第172話 深層遠征

杏の子供と戯れ、かずちゃんが完全敗北を喫した2日後。

私とかずちゃんはギルドに呼び出され、仙台支部にわざわざやって来ていた。


「失礼します」

「失礼しま〜す…あれ?咲島さん?」

「遅かったな。2人とも」


しっかりとノックをして入る私を見習い、かずちゃんも失礼しますと頭を下げながら入るが…中に居た人物に驚き、いつものかずちゃんに戻る。


その人物とは、世界最強の女、咲島さんの事だ。


「咲島さんも呼び出されたんですか?私と神林さんもなんですけど」

「まあ、そんなところね。あなた達もAランク冒険者なのだし、今回の遠征に参加する権利があるわ」

「遠征?」


遠征か…ダンジョンのより深い階層への探索って事だろう。

未知なる階層はかなり危険を伴う。

だから、優秀な冒険者を集めて盤石な布陣で行きたいとか、そのへんかな?


「深層探索遠征。ギルドの各支部がやっている、イベントみたいなものよ」

「それに私達も参加できるって事ですか?」

「そうよ。あなたと神林さん。2人に参加の紹介が来ているのだけど…どう?行ってみる?」


遠征か…私達が参加すれば確かに戦力アップが見込めるだろう。

…だけど、果たして参加する価値があるのかどうか。


「参加するとして、私達にどんなメリットが?危険を犯すに値するメリットが無いのなら、私達は参加しません」

「ちょっ!神林さん!?そんな言い方…」


少し厳しい言い方をすると、かずちゃんが慌て始めた。

今の今まで咲島さんの圧に押されて小さくなっていたけれど…ギルドのお偉い人もいる。

ほぼ空気だけど、おそらくギルドマスターとかそのあたりだ。


「メリット、ね…例えば討伐報酬――魔石の換金とかドロップアイテムの売却とは別に、多額の報酬が出ることね」

「具体的には?」

「私は5000万。あなた達は…まぁ、その半分くらいじゃない?」


2500万か…大した額は貰えないわね。

咲島さんにしても、それほど参加メリットがあるようには思えないんだけど…それでも参加するのか。

つまり、他にもメリットがあると。


「後は、第一線の冒険者として仙台における特別優待が受けられる。一番身近で分かりやすい優待と言えば、入場許可書の免除かしらね?」

「…それは結構美味しいですね。神林さん?どうですか?」

「そんな目で見ないでよ…」


ダンジョンや冒険者関係に無知な私に代わって、そういう事は全部やってくれているかずちゃんに、凄く期待の眼差しを向けられる。

入場許可書は、月に一回更新が必要なもので、まあめんどくさい。

それを免除してくれると言うのなら…願ったりかなったりだ。


かずちゃんからすれば、それだけで参加する価値があるし…私もここまでかずちゃんに迫られると首を縦に振っちゃう。

でも、もう一声。

もう一声欲しいなぁ?


「…まあ、その程度だとあなた達みたいな冒険者は参加しないからね。私以外の冒険者が参加する理由の殆どは、最後のメリットが理由だったりする」

「なんですか?そのメリットってのは」


最上位冒険者を参加させるほどのメリット。

それはもう凄いに違いない。

けど、どんなものなんだろう?

全然想像できないや。


「私があなた達の立場でも参加するくらいのメリットなんだけど…一葉ちゃんは知ってるかな?」

「まあ…常識ですよね?」

「その言い方だと私に常識がないみたいだね?ちょっとあっちでオハナシする?」

「常識がないのは事実ですよ。こんな事も知らないんですから」

「んぐっ!」


かずちゃんに『常識がない』とダイレクトに言われ、ちょっと傷ついた。

私にだって常識的な考え方ってのがあるのに!


「くだらない弁明は後にしてくださいね?最後のメリットって言うのは…遠征に参加した支部のある都道府県、ここで言えば宮城県ですね。その都道府県において、地方税が免除されます」

「はぁ…?」


地方税の免除って…つまり?


「固定資産税とか自動車税とか、そう言うのを払わなくていいって事?」

「そういう事です。凄いですよね?」

「いや、凄いとかそういう次元じゃ……でも、それって大丈夫なの?遠征に参加する冒険者なんて、大抵高額納税者だと思うけど…」


私達の家はかなり広いし、実はかずちゃんのご両親の家の所有権は私にある。

それ以外にも私は車を持ってるし…咲島さんに関しては、一体どれだけの土地を持っているのか…


そんな地方税を免除するって…大丈夫なの?


「遠征の主な役目は、ダンジョン関連のライトな話題を作ること。新たな階層を発見し、そこに眠る資源を採ることじゃない」

「話題作り…人を集めるってことですか?」

「ええ。冒険者は四十代にもなれば大半が引退する。だから、若い人をどんどん入れないとあっという間に廃れてしまう。だから、遠征で話題を作って若者の興味を引くのよ」


なるほど…冒険者と言う職業の未来を守る為にも、遠征は重要って事か。

そして、そんな遠征にたくさんの優秀な冒険者…最上位冒険者を駆り出すために、地方税の免除なんてめちゃくちゃな事を…


「参加して何一つ損はありませんよ?私は参加することをオススメします」


かずちゃんがすごく押してくる。

まあ、断る理由がないんだけど…


「…わかりました。私達も参加します」


ここで断ったら面倒くさそうだし…何よりかずちゃんに圧をかけられてる。

正直な話、行きたくはないけれど…その理由を言えるかと聞かれれば…なんとも。


私はただ、かずちゃんに危険な事をさせたくないだけで…それだけで無茶を言うのはどうかという話。

仕方なく遠征を受け入れ、参加承諾書にサインをした。


…本当にこれで良かったのか?

悔いても仕方ないけれど…私の心にはしこりが残る。

何故か…嫌な胸騒ぎがしてならないのだ。


「何事もなく、終わってくれれば良いんだけど…」


誰にも聞かれることなくそうつぶやき、咲島さんにからかわれて怒っているかずちゃんの姿を眺めた。

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