私が男を見るとイライラするのは知っているでしょう?早くいつもの姿に戻って」

「了解しました。主君」


私の言葉に『菊』はいつもの姿に戻る。

《隠蔽》と《偽装》の合わせ技で、私でさえ見抜けない変装が出来るのが『菊』の凄いところだ。


「あなたのスキルは本当に優秀ね。優秀な部下が持てて嬉しいわ」

「主君の人徳の賜物ですよ!」

「人徳か…私には縁遠い言葉だけど…そうだ」


人徳、という言葉にあることを思い出す。


「今日もあの二人の修行を見てきたけれど…危機感しかなかったわ」

「もうそんな領域ですか…」

「ええ。レベル差こそあれど…正面からの戦闘じゃあなたでも五分五分。《神威纏》の習得も目前でしょうし、いよいよ私の立場の危ぶまれるわ」


私の言葉に緊張感が高まる。

2人の成長に、『菊』も思うところがあるみたい。


「スキルなしだと五分五分…実質追い付かれましたね」

「そうね。あなたに切り札を切らせる訳にはいかないし、いつか模擬戦をした時に一葉ちゃんに煽られないように気をつけなさい」

「時間の問題でしょうけどね。あの子、私の事滅茶苦茶嫌ってますから」

「性格の相性が最悪なのよね…同じ我が道を行くでも」


『菊』はかなり癖が強い。

その性格故に暴走して失敗することがしばしばある。

人に好かれるタイプではないし、私だって少し思うところがある言動や行動をしてしまう。

その点がかなり問題ではあるけれど…嫌われ役になって人を引っ張れるという見方もできる。


「今更その性格をどうにかしろとは言わないけれど、余計なことはしないように気をつけなさい。東京での失態のような事があっては困るのよ」

「肝に銘じます」

「そうしてちょうだい。…そう言えば、あっちの仕事は全部あの子に投げてきたけれど、大丈夫かしら?」


本来関東の監視を任されているあの子…『紫陽花』を完全に放置している。

しかも、近畿と九州の仕事を全て押し付けて、だ。


「流石にあの子が過労死しちゃうでしょうし、あの2人の修行は切り上げて様子を見に行かないと…」

「私の心配もしてくれても良いんですよ?主君。大阪の関から東側は全て私が管理してるんですから」

「…こうやって仙台に来てるあたり、余裕はありそうじゃない。あなたは片手間で管轄外の仕事を出来るけど、普通の人間はそうじゃないの」


本来5人で管理していた全国の支部を、今は2人で管理している。

『菊』は良いとして、『紫陽花』がそろそろ過労死しそうな気がしてならない。

彼女もまた優秀な幹部。

みすみす過労死はさせない。

そろそろ仕事を変わってあげないと…


「浅野と町田が幹部まで成長してくれたら楽なんだけど…」

「その前に『青薔薇』と『牡丹』を呼び戻せば良いのでは?あの2人が居るだけで、大きく現状を変えられますよ」

「出来たら苦労しないわよ。あんな事しておいて、ヤバくなったから帰ってきてなんて…」

「それを言い出したら私もクビですよ?東京の被害は私の暴走のせいなんですから」

「それを自分で言っちゃ駄目でしょうに……まあ、確かに『菊』の言う通りね」


早川を取り逃がした『青薔薇』と『牡丹』。

勝手なことをして、東京壊滅の原因を作った『菊』。

…あれ?なんで私この子になんの罰も与えてないんだっけ?


