第178話 例えばこんな事が出来たら
早川照という厄介者は居なくなったが、ヒキイルカミという新たな悩みのタネが生まれてからしばらくして。
杏から2人のレベルが100になったという報告を受け、お祝いの為に外食をする事になった。
チョイスは町田さんで、選ばれた店はまさかの居酒屋。
本当にいいのかなぁと思いつつ、現地集合。
先に店に入っているということで、入店して奥の座敷席に通された。
「おまたせ。2人とも早いね?」
「まあね?今日は1日暇だったからさ。ちょっと早めに来ちゃった」
早めに来た…予約時間の十五分前に来ることは、まあまあ早めに来たの範疇だと思う。
なんだったら、結構早めでもおかしくないね。
「おめでとう、愛。はい、これレベル100到達記念のプレゼント」
「ありがとう。…これは?」
「アイマスクと持ち運び用の枕だよ」
「…なんでそんなものを?」
かずちゃんの用意したプレゼントは…正直、喧嘩を売っているとしか思えないものだ。
理由は…すぐに本人の口から話されるだろう。
「支部長は忙しいって聞くし、今の段階でもう仕事キツイでしょ?だから、いつでも寝られるようにって」
「…つまり、バリバリ働けと?」
「そう。世の中の女性のために、頑張って!」
「……ねえ、もう少し祝ってくれてもいいんだよ?」
流石に町田さんが可哀想だ。
プレゼントが酷すぎるせいで、怒るどころかほぼ涙目になってるし。
…まあ、私はかずちゃんほど酷くはないから、それで心を癒やしてもらおう。
「私からは、町田さんにはコレを用意しました」
「このサイズ…まさかお酒?」
そう言って、私から貰ったプレゼントのラッピングを剥がす町田さん。
中には私の地元の酒蔵で作られている、一番美味しい清酒が入っている。
「杏から、町田さんは意外にも清酒が好きって聞いてたから、地元の酒蔵で一番美味しい清酒を注文したの。おじいちゃんのお墨付きだから、美味しいよ」
「ありがとうございます!……先輩、神林さんの祖父って…」
「ああ。貴族の末裔だからな。そんな人のお墨付きのお酒となれば…まあ、まず間違いなく美味しいんじゃないか?」
「ですよね〜。うわぁ〜、飲むのが楽しみ!」
かずちゃんのプレゼントと違って、本当に嬉しいものを貰った町田さんは目を輝かせている。
「むぅ…やっぱり大人はお酒で喜ぶのか…」
「人によるけどね?かずちゃんだって、ジュースは好きでしょ?」
「はい!」
「それと一緒だよ。さて、杏へのプレゼントだけど…私からはこれだね」
そう言って取り出したのは、子供用の服。
杏には子供が居るからね。
なら、子供用のモノをあげたほうがいい。
「子供はすぐに大きくなって、服のサイズが合わなくなるからね。ちょっと大きめのサイズの服を用意してみたんだけど…どうかな?」
「なるほど…確かに、すみれがもう少し大きくなったら着られそうなサイズ。ありがたいわね」
「気に入ってもらえたようで何より。…それと、これはそう言うのとは別件なんだけど…」
「…?」
周囲の人に見られていない事を確認すると、こっそりあるモノを手渡す。
「お節介かも知れないけど、夫婦仲の為にも…ね?」
「…なるほど。だいぶお節介だけど…今度ありがたく使わせてもらうわ」
見えないように手渡し、すぐにアイテムボックスに放り込んだ事を確認すると、私は椅子に腰を下ろした。
「神林さんが、先輩に何渡したかわかる?」
「さぁ…?」
子供二人が何を渡したのか気になってヒソヒソと話している。
これはかずちゃんにも見せてないから、まあわからないだろう。
でも、勘の良い人ならなんとなく察してるはず。
…まあ、あの二人は勘が良くないからわからないだろうけど。
「ほら。今度はかずちゃんの番だよ」
「あっ!はい!」
私に言われて慌ててプレゼントを取り出したかずちゃんは、勢いよく杏の前にプレゼントを差し出した。
「…これは?」
「えっと、肩こりをほぐす道具とかのマッサージ機が入ってます!」
「えっ!?私のより全然良いものじゃん!!」
「いや、なんか愛は肩こりとかしなさそうだから…」
「私だって長時間労働で肩こりぐらいするよ!」
プレゼントの格差に、町田さんがかずちゃんに文句を言う。
…まあ、明らかに差があるからね?
