第152話 最高戦力の名
「そうは問屋が卸さないでしょうに」
そんな決め台詞と共に、何者かがマガツカミの魔法と肩を切り裂いた。
その人物はマガツカミの前に降り立つと、手に持つ大太刀を豪快に振り、刀身に着いた血や脂を振り払う。
私は彼女の声に聞き覚えがあった。
「神林さん。あの人何者ですか?とんでもないステータスですけど…」
そう言って、かずちゃんは彼女のステータスと武器の性能を見せてきた。
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名前 坂@?#$%
レベル120
スキル
《偽装》
《隠蔽》
《ヒ・ミ・ツ♡》
《ヒ・ミ・ツ♡》
《ヒ・ミ・ツ♡》
《ヒ・ミ・ツ♡》
《ヒ・ミ・ツ♡》
――――――――――――――――――――
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魔王の大太刀
等級 上級
スキル
《魔法破壊》
《魔力吸収》
《破壊強化》
《破壊耐性》
――――――――――――――――――――
…なに?このバカみたいなステータスと武器の性能は…
「《偽装》と《隠蔽》で名前とスキルを隠してるのか…」
「何者なんですか?」
「『菊』。『花冠』の最高戦力の一人にして、私の機嫌を損ねた原因」
「あー…なるほど?」
この戦場に颯爽と現れたのは、『花冠』の最高戦力であり、勝手なことをして本来の目的を果たせなかった挙句、そのやらかしを自分の担当外地域でやった大バカ者。『菊』だ
そういえば戦場に居なかったけど、今まで何をしてたんだか…
「…今まで何してたの?」
「うげっ!?もしかしなくてもオコですか?」
「当たり前でしょ。それで?今まで何してたの?」
私が問い詰めると、物凄く気まずそうにしながら答える。
「現場に行ったら…絶対何かやらかすだろって…主君が言うから大人しく避難誘導してた…」
「咲島さんのファインプレーね…で?それならなんで来たの?」
「この木偶の坊が私を狙ったから…殺しに来た」
…なるほど、避難誘導をしてたから、人が集まる場所に居た。
そしたら、マガツカミに殺意を向けられて、やばいと思って職務を放棄してここに来たわけね?
まあ、結果的に言えば大正解なんだけど…
「でも、来て正解だったっぽいね。メンツのわりに、押されてる感じ?ねえ、『水仙』?」
「っ!?そうね…」
「ふぅん?…どうやら仕事が上手くできてないみたいだけど…それは神林さんがしゃしゃったからか、君が仕事を全うできずにいるのか。どっちかな?」
「それは…」
一瞬で状況を把握した『菊』は、『水仙』を責める。
私はそれを見ていて不快な気持ちになり、『菊』の腕をつかんで抗議する。
「それは言い過ぎじゃない?彼女は頑張っている」
私の講義を聞いた『菊』は、溜息をついた。
そして、上に立つものとしての、冷たく厳しい目で私を威圧しながら答える。
「私が信頼できない気持ちは理解できる。でも今はしゃしゃり出てこないで」
「なんですって…?」
態度を改めようとしない彼女に怒りを覚える。
こんなところで仲間割れを起こしている場合ではない事は承知だけど、思わず声を荒げそうになった。
しかし、それよりも早くマガツカミが魔法を発動しようとしている事に気付き、そちらへ意識を向ける。
最初に動いたのは『菊』だった。
「させる訳ないでしょ?」
素早い動きでマガツカミの懐に潜り込むと、かずちゃんの身長よりも長い大太刀をまるで棒切れのように軽々と振り回し、魔法を発動前に破壊し、マガツカミの体をズタズタに引き裂きなんと両足を切り飛ばした。
そして、そのままの勢いで魔法の岩に閉じ込められていた人達を、岩を粉砕して救い出し、私の目の前に戻ってきた。
わずか7秒ほどの出来事である。
「はっきりと言わせてもらうわ。あなたはこの戦場で無能の部類。足手まといとは言わないけど、囮兼肉壁程度の役にしかたたない無能よ。そんなあなたが、主君と繋がっているからという理由で我が物顔で『水仙』の仕事を奪い、あまつさえこの始末。ハッキリ言って、私の代わりに避難誘導に行ってくれた方が役に立つわ」
「それは…」
「あなた達は少なくとも10分は戦っているでしょう?で?その成果は?損害は?」
「…」
「私はここに来て1分も経っていないけど、多くの民間人の犠牲を防ぎ、一時的にマガツカミを行動不能にしている。ハッキリ言って、マガツカミを抑えるという仕事は私一人で十分。他の人間はみんな邪魔なのよ」
…言い返せない。
この人は、確かに大きな失敗をした。
咲島さんにいいところを見せようと、私の望んでいないことをしてまで成果を上げようとして失敗し、結果的に『花冠』の信頼に傷をつけた。
だけど、この人はそれでも『花冠』の最高戦力の一人であり、中部地方と海外支部の責任者という大幹部。
その能力は、私が口をはさむことが出来ないほどのエリートそのもの。
今の状態が、それを物語っている。
「その才能と成長速度、それは認めてあげる。だけど、あなたは経験も足りなければ、こういった非常時に第一線で戦えるだけの力も足りない。正直に言うわ。余計なことしないで」
「…はい」
全くその通り。
何も言い返せず引き下がると、事の顛末を大人しく見守っていたかずちゃんが頭を撫でて慰めてくれた。
私に言いたいことをすべて言い切った『菊』の矛先は、『水仙』へ向く。
「さて…邪魔者は私が追い払たわけだけど……正直に答えて。あなたはこの仕事、こなせる自信はある?」
「……」
「オーケイ。もういいわ。これだから縁故採用は…」
縁故採用…?
