第154話 落ちた都

マガツカミによる被害からの復興が始まり、東京の町にも日常が戻り始めていた。


ただし、マガツカミが齎した被害は私達の想像を超えるもので、とてもいつも通りとは言えない。


「まさか、仙台でこんなに大きな家を買うことになるとは思いませんでしたよ」

「私もそうよ。…なんだか寂しいわ」

「まだ落ち込んでるんですか?家が壊れた事」


マガツカミが起こしたあの大地震。


あれが呼び水となって、東京では何度も地震が発生し、大変なことになった。

そのせいで、私の住んでいたマンションが倒壊したわけではないけれど、使えなくなってしまったのだ。


それに、今でも地震が頻発しているらしいし、油断はできない。


「お母さんもお父さんも仙台に引っ越してきましたし、もう安心です」

「かずちゃんの住んでたアパートは倒壊したんだよね。確か」


度重なる地震に耐えられず、元々古い住宅ということもあって倒壊してしまったそうだ。

その為、かずちゃんと私でお金を用意して、新しい住まいを2人にプレゼント。

今は貯金を切り崩して生活してるらしいけど、そのうちここで職場を探すそうだ。


…今度はちゃんとした収入のある職場に就職してほしいところ。


まあ、『花冠』が職場を斡旋してくれるらしいし、その好意に甘える予定だ。


「神林さん。ドライブにでも行きませんか?せっかくおめかししたんですし」

「ドライブって…これから咲島さんに会いに行くのよ?そんな時間あると思ってる?」

「帰りに行けばいいじゃないですか。夜のドライブってのも、雰囲気があっていいでしょう?」


夜の運転は嫌いなんだよね…

暗くて見えづらいからさ。


そんな事を考えながら、私は駐車場に止めてある高級車のカギを開けた。


…わたしの愛車はマガツカミに焼き尽くされたからね。

いい機会だから、新しい車を買った。


普通の社会人では絶対に買えないような、目玉が飛び出るほどの値段の車。

かずちゃんは自分が運転するわけでもなければ、自分のものでもないのにまんざらでもなさそうなので、買ってよかったと思ってるけど。


「この車の窓から下々の者の生活を見るのもいいですねえ」

「私はかずちゃんをそんな趣味の悪い子にした覚えはないんだけど?」

「人間変わるものですよ?環境が変わればね」


それっぽい事を言ってドヤるかずちゃんを横目に車を走らせ、『花冠』の本部へやってきた。

半ば顔パスで中に入ると、咲島さんの待つ部屋へやってくる。


「よくきてくれた。仙台の生活には慣れたかな?」

「まだ二週間ですよ?そんなすぐに我が家として認識できませんよ」

「それはそうね。さて、そこに座って。お茶を用意してあるでしょう?」


咲島さんに勧められた席には湯気の立つ暖かいお茶と贅沢に分厚く切られた羊羹が置かれているのが見えた。

私達はその席に腰掛けると、かずちゃんが真っ先に羊羹に食いついた。


「一葉ちゃんには沢山お菓子を食べてもらうとして…どこから話したものかしら?」

「では、マスコミへのインタビューの事を教えてもらえませんか?」

「そんな事でいいの?まあ、あなたが聞きたいって言うなら別にいいけど」


今回の件は流石に事が事で、マガツカミの存在が一般人にも露見してしまったこともあり、咲島さんがマスコミの質問に答える役割を引き受けた。

そのことを教えてもらおうと思って聞いてみた。


「マスコミに話した内容は、スタンピードについて、マガツカミについて、早川照について。あとついでにギルドとダンジョン庁の不正もバラしておいた」

「なんか、しれっととんでもないことしてません?」

「中央の連中の腐敗は目に余ってたからね。この際少しでもメスを入れようと思って」


ギルド上層部とダンジョン庁の腐敗か…魔石の不正売買やゴールドの着服とかかな?