文句を言いたい気持ちはわかる。
「分かったよ。後で別のプレゼントを用意するから」
「高級車とか買ってくれてもいいんだよ?」
「それは高望みしすぎ」
「でも買えるでしょ?」
「まあ…余裕だけど」
数千万程度の高級車なら、かずちゃん一人でも買える。
でも、流石にプレゼントでそんなものを渡すとその後が大変だ。
「あんまり高いのを貰うと、自分が渡す側になった時に大変だよ?町田さん」
「うっ…!それは…」
良すぎるものを貰っちゃうと、今度自分が渡す側になった時に何を渡すか困ることになる。
前に数千万の車を貰ったんだから、今度は自分がそれに見合うものやサプライズを用意しないといけないという気持ちになる。
というか、そこで用意できず、誠意も見せられなければ信頼を失う結果になるかもしれない。
だから、プレゼントは慎重に決めないと面倒くさい事になるんだよね。
…まあ、私達の間に限ってそんな事はないけど。
「…でも、愛にはいいものを用意してあげたいな」
「へえ?町田さんが困らないプレゼントにしてあげてね?」
「そうだよ。私の事を札束で殴らないでね?」
その話を聞いてもなお、かずちゃんはいいものをあげたいらしい。
でも、どうしてそこまで…
不思議に思っていると、体をもじもじと恥ずかしそうに動かしながら理由を話し始めたかずちゃん。
「その…愛とはいっつも喧嘩ばっかりだけどさ?本気で嫌いってわけじゃないし、何なら一番信頼できる親友だと思ってる。だから…私の親友ぢてくれてありがとうって意味と、いつも酷いこと言ってごめんって意味で…その…」
「一葉…」
かずちゃんの意外な言葉に町田さんはどこか嬉しそうな驚いた表情を見せ、杏は優しい目でお酒を飲みながらそんな2人を眺めている。
私はかずちゃんの邪魔にならないようにしつつ、かといってかずちゃんが尻込みしないように手助けをしながら、2人の初心で可愛らしいやり取りを見守る。
「愛がなにを欲しがってるのかなって考えた時、私は多分これだって答えが一つだけあるんだよね」
「なに?」
「愛が欲しくて欲しくてたまらないもの…それは『愛』じゃない?」
「……」
愛…LOVE、か…
確かに、彼氏に振られ、周りがみんなパートナーを見つけたり、子供が出来たりする中で一人だけ何もないのは…愛に飢えてそうだね。
というか、常に悩みとして抱えて、心を痛めてるんじゃないかな?
「私…愛に紹介してあげれる友人もいないし、私が相手になってあげるってのもできないけど…その、親友として、相談に乗るくらいはできるよ?」
「分かってる…分かってるよ…!」
かずちゃんの言葉に、町田さんの声が一段高くなる。
そして、手元にあるコップの酒を一気飲みしてカラにすると、叫び声にも似た声で話し始めた。
「相手がいなくて、周りにいい人がいなくて、私の事を貰ってくれそうな人間はみんなパートナーがいる。だから、みんなに求めるのは間違いだって、ずっと耐えてきた!」
それは独白のようなもので、それまで内に秘めて隠し通してきた彼女の本音。
親友にさえ話せなかった、どうしようもない悩みだ。
私はそれ、かずちゃんが不安にならないように手を握りながら聞き、杏はいつでも手を伸ばせるようにしている。
「先輩は既婚者で論外だし、神林さんは一葉の運命の人だから絶対に手は出せない。そして一葉は…私には、一葉に神林さんに向けるような笑みを引き出せる自信がなかった…」
「愛…無理しないで?」
「ありがとう。でも、思っちゃうんだ。例えば、こんなことが、あんなことが出来たらって…」
その、『こんなこと』『あんなこと』にどんな意味があるのか?
それは、想像に難くないと思う。
「これから支部長とか、そういう立場になると満足に恋愛なんてできないと思う。だから…せめてみんなは、変わらないで。例え運命の人が現れなくたって、ここが私の居るべき場所なんだって思いたいから」
強がりで、すぐにかずちゃんと喧嘩する大人げない人だとは思っていたけれど…この人はまだ、根本的な精神の部分が成長しきっていないのかもしれない。
涙を必死にこらえているけれど、その実今にも泣きそうな町田さんは…とってもかずちゃんに似ている。
だからなのか、杏よりも先に、かずちゃんが手を差し伸べる。
すると、2人はしばらく見つめ合ったあと…私達には分からに何かを視線だけやり取りし、笑みを浮かべた。
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