第185話 敵襲

ダンジョンから戻ってきてすぐに、私は気付いた。

というか、気付かない方がおかしい。


「こんな強大な気配…カミが出てきたの?」

「ヒキイルカミか、現世にこいつを連れてきたのは…しかもこの気配は」


咲島さんがそう言った直後、強烈な風が吹き荒れて髪がぐちゃぐちゃになる。

風の吹いてくる方向を見ると…そこには大きな竜巻があり、こっちに向かってきてる。


「出ていきなり竜巻とか…!」

「流石、本体が出てきただけはありますね!マガツカミ!!」


急いでゲートウェイの建物内に逃げ込むと、そこで竜巻をやり過ごす。

地震にも似た轟音に、停電まで起こりゲートウェイは混乱状態だ。

それどころか、割れた窓から風が入り込んできて多くの人が恐慌状態に陥り、もう収拾がつかない。


「落ち付きなさいッ!!!」

『っ!?』


咲島さんのこえがゲートウェイに広がり、正気を失っていた人達も動きを止める。

流石の迫力だ。


「所詮竜巻!建物の中で窓に近づかなければ何ともないわ!だから落ち着きなさい!!」


強い力の籠った声にすべての人が正気を取り戻した。

そして、怯えつつも落ち着いたようで、冷静な判断が出来るようになった様子。

いくつもの組織を率いるトップの場を掌握する力はすごいね。


「マガツカミ…いきなりやってくれるじゃない」

「恐ろしいですね。これでいて奴自体厄介なんですから…」

「『菊』がまだこっちに居るはずだから連絡を……チッ!電波ジャミングか!!」


何故か仙台に居るという『菊』と連絡を取ろうとする咲島さん。

しかし、マガツカミの影響か電波が使えない。

竜巻の影響で電波が使えないとかじゃなくて、圏外になってるんだ。

電波障害まで引き起こせるのかよ、マガツカミ…


「じっとしてる訳にはいかないわね。二人とも、打って出るよ」

「この竜巻の中を!?」

「気合で耐えなさい!」


そんな無茶苦茶な…

でも実際このままじっとしている訳にはいかないんだよね。

災害を自在に操るという神威を持つマガツカミなら、私達をこの場に釘付けに出来る。

このまま私達を出さないように動くことだって…

もしそんな事になったら、とんでもない被害が予想される。

だから、打って出るしかないんだ。


「多少の危険は承知。行くよかずちゃん!」

「ああもう!これだから体育会系は!!」


私の呼びかけにかずちゃんは文句を言いながらついてくる。

そして、私達と一緒に飛び出すと体が吹き飛びそうな暴風の中を走る。


しかしそれは意外とすぐに通り抜けることができて、すぐにマガツカミのいちを把握できた。


「あそこか…行くよかずちゃん!」

「はい!」


先頭を先に走る咲島さんのあとに続き、マガツカミに急接近する。

よく見るとマガツカミは既に誰かと戦闘していて、押されているように見えなくもない。


マガツカミを相手に有利に戦える人間なんて…一人しか居ないだろう。


「主君!応援を頼みます!!」

「任せなさい!2人も手伝って!!」

