第160話 新技術
「魔力武装…?」
番外階層で修行をしていた私に、咲島さんがそんな言葉を教えてくれた。
ちなみにかずちゃんはタケルカミとマンツーマンで剣術の修行をしている。
「そう。あなたって、魔力を肉体強化にしか使ってないでしょう?それじゃ勿体ないわよ」
「他になにか使い方が…?」
「それが、魔力武装。これ、見える?」
そう言って、咲島さんは拳に魔力を纏って私に見せてくる。
ただ、その形が私の使っているものと少し違う。
「濃度が…高い?」
「そうね。普通に肉体強化に使うよりも遥かに多い魔力を一箇所に集中し、高密度に圧縮する。そうすると…ふん!」
拳を突き出した咲島さん。
その瞬間、拳に纏っていた魔力が爆発したように拡散し、強力な衝撃波を発生させた。
「凄い…」
「こんな風に、ただ殴るよりも威力が上がるの。格闘系で戦うのなら、この先必須の技術だから覚えておいたほうがいいわ」
魔力武装…魔力を高密度に圧縮し、攻撃と同時に開放して大ダメージを与える技術。
あの衝撃波、殴ったと同時に放てば体内に衝撃が走って、かなり強いんじゃないだろうか?
確かに、必須の技術かも…
「あと、あなたは《鋼の体》があるから必要ないかも知れないけど、魔力装甲も覚えるべきね」
「装甲…《鋼の体》の鎧みたいなものですか?」
「まあ、そんなところよ。これを使えば、防御力が格段に上がる。やり方は、魔力武装と似ているけれど、ちょっと違う」
咲島さんは手を魔力で覆うと、よく見えるように近付けてきた。
手をよく観察していると、まるで魔力が手袋のように薄い膜になっているのが見える。
「見てもらったら分かる通り、高密度の魔力を薄い膜みたいな形で纏っているわ。この膜が威力を吸収して、ダメージをある程度軽減できる。こっちは絶対に覚えろとは言わないけど、損はしないわ」
魔力装甲。
薄い膜のようなものだけど、確かに防御力は装甲のそれ。
厚さで言えば、1ミリすらないうっすい膜だけど、咲島さんの魔力装甲は多分拳銃程度の威力なら簡単に防げる。
私なら、プロ野球選手の投球くらいなら防げるはず。
…まあ、《鋼の体》を使えば砲撃も効かないんどけどね?
「魔力武装と魔力装甲…多分、こんな感じか?」
見様見真似で魔力を操り、沢山の魔力を圧縮する。
それを腕に纏い、さらに密度を高めていく。
「さすが、スキルレベルが高いだけはあるわね。でも、もっと密度を上げないと」
「これじゃダメですか?」
「ええ。十分な威力は発揮できないわ」
この密度でもダメか…なら、もっと密度を高く…イメージは…そう大根おろしを絞る感じ!
「…なんか密度上がってるけど、何を想像した?」
「大根おろしを絞りました」
「大根おろし、ね…それでうまくいくあたり、感覚派の天才って感じ」
天才だなんてそんな…私は《ジェネシス》の恩恵でここまで来ただけだ。
咲島さんにそうやって羨ましがられる存在じゃない。
素直に喜べずにいながら魔力を練り上げると、咲島さんの魔力武装と比べても遜色のないものが出来た。
「できた…あとはこれを攻撃と同時に放つだけ」
「そうね。試しにそこの木を殴ってごらん。多分、凄い事になるよ」
そう言われて試しに思いっきり木を殴った。
それと同時に圧縮した魔力を開放すると、バゴォン!!と大きな音を立てて木が内側から破裂した。
「…すご」
「思ってた数倍は威力が高い…格闘術の恩恵か?」
咲島さんも驚くほどの破壊力。
格闘術の恩恵か何かによって、私の魔力武装の威力はかなり高いようだ。
「試しに一発殴ってみて。威力を知るには自分の身で受けるのが一番」
「え?いいんですか?」
「多少のケガは《フェニクス》の再生能力でどうとでもなるわ。だから遠慮なくやりなさい」
咲島さんは自分の腹を指さして、殴ってみろという。
ケガなら治るから大丈夫だと。
…だとしても、お世話になっている人を殴るのは気が引ける。
パンチの威力は落として、魔力武装だけで攻撃しよう。
魔力を練り上げて、拳に纏わせる。
私の手の魔力の輝きが、密度が高いからかかなり強くなっている。
「いきますよ」
「いつでもどうぞ」
最初に警告して構えてもらうと、私は腕を引いて勢いをつけ、全力の半分ほどの威力で咲島さんの腹を殴る。
そして、魔力を開放すると…
「――ッ!?」
声にならない悲鳴を上げた咲島さんは、全力の半分しか出していないのにくの字に体が曲がって吹き飛んでいく。
高いステータスで何とか着地したはいいけれど、何か様子がおかしい。
「くっ…!」
何かを耐えているような様子。
それに、目が血走ってとても無事には見えない。
「これは…予想外ね…もう少し魔力の密度が高ければ内臓がやられてた」
「そんな!?防御しなかったんですか!?」
内臓を破壊してしまうほどの威力。
咲島さんのお腹は分厚い腹筋に守られていて、生半可なパンチは効かないはずなのに…
それでも内臓までダメージを与えるという…魔力武装の重要性がうかがえる。
「防御、ね…ちょっと待ってね。…今…吐き気と戦ってる」
腹をとんでもない威力で殴ってしまったせいで、強烈な吐き気に襲われているそう。
まあ…これは想定できたことだ。
腹を殴るんだから仕方ない。
「先に…魔力装甲の練習でもしておいて…私はちょっと休む」
「分かりました…何かあったら、すぐポーションを使ってくださいね?」
「ええ…」
咲島さんはダメージが大きくてしばらく休むみたいだ。
あの咲島さんが、だよ?
私に想像以上にダメージを食らっていることを感じさせたくないのかやせ我慢しているのが見え見え。
なら、私も咲島さんの顔を立てて過度に心配せず、こうやっていう通りにするべきだ。
「魔力装甲は…確かこんな感じ」
1人で魔力装甲の練習をしていた私は、咲島さんの視線に気づかなかった。
◇◇◇
正直、想定外だった。
今も神林さんから受けたダメージが回復しない。
もう少し威力が高ければ内臓をやられていたといったけど…あれ以上の威力で殴られると、本気で死にかねない。
「恐ろしいわね…物理耐性も魔力装甲も正面から打ち抜いてきた…格闘家も、捨てたものじゃないわ」
格闘家は、火力不足が原因で冒険者としては向かない。
武器に適性がなく、格闘術で冒険者になるくらいなら、普通に働いた方がいいのが常識だ。
…その点、神林さんは常識知らずで、常識外れだ。
あまりにも…強すぎる。
「神威纏を習得すれば、私以上の逸材になる。今は一葉ちゃんに一歩遅れているけれど、すぐに追い抜くでしょうね」
《ジェネシス》の恩恵を差し引いても、神林さんの成長速度は目を見張るものがある。
その気になれば、もっと強くなれるでしょうに…
向上心が足りないわね。
本気で強くなろうとしていない。
この人には、一葉ちゃんのような野心が無いのが欠点ね。
現状維持だけで満足し、上を目指さないタイプ。
冒険者には向かない人間だ。
「咲島さんケガはよくなりましたか?」
「もう少し時間を頂戴。あと、魔力装甲はもっと密度が高いわよ」
「ほんとですか?なら…こうか?」
魔力の密度がどんどん高くなっていく。
あの密度で魔力武装をされると…恐ろしいね。
たった数分で魔力武装と魔力装甲を覚えた神林さんの成長速度に戦慄していると、何か思いついたらしい神林さんの表情が、とても明るくなる。
そして、《鋼の体》を発動した。
「咲島さん。私の事攻撃してみてください!」
「え?いいけど…」
魔力装甲に《鋼の体》の効果を上乗せした?
防御力を上げるといっても、魔力装甲の防御に《鋼の体》を使ったところでね…
元が大したことがないから、そんなに効果あるかしら?
まあ、大した事は無いだろうと高をくくって、試しに近くに落ちていた石を思いっきり投げてみる。
すると、石は簡単に弾かれた。
「まあ、これくらいならね。じゃあ、これはどう?」
今度は痛む体を無理やり動かし、本気の攻撃を仕掛ける。
本気と言っても、神林さんに怪我をさせるつもり無い。
《鋼の体》だけ破壊して終わらせるつもりだった。
しかし…
「うん、損傷率は普段の半分くらいかな?」
「…まじか」
《鋼の体》を破壊することはできず、少し大きなヒビが入っただけ。
ここまで強度が高いとは思わなかった。
「ありがとうございます、咲島さん。この技術、私なりのやり方で活用してみせます!」
「それは良かった。頑張ってね?」
…内心、後輩がここまで強くなっていることに危機感を感じている自分がいる。
あの2人の成長は、まるで連動しているかのように、一緒に強くなる。
だから、一葉ちゃんもきっと強くなっている事だろう。
私も…久しぶりに鍛え直さないと。
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