第162話 2人の成長
私は、顔色をどんどん悪くする神林さんのためにも、急いで回復魔法を使う。
以前の私ならこのケガは治せなかったかもしれないけど、今は違う。
回復魔法の練度も格段に上昇し、これほどの大ケガでも治せるのだ。
「まさか、腹に風穴を開けられるとは…私の負けですよ」
「……」
「神林さん?」
私の腹をぶち抜いてしまった事がよほどショックだったのか、ほぼ放心状態で固まって動かない。
そんな神林さんを抱き締めて、手を引っ張って咲島さんの元へ向かう。
「一旦帰りましょう。神林さんには刺激が強かったみたいです」
「そう?ここは時の流れが現世の2倍だから、倍の時間修行出来るし、必要なら言ってね?」
「そんなの聞いてませんよ…」
「言ってないからね」
サラッととんでもない事実を打ち明ける咲島さん。
なんか、あたかも普通の事だけど?って感じの態度だけど、時間の流れが違う空間って…とんでもない発見では?
リアル精神と◯◯の部屋じゃん…
「じゃあ帰るから手を繋いで」
「は〜い」
咲島さんと手を繋ぐと、私は光りに包まれた。
そうして景色が変化すると、そこはゲートウェイ。
癪だけど、咲島さんにお礼を言って頭を下げると、神林さんを介護しながら、タクシーで帰った。
…車はまた今度取りに来ればいいからね?
「もう!いつまで凹んでるんですか!」
「痛っ!?」
神林さんの大きなお尻を叩き、喝を入れる。
この豆腐メンタルには物理的な痛みで現実に引き戻すのが一番!
…《鋼の心》を持ってるのに、どうしてここまで脆いんだか。
「いつまで引きずってるんですか?私、神林さんのそういう所はキライです」
「き、嫌い……そんな…」
「そういうとこですよ!」
「痛っ!?」
はっきりと嫌いと言うと、更にダメージを受ける神林さん。
だからまた尻を叩いて喝を入れた。
「私、どうして神林さんの事好きになったと思います?」
「……」
「強くて、かっこよくて、優しくて、とっても頼れる人だからですよ。そんな神林さんが、私がケガしたくらいで一喜一憂しないでください」
「でも…」
「私は、『デモデモダッテ』と言い訳する人がキライです。シャキッとしてください」
少し曲がった背筋を伸ばし、神林さんの姿勢を正す。
そうして、まだ凹んでいる神林さんの頬を抓る。
「私はレベル100の冒険者で、《フェニクス》の恩恵もあります。そんな簡単に死ぬと思わないで」
「…別に、かずちゃんが死んでしまうかも知れない事だけに怯えてるわけじゃない」
「…じゃあなんですか?」
一向に元気にならない神林さんを連れてソファーへ行くと、神林さんを座らせてその上に向かい合うように座る。
「私は…かずちゃんに愛想を尽かされるのが怖い…恋人を容赦なく殺せる人だって思われたら…怖がられて逃げられるかと思って…」
いつになく弱気な神林さん。
少しでも安心させようと、両手を握って首筋にマーキングをする。
いつもやる甘え方だ。
「でも…かずちゃんはたくましいね。全然怖がってない」
「当たり前ですよ。私だって、神林さんなら大丈夫だろうって、心臓を突き刺すつもりでいましたから」
「……ごめん。今のかずちゃんには膝に座ってほしくないかも」
「んなっ!?」
「冗談だよ。それに、前にあれだけ大喧嘩したんだし、腹に風穴を開けるくらいその延長みたいなモノか…」
前の大喧嘩。
私が神林さんを騙した時のアレだろう。
あの時は、お互い行き場の無い感情をぶつけ合って、後先なんて考えずとにかくぶつかり合ってた。
その結果、一般人なら入院モノの大怪我を二人してしたんだけどね?
