第176話 第80階層

ポータルを渡り、やってきたのは仙台ダンジョンの最前線。

不思議とモンスターの気配が一つもなく、それが逆に不気味さを醸し出している。


「さっきと同じ平原に加え、たくさんの崩れた遺跡…ん?人の気配…?」

「なんですって…?」


かずちゃんの言葉に、私は探知の精度を上げて人の気配というものを探る。

すると、モヤを帯びてはっきりとしないが、確かに人の気配をすぐそこから感じた。


しかも、私はこの気配に覚えがある。


「早川…?いやでもそんなはずは…」

「自身を持って。あなたが感じたものは間違いない」


咲島さんにが口を開き、私達の先頭に立つ。

そして、気配をわずかに感じる崩れた遺跡の壁の裏に強い口調で声をかけた。


「隠れてないで出てきなさい!そこに居るのはわかってるのよ!」


魔力を放って威圧し、殺気のこもった視線でその方向を見つめる。

やがて観念したのから気配を隠すことを止め、早川が影から姿を表した。


「なんの冗談だい?まさかこんなところで会うことになるとは思わなかったよ」

「相変わらず神経を逆撫でする声ね。本当に不愉快だわ」

「ついに僕の声まで否定するのか…本当に酷いね」


咲島さんの辛辣な評価は置いておくとして…口調や表情、仕草から早川自身まさかここで遭遇するとは思ってもみなかったことがうかがえる。

つまり、単に戦力増強や自己研鑽のためにここに居たのか…

どっちにしても、なぜこんな場所にいるの?


「私のお膝元と言える仙台ダンジョンでレベリングとは…ずいぶん舐めた真似をしてくれるじゃない?」


怒りのこもった声でそう話す咲島さん。

しかし、早川は心底不思議そうな顔をして首を傾げた。


「仙台ダンジョン?ここは福岡ダンジョンの60階層のはずだけど…?」


福岡ダンジョン…?

何言ってるの?コイツ…


「はぁ…?何を意味のわからないことを…」


咲島さんも呆れた様子。

そりゃそうだ。

言い訳を言うにしても、もう少しマシな話があるだろうに。

福岡ダンジョンって…真逆の方向な上に階層も違う。

逃げるための時間稼ぎか?


「時間稼ぎかもしれません。話を聞く価値はないと思います」

「そうね。すぐに潰す」


早川の話に耳を傾ける意味はない。

私も咲島さんも攻撃態勢を取り、早川が慌てだす。


「少しくらい僕の話を聞いてくれたっていいじゃないか!そんないきなり構えなくたって…うわっ!?」


全く聞く耳を持たない咲島さんに先手を取られ、体勢を崩す早川。

急いでモンスターを召喚するが、その程度で私達を止められるわけないし、咲島さんが相手では障害にすらならない。

逃げて体勢を立て直そうとする前に咲島さんはいつでも攻撃できる場所に居る。


だからこそなのか、早川が切り札をきるのは早かった。


「僕を守れ!」


そう言って足元からモンスターを呼び出す。

呼び出されたモンスターは派手な装飾のされた鎧と、目立つ金色の二本角の兜。

まさに武士…というか、将軍と言った風貌のモンスターだ。


――――――――――――――――――――


名前 イクサノカミ

種族 神霊

レベル350

スキル

  《神威・将軍》

  《神体》

  《隷属支配》


――――――――――――――――――――


「なるほど…カミか…」


かずちゃんの素早い情報共有によって、早川が呼び出したモンスターの正体がわかった。

強力なモンスター特有の気配だなぁとは思ってたけど…やっぱりカミか。

となると、カミの相手は咲島さんに任せて、私達で早川を叩く!


