第138話 4000億円の恋人

「あぶない!!」


そんな言葉とともに私は突き飛ばされた。

そして、かずちゃんが私の身代わりになった。


「かずちゃんッ!?」


まだ生きていたノーブルスケルトンの魔法攻撃を受けて、かずちゃんは右肩から先と、胸から腹までをごっそり持っていかれてしまう。


「お前ッ!!」


杏が即座に剣を振り下ろしてノーブルスケルトンの頭蓋骨を粉砕し、とどめを刺した。

町田さんはアイテムボックスから上級ポーションを取り出して、かずちゃんの口に突っ込むが、効いているようには見えない。


「駄目だ…傷が大きすぎる。上級ポーションでも治せない…!」


その言葉、私は全身の血がすべてなくなってしまったかのような感覚に陥る。

上級ポーションですら治せない怪我は……最上級ポーションを使うほか無いのだから。


「神林さん…無事ですか…?」

「私は無事よ!でもかずちゃんが!」

「それなら…よかったです……私、神林さんの役に立てましたよね…?」

「ッ!!」


まるで……今まで役立たずだったかのような言い方。


そんな事はない。

かずちゃんが居たから私はここまで強くなれた。

かずちゃんのお陰で私は冒険者として生きていけた。


「駄目よ…耐えて!かずちゃんにはまだまだやってもらう事があるの!!」

「本当ですか…?なら…まだ死ねませんね……」


嬉しそうに笑顔を見せるかずちゃん。

けれどその笑顔はどこか諦めていて、今にも意識を手放してしまいそうだ。


大切な人が私を庇い、死んでしまいそうになっている。

こんな状況で……何を迷う事があるだろう?


「お願い…飲んで!」

「うっ!?」


私はアイテムボックスから取り出した瓶の蓋を開け、中の橙色の液体を無理矢理かずちゃんの口へ流し込む。


しかし、体勢が悪いのか、上手く飲めていない。

…なら!


「愛してるよ」

「神ば…んんっ!?」


橙色のポーションを自分の口の中に含み、かずちゃんの口を覆うように口付けする。

そして、舌をねじ込んで口の中に含んだポーションを流し込んだ。


自分で飲めないのなら、外から飲ませるしか無い。

瓶を放り捨て、ポーションが肺に流れないよう気を付けながら少しずつかずちゃんの口へ移していく。


「……え?この瓶って―――」

「まさか紫…あなた!!」


私が飲ませているポーションが何なのかを理解した2人が、それはもう驚いている。

だって、これはただのポーションではないから。


最上級ポーション……その中でも特別な扱いを受ける、最高の一瓶。


口に含んだポーションをすべて飲ませると、かずちゃんの体が輝き、橙色の炎に包まれる。


その炎は骨になり、肉になり、血になり、皮膚になる。

あっという間にかずちゃんが負った大怪我は元通りになり、失った腕も新しくなった。


「これは…?」


ポーションの効果によって意識がはっきりとしたかずちゃんは、燃えるように熱いはずの体を眺め、呆気にとられている。

私は放り捨てた瓶を回収し、かずちゃんを抱き上げる。


そして、ゆっくりと地面におろして立たせると、拾っていた瓶を差し出した。


「この形…この感覚……まさかこれは―――!!」

「そのまさかだよ。最上級ポーション、『フェニクス』。私が今使ったポーションの名前」


4000億円の価値があるとされる、世界で一番高価なポーション。

使用したものは怪我を治す高い再生能力と、永遠の若さを手に入れる。

そんな代物だ。


「これがどれ程―――ッ!!」


私の手を握りしめ、殻になった瓶を私の目線の位置まで持ち上げたかずちゃんは、言葉にならない悲鳴を上げる。


「売れば…いくらになると…!!」

「4000億円でしょ?」

「知ってるならなんで!」


私の胸ぐらを掴み、怒るかずちゃんを抱きしめる。

そして、少し落ち着いた事を確認すると、私は膝をついてかずちゃんに瓶を差し出す。


「これでかずちゃんも、私と同じ《不老》になった。私と一緒に、久遠の時を生きてくれますか?」

「――ッ!!」


指輪でも渡すように瓶を差し出すと、かずちゃんは真っ赤になった顔を、手で覆い隠してしまう。


そして、体を左右に振って悶えたあと…耳が真っ赤なまま、瓶を受け取る。


「ずるいですよ…」

「大人はずるいんだよ、かずちゃん」

「バカ…」


瓶を大切に握りしめ、見つめてニマニマと笑顔になる。


「指輪じゃなくて、いいんですか?」

「欲しかった?」

「神林さんにお任せします」


確かに、指輪があったほうが良いかもね。

そのほうが、プロポーズらしくていいじゃない。


「これは…もう少し後に渡すつもりだったんだけどね」

「――っ!ほ、本当に持ってたんですね…」

「かずちゃんの為に、こっそり用意してたんだよ」


アイテムボックスに入れていた、サファイアの指輪。

ダイアモンドよりも、こっちのほうがかずちゃんには似合うと思って、私はサファイアにした。


かずちゃんの左手を優しく取り、薬指にゆっくりとはめる。

サイズはピッタリ。

これから大きくなることも想定して、少し大きめに作っても良かったけど……『フェニクス』を使った事も考えれば、それは要らない想定だろう。


「ダイアモンドじゃないんですね?」

「ダイアモンドなら、私の目の前にあるよ。どんな宝石よりも輝く永遠の宝石がね?」

「もう…神林さんのバカ」


私の言葉にかずちゃんはまた顔を真っ赤にする。

確かに、ちょっと恥ずかしいね。

でも、効果はバツグンだ。


「じゃあ…改めて言おうかな?…私と久遠の時を、共に生きてくれますか?」


指輪をはめてのプロポーズに、かずちゃんは満面の笑顔を見せる。

その笑顔は、薬指にはめられたサファイアの指輪が霞んでしまうほど眩しい。


「……はい。喜んで」


ゆっくりためて返事をしたかずちゃんは、私に抱き着くと熱いキスを交わした。


…仲直りどころか、婚約まで漕ぎ着けちゃった。

2人には感謝だね?

特に町田さん。


そんな、私が感謝している2人はというと……


「……先輩、私砂糖を塊で食べた気分になったんですけど」

「奇遇ね。私も口の中にシロップを流し込まれた気分だわ…」


私のプロポーズを隣で眺めていた2人が、空気になりきれず悶えている。

どうやら既婚女性と失恋中の女性には甘過ぎるらしい。

今にも口から砂糖を吐きそうだ。


こうして私達は恋人から家族へレベルアップした。

かずちゃんが18歳になったら、すぐに役所に行かないとね?

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