第161話 一葉VS紫

番外階層『何もない』


どこまでもどこまでも、ただただずっと平らな地面が広がっている番外階層。

私とかずちゃんはここに咲島さんに送ってもらった。


「さて…3日でどの程度強くなれたのか、本当に試すんだね?」

「ええ。《ジェネシス》の加護が有効なうちに、本気で戦ってみたいんです。きっと、私達は戦いの中でもっと成長できますよ」


私からおよそ5メートルほど距離を取ったかずちゃんは、体を伸ばし刀を抜いて何度か素振りをする。

私も軽く準備体操をし、少し体を温める。


『2人の成長速度を考えるなら、あなた達が本気で戦えばとんでもなく成長できるんじゃない?』


そんな咲島さんの発言が発端となり、私は新たに身に着けた技術を、かずちゃんは特訓の成果を確かめることも兼ねて、本気の模擬戦をする事にした。


「言っておくけど、手加減はしないよ。そして、かずちゃんが負けを認めるまで妥協もしない。何度でもボコボコにする」

「それは私も同じです。くだらない確認なんてさっさと終わらせて始めましょう。私は、とっても楽しみです」


刀を構え、獲物を見定める目を向けてくるかずちゃんに対し、私は脱力して隙だらけの状態で待つ。

元々私は盾役。

自分から攻めるというよりは、相手の攻撃に対しカウンターを仕掛ける方が得意だ。


それをわかっているようで、かずちゃんも私のことを餌のように見ながら、中々襲ってこない。


…なら、こっちから行くか。


「そう言えば、どこまで本気を出せばいい?」

「100%ですよ。全力で私を叩き潰してください」

「わかったわ。それはそうと、靴は大丈夫?紐がほどけてるけど」

「え?ホントです、かっ!?」


靴紐がほどけていると嘘を言い、かずちゃんの視線を下に落とす。

そこにアイテムボックスから取り出したボウリング玉を蹴って、亜音速の攻撃を仕掛けた。


「シイッ!!」


かずちゃんはそれを全力で外す。

だけど、そうやって逃げることは想定済み。

私から見て右に飛んだかずちゃんへ向かって、すでに距離を詰めていた。


「ステータスの関係上、こっちから攻めるのは苦手なの。これも卑怯とは言うまいね!?」

「こんのっ…!?させるか!!」


拳を振り上げる私に対し、かずちゃんも刀を振りかぶる。

そして、私のパンチを刀で正面から受け止めた。


「神林さん!今だけはあなたは敵!多少汚い言葉でも、存分に使わせてもらうよ!このデカ頭!!」

「はあ!?私のどこがデカ頭なのよ!このちんちくりんが!」


普段なら絶対にしない言葉遣いで話す。

私を怒らせて作った隙をついて、切りかかってくるかずちゃんの刀を片手で受け止める。

流石に喋りながら繊細な動きはできなっ!?


「くっ!?」

「硬い…《鋼の体》になにかした?おっぱい星人」

「魔力装甲って言ってね?高密度の魔力を膜みたいに纏って、若干防御力を上げる技だよ。まあ、断崖絶壁のかずちゃんには丁度いいんじゃない?」

「…あとで存分にその乳を揉ませてもらいますよ。でも今は…」


そう言って、信じられない膂力で私の事を弾き飛ばしたかずちゃんは、濃密な魔力を纏って一気に加速する。

そして、一瞬で距離を潰してきた!


(ここで食らうのはヤバイ…!)


