第五章

第170話 冬支度

季節が流れるのは早く、あれほど暑かった夏も終わって秋になり、やがて冬が訪れる。

すっかり日が落ちるのが早くなり、風もかなり冷たくなってきた。


「寒いわね。かずちゃんがカイロになってくれないと凍えちゃう!」


そう言って、近くで編み物に挑戦していたかずちゃんに抱き着いた。


「やあぁ!?いきなり抱き着かないでくださいよ~」


私にいきなり抱き着かれ、驚いたかずちゃんにそう言われてしまった。


「ええ~?こんなに大好きなの~?」


夏が終わり、私達のアツアツな恋も冷えてしまうかと思ったけれど、そんなことはなく。

変わらず私達の関係は続いていて、お互い我慢しなくなった分、より密着した距離感になった。


「神林さんって、寒くても意地でも暖房をつけませんよね?どうしてですか?」

「急に話題変えるじゃん…まあ、つける必要がないからかな?そんなに寒いって感じないし、私にはどんなストーブよりもあったかいカイロがあるから」

「やぁ〜ん!神林さん大好き〜!」

「私も大好きだぞ〜!」


変わらない愛でかずちゃんと共に生きる私にはストーブ等の暖房設備など不要!

アツアツの恋で、自然と部屋が暖かくなるのだ。


…真面目な話をすると、この家はかなり気密性が高く、元々それほど空調設備に頼る必要がなかった。

暑い時期でもあまり家の中に熱が入らないように気を付けていれば、空調をつけるのは半日程度で十分。

寒くなってきた今の時期でも、普通に過ごしているだけで自然と部屋があったかくなる。


そんなわけで、本格的に冬になるまでは暖房器具は要らないかな?って思ってる。


「かずちゃんの体はあったかいなぁ」

「ふふっ、ありがとうございます。…でも、そろそろ冬に備えるべきですよ?」

「そう?でも、雪はあんまり降らないんじゃなかったっけ?」

「場所によります。この家があるあたりはあまり降らないそうですが、それでも寒いことに変わりはありませんから」


仙台は場所によって積雪量がかなり違うらしい。

私達が住んでいる場所はそこまで雪が積もらないらしいけど、そうでもない場所だってある。

そして、雪が降らないからと言って寒くないわけじゃない。


冬に備えて、今から準備しても遅くないのか。


「じゃあ、デートがてら買い物に行きますか?」

「はい!」

「…ホントは、私とデートしたかっただけじゃないの?」

「えへへ。バレましたか?」


私とデートができて嬉しそうなかずちゃんを撫でて甘やかす。

デートに行くなら、もう少しおしゃれしないとね。

まあ、行く前に着替えればいいか。







「凄いですね。もう冬に向けての道具がこんなに…」

「流石は東北のホームセンターね。品揃えが豊富」


車でやって来たホームセンターには、たくさんの冬に向けての道具が用意されていて、心が踊る。

小型除雪機なんてものもあり、かずちゃんが目を輝かせていたが、別に使うことはないだろうから、買わない。

雪掻きなんて、体力の有り余る私達にピッタリの仕事じゃない。

機械に頼る必要なんて無いでしょう。


「なにが必要なんだっけ?」

「さあ?冬備えって言っても、せいぜい厚着をするくらいしか思い浮かばないので…」

「…なんでホームセンターに来たんだっけ?」

「わかりません…」


特に用事もないのにホームセンターに来てしまった私達は、ここに買いたいものがない事に気が付いて帰ろうかと考えていた。

しかし、せっかく来たんだから、何か見て買っておきたいと言う気持ちもある。


何度もチラチラと顔を合わせ、どうしようかと悩んでいると、後ろから声をかけられる。


「あれ?紫?」

「ん…?あれ、杏じゃん」

「浅野さん!?って事は…」

「私も居るよ!」


私達に声をかけたのは、杏と町田さんだった。

町田さんを見て、かずちゃんが露骨に嫌そうな顔をする。

それに対し、町田さんはかずちゃんを見てニヤニヤしている。


「こんなところで会うなんて…いやはや世界は狭いね?」

「そうね。2人はどうして仙台に?」

「ふっふっふっ…気になる?」


何やら嬉しそうな2人。

仙台に来る理由に、嬉しいものなんてあるのかな?

