第134話 財団と近畿支部の今

「知ってはいたけど…いい家住んでんじゃん」

「まあね。事故物件じゃなければ完璧だよ」


私の家についた杏と町田さんは、私がイメージよりもいい場所に住んでいる事に驚いている。


知ってはいたようだけど、実際に見ると違うんだろうね。


「にしても…タバコの臭いが凄いですね。部屋で吸って大丈夫なんですか?」

「火災報知器止めてる」

「それ、不味いんじゃ…」


大丈夫。バレなきゃ犯罪じゃない。


町田さんが、火災報知器をチラチラと見ながら心配そうにしている。

そんな中、杏はどこ吹く風。


何も言わず勝手に台所に行くと、勝手に冷蔵庫を開けた。


「盗聴器で聞こえた感じ…やっぱりね。ここにお酒があるんだよね〜」

「ちょっ!?それ私が楽しみにしてたやつ!!」

「みんなで飲んだほうが楽しいでしょ?町田。あんたも飲む?」

「わ〜い!私じゃ手が伸びないいいお酒!」


杏はサラッと私が買っていた一番良い酒を取り出して、我が物顔で飲もうとしている。


コイツまさか…コレ狙いでうちに来たの?


「まったく…昼間っからそんなにお酒飲んでどうするのよ」

「簡単なお仕事中だからいいんですぅ〜」


意気揚々と蓋を開けた杏は当然のようにコップと氷を用意して、一人で飲み始めた。


町田さんもコップと氷を用意すると、杏子にお酒を注いでもらって飲む。

香りを楽しんで一口含むと、お風呂に入った時のような心地の良い表情を見せ、脱力した。


「はぁ〜…美味しい。コレが楽しめないなんて、一葉は大変だね〜?」

「私は別に飲みたいとか思わないし…」

「そう?でも、酔った勢いでやることヤッちゃうのもありだよ?……私と先輩みたいに」


お酒の勢いで既成事実を作ることを提案する町田さん。

けどそれは…今のかずちゃんには逆効果だ。


「私はもう…神林さんが抱いてくれないからって、焦ったりしてない。むしろ、相応しい時が来るまで神林さんが乗り気になってもやらない」


体の関係を持つことで関係改善を図ろうとしたかずちゃんは、私の思いを聞いて、かなりショックを受けたらしい。


そういう行為を軽んじていたかずちゃんは、私の言葉が思いの外響いたらしく、私に行為を求める事はしなくなった。

…むしろ、私の方から求めているまである。


「それに、そんな事しなくたって神林さんは私を捨てたりしない。それはもう、愛も見たでしょ?」

「……まあね?」


東京に来て、すぐに仲直りをした私達を見ている町田さんは、かずちゃんをそれ以上イジったりはしなかった。

杏と一緒に酒を飲み、何処か感傷に浸っている。


「…慰めてくれてもいいんですよ?先輩」

「それは彼氏か……彼女でも作ってそいつにしてもらえ。既婚者で一児の母の私の仕事じゃない」


…そう言えば、杏って既婚者で一児の母だったね。

仙台に行ってるイメージ無いけど、子育ては大丈夫なのかな?


「杏って、子どもの面倒見ないで大丈夫なの?」

「旦那によく写真を送ったり、テレビ電話で私の顔を子供に見せてるよ。あっちは専業主夫だし、問題ない」

「……帰りたいとか、思わないの?」

「…仕事仕事で、そんな気持ちもなくなっちゃった。休暇を貰えれば日帰りで見に行くってのはしてたけど…最近は休みがないのよね」


それで本当に大丈夫なんだろうか?

将来…子供に嫌われないか心配だ。


「…そう言えば、財団と近畿支部はどうなったんですか?最近ニュース見てなかったので、どこまで話が進んでるのか気になってたんですけど」


空気が重くなり、居心地が悪くなったかずちゃんが話題を変える。

そう言えば、かずちゃんとの喧嘩でそれどころじゃなくなって、あのあと財団がどうなったなんて、まったく知らなかった。


私もかなり気になる話題だし、かずちゃんを抱きしめて杏の目を見つめる。


「そうね…『財団』は早川派の追放を行ったわ。早川派の不正を公開し、警察の助けも借りて早川派の人間を『財団』内からの追い出しに成功。肝心の早川照は殺せなかったけど、もはや奴に居場所はない」

「じゃあ、『財団』はこれから健全な組織になるんですね?」

「ええ。他者を平気で踏みにじり、人の命を軽んじるような連中――早川派はもういないもの。…まあ、早川派が居なくなったからと言って、純粋な真っ白になるわけではないけどね?」


