第164話 力を持つ者として

時の流れと言うのは早いもので、気が付けば8月も終わり、新たな季節が顔を見せ始めていた。


思い付きでドライブに出た私達は、数日もすれば収穫が始まりそうな、金色の稲田を走る。

東京に出てからというもの、久しく見ていなかったどこまでも続く田園風景。

車通りの少ない田舎道を走る私達の心に彩りをくれる。


「綺麗ですね…」

「廃線寸前の田舎鉄道に乗りながら見る田園風景も、中々乙なものだよ?マップを見る感じ、近くに駅があるから寄ってみる?」

「いいんですか?」

「駄目とは言わないけど…多分、1時間に一本しか電車がないからね。乗れるかどうか…」


あんまり田舎鉄道に乗った事はないけれど、なんとなく感じはわかる。

数回の体験が、田舎鉄道の程度というものを覚えているからだ。


…忘れもしない、眼の前で電車が行ってしまい、まあいいかと時刻表を見て見つけた1時間後の電車。

あの時間は本当に無駄だった。


「う〜ん…また今度にしましょう。今年じゃなくたっていいですし、私達には時間はたっぷりあります」

「ふふっ。そうね」

「それよりも、そろそろお腹がすきましたね。後ろの人達も、そうなんじゃないですか?」


かずちゃんはずっと後ろについてきている車を指差し、お腹がすいたという。

きっと護衛の『花冠』の人もお腹がすいている事だろう。

せっかくだし、何処かで料理屋に寄りたいところだけど…


「この田んぼ道に、都合よく店なんて…」

「あっ、あれなんてどうです?」

「あった!?」


かずちゃんが指差すのは、一見民家にしか見えないが、よく見ると『お食事処』と書かれた看板のある店。


なるほど…たしかにあった。


「でも、あの手の店は多分潰れてるよ。経営不振か、従業員不足とかでね?」

「え?でも、営業中って看板ありますよ?」

「まじ!?」


確かによく見ると営業中って看板があるような……

こんななにもない田んぼ道で潰れてない店があるなんて…意外だ。


「じゃああそこでご飯を食べようか。『花冠』の人達ついてきてる?」

「来てますよ。早くいきましょう」


かずちゃんに急かされて店の駐車場に入ると、とりあえず店の前に停める。

『花冠』の車も少し離れたところに停まるが、人は出てこない。

かずちゃんが手招きすると、ようやく降りてきて一緒に店に入る。


「4人です」


そう言うと、店のお婆さんに座敷席へ案内され、メニューを渡された。


「定食屋って感じのメニューですね〜。私、この上ステーキ定食屋にします!」

「じゃあ私はホッケ定食にしようかな。あと、単品で唐揚げも。2人はどうする?私の奢りだけど」

「えっ!?そ、そんな!私達は自分で――」

「いいのいいの。こういう時は奢られてなよ」


見たところ、今日の護衛のは1人新人っぽい。

私に奢られるのを断ろうとしたけど、教育係と思われるもう一人の女性に止められる。


「うちは焼肉定食かな?灰野はどうする?」

「えっと…じゃあ、このしらす丼で…」


新人の子は、遠慮してか一番安いしらす丼を選んだ。

お婆さんを呼んで注文をすると、かずちゃんが灰野と呼ばれた新人に話しかける。


「ねえねえ。多分まだ1年目だよね?」

「は、はい…」

「なんで『花冠』に入ろうと思ったの?」


…確かに。

『花冠』に入りたいって思った理由ってなんだろう?


「その…東京に行ったお姉ちゃんが『花冠』に所属してて…お姉ちゃんの推薦で『花冠』に入れてもらったんです」

「お姉さんは『花冠』で役職を持ってるの?」

「いえ…普通に生きてるだけでは『花冠』には入れないので…誰かの推薦がないと…」


…?

どういう事?


「…『花冠』は裏組織だもの。求人票なんて出してないし、ハローワークにも名前が載ってない。だから、現役の人間が信用できる人を連れてきて、雇用するの」

「あ〜!なるほどね!」


わかりやすい説明に、かずちゃんが何度も首を縦に振る。

確かに、普通に『花冠』の求人が出されてたら世も末だ。

一般的には知られていない裏組織なんだから、そのへんは徹底してるよね。


東京にお姉さんが居て、その推薦で『花冠』に…地獄への片道切符じゃない?


