第159話 武を極めるカミ
咲島さんに案内をお願いし、やってきたのはとある番外階層。
桁外れの気配を遠くから感じるこの領域を、3人で歩いていた。
「改めて考えると、この『番外階層を自在に移動する』って能力ヤバイですよね?どうしてこんなことが出来るんですか?」
「あなた達も、《ジェネシス》から力を貰ったでしょう?私に与えられた力が、番外階層を自由に往来できる力。私はあなた達のように戦闘で役に立つ力も、成長を補助する力も貰ってない。だから、人一倍努力したわ。…最近はたるんでるけど」
「駄目じゃん」
「仕方ないでしょう?このレベルになってくると、どれだけモンスターを倒してもレベルが上がらないの。あなた達と一緒にしないで」
番外階層を自由に行き来する力について、かずちゃんと咲島さんが話し合っている。
そして、自分がいかに苦労したかをかずちゃんに語っているけれど、あまり興味がないようで、綺麗に流されている。
「苦労話は十分聞きましたよ。何かもっと面白い話無いんですか?」
「面白い話ねぇ?私の元カレの話でもする?」
「何それ聞きたい」
かずちゃんが本気で食いついた。
というか、私もすごく気にるんだけど、その話。
咲島さんの元“カレ”?
あの男性嫌いの筆頭みたいな咲島さんに彼氏がいたの?
「二人共…私のことを何だと思ってるの?元カレと言っても、もう30年以上も昔の話。学生時代に3ヶ月だけ付き合ってた彼氏がいたのよ」
「どんな人だったんですか?」
「背が高くて、顔が良くて、性格もいい男だった。当時から男をあんまり信用していなかった私の事を気遣って、距離感を考えてくれたとってもいい人よ?」
…ちょっと信じられない。
あの咲島さんにそんな超優良物件な彼氏がいたなんて…
今じゃ考えられないや。
「なんで別れたんですか?」
「彼、飽きっぽかったのよ。手までは出されてないけど、女をとっかえひっかえしてる男でね?顔がいいからそれでもモテてたけど…」
「う〜わ…」
「飽きっぽくて直ぐに女を変える事以外、今でも他にこれほど出来た男を見たことないくらい完璧だったんだけどね…」
確かに、致命的な欠点があるけれどそれ以外は完璧だ。
あとは年収。
彼がどれだけ稼げるかが問題だ。
…まあ、それだけイケメンなら会社の重役とかになってそう。
「その人は今何をしてるか知ってますか?」
「死んでるわよ。高校卒業前に、ヤバイ女を引っ掛けちゃって、夜道で、ね…?」
「あー…」
まあ…何が起こったかは言うまでもないって感じか。
当然も言えば当然だけど…運が悪かったね。
もう少し落ち着いていれば、何か変わったかも知れないのに…
「他に恋人はいないんですか?」
「彼を合わせて3人いたわ。…まあ、2人死んでて、1人も隠居してる」
「…誰なんですか?」
「マガツカミに殺された『花冠』の幹部候補と、今私の代わりに『花冠』を管轄してる子。その子は任務中に大怪我をして、引退を余儀なくされたの。しばらくは交際が続いたけど、別れちゃった」
つまり、今は独り身なのか…
多分、これからもそうだろうね。
恋人になった人が悉く不幸な目に遭ってるし、もう不幸になる人を増やしたくもないだろう。
…それに、いくら若作りしても歳が、ね?
「私達は《フェニクス》で姿が変わらないけど、他の人はそうでもない。お互い、大切にしなさいよ?自分はそのままで、周りがどんどん老いていくのは…辛いことだから」
「「…」」
実感の籠もった言葉に私達は何も言えない。
実際に多くの仲間や友人がそうなった咲島さんだからこそ、言えることなんだろう。
…私達も、いずれそうなるのかも。
顔を見合わせて視線で話していると、咲島さんが手を叩く。
「さて、どうでもいい話しはこれくらいにしましょう。アレが、『タケルカミ』。あなた達の新しい師匠よ」
そう言って指さしたのは、全身甲冑の存在。
全身を覆う甲冑はもちろん、手袋や靴、顔も般若のような仮面で覆われていて、素肌と言うか中身が見えない。
そんな甲冑お化けが私達の方を見たかと思えば、いきなり刀を抜いた。
「早速手合わせをしてもらえるそうよ。私はそっちで見てるから、頑張りなさいよ、二人共」
「…殺されませんよね?」
「殺そうとしてるなら、あんな風にゆっくり詰めて来ないわ。一瞬で首をはねて終わりよ」
タケルカミが放つオーラは本物。
咲島さんなんかの比ではなく、圧倒的強者の気配を感じる。
私も《鋼の体》の魔力を纏い、防御した状態で構えると…神速の踏み込みによって一瞬で距離を詰めたタケルカミが、私とかずちゃんを一撃で吹き飛ばす。
「ぐっ!?」
「うわっ!?」
たった一振りで、私とかずちゃんを同時に吹き飛ばす膂力。
あんなのまともに食らったら即死だ。
相手が殺さないように調整してくれていなければどうなっていたか…
「かずちゃん。プランBだよ」
「了解です。行きましょう」
