第171話 新しい命

車で家から十分程の場所。

一軒家が立ち並ぶ住宅街に、私達はやって来た。


「なんか…金持ちが住んでそうな住宅街ですね?」

「私達は『花冠』である以前に冒険者。そっちの稼ぎでお金はたくさんあるのよ」

「なるほどです!」


つまり、杏は割とお金持ちって事だ。

まあ、私達のほうがお金あるけど。


「着いてきて。家を案内するから」

「は〜い!」


かわいい赤ちゃんに出会えると聞いて、かずちゃんがウッキウキで杏の後に続く。

杏の子供と言うのがどんな子なのかとても気になっていたので、私も私でウキウキで家の中へ案内される。


そうして、スイスイとリビングへと向かうと…


「ただいま。すみれは寝てる?」

「おかえり。ベッドでぐっすりだよ」


リビングには、杏よりも少し……いや、結構背が低いとても若い男性が居た。

そして、リビングの奥の方にベビーベット――にしてはちょっと大きい――が見える。


旦那さんのことは一旦置いておくとして、杏の子供の事が気になっていると、旦那さんがこっちに歩いてきた。


「はじめまして。僕は浅野勝己。杏の夫です」

「は、はじめまして…!」

「はじめまして。神林紫です」

「あっ!わ、私は御島一葉です…!」


人見知りのかずちゃんは、自己紹介を忘れて私の後に気付いてやっていた。

その様子を微笑ましく眺めたいところだけど…今は、勝己さんと話すのが先だ。


「かなりお若く見えますね。もしかして、杏よりも歳下だったり?」

「はい。23です」

「へぇ…?」


3歳も下か…杏は歳下好きなのかな?


「言っておくけど、勝己くんからだからね?別に私の趣味じゃない」

「…でも、結婚したんだ?」

「勝己くんほどいい人はいないよ。私にはもったいないくらい」

「ゾッコンじゃん。良かったわね?勝己さん」

「恥ずかしいですね…」


2人はかなりラブラブの様子。

私とかずちゃんには劣るけど、かなりアツアツのカップルだね。


2人のラブラブ具合をイジっていると、泣き声が聞こえてきた。


「あらら、起きちゃったか…待っててね〜。ママが行きまちゅよ〜」


杏が泣き出したすみれちゃんのところへ走っていく。

そして、可愛らしい声で泣くすみれちゃんを抱き上げた。


「わあっ…!」

「あらあら…」


ベットに隠れて見えていなかった、杏と勝己さんの子供すみれちゃん。

もう新生児では無いにしても…まだまだ可愛らしさ真っ盛りの小さな女の子。

私よりも少し低い、176センチの高身長である杏の子供にしては小さい。


勝己さんの遺伝子をしっかりと受け継いでいる。

かわいい女の子だ。


そんなすみれちゃんを、杏は私達のもとに連れて来る。


「ほら、私の子供。浅野すみれ2歳よ」

「きゃわわ〜!」

「赤ちゃんって本当にどうしようもなく可愛いわよね〜」


私達の前にやってきたすみれちゃんは、見知らぬ人を前に泣き止み、ジーッと私達を見つめてくる。

2歳もまだまだ可愛らしいなぁ…


…2歳?


「え?4歳じゃないの?」

「はぁ?なに言ってるのアンタ」


いや、だって杏は町田さんの教育係で…町田さんは4年目じゃ…?


「町田さんは4年目なんでしょ?仮にすみれちゃんが生まれてすぐに復帰したとして…4歳じゃない?」

「…はあ?」

「違うの?」


理解できないと言う表情を見せる杏。

そこへ町田さんがやって来た。


「私は『花冠』2年目です。4年目なのは、冒険者ですよ」

「あっ、そういう…」

「それに、先輩と出会ったのは、すみれちゃんが生まれてから半年後の事です。私の教育係って、最初は先輩じゃ無かった事があります」


なるほど…すみれちゃんが生まれてすぐに復帰するなんて、母親として酷い真似をさせるほどのブラックじゃ無かったか、『花冠』。


しかし、半年で復帰しないといけないのか…中々キツイな。


「女性を守る組織の割に、育休がしっかり取れないのは残念ね。杏としてはどうだったの?」

「散々だよ。親と義両親からめっちゃ文句言われたし、勝己くんには迷惑かけたし…おまけにまだしっかりと回復出来てない状態での職場復帰。その上、ワガママな新人の教育係を押し付けられたときた」

「うっ!」


飛び出し続ける愚痴。

すみれちゃんの教育に凄く悪そうだけど…大丈夫か?