奇襲で作ったアドバンテージを無駄にしてしまう。

ここで私の流れを維持しないと、打開力に欠ける私じゃ…


「くっ…!らぁっ!!」

「苦し紛れ?そんなの私に当たるとでも?」


流れるように私の蹴りを回避したかずちゃんは、そのまま本来不得手なはずの間合いまで詰めてくる。


「シッ!」

「っ!?」


そして、見たことない動きで刀を下から振り上げ、私の防御をかなり切り裂く。


「一撃で鎧を割れるなんて思ってません、よッ!」

「うぐっ!?」


なんとかずちゃんは、刀を振り抜いた直後、脚を上げて傷付けた部分を蹴ってきた。

その一撃は、完全に予想外。

ずっと刀か魔法で詰めてくるものだと思ってたから、蹴りの対策をしてない。


《鋼の体》を突破され、威力の減衰した蹴りを受けて後ろに吹き飛ぶ。


「硬くなってもその程度。私の敵じゃないね」

「くっ…!舐めるなよガキ!!」


防御を捨てて突進する。

かずちゃんは私のことを追いかけるのを止め、迎え撃とうとするが…それは悪手でしょう。


右腕を全力で引き、最速で拳を飛ばす。

それをかずちゃんは刀で防ごうとするが…直前でピタッと拳が止まり、かずちゃんは目を見開く。


そして、その直後にかずちゃんの体がくの字に曲がる。


「かはっ!?」

「フェイント対策してないの?これだから視野の狭い子供は」


露骨にかずちゃんを馬鹿にすると、かずちゃんはお腹をさすりながら顔を真っ赤にして襲いかかろうとする。


しかし、私のカウンター狙いに気付いたのか、冷静になって私から距離を取る。


「…かずちゃんが攻めてきてくれないと、私何も出来ないんだけど?」

「神林さんが守りを固めたら私だって何もできないよ。あの夜みたいにもっとオープンに――」

「わぁあああ!それはナシ!!」


流石にそれはライン越えだ。

そこは触れちゃいけない。


「ダメですか?」

「ダメに決まってるでしょう!?じゃあ、バラしてあげようか?かずちゃんの情けない声がどんなものだったか」

「ダメです!この話はナシにしましょう!」


恥ずかしさに気付いたかずちゃんを説得すると、乱れた魔力を練り直して構える。


…このままずっと待ってても状況は変わらないし、こっちから攻めよう。


刀を構えるかずちゃんに私は正面から突撃し、ダメージ覚悟で攻撃を仕掛けた。


「その手の攻撃の対応は得意」


まっすぐの攻撃は簡単に躱された。

まあそうだろう。

かずちゃんが普段相手にしているモンスターも、攻撃は直線的だ。

だからこそ、火力の低い私でも十分対応できる。


直線的な攻撃がダメなら…変則的なやつ。

例えば…


「いきなり顔を掴まれたら困るよね」

「っ!?」


かずちゃんの顔に優しく手を伸ばし、頬に触れる。

するといきなり優しくされて戸惑ったのか、動きが固まる。

私はその隙を逃さない。


「ごめんね」

「うぐっ!」


そこに思いっきりパンチでかずちゃんの腹を撃ち抜く。

かなり効いたようで、まるで動けずにいるかずちゃん。


追撃を仕掛けたかったけど…流石にこんな事をした直後にそれは可哀想だ。

なので、私はあることを試してみることにした。





           ◇◇◇





「〜ッ!!」


神林さんに殴られたダメージが想像以上に大きい。

格闘家は冒険者に向かないとか言うけど…それは体格の問題でモンスター相手には火力不足だから。

人間相手なら…めちゃくちゃ強い。


(…なんでか追撃が来ない。あんな酷いことしたんだから、追撃までしたら可哀想とか思われてる?あんまり私のことバカにしないで欲しいね!)


回復魔法を使って神林さんを睨んでいると、神林さんの拳に魔力が集中しているのが見えた。


「…それはなに?」

「魔力武装。咲島さんに教わった、私の新しい武器だよ。かなり強力だし、1発KOできちゃうかも?」

「それは流石に舐め過ぎ。それに、そんなに危ないなら警戒しないとダメ。ペラペラ喋っちゃった事を後悔してね?」


そう言って、回復魔法でダメージをもとに戻すと、私は最速で斬りかかる。

神林さんはそれを見事に外してみせるが、私の追撃までは読めていなかったみたい。


回復魔法を使っていることがバレているのはわかってる。

だから、あえてわかりやすく隠してた。

本命の魔法に気付かれないようにするために。


「『風撃』」

「ぐっ!?」


神林さんの腹に風の塊をぶつけ、吹き飛ばす。


神林さんに自分の間合いで戦うチャンスを与えたら不味い。

わざと神林さんの間合いで戦うやり方は見せたからね。

不自然に距離を取れば見抜かれて対策される。


そもそも、あの間合いは神林さんのほうが遥かに有利だし。


「セイッ!!」


私の間合いで刀を振り下ろすと、神林さんの守りを貫いて一発で深手を負わせる。

勝った。そう確信した私の考えを叩き潰すように、前に出てくる。

そして…


「ふっ!」


神林さんのパンチが炸裂氏、私は腹に巻き付けていたダイナマイトが爆発したような衝撃を受ける。


「…え?」


情けない声。

ただしそれは、私のものじゃない。

神林さんの声だ。


そして遅れて私も気が付いた。


腹に、ちょうど神林さんの拳がすっぽり入るほどの風穴が開いていることに。


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