第177話 新たなカミ
「成功したようだな…」
そう呟き、切断したはずの四肢があっという間に元に戻った早川を見て、私達は警戒度を最大まで引き上げる。
今にも斬りかかろうとするかずちゃんを咲島さんが止めた。
すると、奴は何かをアイテムボックスから取り出した。
それはとても小さな宝石で、目を凝らしてよく見れば、何か模様が入っているように見える。
「『至高の種子』か…これは我が使うとしよう」
『至高の種子』?
なにかのアーティファクト…あっ!
奴がくるくると宝石を回したことで、中の模様が見えた。
蝶の紋章『ジェネシス』の証。
『ジェネシス』からご祝儀を貰った際に一緒に貰った宝石。
アレの名前は、『至高の種子』と言うらしい。
あの謎の宝石の正体が分かってすっきりしていると、咲島さんが奴に声をかける。
「おい!手を上げてその場で膝をつけ!!」
声を張り開ける咲島さんは、どこか様子がおかしい。
まるで、早川ではない誰かに命令しているような…どこか妙な距離を感じられる。
しかし、早川はこちらを一瞥するだけで気にも留めない。
更には余裕の様子で『至高の種子』に魔力を流し込み、使用する。
『種子』が光を放ち、その光に早川の体が吞まれ、あまりのまぶしさに私達は手や腕で目をふさぐ。
そして、光が収まった時、早川を見れば…“それ”はもう早川ではなかった。
「ふむ…これが我の新たな肉体…随分と貧弱ではあるが悪くない」
ひとりそんな事を呟く何者か。
すぐに鑑定を使ったかずちゃんが、目を見開いて私達にステータスを共有してきた。
――――――――――――――――――――
名前 ヒキイルカミ
種族 神霊
レベル450
スキル
《神威・将軍》
《率いる者》
《神体》
《隷属支配》
――――――――――――――――――――
「馬鹿な…早川はどうなったの…?」
ステータスを見てそう呟くと、ようやく奴――ヒキイルカミが反応を見せた。
「早川、愚かにも我を支配しようとした小僧の事か?それならもういない。今しがた、我の糧となって死んだ」
「っ!?」
こちらへ向かってくるヒキイルカミその圧はまさに規格外。
神威纏を使った咲島さんをも凌ぐ圧倒的強者のオーラ。
かずちゃんの前に立ったはいいけれど、それ以上の動きが出来ない。
体が…動くことを拒んでいる。
「生まれ変わった記念に、挨拶をしておくとしよう。我はヒキイルカミ。偉大なる蝶の神によって生み出された『審判者』の一人だ」
礼儀正しい作法で挨拶をするヒキイルカミ。
そして、『審判者』という新しいワード。
横を見ると咲島さんが驚愕の表情を浮かべている。
…咲島さんは、何か知っているみたいだね?
「審判者…ですって…?」
異常な反応を見せ、どこか怯えているようにも見える。
「なんだ?知恵を与えられた者よ。それほど動揺する事でもないだろう?」
嘲笑するように言い放ったヒキイルカミ。
それに対し、咲島さんは歯を食いしばって怒りと焦りの感情をあらわにする。
「…ありえない!審判者――『カミ』は自我を持たず機械的に動くだけの人形。でなければ…!」
「『でなければ。それは《人類の敵》』…か?お前の考察は正しいぞ。知恵を与えられた者よ」
今度は『人類の敵』。
どんどん話が壮大になっていく…
そして、私達は置いてけぼりにされていく。
まあ、いつもの事だとは言え、そろそろしっかりとした説明がほしいな?
「ふむ。どうやらお前の供は状況が呑み込めていない様子。ならば教えてやろう。我々は寛大だからな」
私の心が読めるのか知らないけれど、何かを感じ取ったらしいヒキイルカミが私達の方を向く。
そして、ありがたい事に説明をしてくれるそうだ。
「『審判者』について話そうか。我ら審判者は、偉大なる蝶の神によって生み出された特別な存在――まあ、お前達の言う所、『カミ』と言うやつの役名だな」
「…なぜ審判なの?」
「後に説明する『人類の敵』との差別化を図るためだ。審判者は人類を滅ぼすために創られた存在では無い。コンセプトは『災害』なのだからな」
時折現れて、数多の被害を齎す存在。
ある種の災害であるのが『審判者』。
災害に善悪は存在しない…つまりある意味公平であると…
だから『審判者』なのね。
…こじつけも良いところだ。
そして、それはつまり…
「そうでないのが『人類の敵』…」
「その通り。『人類の敵』は『天罰』の具現化だ。人類を滅ぼさんとする意思を持ち、いつ現れるかは我ら次第。もし我らが地上に出て猛威を振るう事があれば…座して祈りを捧げることだ。そうすれば、御方が救いに手を差し伸べられるやもしれん」
天罰をコンセプトとした、人類に牙を剥く存在。
しかもそれが、あの強さだ。
それに…ヒキイルカミになる以前のステータスには無かった、『率いる者』のスキル。
強化されている…
そしてこんなにベラベラと大事なことを話す…
もしかしたら、ここで私達を始末し、地上を地獄に変えるつもりなんじゃ…?