「「了解!!」」


『菊』がマガツカミと先に戦っていたのだ。

マガツカミは魔法攻撃が基本だから、魔法攻撃を全部破壊する武器を持つ『菊』とはとにかく相性が悪い。

だから、『菊』1人でもマガツカミを抑えることができるんだ。


ただ、相手はレベル300のカミ。

抑えることはできても、勝つことは難しいんだろう。

というか、勝てたら本気の咲島さんより強い。

今すぐ『花冠』を辞めて専業冒険者になるべき。


「本当に強いですね、魔王の大太刀」

「アレさ、場合によってはゼロノツルギ以上にやばい武器だからね?――っと、お喋りしてる暇はないか」


この4人組ならそうそう負けることはない。

だから油断してたけど、なんか不味い気がして本気を出す。


マガツカミは霊体だからただの物理攻撃はダメージが低い。

そのため、蹴り飛ばしたり殴り飛ばしたりして地面や障害物にぶつける攻撃が効きにくいのだ。

直接殴ってダメージを与えないといけないのが、面倒くさいところだよ。


足に魔力を纏わせると、マガツカミの膝を後ろから蹴って無理矢理膝を着かせる。

そこへ、かずちゃんが強烈な二連撃を食らわせて片脚を半分くらい切断した。


「案外脆いですね…咲島さんは本当にこんなのに苦戦したんですか?」

「マガツカミは弱くないわ。『菊』との相性が悪過ぎるだけよ」

「ふ〜ん…」


思いの外ダメージが通る事に驚いたかずちゃん。

これが本当にかつて『花冠』に大きな被害を齎したカミなのかと、咲島さんに問うている。


咲島さんはそれに対して、『菊』の存在――魔王の大太刀の存在が大きい事を伝えながら、マガツカミの片腕を切り飛ばした。

…多分、『菊』との相性が悪いというよりは、私達が強くなったって感じだよね?これ。


「このまま押し切れたり……なんて、甘い話はないか」

「まあ、再生しますよね。じゃないと脆すぎる」


ダメージが通るから、このまま押し切れるかと一瞬思ったけれど…そんなことは無かった。

霊体だからなのか、魔力を使って冗談みたいな速度で受けた傷が再生する。

咲島さんに切り飛ばされた腕も2秒で元通りだ。


これは、ジリ貧になるかもね。


「マガツカミは基本的に魔法攻撃しかしてこない。そしてその魔法攻撃は、『菊』が全部破壊してる。安心して、コイツをボッコボコにしなさい!」

「魔法攻撃以外の攻撃をされる可能性は?」

「魔力爆発や物理攻撃をしてくるかもしれないけれど…どれも対処可能な攻撃よ。魔法攻撃に比べれば可愛いものよ」 

「たしかに…」


憑依状態で本来の三分の一の力しか使えない時でさえ、マガツカミハ魔法一発で渋谷を壊滅させた。

その事を考えれば…『菊』が魔法を抑えているのがどれだけ凄いことか分かる。


そんな事を考えていると、『菊』が魔法を破壊しながら咲島さんに話しかける。


「主君!神威は警戒しなくていいんですか!?」


そうか…神威。

その気になれば隕石を降らせてきそうで怖いけど…どういうわけかさっきから全然使ってこない。

なんで?


