第153話 咲島恭子の本気
『菊』が現場に来てからは、本当に退屈だった。
宣言通り、一人でマガツカミを抑え込み、再生したそばから切り裂いて何もさせず、魔法は発動前に破壊して終わり。
相性の問題とは言え、一人でレベル300のカミを完封し、何もさせないのは正直規格外の他に何者でもない。
「…どうしてとどめを刺せないの?」
気になって聞いてみると、『菊』は溜息をついた。
「こいつの厄介なところは、魔力が続く限り死なない事。ただでさえすべての災害を操るとかいうクソヤバ能力がある上に、見ての通り街を焼き払える火力を持っている。さらには不死身すぎて異常なくらいタフなんだ。倒すには、『紅天狗』みたいな超火力が必須。肉片も残さずに消し飛ばさないと、何度だって復活するらしい」
「じゃあ、咲島さんはどうやってこいつを倒したんですか?」
「倒してないよ」
「えっ?」
…あんなに詳しく倒し方を話してたのに、倒してないの?
じゃあなんで…
「ステータス上ではレベル300って事になってるけど、実際は憑依状態だからレベル100くらいまで強さが落ち込んでる。それで、この強さ。昔主君が出会ったマガツカミはこの三倍強い」
「…マジ?」
「マガツカミの発見を通報されて、20人の部下と、先代『青薔薇』。そして主君が討伐に向かったけど…帰ってきたのは主君と部下2人だけ。先代『青薔薇』が命がけで作った隙を狙って、主君は魔力攻撃でマガツカミに致命傷を負わせたが、倒すには至らず。損耗も激しかったこともあり、効果のあるのかわからない封印をして撤退したらしい」
魔力攻撃…咲島さんが持つ膨大な魔力を使っての、攻撃かな?
ビームみたいなのを撃つ感じで。
「その時の生き残りの片割れが『椿』先輩だよ。色々いじる事はあるけど、私はあの人を尊敬してる」
「…もう一人はどうですか?」
「もう一人はトラウマからPTSDを発症してやめちゃった。あんまり触れないであげて、今も仙台で療養中らしいから」
そっか…自分と二人以外全滅なんて現場に居て、心が無事で済むはずがない。
そんな状況で『花冠』に残り、大幹部にまでなった『椿』さん凄いな…
「…にしても、もう『椿』先輩は居ないのか。早川ごときに後れを取るなんて…だからあれほど現役を引退しろって言ったのに」
その瞬間、それまでは何処か掴み処がない雰囲気や、上に立つものとしての厳しい表情しか見せていなかった『菊』が、悲し気で寂しい気配を見せた。
それに触発されてか、杏と町田さんが顔色を暗くする。
…そうか。
「『椿』さんは、そんなに高齢だったんですか?」
「…あんまり話したくないし、主君と大幹部しか知らない話なんだけど…『椿』先輩は、アレで60代なのよ?」
「「「「えっ!?」」」」
私とかずちゃんと杏と町田さんが声を上げて驚き、『花園』『花冠』関係者は目を丸くしている。
「魔力制御の応用と、《ジェネシス》の恩恵で見た目こそせいぜい30代だけど、本当は60代の高齢者。本来、私達と肩を並べて戦えていたのが不思議なくらい」
「マジか…」
『椿』さん、あの見た目で60代なのか…
咲島さんより年上じゃない?
「だからこそ、敗因は歳ゆえの体力不足だと思う。どれだけ魔力で補っても、やっぱり歳には勝てないんだよ」
「それで『椿』さんは…」
「…直属の部下がその調子じゃ、あの人は本当に優秀だったんだろうね。…いや、言うまでもないか。それに、私の仕事も終わりだし、おしゃべりもここまで。結局、こいつは神威を使わなかったね?」
『菊』が立ち上がり、マガツカミから離れる。
その直後、強大な気配を感じた。
咲島さんだ。
「スタンピードを起こすことを警戒して君らを待機させてたけど…無駄骨だったかな?」
マガツカミは『菊』一人で抑えれれるのに、私達がここに残った理由。
それは、マガツカミが神威でスタンピードを引き起こすことを警戒して。
マガツカミが起こすであろうスタンピードは、早川のものとは次元が違う可能性があるとして、関東平野の最高戦力が集まっているこの現状を崩さないためにも、待機していたんだけど…結局それは起こることなく咲島さんが到着した。
「ずいぶん豪華なメンツじゃない。『菊』あなたは何をしているの?」
「こいつらだけではまるでマガツカミを抑えられなかったので、私が封殺したんですよ、主君!」
…気のせいだろうか。
私には、『菊』の腰に尻尾が生えて、勢いよく振っているように見える。
「あの尻尾なんですか?」
「さあ?」
どうやらかずちゃんにも見えているみたいだ。
…いや、マジであれ何?
「私が来て嬉しいのは分かったから、その尻尾消しなさい。スキルの無駄な使い方しない」
「了解です、主君!」
スキルの無駄な使い方…あれか?《偽装》のスキルを使った偽物の尻尾。
だとしたら、あのスキルはかなり有用だ。
「さて、あれがマガツカミね……『菊』あなたが倒してもよかったのよ?」
「魔力切れ狙いですか?嫌ですよ、まだ一割も魔力を削れてないのに…」
「でも、いつかは倒せるわ。相性の事も考えれば、始めから『菊』に任せるべきだったわね」
…強すぎない?流石にそれは。
カミを一人で倒せるって、相当やばいのでは?