少し心配に思っていると、勝己さんが止めに入る。


「それくらいにしておいたら?みんな困ってるよ」

「そう?」

「それに…すみれがかわいそうだ」


そう言って、杏からすみれちゃんを取り上げる勝己さん。

すると、すみれちゃんはキャッキャッ!と笑顔になり、とっても喜んでいる。


「うぅ…単身赴任の弊害か…」

「まぁ…ドンマイ」


母親なのに、旦那に負けたことに対して落ち込む杏。

優しく背中を撫でて慰めてあげていると、勝己さんがこっちへ近付いてくる。


「良かったら、お二人も抱っこしますか?あまり人見知りしない子なので、多分懐いてくれると思いますよ」

「私には懐いてないけどね…!」

「杏…みっともないよ?」


すみれちゃんに懐いてもらえず拗ねた杏が横槍を入れてくるが、構わずすみれちゃんを受け取る。

赤ちゃんなんて、何年ぶりに抱いただろう?

慎重に抱っこしてあげると、まん丸お目々で私の顔を見上げるすみれちゃん。

その可愛さに胸打たれ、よろけそうになった私を正気に引きずり戻したのは、すみれちゃんだった。


「ち〜ち!」

「父?私はパパじゃないよ?」


こ〜んなに立派な胸があるのにパパだなんて…すみれちゃんは可愛いなぁ。

優しく頭を撫でてあげると、すみれちゃんは私の服を引っ張って、胸の部分の服を剥がそうとしていた。

…もしかして?


「ちちって…おっぱいのこと?」

「ち〜ち!」

「あらあら。すみれちゃんはもうおっぱいは飲まないでしょ?」

「ヤッ!」


大きな胸を見て、おっぱいが飲めると思ったのか、私の服を脱がそうとするすみれちゃん。

その一生懸命な姿に2度心を打たれ、私は座り込む。


「いいなぁ。かわいいなぁ。やっぱり、赤ちゃんに勝る可愛さはないわね〜」


一生懸命なすみれちゃんの姿を見てほだされ、微笑む大人組たち。

……それを良く思わない子が1人――


その子が私の服の袖を引っ張ると、もう片方の手を人差し指だけ立てて唇に付け…


「ば、ばぶぅ…!」 


精一杯、赤ちゃんプレイをし始めた。

 

「…何やってるの?」

「あ〜う!」

「…赤ちゃんプレイのつもり?それなら家に帰ったら沢山してあげるじゃない」

「やーやー!」


赤ちゃんのように駄々をこね、泣き叫ぶかずちゃん。

17才の女子高生がそれでいいのかと思ったけれど…かずちゃんはそういう子だ。

仕方なくよしよししてあげようとすると…


「…メッ!」

「んなっ!?」


かずちゃんがすみれちゃんに怒られていた。


…これは、勝負あったね。


「今の気持ちはどう?」

「…傷口に塩を塗らないで」


完全敗北を喫したかずちゃんは、町田さんにいじられている。

顔を赤くしてしゃがみ込む姿はなんとも無様だ。

いつもならかずちゃんの無様な姿を見ると興奮するんだけど…今は同情しかない。


「帰ったらたくさん赤ちゃんプレイしてあげるからね」

「もういいです!これ以上イジらないで!」


羞恥心が爆発したかずちゃんは、そう吐き捨てて走ってリビングを出ていった。

そうしてかずちゃんが居なくなったリビングに、大きな笑い声がいくつも響いた。

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