…わかんないな。


「実は本部からヘッドハンティングを受けてね〜?一言で言えば出世だよ、出世!」

「…なんで愛がドヤ顔で私に言ってくるのよ…」

「そりゃあ、2人のおかげだからね。感謝してる、よぉ〜!」

「ふにゃっ!?」


かずちゃんに絡む町田さん。

鼻を押したりしてちょっかいを掛けていて、またすぐに喧嘩になりそうだ。


私は2人の事は放っておくことにして、杏と話す。


「出世なんて…どうしてこんな時期に?」

「咲島さんからの名指しで、研修に来たのよ。実力も性格も問題ないって判断されたらしく、『松級』への昇格と、地方支部の責任者になるための研修」

「なるほどね。…アレもそうなの?」

「まあ、ね…?」


私が町田さんを指差すと、杏は苦笑いを浮かべる。

なぜなら…


「痛っ!?こら!指噛むな〜!」

「昇格したからって、私に勝てると思うなよ〜!」

「離せガキ!社会的地位は私の方が上なのよ!」

「精神年齢は私よりも低そうだね!見た目は大人!頭脳は子供ってこと!?」

「はぁ〜!?もう怒った!今度こそ泣かせてやるんだから〜!」


…まあ、案の定子供っぽい喧嘩をする2人。

この人のどこを見て性格に問題なしと判断したんだか…


「ちょっと子供っぽい事を除けば優秀だから。性格も常識人だからさ?」

「まあ…かずちゃんよりはマシか…」

「酷い!?神林さんは私の味方だと思ってたのに!」

「かずちゃんは身も心も子供なのよ。それに、町田さんはかずちゃんみたいに誰にでも噛みついたりしない」

「うっ!」


かずちゃんと比べれば、町田さんはいくらか大人だ。

空気は読めるし、目上の人にはしっかりと敬語が使えるし、話していて取っ掛かりがない。

それに対してかずちゃんは…まあ、子供らしいわがままの極み。

私はそんなかずちゃんが大好きなんだけど…まあ、人から好かれる性格ではない。


そう考えると…町田さんのほうが大人だ。

…まあ、当然なんだけどね?


「仙台で2、3年修行して、各都道府県の支部に送られる。そこで年数を積めば晴れて『花冠』幹部に昇進するの。二つ名を与えられる程ではないけれど…将来は安泰ね」

「まあ、お金を稼ぐだけなら働かなくても良いんですけど…私や先輩は世の中の役に立ちたいんです。だから、この話を受けることにしたんですよ」

「へぇ〜?うちのかわい子ちゃんと違って、立派ね」

「…神林さんなんか嫌い」

「ご、ごめんごめん!冗談だよ。私はかずちゃんが大好きだよ〜」


かずちゃんがへそを曲げてしまった。

なんとか機嫌を直してもらおうと、たくさん撫でてあげたり、人前だけどキスしたり、抱きかかえてあげたりしてご機嫌取りをする。


その様子を見て、2人は苦笑いを浮かべながら何処か羨ましそうな目を向けてくる。


「2人は幸せそうでいいね。これからもずっと仲良しなんでしょうね」

「…杏と町田さんは違うの?」

「地方支部のトップに2人も人間は必要ありませんからね。多分、私達はこの修行が最後ですよ。大会議で年に数回、顔を合わせるくらいじゃないですかね?」


…そうか、出世すると別々の道を歩むのか。

なんか…寂しいね。


「じゃあ、あと数年で2人はバディ解消?」

「まあね。そもそも、バディでいられるのも今年が最後。来年には現地研修になるだろうから、3月まで…あと5ヶ月くらいの関係かな?」

「寂しくなりますよ。私、本当はまだ先輩と一緒にいたいです」

「自分で選んだ道よ。弱音は吐かない。そう教えてきたつもりだけど?」


見てるこっちまで寂しくなってきた。

出世は、良いことばっかりじゃないね。


「私にばっかりかまってると、良い男を逃しちゃうよ。研修が終わったら彼氏を作って、ゴールインしなさいよ」

「…いっそ先輩が私の相手だったら楽なのに」

「残念。私には旦那と子供がいるの」

「先輩のお子さん、可愛かったです!」

「ふふっ、ありがとう」


杏の子供か…そう言えば、仙台にいるんだよね?

また今度会いに行こうかな?

私もちょっと気になるし。


「浅野さんのお子さんか…私も見てみたいです!」

「見に来る?いつでも歓迎するわよ。紫もどう?」

「まあ…杏が良いなら行かせてもらおうかな?」


旦那さんにも挨拶しておきたいし、いつか会いに行こう。

…でも、その前に。


「冬の準備をしておかないと。杏、必要なものって何かわかったりする?」

「う〜ん…この辺りはそんなに雪が降らないから、特に用意はしなくていいと思うよ。あったかい服を買うくらい」

「やっぱり?」

「一応雪かきスコップは買ったときな。降ることはあるから」


現地の人(殆ど住んでない)からの、情報で、私はとりあえず雪かきスコップだけ買うことにした。

そうしてあたたかい服も用意すると、一旦私の家に帰り、荷物をおいてから4人で杏の家に向かった。



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