後は、冒険者関係の商品を扱ってる企業からの収賄とか。


そういう連中がやってそうな不正は、大方想像できるんだけど。


「まずはスタンピードについて、ね。以前は混乱を回避するために早川照の情報や、あのアーティファクトの件は公開していなかったけど、今回はしっかり説明した。そのおかげで大混乱。なんたって、あの大災害がたった一人の人間によって起こされていたって知れ渡ったんだからね。それに、奴は今行方不明。あの状況で早川照を捕縛し続けろなんて無茶は言えないし仕方ないわ。これからもスタンピードを起こされえる可能性があるとみて、常に警戒を怠らないようにするよう、ギルドに呼びかけるって話しておいたわ」

「あいつ…まだ生きてるのか」

「死んでるとは到底思えないのよね。しぶとく生き残って、どこかでまた悪だくみをしてるんじゃない?」


早川は行方不明。

やっぱり、あの時とどめを刺しておけばよかった。

やらずに後悔するより、やって後悔した方がいいてのは、こういうことを言うのか…


「とはいえ、スタンピードによる被害はほぼゼロ。その被害もマガツカミが全部上書きしたようなものだから、被害はなかったと言い切っても何も問題はないわ。よく頑張ったわね」

「ありがとうございます…でも、マガツカミによる被害は決して許容できるものじゃありません」


あんまりテレビを見ず、新聞もネットニュースも見ない私でも、マガツカミによる被害は把握してる。


「死者・行方不明者。合わせて10万人以上。建物の被害も多く、状態がいいものでさえ改修は必須。あの場に居たのに、何もできませんでした」

「そうね。でもそれはあなたが気にすることじゃない。実際、あの場で奴を殺せば、不完全とはいえマガツカミが霊体で降臨する可能性があった。あそこで殺さなかったのは間違いじゃない」


咲島さんはフォローを入れてくれるが、あまり響かない。

それどころか、むしろ気分が悪くなる。


「一葉ちゃんもフォローしてあげたら?」

「何度もしてますよ。それでも聞かないんです。こんなにかわいい恋人が励ましてあげてるのに、ずーっと暗いままで…でも、仕方のない事だと思います。神林さんは、大切な車と家を失くしたばっかりなんですから」

「それはあなたも同じなんじゃないの?」

「私の実家は貧乏くさくて嫌ですし、神林さんの部屋は事故物件で心霊現象も起こるのであんまり心地よくないんです。せっかくお金があるんだから、新しい家を買えばいいのに」

「たくましいわね、本当」


何処かあきれた様子でかずちゃんから目をそらす咲島さん。

それをものともせずかずちゃんはお菓子を頬張って、嬉しそうにしている。

…かわいい。


「ともかく、マガツカミに関してはあれが何者で、どんな力を持っているかしか話していない。他のカミに関する情報は伏せているけれど…他にもカミは居るかもしれないって話はした」

「…私が早川を殺さなかったことは…?」

「マガツカミについては、早川照の存在をばらすついでに、あいつが召喚したことを話したわ。スタンピードであんなのが出てきたらたまったものじゃないわ」

「じゃあ、小原春斗…マガツカミの器にされた男子高校生はどうなりましたか?」


かずちゃんがそんなことを質問した。

興味あったのか、あいつの事。


「…被害者が誰かは知らなかったけど、私がマガツカミを倒した後に残ったのは人の形をしていない、溶けたような肉と骨の塊だけ。おそらく肉体がマガツカミの持つ膨大な量の魔力に耐えられず、息を引き取ったんだと思うわ。友達か何か?」

「私をイジメてた奴で、私のお父さんを攫った奴の一人です」

「なら死んで当然ね。クズと男は滅びればいのよ」

「めっちゃ過激」


どうやら彼は死んでしまったようだ…


そして、咲島さんの男性嫌いを見た気がする。


「早川に関しては、包み隠さずすべて話したわ。しっかり証拠を用意して、私達が捕縛していた《傀儡化》された人を証人として立たせた。表向きは何も変わらないけど、いざ命令を受けると何としてでもその命令を遂行しようとするようになるって伝えた」

「話題になりました?」

「鑑定系のアーティファクトが飛ぶように売れたらしい。『身近な人が、気づいたら奴の人形になっていたなんて、よくある事。しかも、単なる洗脳と違って命令を出すまでは本人ですら気づけないほど自然に過ごす。鑑定を使って確かめるまで、自分でも自分が操られているか分からないのが、奴の恐ろしいところ』って脅したからね。疑心暗鬼になって、友情崩壊って話を聞いたって報告を、沢山受けてるわ」

「『花冠』は今までどうしてたんですか?」

「定期的に検査してたから大丈夫。ただ、他の組織はそうもいかにから、かなりピリピリしてるみたい」


まあ、様子は容易に想像できる。

だいたい、奴が活動していた付近の冒険者はほとんどダメって思った方がいい。

それくらいには、奴の傀儡化はやばい能力だ。


「ほぼデメリット無しでいくらでも部下を作れる能力。《率いる者》なんて名前で言い切っていい能力じゃないのよ」

「ですよね…でも、これで奴は日本全体の敵。安易な行動は出来ないでしょ?」

「まあね?早川照の存在を隠蔽していた政治家がとばっちり食らってたけど……いい機会だから私が知る限りでの不正をしてた政治家とかギルド上層の人間を一斉に告発しておいた」


さらっととんでもないことするよなぁ~、この人。

でも、それで少しでも世の中がよくなるのなら……私も何かできることないかな?


