第142話 手を出してはならない存在
次の日
目撃情報や監視カメラの情報をもとに、なんと一晩で朱里さんを見つけた『花冠』。
私はその捜査能力の高さに少し恐怖を感じていると、かずちゃんが杏に食い掛る。
「なんで私にお父さんの監禁場所を教えてくれないんですか!?」
「だ~か~ら~!あなたが暴走しないようにするためよ!さっきから何度も言ってるでしょ?」
実の父を攫われて、精神的に不安定になったかずちゃんが暴走しないように、朱里さんの居場所は教えてもらえなかった。
それは私も同じで、情に流された私がかずちゃんに情報を漏らさないようにするためらしい。
まあ、合理的な判断だと思う。
「かずちゃん。落ち着いて。私がそばいるよ」
「うぅ~!」
「ほら、よしよし。私はいつだってかずちゃんの味方。絶対に裏切らないし、何も言わずに消えたりしないからさ。今は私達の言うことを聞いて?」
「…はい」
ふふっ、かずちゃんは扱いやすくていいなあ。
こういうところはまだまだ子供だから、自分の気持ちに歯止めがかけられないし、それでも決まった相手の言うことは絶対に聞く。
子供をしつける親の気持ちはこんな感じなんだろうね。
あきらめて私の腕の中にやってきたかずちゃんは、どこかふてぶてしい様子で甘えてくる。
私の言うことだから絶対に聞くけど、納得はしてない感じかな?
本当に子供らしくてかわいらしい。
「とりあえず、一葉ちゃんの事は任せたよ。私達も救出作戦兼粛清に参加してくるから」
「よろしくね。言っておくけど、もし朱里さんの身に何かあったら、私でもかずちゃんは止められないから。絶対に無事に助け出してね?」
「任せてよ。じゃあ、行ってくる」
杏と町田さんを見送ると、私はかずちゃんを抱きしめて、沢山頭を撫でてあげる。
抱っこしてソファーに連れて行くと、背中や頭を撫でる。
「大丈夫。大丈夫だから。『花冠』はこの手のプロ。きっと無事に助け出してくれるよ」
「はい…」
「救出したって連絡が来たら、一緒に迎えに行こうね?私が連れて行ってあげる」
今のかずちゃんは、心配と不安で心が押しつぶされそうになっているはずだ。
そういう時は、優しく抱きしめて、愛してあげるのが一番。
安心できれば自ずと心が安定して、この不安定な精神状態から脱することが出来る。
雷や大きな音が怖くて、母親に抱き着いている子供のようなもだと思えば、かわいいでしょう?
こうやって理解してあげて、落ち着かせるのも子供っぽい恋人を持った時の仕事。
そして、これをかわいいと思えるのがかずちゃんを愛するための条件だ。
もし万が一…想像もしたくないけど、もしかずちゃんが私の恋人でなくなって、別の人のものになってしまう事があれば、私は今の条件に当てはまらない人間は、恋人として認めない。
それが暴力によるものだとしても、かずちゃんを取り返しに行く。
「私の中は、あったかいでしょう?」
「うん。あったかい」
そんなことにならないように、私はこの手を放す気はサラサラない。
顔を上げ、キスを求めるかずちゃんの唇に、私の唇を重ねる。
緊張と不安で固まった唇を、何度もついばむようにキスをして、柔らかくしていく。
私がキスをするたびにかずちゃんの淡いピンクの唇は湿っていき、艶やかな美しいものへとなっていく。
顔が赤くなり、瞳から理性が消え、欲望に染まっていくことを確認した私はかずちゃんの服を脱がせる。
そうして露になった若い、生気に満ち溢れた素肌に口づけをして、少し強めに吸い取る。
私に吸われた部分が赤くなり、キスマークが出来上がった。
それを鏡で見せると恍惚とした笑みを浮かべ、私の服を脱がそうとしてくる。
その手を握って服から話すと、優しく微笑んで首を横に振る。
『今日は私が遊ぶ番』
そう伝えると、かずちゃんは体から一切の力を抜くと、私の人形になり果てる。
カーテンを閉め、電気を消した私はソファーの上で機体のまなざしを向けるかずちゃんを、欲望のままに貪った。
……誓いなんて、捨て去って本当に食べてしまいたいくらいだ。
◇◇◇
とある女性に電話を掛ける。
すぐに電話は繋がり、どこか暗く感じる声が電話越しに聞こえてきた。
『はあ~い。小春ですぅ~』
「気持ち割る電話の出方やめてもらえません?」
『善処しますよ。それで?どういったご用件で?』
電話の相手ては小春と名乗った。
あまり会話したくない私は、早急に用件を伝える。
「一葉ちゃんの調子はどう?紫はちゃんと、あの子のリードをしっかり握ってる?」
紫なら赤子の手をひねるようなものかもしれないが、精神が不安定な人間ほど何をしでかすか分からない。
少し心配だったのだ。
『問題ないと思いますよ。神林様は、あっという間に一葉様を落ち着かせ、今は愛を確かめ合っておられる様子。お二人があられもない姿になって愛し合う姿、とても妄想が捗りま――』
クソみたいな話を始めたので、強引に電話を切ってやった。