理想ばかりの会社運営は出来ない。

結局のところ、金を儲ける為にはそういう行為も多少はしなければならないって事だ。


…とはいえ、それは今までに比べれば大人しくなるだろう。

それに、早川照の財源を奪えたのは大きい。


「早川派の筆頭…まあ、あの早川照の祖父や父、親戚一同はほぼ逮捕された。また、奴に従っていた連中も逮捕。脱税の容疑も掛けて追徴課税が課せられるだろうし、何とか逃れても私達『花冠』がそれを許さない。奴らは破滅したよ」

「日本一の大企業の重役に対する追徴課税……一体、いくらかけられるんですかね?」

「さあ?かなりの額になるだろうし…国のために正しく使われることを期待ね」


少しでも国の予算の足しになれば良いけど……この国じゃ、どうなることやら。


「近畿支部は、『財団』から咲島さんが取り上げた金でだいぶ再現できた。あと、回収した不正取引の証拠の中で、公開されていない。或いは『財団』側に渡していないモノを頼りに、いくつか粛清を行って、財産を差し押さえたわ。お陰で『花冠』全体でだいぶお金に余裕ができてね?新しい設備の設置や、構成員へのボーナスが検討されてるのよ」

「ボーナスよりも賃上げの方がしてほしいけど、生憎とそこまでの金は『花冠』には無いんだよね」


嬉しそうにボーナスの事を自慢する2人。

すると、ふと思い出したようにアイテムボックスから大きな2つのカバンを取り出した。


「これ、咲島さんからだよ。今回の件の報酬」

「…スーツケースくらいあるんだけど?」

「そりゃそうでしょ?なんてったって合わせて2億だもん」

「「……ん?」」


2億…今この人、2億って言ったよね?

それが…今回の報酬…?


「凄い…コレが座布団ですか…」

「こんなに受け取ってもなぁ…杏、町田さん。一束くらい持ってく?」

「「いいの!?」」


一束……100万にしては大きいし、同じ大きさの束が合計10束。

…多分、コレ1つで1000万かな?


「いやぁ…これを受け取るまでもなく、一生遊んで暮らせるお金があるからさ?いいんだよ。受け取ってくれて」

「……遠慮しとくわ。それはあなたのお金だから」

「そうですね。お金の貸し借りは親しい仲でも良くないって言いますし。大丈夫です」


…ふたりともしっかりものだなぁ。

うちのかずちゃんには見習って欲しいね?


「なんかバカにされた気がする…」


勘の鋭いかずちゃんは、私が馬鹿にしてる事を簡単に見破った。

だからといって、なにかしてくるわけでは無いけどね?


「…というか、それだけお金があるなら、投資とかやればいいのに」

「……まるで私がやってないことを知ってるような言い草ね?」


妙に言い切ってるのが怖い。

そんな私の恐怖を読み取ったのか、ペラペラ話し出す杏。


「重要護衛対象だよ?経歴や住所はもちろん、クレカの契約やネット回線、貯金・株・土地等の資産、果には普段どこでどんなモノを買っているかまで把握済み。確か…日曜日に近くのデパートの食品コーナーで、鹿児島産の豚肉と鶏肉、北海道産の牛乳を買ってるよね?」

「え、怖っ?なんでそこまで知ってるの?」

「まあ…重要護衛対象だから?」


個人情報どころか、普段の行動パターンまで知られている。

『花冠』、恐るべし…


「そんなだから、投資とかの資産運用をしてない事くらい知ってる。だから、やらないの?って聞いてみただけ」

「……やらないかな?投資とか、どうやるのかわかんないし」


やった事ないから、どうしたらいいのかわからない。

どうせ失敗して、大損になるのは目に見えてる。

だから、やったほうがいいとは思うけど、私はやらないつもりだ。


「…まあ、それでいいんじゃない?『財団』の株価が大暴落して、大損した知り合いがいるし」

「そうなの?」

「『財団の株は安全』ってその知人は自慢してたけど……まあ、これだからね。慣れないことはしないに限るよ」


慣れないことはしない。

まったくその通りだ。


「……でも、やるなら教えてね?『花冠』には株で儲けてる人いっぱい居るし」

「情報強者ですからね〜。ここは美味しいとか、ここはダメとかいつも共有されてます」


そうなのか…すごいな、『花冠』。

でも、私の事をあそこまで調べられる情報収集能力があるなら、確かに投資では有利かも。

咲島さんとか、特に儲けてそうだし。


…やるときは相談してみよう。

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