「そうですよ。あの日の喧嘩みたいなものです」
「……」
「なんですか?あの日のことを思い出して、意識しちゃいました?」
なにか神林さんの様子がおかしい。
あの日のことを思い出して、変な気持ちになってるのかもね。
…私も思い出したらそういう気分になっちゃった。
「…寝室に行きます?」
「…スイッチ切ってくるね」
「は〜い」
盗聴器のスイッチを神林さんに切ってもらい、私は寝室の準備をする。
神林さんが主に下着の着替えを用意して寝室に入ってくると、私は笑顔でベッドに誘う。
すると、神林さんは着替えを放り捨てて私に飛びつき、勢いよく押し倒して舌舐めずりをしてきた。
「ちょっとだけ…ちょっとだけやって、もう一度ダンジョンに行こう。モンスター相手にも成長を確かめたい」
「わかりました。ちょっとだけですよ」
念押しは相手にするものではなく、自分へ言い聞かせるもの。
何度もちょっとだけと言って始めたが…気付けば夕方になっていた。
「それで?こんな時間に呼び出すとはどういう要件かしら?このメスザル共」
「「ごめんなさい…」」
時刻は19時。
私自身、こんな時間に呼び出すのは流石に申し訳ないと思う。
…神林さんが可愛すぎてついやり過ぎちゃったんだもん。
それに、神林さんもちょっとだけとか言いながら1時間以上私の事いじめてきたんだよ?
その仕返しのために…ね?
「仲が良いのはいいことだけど…正気か?」
「えっと…モンスター相手に私達の成長を確かめたくて…」
「いや、勝手にダンジョンに潜りなさいよ。なんで私をわざわざ呼び出すわけ?」
「番外階層には、すごく強いモンスターが居るんじゃないかと思って」
普通に深くまで潜ってもいいけれど、番外階層に居る規格外のモンスターと戦ってみたい。
それだけのために、わざわざこんな時間に咲島さんを呼びだした。
「番外階層ねぇ…当てはあるけど、一切手伝わないよ?」
「大丈夫!やばくなったら逃げるだけだから」
「結局私頼みじゃないの…最近あなた達、ずいぶん天狗になってるけど…そんなんじゃ、いつか痛い目を見るよ」
「実際に天狗になって痛い目を見た人の発言は違いますね」
「うるさいわね。さっさと行くよ」
『花冠』の失敗は、構成員の報連相の不足と幹部の慢心によるもの。
そして、それを知りながら対策を講じなかった咲島さんの失態だって、神林さんが酔った時に講釈垂れてた。
実際、その通りだし、咲島さんも幹部の慢心については知っていたはず。
それでいて意識改善を行わず、『花冠』にすべてを任せたツケが回ってきたんだって、酔って気が大きくなった神林さんは浅野さんに愚痴ってた。
…後日、正気に戻って咲島さんに告げ口されるんじゃないかって、ガチでビビってたのが印象的。
「『菊』にあれだけ怒られた後なのにあなた達は学ばないわね」
「あのオカマ、本当は優秀だから文句言えないのがほんと…」
「だから最高幹部なのよ。それに、『青薔薇』と『牡丹』だって2人揃わなければ『菊』と同じくらい優秀。…そんな2人を一緒にしたのは、私のミスね」
「…左遷することなかったのでは?」
「だからって、あんな初歩的なミスするかしら?それを私の人選ミスという形で許してしまうのはどうなのよ」
…まあ、あの2人はやらかしがやばすぎた。
ちょっとした失敗なら、咲島さんの人選ミスで済ませられるんだけどね…
「今日の定期報告じゃ、イタリアのギャングを1000人規模で始末してたらしいわよ?特に『牡丹』は早く日本に帰りたいから、『青薔薇』の倍以上働いてるんだとか?」
「…そんなことしてイタリア政府はなんで黙ってるんですか?明日は我が身かもしれないのに」
「『花冠』が総戦力を上げて動けば、国一つ滅ぼすことくらい余裕なんだけど?」
「あー…」
なんでこう…『花冠』は後になってやばい組織だってわかってくるんだろう?
国一つ滅ぼせるとか、もうそれ世界を裏で牛耳ってる組織なんですがそれは…
「ちなみに本当に本気を出した私なら、半日で首都圏を氷河期に出来る」
「咲島さんとの差はだいぶ縮んだと思ってたけど…まだまだだね?神林さん」
「私達は対個人特化だからねぇ…そんな私達が半日で首都圏を滅ぼせるようになるのはまだまだ先の話だよ。今なら…5日あれば滅ぼせるかな?」
「不眠不休でそんなことしたくないですよ」
…でも、不眠不休で5日戦えば首都圏を滅ぼせるって、だいぶ強くなったよね?
冒険者になりたての頃が懐かしい。
そう考えれば、成長したものだね。
うんうんと一人首を縦に振り、神林さんと咲島さんが顔を見合わせている様子を横目にゲートウェイへ向かった。
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