第173話 咲島さんの本音
様々な準備と調整を終わらせ、迎えた深層遠征の日。
私達は少し遅れてゲートウェイに到着していた。
ゲートウェイに着くと遠征隊のメンバーは揃っており、見知った顔が殆ど。
「支部長に向けての修行って、もしかして…」
「まあ、これもその一つよ」
「愛と一緒に深層遠征…死なないでよ?」
「それは、一葉次第じゃない?」
今回の遠征のメンバーに、杏と町田さんの姿があった。
他には咲島さんとその部下2人。
気配からしてレベル100前後。
遠征隊と言うよりは、ちょっとしたレベリングって感じの人選だ。
「深層遠征自体は、私一人であと10階層は進められる。だけど、それだと誰もついてこれない。未来の幹部に第一線の修羅場をくぐらせるのも、深層遠征の目的だったりするわ」
「それで杏が呼ばれたのか…そっちの2人も支部長候補の方?」
「ええ。引退を考える支部長が増えてきて、後継ぎに困ってるのよ。…別に、あなた達が支部長をやってくれてもいいのよ?同じ場所で働けるようこっちから調整する」
「私達が支部長なんかやったら、構成員が鬱で辞めちゃいますよ?神林さんと四六時中イチャイチャするから」
「確かに…」
どうやら私達の知らない2人は、支部長候補らしい。
そして、私達も支部長に推薦されたけど…かずちゃんの言葉に咲島さんは考え直すつもりのようだ。
…でも、この選出の仕方ってかなり面倒な気がする。
「その支部から候補者を選ぶのでは駄目なんですか?その方が絶対に楽ですよね?」
その方が遥かに簡単に出来るし、後任にも困らない。
人手不足に悩まされる事になっても…エスカレーター式に昇進させればいいだけじゃない?
というか、普通はそうする。
しかし、咲島さんには咲島さんの考えがあるらしい。
私の質問に頭を抱えながら答える。
「そうしたい所だけれど、支部長は単に事務作業ばかりする役職じゃないの。その支部の切り札的存在。ゲームで言うところの、ボスキャラクターね」
「四天王とか、将軍以外のボスキャラクター。序盤の中ボスってやつですか?」
「まあそんなところよ。レベル80とかそこらの精鋭で固めても、あなた達なら十分突破できるでしょう?それと同じで、上澄み冒険者に対抗できる程の人材を、こっちも用意しないと支部をすぐに潰される」
結果的に、人材を失って手痛い損害を被る事になるのか…
だから、杏や町田さんのような若くて才能ある構成員を探して、しっかりと超上澄みにまで教育した上で配置。
しっかりと考えられてるんだね。
「『菊』は強かったでしょう?アレも若いうちからしっかり育てて、支部長――ひいては二つ名持ちの大幹部を任せられるように場数を踏ませた結果。だからこそ…『椿』を失ったのは本当に大きな損失ね」
咲島さんの表情が曇り、杏と町田さんもなんとも言えない表情になった。
『椿』さんは最年長の構成員。
咲島さんと苦楽を共にした仲間にして友人。
他の幹部とは一つ線を引いて違う悲しみに襲われたことだろう。
そして、二人にとっては返しきれない恩を与えてくれた恩師であり、自分たちが目指すべき指標となる人物。
頼れる上司で自分たちを導いてくれる灯だった。
「彼女の後任は今も見つかっていない。一応、後任が見つかるまでは近畿は『菊』が担当することになってるけど…早く見つけないとね」
「…『菊』さん過労死しませんか?」
「いつか倒れそうで私も怖いわよ」
…そして、同僚の訃報によって一気に仕事量が増した『菊』。
…そういえば?
「東北は『花冠』のおひざ元だからいいとして…九州はどうなんですか?『牡丹』は左遷されたって…」
大問題を引き起こし、海外へ飛ばされた『青薔薇』と『牡丹』。
『青薔薇』が管轄する東北は咲島さんのおひざ元だからいいとして、九州はどうしているんだろう?