「主君もだいぶ疲れてるんですよ。ようやく事に気付きましたか」

「…あなた、わかってて黙ってたの?」

「私が抜けたらいよいよ『紫陽花』と主君が過労死しますよ?」

「…ほんと、余計なところまで頭が回るわね。これでもう少し性格がよくて、まともなら良かったのに…」


この事を想定していた訳ではないけれど、現状を変える方法を『菊』は既に考えていた。

それは、自分の失敗を利用して『青薔薇』と『牡丹』を日本に連れ戻すこと。


ツッコミどころと文句しか無いけれど、ただで転ぶつもりはないらしい。

失敗を活用して確実に現状を良くする方法をサラッと提案してきた。


…ついでに、自分の失態を踏み倒すつもりてもある。


「あなたは本当に世渡りが上手ね。失敗しても責めるに責められない状況を作るとか…何処まで計算していたの?」

「いいえ全く。なんかたまたま『花冠』が詰んでいたので、イケるんじゃないかと思っただけです」

「あ、そう…」


『花冠』が詰んでいた。

…どうやら現実に目を向けるしかないようね。

もう、失敗の責任だとか、組織の改革だとか言ってられない。

例えそれが多くの人に疑問を抱かせるものだっとしても…やるしか無い。


元はと言えば、私が『花冠』の問題に対して目を逸らしていた事が原因。

『青薔薇』や『牡丹』、『菊』なんかの失敗と何ら変わらない。

対策を講じなかった私に問題があるのだ。

…だからといって、今の地位を退くつもりはない。

何故なら、『花』は私の名の下にあるものだから。

代役は誰にも務まらない。

特に『花冠』は…


「…分かったわ。あなたの案を採用しましょう、『菊』」

「是非そうしてください。あと、出来れば私を今の地位から外してもらえれば…」

「責任を取るということかしら?悪いけどそれは無理よ。諦めなさい」

「そうですか…あわよくば今の地位を退いて、主君の命令だけで動く人形になろうと思ったのに」

「現場の人間は足りてるの。誰があなたの代わりを務めるのよ?」

「浅野杏。彼女なら務まりますよ。…まあ、可哀想な事になるでしょうけど」


いきなり幹部にされた挙げ句、中部地方と海外支部の管理をなんの前触れもなく任される。

…多分卒倒するわね。

と言うか、それをすると神林さんと一葉ちゃんが黙っていないでしょうし、せめて来年ね。


その為にも……あんまり気乗りはしないけど、やるしか無いわね。


「はぁ…あの2人を呼び戻すのか…」

「…何か問題が?」

「問題と言うか…私の失敗を直に見ているようで、ちょっとね」

「あの2人を失敗呼ばわりはどうかと…」


『菊』は苦笑いを浮かべる。

確かに、失敗呼ばわりは可哀想だ。

でも、あの2人の手綱を完全には握れず、結果的にあんな事を引き起こさせてしまったのだから…アレは私の失敗の塊みたいなもの。

目を逸らしたい現実の分かりやすい例。


「主君も人なんですから、失敗は付き物ですよ。お一人で抱え込むのは良くないと思いますけど?」

「…そうね。今度、神林さんにでも相談してみようかしら?」

「私達じゃ無いんですね…」

「あなた達にあなた達の愚痴を言ってどうするのよ?」

「愚痴は確定なんですね…」


そんな話をしていると、車が建物の前で止まり、ドアが自動で開く。

どうやら、私の家に着いたらしい。


「ありがとう、『菊』。事が終わって落ち着いたら、あなたにも然るべき罰を与えるわ」

「出来れば責任を取って地位の剥奪とか…」

「それはナシね。死ぬまで働きなさい」

「万年人手不足の定めか…」


『菊』の期待をぶった斬ると、私は車を降りた。

そして、ドアは閉めずに話しかける。


「『青薔薇』と『牡丹』が帰ってきたら、2人に現状を伝えてあげて。引き継ぎは『紫陽花』がする」

「ちなみに近畿支部は?」

「もちろんあなたの管轄よ。『紫陽花』に本来の業務だけをやらせてあげないと」

「私相手なら何やっても良いと思ってます?」

「『青薔薇』と『牡丹』が減給なら、あなたは無限残業よ。失敗に対する罰だと思って受け入れなさい」


そう言ってドアを閉めようとすると、何か呟いた『菊』。


「どうせ1年もやりませんけどね」

「なにか言ったかしら?」

「いえ。なにも」


…1年がどうのこうの聞こえたけど…まあいいでしょう。

とにかく、今はゆっくり休みたい。


「ありがとう、明日からもよろしく」

「おやすみなさい、主君」

「そうね。おやすみなさい」


車のドアを閉めると私は家に入る。

軽くシャワーを浴びると、そのままベッドに倒れ込んだ。

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