「…もし地上に出ると言うのなら、覚悟しなさい。人類は、お前達が考えるほど弱くはない」
咲島さんが代表として啖呵を切る。
その言葉に私とかずちゃんはハッとして、意思を強く持って念の為戦闘態勢を取る。
緊迫した空気が流れ、後ろで誰かが息を呑んだ。
杏か、町田さんか、あるいはあの2人のどちらか。
僅かな沈黙。
たった数秒の静寂が、私達には何十分も続くように感じられる。
――すると、ヒキイルカミは鼻で笑った。
「……深層遠征は、成功ですか?失敗ですか?」
「あのあと全力で調査を終わらせて、何も無い事が判明したじゃない。一応は成功よ。……問題は、あそこが本当に第80階層なのか、ということね」
仙台へ帰ってきた私は、咲島さんにそう聞いてみる。
何か引っかかることがあるのか、あの場所が第80階層なのか疑っている様子。
もしかして、早川の言っていたことは本当だったのかな?
だとしたらちょっと可哀想。
…まあ、自業自得だけど。
「アイツの言う通り、福岡ダンジョンの第60階層に似ていた気がする。少し調べてみるわ。もしあそこが本当にそうなら…後日私が調査をするから、あなた達は自己研鑽に励みなさい」
「「はい」」
「現状、冒険者上位3位と大幹部くらいしか、戦いと呼べるものを出来る存在がいない。少しでも…せめてヤツに対抗出来る力を持った人材がほしいのよ」
ヤツに対抗出来る人材…
あのあとヒキイルカミは、私達を見逃した。
そして、その際にこんな事を言っていたのだ。
『すぐに攻撃をすることはないが…それも近日中の話。一度人類に灸を据えに地上へ行くつもりだ。もしなにか守りたいものがあるのなら…せいぜい己を高める事だな。そうすれば、多少はマシな結果になるだろう』
ヒキイルカミは必ず来る。
それに備え、私達に強くなってほしいという気持ちが、咲島さんにはあるらしい。
私だって、かずちゃんを守りたい。
だから…これからも歩みは止められそうにはないね。
「機会があれば、また一緒にダンジョンへ行きましょう。私達と一緒なら、咲島さんのレベルも上がりやすいはずですし」
「なら、その恩恵を私の部下のレベリングの為に使ってやってほしいところだが…また、機会があれば誘うとしよう」
「では、いつでもお待ちしていますね」
そう言って、夜も遅いので帰る。
なんだかんだもう23時。
早く帰って寝たいという視線が、すぐ隣から突き刺さる。
家に向かうために先に歩きだしていると、ふと頭に言葉が浮かび上がってきて、振り返って咲島さんに話しかける。
「働き過ぎで、倒れないでくださいね?」
咲島さんに限って過労死はないだろうが…何事も心配しないに越した事はない。
軽く冗談を言って帰ろうとすると、冗談が帰ってきた。
「2人も励みすぎないようにな?ヤり過ぎで修行が出来ず、結果人類滅亡なんて…洒落にならないぞ?」
確かに…
やっぱり、年長者なだけあって冗談を言い返すのが上手だ。
感心しつつ、笑顔を返していると、疲れと眠気に負けかけていたかずちゃんが口を開く。
「余計なお世話だから黙れ…」
「なっ!?」
あまりに突然の暴言。
私も咲島さんも唖然とし、言葉が出なかった。
「帰りますよ」
そのまま車まで引っ張られ、謝る暇もなく家まで帰る事に。
もちろん、家についてから『眠たくてついそんなことを言い出しただけで悪気は!』と、かずちゃんに代わって謝っておいた。
もちろん咲島さんは怒っておらず、『どれだけ背伸びしようと、やっぱり子供ね』と笑ってくれる。
咲島さんが全然怒ってなくて本当に良かった…
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