『牡丹』がいなくなったからかなり大変だと思うけど…
「現地の支部長と『紫陽花』が頑張ってるわ。東京であなた達があの子に出会わなかったのはそのためね」
「…大幹部が大変なことになってません?」
「だからこそよ!今回の遠征でこの四人には支部長が務まるレベルには成長してもらわないと困るのよ。そして、いずれは花の名を与えて大幹部に…!」
咲島さんが見たことないくらいオーバーなリアクションをしながら熱弁する。
本気度合いというか…切実さが伝わってくる。
「…大変そうですね?」
少しでも労わろうとそう言ったが…墓穴を掘ることになる。
「大変に決まってるでしょう!?ついこの前全国の構成員の素行調査が終わったんだけど…まあひどい!『花冠』の存在理由や在り方を忘れたり、曲解している人が多すぎる。支部長クラスや役職持ちにさえそういう人物がいる始末。ただでさえ人手が足りなくて全国から人材を引っ張ってきてやりくりしなきゃいけないなかで、意識改革や再教育をしなきゃならないなんて…やってられなわよ!!」
「そ、そうですね…」
咲島さんが爆発した。
これからしなくてはならない重要な仕事の多さに耐えかねて、ついにストレスを抑えられなくなったらしい。
「何が『要は悪い男全員ぶっ殺せばいいんですよね?なのにあいつは殺すなこいつは殺すなって何ですか?』よ!!それじゃただの殺戮集団じゃない!『花冠』はあくまで女性を守る組織!反省の色が微塵も感じられない救いようのないゴミを法外の手段で消すだけで十分なのよ!!」
「は、はい…」
「それを最近のガキ共は…!これだから尻の青いクソガキは嫌いなのよ!一葉然り町田然り!どうしてこう人としての情が欠けるのかしらね!?」
「ええっ!?」
「な、なんで急に私たちに…」
かずちゃんと町田さんに飛び火した。
まあ、この二人は尻が青くてちょっとサイコな一面があるけれど…ここで飛び火するほどか?
「親や学校の教育が行き届いていない証拠ね!ゆとり教育を批判する老人は白い目で見られがちだけど…そんなものを容認した結果がこのザマってところね!」
「あの…」
「いっそ国に直談判して、今の教育方針を見直させようかしら?体罰体罰の時代のほうが、今の心が子供な人間を社会に放つ時代に比べればよっぽどマシよ!!」
「それ以上はまずいです…」
咲島さんが壊れておかしな方向へ向かってる…
なんというか…滅茶苦茶思想が強くて、よくある町役場に理不尽なクレームを入れる老人のそれだ。
まあ、咲島さんも実年齢は50歳を超えてるし…そんなものか。
でも、咲島さんのクレームの入れ方は桁が違うんだよね…
直に総理大臣とか文部科学省のトップにクレームを入れそうなのがまた…
「神林さんがチエの後任をしてくれたら楽なのに…」
「ちえ…?『椿』さんですか?」
「ええ。どう?あなたの実力なら十分よ。大幹部として申し分ない。対人戦の戦闘経験や、冒険者としての年数の少なさがネックだけど…まあ、何とかなるでしょう。コードネームは…『紫苑』でどうかしら?」
「ええ?本気で言ってます?」
私が『花冠』の大幹部?
杏や町田さん。ほか二名も口をポカーンて開けて驚いてるし…
それに、私に大幹部なんて役職が務まるとは思えない。
「私、仕事ができなくてリストラされたから冒険者になったんですよ?そんな私が大幹部なんて…」
私の経歴を知っているはずなのにどうしてそういう判断ができるのか…
しかし、咲島さんは止まらない。
「それなら一葉ちゃんを一緒に付ければ安全ね。大幹部の席を増やすのはよくないかもしれないけれど…コードネームがあったほうがやる気が出るでしょう?そうね…『
「何ですか?その花…」
「すごくトゲトゲした花で、触ると痛い花よ。とってもかわいらしい花を咲かせるんだけど…確か花言葉は『私に触れないで』とかだったかしら?一葉ちゃんにはピッタリでしょう?」
「私のこと馬鹿にしてます?」
確かに花言葉はかずちゃんにぴったりだ。
私以外には誰にでも牙をむいて、誰も近づかせないところとか、とっても可愛らしいところとか。
「私はそのコードネームありだと思うよ。『莇』ちゃん?」
「神林さん!?」
あまりにも似合っていたので、少しからかうと怒られてしまった。
…冗談はさておき、まじめな話をするとしましょう。
「冗談は後でするとして…残念ながら、その期待には応えられませんね。私は大幹部にはなれない」
「…一応聞いておくわ。…なんで?」
私は咲島さんの誘いを断ることにした。
咲島さんは一応私が断る理由を聞いてきたけれど…答えなんてわかっているはずだ。
私がこの話を断る理由なんて、一つしかないのだから。
「かずちゃんと幸せに生きるためですよ。私にとって何より大事なのは、かずちゃんとの幸せな日常。それをずっと続かせるのに、冒険者以上に合っている仕事はありませんから」
「…そうね」
咲島さんは本当に残念そうに、しかし分かりきっていた様子でため息交じりに返事をした。
私は『花冠』にはなれない。
咲島さんもそのことについて文句は言わなかった。
それ以上この話は広がらず、時間も来ているということで私たちは深層遠征のため、咲島さんに連れられて最深層へ向かった。
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