第144話 悪魔の囁き
「クソッ!なんでこうなった!?」
俺は今、自分が知る限り一番安全な場所に居る。
ダンジョンの、誰も知らない小さな空間。
ここなら奴らも見つけられない。
外の世界であいつらから逃げるのは不可能らしい。
だから、ダンジョンに来た。
「なんとか…なんとかこの状況を変えられる何かを見つけねえと…!」
「そうだねえ。大変だねえ」
「っ!?」
誰も知らない場所のはずなのに、話しかけられた。
ここが奴らにバレたのか!?
…いや、男の声だ。奴らじゃねえ。
「誰だアンタ…」
「君と似たようなものさ同じ組織に狙われている、ね?」
俺と同じ…?
こいつもあの女どもに狙われてるのか…?
「だからこそ…協力してくれないかい?」
「…それで俺は助かるのか?」
「ああ、助かるとも。なんたって僕は、一度あいつらの最高幹部に捕まったことがあるけど、逃げ延びてる。追われていることに変わりはないけれど、別にあいつらは怖くないんだ」
…本当なのか?
そんなこと言われたって、話が壮大過ぎて説得力ねえぞ?
「…信用してないのか。じゃあ特別だよ?特別に僕のステータスを見せてあげよう」
そう言って、奴は小さな空間に手を入れると、ステータスを見せてきた。
その、規格外のステータスに度肝を抜かれたが…これだけ強いなら安心できる。
「俺は、何をすればいい?」
「僕について来てくれるだけでいいよ。あいつらに打撃を与えるには、警戒されていない君の力が必要だ。協力してくれるかい?」
「あ、ああ。協力するぜ。あんなのに追い回されてちゃ、まともに飯も食えねえ。頼りにしてるよ」
少し胡散臭いが、こいつほど頼りになる人間はそういない。
今は、こいつの仲間でいてやるよ。
「こちらこそ、頼りにしてるよ」
そう抜かした奴の顔は、俺は見ていなかった。
数時間前
「…わけわかんねえよ」
「そうだろうな。俺も、生きた心地がしねえ」
せっかく攫ってきたおっさんを何者かに奪われて、どうしようかと仲間と共に作戦会議をしていた俺は、突然総長に呼び出された。
そして、『花冠』とかいう組織に命を狙われている事を知った。
「俺が昔、情報屋をやってた事は話しただろ?」
「ああ」
「そん時に客を連れてきたり、情報を入手したり、売上の殆どを持っていってた組織が『花冠』だ」
「なおさらわかんねーすよ。なんで情報屋が俺の命を狙うんすか?」
ただの情報屋だろ?
なんでそんな連中が俺の事を殺しに来るんだよ…
「…ホントに知らねえのか?『花冠』」
「いや、知らないっす」
総長は溜息をついて頭を抱えた。
…そんなレベルの話なのか?
「都市伝説で、『花の環』って秘密組織を聞いたことねえか?」
「それなら…」
「アレは、『花冠』が自身の存在を隠すために作った隠れ蓑。自分たちである事ない事吹聴し、ネット上に公式のサイトまで作ってしまった。ここまでくれば、最早大人の悪ノリで生まれたフィクション。誰もそんな組織の存在など信じたりはしない」
「はぁ…?」
よく分かんねえけど、都市伝説になってる組織が実在して、そいつらに俺は狙われてるって事か?
「あいつらの目的は女性を守る事。そして、数日前に大金を手に入れたあの女は、その『花冠』の重要護衛対象。そんな奴の親を攫ったんだ。ただで済むものか」
「…つまり、報復って事っすか?」
なんでだよ…あんなゴミの父親を攫ってなんでこんな…
「なんで俺だけ…」
「本当に思い当たる節はないか?」
「……あいつをイジメてたから、か…?」
「そうだ。『花冠』の知り合いから聞いたが、背の高い女が特別カネを出して依頼を出したらしい。お前の事が気に入らないそうだ」
…つまり、俺だけ指名で殺しの依頼が入ってるのか。
クソッ!あんな奴イジメたぐらいでなんで殺しの依頼を出されるんだ。
「総長。俺はどうしたら…」
「あいつらから逃げるのは不可能だ。たとえ海外に逃げようとも、海を渡った先にもいるからな。…とはいえ、俺にこの事を教えたって事は、すぐに殺しに来るつもりじゃないんだろう。泳がせて、夜も眠れない日々を過ごさせた上で殺すとか、そんなところだ」
そ、そこまでするか?
いや、じゃないと総長にわざわざ教えたりしないよな…
…でも、本当に殺しに来るのか?
未だに信じられないんだが……
「…っと、俺は用事があるからな。後は自分で何とかしろ」
「ちょっ!?どこ行くんすか!?」
「どこって…決まってるだろ?逃げるんだよ。幸い、お前以外はヤキ入れ程度で許してもらえるそうだ。まっ、せいぜい頑張れよ」
そう言って、総長は何処かへ行ってしまう。
俺も逃げようとしたその時…突然背後から殴られ、意識を失う。
次に目が覚めた時は…最悪の光景が広がっていた。
「ほら、さっさと行け」
数時間に及ぶ最悪の拷問を受け、身も体もボロボロにされた。
ポーションによって体の傷は癒されているが、いまだに体中が痛む。
こんなのが、死ぬまで続くだって…?
俺が何をした、って言うんだよ…
「…なんでついてくるんだよ」
さっさと出ていけって言われて逃げてきたのに、なんで追いかけて来るんだ?
何処かに行けっていたのはどっちだよ…
「監視役。片時も安心できると思うなよ?」
わざわざ監視役を付けるとか…他にやる事あるだろ。
俺にかまってねーでそっちの仕事しろよ…
「クソッ!ついてくんな!!」
こんな奴にずっとつけられててやってられるか!
とにかく逃げねえと…
……っても、どこに逃げればいい?
総長は、どこへ行っても逃げられないって言ってたが…流石にそれはねえはず。
家に帰るのは…家の前で張り込まれてそうで駄目だな。
俺がよくいる場所にはいけねえ。
…となると、追っ手を撒くための場所と言えばダンジョンだよな。
出るときにさえ気を付けておけば、絶対に撒ける。
ダンジョンに…ダンジョンに行きさえすれば俺の勝ちだ!!
…なんてことはなかった。
「クソッたれ!!全然バレてるじゃねえか!?」
突っ立てる女が多いなと思ったら、全部あいつらだった。
何人体制で見張ってんだよ!?あいつらバカか!?
なんで人数がこんなにいるんだと思って、思い切って聞いてみたら『点数稼ぎ』らしい。
ふざけんな!お前ら違反切符切るために網張ってる警察かよ!?
暇か?暇なのか!?
「クソッ!なんでこうなった!?」
俺は今、自分が知る限り一番安全な場所に居る。
ダンジョンの、誰も知らない小さな空間。
ここなら奴らも見つけられない。
外の世界であいつらから逃げるのは不可能。
だから、ダンジョンのこの場所に来た。
「なんとか…なんとかこの状況を変えられる何かを見つけねえと…!」
「そうだねえ。大変だねえ」
「っ!?」
誰も知らない場所のはずなのに、話しかけられた。
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