「…どうやら電波妨害の神威にほとんどの力を持っていかれているみたいね。カミは現世では十分に神威を使えないみたい」

「了解です主君!ちなみにその情報の信憑性は?」

「『ジェネシス』の特権由来。多分真実よ」


咲島さんの持つ特権。

鑑定の上位互換みたいな使い方も出来るのか…


「じゃあ、神威を使われる心配はしなくていいのか…」

「どうかしらね。あの竜巻を消したり…あるいはあれをこっちに持ってこられると厄介ね」


神威はそれほど警戒しなくてもいいけれど、完全に無警戒ってわけにはいかないと…

…それに、電波妨害を解除していきなり大地震が…なんてこともしてくるかもしれない。

警戒して損はしないだろうね。


魔法を使えず、攻撃もまともに当てられない。

神威さえ気を付けていれば、あのマガツカミといえどただのデカい的になる。

相性の大切さがよくわかる戦いだ。


「このままマガツカミの魔力を削りきって――何っ!?」

「飛んだ!?」


マガツカミは、強力な風の衣をまとって空へと舞い上がる。

そして、そのまま私達に背を向け、尻尾を撒いて逃げ出した。


「追わないと!行こうかずちゃん!!」

「そうは言っても相手は飛んでるんですよ?!」

「空を飛ぶなんて…それが出来る人間は『紅天狗』くらい。走って追いかけるにしても…駄目ね、そもそも攻撃が届かない」


追いかけようとするも、かずちゃんと咲島さんに止められる。

ここに来て空中攻撃の低さが裏目に出たか…あの状態のマガツカミと戦えるのは『紅天狗』くらいらしい。

咲島さんでも無理となると、ここは指をくわえて見ている事しかできない。


悔しさを胸に隠し、諦めてかずちゃんに怪我がないか確認しようとすると、誰かのスマホが鳴る。


「電波妨害が解除された…?」

「マガツカミが離れたからでしょうね。…私よ。そっちの状況は?」


どうやら『花冠』の何処かと話している様子の咲島さん。

咲島さんの電話が終わるまでかずちゃんの体を隅々まで見て怪我がないか確認する。

…その横で、咲島さんの顔色がどんどん悪くなっている事に気が付いた。


「……分かったわ。東京には『菊』と助っ人を配置する。大阪には…もう少し耐えてもらいましょう。あの2人が帰ってくる。それまで住民の避難を優先して。以上」

「…誰からの電話ですか?」

「『花冠』本部よ。今日本は…かなり不味い状況になっているわ」


かなり不味い状況…咲島さんがそう言うほどか。

仙台にマガツカミ、東京にヒキイルカミとかそんな感じ?


「東京、大阪、仙台が攻撃を受けている。敵の首魁はおそらくヒキイルカミね」

「東京と仙台はカミが攻撃しているとして…大阪は?」


電話を盗み聞きしている限り、今日本に向かっている『青薔薇』と『牡丹』の応援が必要な事態。

相当大規模なスタンピードでも起こっているのかな?


「…私も知らない、未確認のカミの攻撃を受けているわ。それも2体」

「2体!?」


未確認のカミの出現。

それも2体だ。

確かに…『青薔薇』と『牡丹』が派遣される案件ね。


「もっと言うと、北海道、名古屋、福岡でスタンピードが起こっている。これがあのアーティファクトなのか、マガツカミの力なのかはわからないけれど…日本は今、未曾有の危機に陥っているわ」

「早川なんて比じゃない規模の大災害…これがカミの攻勢なのか…」

「そうね…」


このままだと、日本はとんでもない被害を受けることになる…

そうなったら…世界にも多大な影響を与えることになるだろう。

まだ《神威纏》は習得できていないけれど…私達も最前線でカミと戦わないといけないなんてね。

一足遅かったか…


「あなた達には、『菊』と一緒に東京に行ってもらう。仙台のマガツカミは私に任せなさい」

「一人で大丈夫なんですか…?」

「大丈夫よ。『菊』あなたの小刀を貸してほしい」

「もちろんですよ、主君」


咲島さんのお願いに、なんの躊躇いもなく『菊』は小刀を渡す。

それをかずちゃんが即座に鑑定し、結果を見せていた。


――――――――――――――――――――


魔王の小太刀

等級 上級

スキル

  《魔法破壊》

  《魔力吸収》

  《破壊強化》

  《破壊耐性》


――――――――――――――――――――


『菊』の持つ魔王の大太刀と同じ効果を持つ小刀――いや、小太刀か。

確かに、これがあれば《神威纏》を使った咲島さん一人でも十分にマガツカミを追い詰められる。

ここは、咲島さんに任せよう。


「この太刀は2つで1つ。別々の人物が持っていると、効力が少し弱まる事をお忘れなく」

「問題ないわ。魔法を壊せるならそれで十分」

「では何も問題はありませんね。では行ってきます、主君」


逃げたマガツカミの対応は咲島さんに任せ、私達で東京に向かう。

東京で待ち受けているであろうヒキイルカミの相手は、私達3人の仕事。

…勝てるかはわからないけど、やらないと被害を抑えられない。


覚悟を決めて、先に動いていた『菊』の後に続いた。

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