「あなた達はマネしちゃだめよ?あれは、クソ共に注意を向かせて、私達の違法行為や失敗を隠すためにやった事だから」


ああ…

そういう…


「…なんか、同族嫌悪ってこういうことを言うんでしょうね」

「政財界の裏側なんてこんなものよ。世のため人のため行動してるだけ、咲島さんはマシ」

「マシとは失礼な!私をあんなのと一緒にしないで!」

「…告発した政治家が退陣したらどうするんです?」

「資産全部取り上げて消す」

「……この人も大概極悪人ですね」

「今更気づいた?私はそんなにいい人間じゃないよ」


…まあ、咲島さんは男嫌いを拗らせて、大都市から男を放逐し、痴漢しただけで即ギルティって感じの人間だし?

『世の中の女性のために』って口実で、国内外で大暴れしてるからまあ…善人ではないね。


「でも脱税とか収賄とか余罪がぽろぽろ出てきてるし、私が動くころには資産はほとんどなくなってるかもね?」

「そんな素直に従います?」

「私がここまで大々的に動いたんだから、政財界は震えあがってるよ。『次は誰だ?』って」


…この人相手が有力者でも殺るからなあ。

女だから私は大丈夫だけど…私が男だったらガクブルだったはず。


男と言えば…


「話は変わりますけど、『花冠』に男の幹部っています?」

「どうしてそんなことを聞くの?」


気になる事が一つあり、質問してみたらすごく睨まれた。


「…率直に聞きます。『菊』は男ですよね?」


私がそう聞くと、咲島さんの顔から感情が消え、冷たい目で私の目を見つめて来る。


「何故そう思うの?」


手を握り、膝に両肘をついて前かがみになる咲島さん。

その圧力に屈さず理由を述べる。


「咲島さんが本気になり、最強の攻撃を放った際、『菊』から男の声がしたんです。それに、彼女のスキルには《偽装》というものがある。彼女は…本当は男なんじゃないですか?」


正面からそう問われ、咲島さんは溜息をついた。


「今の時代、男だの女だので人を語らない方がいいわよ。私が言うのもなんだけど」

「…?」

「彼女は女性よ。そこは勘違いしないで上げて」

「……ああ。そういう事か」


トランスジェンダー。

肉体は男だけど、心は女性。

だからスキルで見た目も女にして、『花冠』の最高幹部の地位に居る。


…咲島さんは、トランスジェンダーも受け入れているのか。


「…彼女は特別よ。スキルで本当の姿を隠せるから今の地位に居るけれど、本来なら所属は認めてない」

「どうしてですか?」

「……素直に言えば、なんとでも言えてしまうから。トランスジェンダーを騙って、『花冠』内部に侵入しようとする輩が居るかもしれない。だから、本当はこんなことしたくないけれど、『花冠』『花園』の加入条件は心身ともに女性であること。それでも彼女を加入させたのは…彼女自身、私と同じくらい男を嫌っていて、信頼できたから。というか、彼女自身指摘しないと生物学的には自分が男だって事を忘れてるわ」

「つまり…?」

「彼女は自他ともに認める『女性』になった訳。だからこの事は黙ってて頂戴。最悪の場合、『花冠』の今後にかかわるから」


確かに…

トランスジェンダー女性を加入させたって前例が出来ちゃったからね。

なのに入れてもらえないのはおかしいって騒ぐ連中が出てきてもおかしくない。


…秘密組織相手にそんなこと言う人間居ないか。


「まあ、マスコミに話した内容はそんなところよ。それよりも、今のあなた達にはやらなければならない事がある」

「なんですか?」

「ついてきなさい。一葉ちゃんも食べながらでいいからついて来て」

「羊羹…」

「箱ごと上げるからついてきなさい。神林さん、この子供を抱っこして連れて行って」


何処かに来てほしいらしい咲島さんは、いつになく強引だ。

私は羊羹を箱ごと貰って嬉しそうなかずちゃんを抱き上げると、咲島さんの後に続いた。

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