こいつの話に付き合う気はない。
「…どうでした?」
「大丈夫らしいよ朝からおっぱじめてるみたいだし」
「なら安心ですねえ。全く、あの甘々カップルは…」
「そうね。あれでいて、運も実力も私達より上なんだから……嫌になっちゃうわ」
あの二人は異様にレベルが上がるのが早い。
既にあの二人は私達よりも強くなっている。
…なんなら、ついに一葉ちゃんも《フェニクス》で不老の存在になったから、時間が経てば咲島さんに匹敵する化け物になる可能性がある。
というか、普通になれるポテンシャルがある。
そんな2人に恩を売れるなら、売れるときに売ってしまった方がいいというのが、咲島さん含めた上層部の考えらしい。
確かに理にかなっているけれど、友人が自分の所属している組織にいい様に使われようとしている様子を眺めるのは……いい気分じゃない。
「……もし『花冠』の狙いをあの二人に伝えたら…私達、消されると思う?」
「どうでしょうね?神林さんは利用されることを承知で私達を頼っているらしいけど…伝えたところで今更じゃないですか?」
「まあ、それはそうね」
私達にとって2人は、無視することのできない人間だから、伝えたところで今更だ。
それなら、良好な関係が続いている今のままがいい。
…そういうことにしておこう。
「話は変わりますけど、東京支部は思い切ったことをしますよね?」
「作戦決行が昼な事?」
「はい。普通は夜にするものだと思いましたけど…」
「まあ、昼の方が守りが薄くて救助しやすいからね。それに、今回の作戦は情報不足が深刻だ。粛清は、背後関係とかを徹底的に調べた後にするんじゃない?」
「なるほど…一葉の父親を攫った組織が、暴力団とか大企業とか。或いは政治家とかみたいなのと関係があったら面倒ですもんね?それで、殺しちゃダメって言われてたのか…」
今回の作戦は昼に行われ、チンピラには一切手を出してはいけないといわれている。
その上実行の人員も少なく、殲滅を想定していない作戦に見える。
おまけに相手の規模も分かっていないと来た。
…まあ、情報不足だから救出だけして、また別の日にカチコミするんだろうね。
そして、それに私達は呼ばれていない。
「余所者は首を突っ込むなって?…ふっ、そっちの不手際で重要人物の家族が狙われたってのに、プライドだけはいっちょ前ね?」
「ちょっ!?先輩!?」
私の言葉に空気が凍り付く。
冷ややかな視線を向けられ、町田がかなり居心地悪そうに周囲をきょろきょろ見渡している。
「……本件を事前に予測し、発生前に対処することなど不可能。没落した近畿の人間が偉そうなことを言うな」
隊長が不愉快そうに反論してきた。
しっかり侮辱も混ぜて。
「予想外だとしても、重要人物とその家族の周囲の警戒くらいするでしょ?あっ、多忙な東京支部さんには無理かしら?」
「事の発端の一人がそんな口の利き方をしていいと思っているのか?大体、お前たちが執行班のメンバーに採用されていないのは、あの二人の常駐監視役として、常に隣に居させるため。今回の救出計画だって、そちらの顔を立てて無理矢理人員にねじ込んだというのに…」
…事の発端の一人。
それを指摘されると痛いなぁ。
東京支部の仕事を増やしておいて、それで失敗したら文句を言う。
まあ、確かに私達にも問題はある。
だとしても…
「私と紫。何より、一葉ちゃんの願いで出した両親の周辺の警戒の要請を独断で却下し、放置したのは誰だったかしら?」
「……」
その言葉に、隊長と今回の救出班のメンバーが黙る。
そう、あの異例の報道の際に、一葉ちゃんの両親が狙われることを危惧した紫の提案で東京支部に警戒を強めるよう要請した。
それを上に…東京および関東の責任者『紫陽花』に報告せず、独断で却下したのがこの隊長。
その結果がこれだ。
『花冠』のブランドイメージを落とさないよう、この事は私達も口外していないが、普通に大問題。
それを、さも挽回のチャンス与えてほしいといわんばかりに、救出隊及び執行班に立候補したのがこいつらだ。
自分たちの失敗を隠蔽すべく、こんな無茶な計画まで立ててるんだから、どうしようもない。
「近畿支部が潰され、『椿』が殺され、『青薔薇』と『牡丹』の大失態に続き、今度は重要護衛対象を守れなかった。これ以上『花冠』のイメージを落とさせないためにも、私達はこの事を口外する気はないけれど……粛清は完璧に終わらせてね?」
「……言われなくともそのつもりだ」
「これ以上失態を重ねれば敵対組織に舐められる。『手を出してはならない存在』のイメージを守るためにも、お互い頑張りましょう」
一方的に握手をすると、私は町田とともに襲撃の最終準備を進める。
全員の準備が終わったことを確認すると、私は町田と共に雑居ビルの中へ転がり込んだ。
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