私はかずちゃんと視線で合図をすると、同時に駆け出して逃げようとする早川に追いつく。


「逃さんよ」

「往生しなさい!」

「待っ――!?」


先回りした私が早川の退路を潰し、かずちゃんが斬りかかる。

背後からの袈裟斬りを受け、早川は大ダメージを受けた。


…だが、即死するほどではない。


「一応殺してはいませんけど…聞きたいことを済ませたらすぐにやりますよ」

「ありがとう。じゃあ、最後の尋問を始めましょうか?」


私が早川を尋問したいことを察してくれたかずちゃんは、早川をすぐには殺さなかった。

背中をごっそりやられてしまった早川に近づくと腹を蹴飛ばして顔を睨みつける。


「本当はすぐにでもぶっ殺したいところだけど、これは咲島さんとも話し合った事なの」


そう言って、苦しそうな顔をする早川に微笑みかける。

早川は顔を引きつらせ、とても嫌そうな顔をする。


「あなたが《ジェネシス》からカミに至る方法を聞いているのは知っている。それを明かせば、見逃してあげてもいいわよ」

「ええっ!?」


私の言葉にかずちゃんが驚愕の表情を見せる。


「私そんな事聞いてないですよ!?」

「そうでしょうね。私と咲島さんしか知らない話だもの」

「だとしても…!」


かずちゃんはかなり不服な様子。

そりゃそうだ。

だって、この話は嘘なんだから。


後は、咲島さんが察してくれるかどうか。


「もう少しそのカミを抑えてもらえますか?こっちは私が頑張ります」

「…そう。必要ならそこの4人を使ってくれてもいいわよ」

「ありがとうございます。では、遠慮なく」


どうやら、咲島さんは私の意図を汲んでくれたようだ。

もしくは、私と同じくカミへと至る方法を知りたかったのか。

あの強力無比なカミの力を手に入れられると言うのなら、一回程度早川を見逃してもいいという判断かな?


とりあえず、4人を呼ぶと早川を取り囲んで物理的に逃げ場をなくし、かずちゃんをつついて転移対策をさせる。


「さて、じゃあ話してもらおうか?」

「…断ると言ったらどうするんだい?」

「その時は殺すだけ。さあ、さっさと吐いて」

「うぐっ!?」


軽く蹴って吐かせようとするが、早川は薄ら笑いを浮かべるのみ。

…コレは、期待するだけ無駄だね。


「あっそ。それがあなたの答えなのね」


そう言って、私は踵を返す。

すると、4人の視線が私に集まり、早川から一瞬注意がそれる。


その瞬間、早川は素早く逃げようとするが…


「ここは私の間合い。逃げられるはずがない」

「ぐあっ!?」


かずちゃんの電光石火の如き斬撃によって両手両足を切断され、早川の逃走は失敗。

立つことも這いずることもできなくなった。


「もう少し賢い判断ができれば、結果は変わったでしょうに…」


私がそう言って近付くと、早川は脂汗を流し、顔色を悪くしながらも精一杯の笑みを顔に貼り付ける。


「話したところで、僕を生かす気なんて無かっただろう?その顔は…よく知っている。ウソつきの顔だ」

「……」


どうやら、私の嘘は見抜かれていたらしい。

命惜しさにカミヘと至る情報を吐いた早川を、助けるフリをして後ろから殺す。

そういう作戦だったんだけど…即興だったからか、簡単に見抜かれた。


そうなれば、もう早川を生かす理由なんて無い。

さっさと殺してしまってこの因縁に収束を…っ!?


「――っ!?」

「うわっ!?」

「なっ!?―――っ!!」


突然、咲島さんが抑えていたイクサノカミがこっちに向かって飛んでくる。

早川を守ろうとしている。

そう考えてコイツを逃がすまいと顔を踏み抜こうとするが…それよりも早くイクサノカミが早川の体を引っ張った。


「ちっ!!逃がす…か…?」


早川を始末しようと一歩踏み出して、私の動きは止まる。

何故なら…


「く、うっ!?やめろ!言うことを聞け!!」


イクサノカミはその体を霊体化して、早川の中へ入ろうとしているのだ。

まるで、生き物に寄生しようとする獰猛な寄生生物のように…


「やめろ!僕の言うことを…!言うこと…!くっ…!うわあああああっ!?」


切断された手足でなんとか振り払おうとバタバタさせているが、抵抗虚しくイクサノカミは早川の中へ入り込んだ。

早川は悲鳴をあげ、体を痙攣させて泡を吹いた。


「…死んだ?」

「いや、そんな気配は…」


咲島さんも近くに来て遠巻きに様子を窺う。

そうして、小刻みに体を震わせる早川をどうするか、目配せで対応を押し付け合っていると…


「成功したようだな…」


突然、早川がはっきりとした声で呟いた。

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