『水仙』さんは、実力で成り上がった訳じゃないの?
「先代『青薔薇』の一人娘だから、主君の情けで『花園』関東支部長の地位を与えられたようだけど…とんだ実力不足ね。現場の経験が足りないんじゃないの?」
「…すいません」
「何に対して謝ってるの?この仕事をこなせなかったこと?」
「はい…」
…待って、社畜時代の嫌な記憶がよみがえる。
全然関係ないけど、あの怒られている様子を見て、私はダメージを受けた。
…いや、私だけじゃないな。
この場に居る8割くらいは流れ弾を食らってる。
「それを謝ってどうするの?これだけの被害を出して……なんで断らなかったわけ?自分ではこんな仕事できないって、あなたが一っ番分かってるんじゃないの?」
「はい…」
「じゃあなんで断らなかったの?断れないにしても、周りの助けを借りるとか、こういうことに慣れている人間を連れていくとか、やりようはいくらでもあったでしょうに。どうしてそれが出来ないの?」
…今すぐ逃げ出したいんだけど?
なんで冒険者になってまでこんな思いをしなきゃいけないんだ。
「…なんか、大人たちが軒並み駄目になってるんですけど?」
「社会人になれば、誰もが通る道だよ。思い出しただけで胸がキューっとなる…」
「《鋼の心》を持つ神林さんまで駄目になってる」
…逆になんでかずちゃんはダメージを受けないの?
働いたことなくても、あの怒られ方は共感してダメージ受けるでしょ?
…この子はそういうことしたことがないのか。
社会を知らない子供だからね。できれば、この苦しみを知らずに幸せに生きてほしい。
「できないなら私が変わる。どうするの?正直もうやる事とかないんだけど?」
「…お願いします」
「あっそ。今度までに、こういう時の現場指揮が取れるように勉強しておきなさい。立場上、2度3度同じことをしないといけないわよ?」
「はい…」
見ている側すらダメージを受ける説教が終わり、どんどん再生しているマガツカミを睨む『菊』。
その鋭い視線が降りてきて、私達を見回した後、かずちゃんへと向いた。
「おい金魚の糞。なんで、突っ立って何もしないわけ?」
「えっ?」
「なにが『えっ?』よ。突っ立てるだけの仕事なら、いい年こいて碌に仕事したことないクズにでもできるのよ。それに対してあなたは何?この場で一番火力を出せるのはあなたでしょうに」
突然矛先を向けられて困惑するかずちゃん。
自然と助けを求める視線が私へと向くが…残念ながら私は既に避難済み。
巻き込まれたくないからね。
「どこ見てんの?私はそっちに居ないんだけど?」
「えっと…」
「なんで突っ立ってた?気配的にレベル100超えてるでしょ?そんな力持ってるくせに、私が与えたダメージが回復されるのを妨害しようともしないで、愛しのハニーとイチャイチャ。ここはガキの遊び場じゃないの。子供気分でいたいならそこの口だけの無能に抱っこしてもらって、家にでも帰れば?」
「……」
ごめんねかずちゃん。
この苦しみを知らないで幸せに生きてほしいって思ったけど、守れなかった。
私だって、嫌なものは嫌なんだよ。
…泣きそうになっているかずちゃんに心の中で何度も謝り、見届ける。
「何泣いてんの?あんた何歳?それで許されるとか、いつまで子供でいるつもり?」
「っ!!」
「その手の刀は何?いっちょ前に魔力が使えて、達人並みの剣術を使えるくせに、あんた何してんの?何もしない邪魔者は要らないんだけど?」
ぽろぽろと涙をこぼし、今にも声を上げて泣き出しそうなかずちゃんを抱きしめてあげたいけど…『余計なことしたら殺す』と言わんばかりに、気配で睨まれてるんだよね。
ここで助けたら私も泣くくらい怒られそうだから、私は何もできないんだよ。
かずちゃんを助けてあげられず、私も内心泣きたい気分に泣ていると、ある程度再生が進んだマガツカミが再び魔法で攻撃しようとしてくる。
「相性はいいんだけど、いかんせん決め手に欠ける。私の火力じゃ、細切れが限界だし…そこまですると神威を使われそうでできない。やっぱり、本気主君や『紅天狗』、『天秤』じゃないと、こいつを倒すのは無理か」
ぶつぶつとそんなことを言いながら、今度は五体をバラバラに切り分け、胴もバラバラにしてしまう『菊』。
『花冠』最高戦力の名は、伊達じゃないってか…
…それより強い、咲島さん、『紅天狗』、『天秤』の三強って化け物じゃない?
そして、そんな咲島さんを追い詰めたカイキノカミって、改めて考えると私達じゃ手も足も出ない化け物で、それ傀儡化した早川…
私は、『最高戦力』という言葉と肩書を甘く見ていたかもしれない。
『花冠』最強の五人、『青薔薇』『牡丹』『椿』『紫陽花』『菊』。
この五人の強さを改めて理解した私は、自分がまだまだ弱い事を痛感し、そんな猛者たちからもかずちゃんを守れるよう、もっと強くなりたいと思った。
…とはいえ、あの説教は流石に守って上げられないけどね?
かずちゃんから興味を失い、マガツカミが何もできないように抑えてる『菊』の目を盗んでかずちゃんのもとへ駆け寄ると、涙を流すかずちゃんを抱きしめた。
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