私はかずちゃんに作戦を伝えると、2人でいっきに距離を詰める。
そして、タケルカミに接近戦を仕掛け、同時に攻撃を始めた。
プランBとは、2人同時の近接戦闘。
とにかく物理のゴリ押しで倒し切ったり、相手に一切行動させず、ジリジリ削る方法だ。
私が拳を振り下ろしたすぐ横でかずちゃんが刀を振り下ろし、双方向から攻撃を仕掛ける。
コレは防ぐのがかなり難しく、防げたとしても片手では限界がある。
どの道、タケルカミと言えど勝てると思っていた。
…でも、現実は違った。
「うっ!?」
「きゃっ!?」
なんと、タケルカミは片手で私のパンチを受け流し、カウンターとして鎧を貫通するパンチを食らわせていた。
そして、かずちゃんには最早芸術とも言える動きで刀を受け流し、刀の峰でかずちゃんを打ち返す。
そのまま私達から半歩距離を取ると、虚空から取り出した木刀を振り、私達を弾き飛ばした。
「勝負あり、かな?」
咲島さんがそう言いながらやって来て、私達を起こす。
まるで手も足も出なかった私達を見て、どこか満足そうだ。
「どう?タケルカミと戦ってみて?」
その問いに、私は思ったことを答える。
「技術の差がありすぎる…純粋にステータスが高いのもあるけれど…それ以上に、技術で押し切られた」
「私もそう思いました。それに何なんですかコイツ。2人同時の攻撃ですよ?脳が2つあるんですか?」
ステータス、技術、対応力。
どれを取っても私達とは格が違う。
人外のステータスを更に高める技術を持ち合わせ、なおかつそれを最大限に活かす対応力。
人数不利をモノともしないその強さは…レベルが違いすぎるから、なんて言葉が言い訳にならない。
だって…
「気付いていると思うけど、タケルカミはあなた達よりも少し強いくらいの力しか出してない。神林さんの言う通り、技術で勝ったわけね」
「ですよね…」
私達とタケルカミの間には、絶対的な差がある。
その差を持ってすれば、木刀で殴っただけで私達をミンチにできるはずなのに…そうならなかった。
それはひとえにタケルカミがその程度の力しか出していなかったから。
いきなり模擬戦が始まって、理解する間もなく負けた。
…ここから何を学べと?
「あなた達はスキルレベルこそ高いけど、根本的なあなた達自身の技術力が足りてない。それを、タケルカミに叩き直してもらうといいわ」
「私の剣術ももっと良くなるんですか?」
「多分ね。それはやってみないとわからないわ」
私達自身の技術力。
スキルに頼らない、私達が習得している技術のことだろう。
それを学ぶことが大事だと、咲島さんは言っている。
実際、私はスキルレベルこそ高いけど、格闘技なんて一度も習ってない。
全部独学だし、それっぽい技を真似てるだけに過ぎない。
それじゃダメな領域に、私達は到達したのかもね…
「さて…どんな試練をもらえるのかしらね?私はウォーミングアップがてら山登りをして体を温めてくるから」
「え?あっ、はい…」
咲島さんはそう言ってどこかに行ってしまった。
山登りって…あの奥に見える山のことだろうか?
何処に登れる道があるのかもわからない、傾斜が凄い事になってる山だけど…咲島さんの身体能力なら登れるのか。
…いや、私もその気になれば登れるけど。
「うん?私になにか…うっ!?」
タケルカミが私に近付いてきたかと思えば、いきなり首を掴んでくる。
よく見るとかずちゃんも首を掴まれていて、なんとか抜け出そうと必死だ。
私もタケルカミの腕を掴んで暴れるが、まったく離してもらえる気がしない。
だが、すぐに首を掴まれた意図を理解した。
「…?魔力が…」
「外部干渉…?まさか、あなたコレを?」
かずちゃんもどうやら気付いたようで、抵抗を止めた。
タケルカミは、私達の魔力に干渉し、その流れを整えていてる。
その流れを真似て自分で動かしてみると、いきなり首を離された。
「ほ、他にやり方はなかったんですか?」
確かに、しっかり触れていた方が他人の魔力に干渉しやすいとはいえ…いきなり首を掴む事はないだろう。
タケルカミは喋れないから、多少強引な手段になるのは仕方ないのかもだけど。
「この魔力の流れ方を極めればいいの?」
「……コクッ」
「確かに私達の魔力制御よりも流れが整ってますね。でも…これ制御が…きゃん!?」
魔力の制御に失敗し、流れがおかしくなったかずちゃんが、木刀で叩かれた。
そんな、精神統一の修行じゃないんだから…っ!?
「痛っ!?」
「ぷぷっ!神林さん、やられてやー、きゃっ!?」
「集中しろってことね。瞑想なんてした事ないから、流石に限界が…」
結局、何度もタケルカミに木刀で叩かれながら、魔力の流れを身に着けた。
叩かれ過ぎてバカになりそうだけど、魔力制御を覚えられただけマシだと思おう…
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