「『花冠』の仕事は大変?」

「そうですね。実質年中無休だし…」

「年中無休?」


かずちゃんが首を傾げると、灰野はため息をついた。


「一応休日はあるけど…休日も自由に行動しちゃいけないし、街に出るなら問題がないかしっかり見張らなきゃいけない。休日が続くから県外にでも出ようかなと思っても、自分の所属してる都道府県から出る場合は届け出を出さないといけないんです。海外旅行なんてもってのほかだし…」


『花冠』…思ったよりもブラックだな。

なんというか…警察の労働が更にブラックになった組織って感じ。

無職で良かったぁ…


「でも…やりがいはある仕事ですよ?」

「まあ、そうでしょうね」


女性の権利と街の安全を守る為に働く仕事だもの。

やりがいは他に劣らないものがあるでしょうし、誇れる(?)仕事だ。

…別に人殺しは誇れる仕事じゃないか。


とはいえ、社会の為に尽くす仕事って事に変わりはないしね?


「私は『花冠』になる前は、普通に冒険者をやってたんです。毎日ダンジョンに潜ってモンスターを倒して、その魔石を売って生計を立てる。そんな毎日でした」

「今の私達と一緒だね」

「そんなある時、お姉ちゃんから誘われたんです。『力を持つ者として、世の中の為に働く気ない?』って」


『力を持つ者として』か…

いいこと言うね、そのお姉さんは。


…いい感じに口車に乗せられそうな言い方だ。


「それで『花冠』に入って…私は休みのない仕事に駆り出されました」

「う、うん…」

「最初は大変で大変で…入らなきゃ良かったって、後悔しました。…でも、始めて痴漢を捕まえた時、凄く達成感で満たされたんです。『私は、悪い人から被害者女性を守ったんだ』って」


なるほどね…

自分が役に立っているってことを、自分で感じられたって事か。

それは大事なことだ。

自分の精神衛生を守る上でね?


「それからは、この仕事を頑張ってます。例え誰からも感謝されなくても、称賛の声が何処からも聞こえなくても。私達の仕事は、多くの人の未来を守る大切な仕事だから。だから今は、もう『花冠』に入った事を後悔なんてしてません」


さっきまでの、おどおどした様子からは想像もつかないほどのハッキリとした、力のある表情を見せる灰野。

この人は立派ね。


「それは良いことね。…おっと、料理が来たよ」


私達が注文した料理が一斉にやって来た。

手を合わせ、4人でいただきますを言ってご飯を食べていると、灰野がポツリと独り言をつぶやいた。


「しらす丼…お父さんの料理を思い出すなぁ」


お父さんの料理。

それもしらす丼か。


多分アレかな?普段あんまり家事をしないから料理に慣れてなくて、とりあえずしらすと具材を乗せただけのご飯。

確かに、そう考えるとお父さんの味かもね?


…でも、ちょっと不思議だ。


「…仙台で父親がいる家族ってあるんだね?」


仙台なんて、男を駆逐した都市で父親なんて…絶滅危惧種レベルじゃない?


そう思ってかずちゃんに聞いてみると、怒られてしまう。


「当たり前ですよ。仙台を何だと思ってるんです?」

「え?でも、仙台は女性の街だって…」

「ええ。女性が圧倒的に優位です。ですが、それと男性が居ないと言うのは別問題。仙台にだって男性はいますよ」


そうだったのか…てっきり、仙台には男はほぼ居ないようなものだと思ってた。

でもそれは、私の勘違いなんだね?


「じゃないと流石に人口減少がヤバイですからね…日本中から性被害を訴える女性が集まってくるとはいえ…それだけじゃ駄目なんですよ」

「まあ、そりゃそうか」

「町中でそんな事言わないでくださいね?恥ずかしいので」


そう言うと、かずちゃんはステーキを豪快に齧る。


今日の学びは、仙台は女性だけの街じゃないって事かな?

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