第145話 恐るべき厄災の足音

「…本当、あなた達にはがっかりしましたよ」

『面目ない。あなたの言う通り、すぐに殺すべきだった』


私は、花冠の最高戦力の一人、『菊』と電話していた。


電話の内容は、かずちゃんをイジメていたクソ男こと小原春斗を見失ったこと。

その事への謝罪の電話だ。


「あの程度の冒険者を捕捉しきれないなんて…『花冠』はその程度の組織なの?」


この大馬鹿どもは、また勝手なことをして本来の目的を達成できなかった。

しかも、それを主導したのは『菊』。

まーた最高責任者のやらかしだ。


『花冠』の最高責任者はバカしかいないのか?


「もう結構。返金は必要ない。あなた達に何かを頼る事は無いでしょう」

『……』


最後までだんまりなクソバカ。

とりあえず咲島さんにクレーム入れよう。

流石にやらかし過ぎだ。


いくら『花冠』を表沙汰にしないために直接経営をやめたとはいえ…これは放置しすぎ。

しっかりとした組織に立て直してもらわないと。


咲島さんに電話を掛けると、すぐにつながる。


『どうしたの?何かあればまずは『紫陽花』を頼ってほしいんだけど』

「紫陽花…?」

『関東支部の責任者。まだ会ってない?』


…そういえば、今回の作戦を主導したのは『紫陽花』ではなく『菊』。

これはどういう事?


「かずちゃんの父親が誘拐された話は聞きました?」

『なんですって?あの子たちはどうしてる?』

「父親はすぐに取り返した。そこだけは、よかったですよ」

『…何かあったのね』


私の声色から何かあったことを知った咲島さんは、真剣に話を聞いてくれた。

私は『花冠』のやらかしを報告し、クレームを入れる。


「他支部の最高責任者が出しゃばってきた挙句、依頼は大失敗。それも相手はただのチンピラ。『花冠』の創始者として、これはどうされるおつもりで?」

『…返す言葉もないわ。近日中にそっちに行って、直接謝罪させてもらえないかしら?』

「…それが終わったら、『花冠』の立て直しを頼みますよ」


咲島さんは本気で申し訳ないと思っている様子。

きっと、ずっと放置していた『花冠』にメスを入れてくれることでしょう。


スマホをしまって自分の部屋へ戻ろうとする。


「…あなた達は優秀ね。『椿』さんがしっかり者だったからかしら?」

「……」

「それとも、『財団』という大きな敵が目の前にいたから、引き締まっていたとか。他地域では一強だから、たるんでるんじゃなくて?」

「…そうかも知れないわね」


私のすぐ近くで護衛をしてくれていた杏に冷たくそう言い放つ。


『花冠』の失敗は、杏も知っている。

私と話すのは、胃に穴が開くような気分になるでしょうね。


「…でも、彼女らがあの程度の子供を見失うとは思えない。きっと裏に何かが――」

「だとしても、クライアントの意図に反する行為を勝手にやった挙句、失敗するというのは組織としてあり得ない失態。『花冠』の信頼は、地に落ちたわ」

「……」


何か弁明はあるようだけど、それ以前の問題だ。

これが企業相手の取引なら、契約を一発で切られる大失態。


…しかも、勝手なことをしたのはこれが最初じゃないんだから。


「こっちの要請を下っ端が勝手に却下して大問題になった後の挽回のチャンスで私の意図に反することをした挙句、その結果依頼に失敗。こんな組織、誰が信頼するというの?」

「……」

「『花冠』の名誉を守り、敵対組織に舐められないように隠蔽するつもりだったようだけど…私程度がここまで理解できてる時点で、それは無理だよ?今からでも再就職先を探したら?」


杏は私の言葉に頭を下げる事しかできない。


部屋に戻ると、町田さんと遊んでいたかずちゃんを抱きしめて、町田さんから取り返す。

私の後に入ってきた杏の表情からすべてを察した町田さんは、静かに私達から距離を取ると、杏の隣へ行く。


それを見て何かあったことを理解したかずちゃんは私の顔色を窺う。


「かずちゃん。今日は久しぶりにレベリングに行かない?そろそろ外に出てもいいと思うの」

「…そうですね。今日でレベル100になりますよ!」


私の機嫌を損なわないようにするためか、かずちゃんは何処か自然な感じがしない。

それでも、この子はかわいい。


ギュッと抱きしめて頬擦りすると、かずちゃんはいつもの無邪気な笑みを見せて、私にキスをしてくる。


ああ、心が癒される。


「二人もついてくる?レベルの高い人間は多い方がいいからね」

「じゃあ…ついていこうかな」

「ん。じゃあ行こう」


空気は最悪になるだろうけど、この2人にはもっと強くなってもらいたい。

『花冠』は実力もかなり大事になる組織。

この2人が強くなって『花冠』の幹部になれば、私の『花冠』に対する発言力が大きくなる。


…やっぱり株とか買ってカネ稼ぎして、『花園』の株を大量に買えば私は『花冠』にとって咲島さん並みの発言力のある人間になるのでは?


そんなことを考えながら私達は4人でダンジョンにやってくる。

そして、とてつもなく巨大な古代樹の森、第71階層に。


「ずいぶん空気が重いわね…」

「強力なモンスターの気配を感じますね。これはレベルが上がりそうです」


今までのモンスターとは一線を画す強さを持つモンスターの気配が、いくつも感じられる。

これは…第71階層は一部の上澄み冒険者しか来れないね。

気を引き締めていないと。


そんなことを考えていると、一番近くに居たモンスターが超スピードで襲い掛かってきた。



―――――――――――――――――――――――――――


種族 ハシルオオトカゲ

レベル90

スキル

  《豪顎》

  《竜鱗》

  《俊足》


―――――――――――――――――――――――――――


当たり前のようにレベル90が出てきやがった。


見た目は恐竜ものの映画でよく出てくる、ラプトルと呼ばれているタイプの恐竜に似ている。


ただし、戦闘力は実際のラプトルがかわいく見える化け物。

試しにいらない装備を投げてみたら、嚙みつきで粉砕された。


鋼鉄のプレートアーマーぞ?


「嚙まれたらやばいタイプのモンスターですか。それなら、噛みつきにさえ気を付けておけばいいですね」


かずちゃんは刀を抜くと、超スピードでラプトルに接近し、まずは鋭い爪を持つ前足を両方切り落とした。


「キェェェェェ!?」


鳥みたいな声を出すラプトルに接近すると、全力の回し蹴りで頭をけり、頭蓋にヒビを入れる。


強烈な蹴りを食らって意識が飛びかけたラプトルに杏と町田さんが突撃し、体を削っていく。

そして、最後にかずちゃんが首をはねて勝利した。


「…流石に一体じゃ上がらないか」

「ですね。でも、あれだけ沢山居るんですから今日中にレベルを上げきれますよ」


気配を感じとる限り、少なくとも100体は居る。

まあ、レベルは100になるだろう。


これを倒して、一気にレベリングだ!


「…ん?」

「どうしました?」


一瞬、探知に変な気配が引っ掛かり、首をかしげる。

あの感じ…ダンジョンの入り口やポータルでよく感じるやつ。


空間の歪み?


「そういう現象か?」

「はい?」

「何でもない。気にしないで」


ダンジョン自体が私達の世界とは別の異空間。

空間の歪みが一瞬起こって、消えても何ら不思議な話じゃない。

そういうものだと解釈して、レベル上げを再開した。

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