そんなことを考えていると、後ろでマガツカミが魔法を使う気配を感じた。
「あの木偶の坊。もう復活したのか…主君、潰してきます」
「待って」
「はい?」
咲島さんが、何故か『菊』を止める。
「あなたは魔法だけ破壊して。マガツカミには攻撃しなくていい」
「…何故?」
「今マガツカミを攻撃するのは危険だからよ」
危険?
もうずっと『菊』に五体を切断されてなんの力もないマガツカミが?
「こいつには魔法を使う力も、神威を使う力もありませんよ?主君」
「魔法はともかく神威。どうしてそう思うの?」
「こいつは一回地震を起こす以外で神威を使ってない。多分、あの地震が使える神威の限界だった」
私もそう思う。
だって、あれ以外でこいつの神威を見ていないし、使う気配もない。
多分もう使えないんだと思う。
しかし、咲島さんは首を横に振った。
「確かに神威は一回しか使っていないようね。今この瞬間まで、ずっと温存していた」
「…どうしてですか?」
「自分が倒されることを条件に、大規模な地震と津波と噴火。あとは大嵐かな?それが発生するように仕組んでいるわ。元々温存していた神威を、あなたに勝てないと悟って最後の嫌がらせとして取っておくつもりだったんでしょう」
…だとしたら、倒せないんじゃないの?
そんな大災害…起きてしまったら日本がどうなるか…
マガツカミが隠していた力に驚き、足りない頭を使って必死にどうするかを考える。
「主君。こいつはダンジョンに連れて行って殺しますか?」
「そんなことしたら、マガツカミが本体を呼び寄せるわ。あの惨劇を二度も見たくないし…ダンジョンに放り込む前にこいつの意志でその災いを発生させて来るでしょう」
「ではどうするので?」
「吹き飛ばす」
…ん?
「吹き飛ばす…とは?」
「そのままの意味よ。魔法も、神威も、マガツカミも。全部一気に吹き飛ばしてしまうのよ」
なんて無茶苦茶な…
そんなことが出来たら苦労はしな――いっ!?
咲島さんの体から、マガツカミに匹敵する…いや、それ以上の魔力が溢れ出してきた。
こんな魔力…人が扱える領域を超えてる!?
「『菊』。あなたは見たことあったかしら?私が最強たる所以を」
「ありますとも。忘れもしませんよ、私をタケルカミの領域に放り込んだあの時の事。主君が見せた、人類最強の力」
「そう、ならいいわ。あなた達、邪魔だから『菊』について行って。巻き込まれても知らないわよ?」
そう言い放つ咲島さんの姿は、とても神々しく、人のそれではなかった。
『菊』に連れられてその場を離れると改めてその力の大きさを知る。
かなり離れた位置に居るのに、まだ咲島さんの放つ魔力によって肌がピリピリするのだ。
この距離でこれが出来るなんて…一体何をどうしたらそんなことが?
「おい、金魚の糞」
「その言い方やめてもらえませんか?…で、なんですか?」
「あの力に最も近いのは、とても不本意だがお前だ。魔力の鍛錬を怠るな」
「…まさか、《神威纏》?」
咲島さんの持つ、《魔闘法》をレベル10にすると手に入るというスキル。
まさかそれが…あの力の源?
…確かに、名前に神威が入っているし、カミと何か関係がありそうだ。
例えば、特定のカミの神威を自分の身に宿すスキル、とか?
「《神威纏》は、《ジェネシス》によって人間では扱いきれない量の魔力を一時的に与えられるスキル。効果時間はスキルレベルと本人の技量によって左右され、その強さは当人の『器』というやつで決まるらしい。主君の場合は、素のステータスに200レベル分の力が乗算され、15分戦えるらしい」
「…じゃあ今の咲島さんのレベルは」
「単純計算で、レベル330って事ね。流石主君、カミに匹敵する強さだ」
カミに匹敵するステータス。
その力にめまいがしそうになった私は、爆発音とともに発生した閃光と魔力波に当てられて、本当に意識が飛びかけた。
「うっ!?」
その時、私のすぐ隣から男性のうめき声が聞こえた。
それが誰なのか?
意識が飛びかけていた私には判断できなかったけど…この場に居るどの男性の声とも違った気がする。
それに私の隣に居るのはかずちゃん、杏、町田さん、『菊』と見事にみんな女性陣。
…聞き間違いかもね。
「あらら。やっぱり半分ぐらい気絶してる。一般人が居たらショック死してただろうね」
「主君がランキング3位に留まる理由は、本気を出したら一般人に被害が及ぶから、ですもんね。私でもちょっと吐き気が…」
「そればっかりは仕方ないわよ頑張って耐えなさい」
私達もほぼダウンしている状態で、普通に会話する2人。
確かに『菊』は少し気分が悪そうだけど、それでも平気で立っている。
私なんかすぐに膝をついたのに…
「本物の上澄みは化け物しかいないのか…?」
「まあそうね。『紅天狗』は馬鹿にされがちだけど、今の攻撃とほぼ同意力の技を平気で撃てるし、『天秤』はあの状態でも負ける可能性がある。そして、そんな化け物と素の戦闘力では互角の『花冠』最高戦力。頂点に立つ者たちを、一般人の物差しで測らない方がいいわよ?」
思わず呟いた言葉を拾った咲島さんの答えがこれだ。
私は、さらにめまいが酷くなり、膝をつくことさえできなくなってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます