第126話 亀裂の入ったカップル

「ただいま〜」


神林さんが家に帰った数分後に私も家に入る。


台所にいるであろう神林さんに聞こえるよう、大きな声で『ただいま』を言うが、返事がない。


靴を脱いで台所へ向かうと、神林さんがかなり落ち込んでいる様子で、夜ご飯の準備をしていた。


「神林さん。ただいま〜」

「………」

「えっと……ちょっと着替えていますね…?」


隣にやってきて言ってみるが、反応がない。


不安で胸がいっぱいになりながら、私は動きやすい服に着替える。


そして台所に戻ってくると、神林さんは既に夜ご飯の準備を終えていた。


今日のご飯は、白米と漬物だけらしい。


……怒ってるのかな?


「……どうしたんですか?」

「ちょっと…食欲が無いの」

「そうですか…」


『どこか具合でも悪いんですか?』


そう言葉が出そうになったが、どの口が言うかという話。


とても口にすることは出来ず、私は神林さんの反対側に座り、手を合わせる。


「いただきます」

「………」


…いつもなら合わせてくれるのに、神林さんは無言。


それに、表情が今までに見たことがないくらい暗くなっている。


怒っているというよりは……ショックを受けていると言ったほうがいいのかも知れない。


「「………」」


神林さんがこんな様子だと、何を話していいかわからない。


いつになく静かな夕食は、あっという間に食べ終わってしまった。


私がご飯を食べ終わると、神林さんは何も言わずお皿を下げる。


そして、何も言わず食器を洗い、すぐに洗い終わってソファーにやって来た。


「……その、今日は友達とゲームセンターに行ってきたんです。見てください、このクマのぬいぐるみ。可愛くないですか?」

「そうね」

「私はすぐに取れたんですけど、友達は全然で…結局、一つも取れなかったんですよ?」

「そう」

「神林さんのお昼ご飯は何でしたか?私は喫茶店で食べたんです」

「そう」

「……あの、神林さん?」

「……なに?」


神林さんの調子は……とても悪い。


まるで機械と話してるみたいだ。


温もりがまったく感じられない。


いつもの慈愛に満ち溢れた表情も、どんな事も褒めてくれる優しさも、私を大切に思う気持ちも……まるで感じられない。


「神林さん。怒ってますか?」

「…べつに?」


……駄目かも知れない。









『んで、電話をしてきたと?』

「どうしよう…神林さん、完全に信じちゃってる…」

『まあ、そのための演技だからな』


ソファーに座り、心此処に非ずな状態の神林さんに聞かれないよう、部屋から出たところで従兄に電話をする。


彼の力を借りたい。


あそこまで神林さんに信じられる演技ができたんだから、神林さんとの仲を取り持つなにかも出来るはず。


そんな、根拠にならない根拠を持って電話をしてみたが、帰ってきたのは冷たいため息だった。


『あんな事しといて無責任だとは思うが……俺には彼女がいたことも無いし、そもそも同性愛がわかんねぇ。女心もわかんねぇし……俺に出来ることなんかねぇぞ?』

「そこをなんとか…!」

『…わかりきってた事だろ?何をそんなに慌ててるんだよ。恋人を騙した責任は取れよ』


……正論だ。


神林さんに怒られたり、失望されることはわかりきってた事。


その上で、神林さんは私のことを愛してくれるんだという証明をするためにこれをした。


私の計画通りにすすんだ。


……神林さんが想像以上に大きな傷を負い、私に構っていられるほどの余裕がない事を除けば。


『……本当にどうしょうもなくなったら、親を頼れ。俺も親父に殴られるからさ』

「でも…神林さんが許してくれなかったら?」

『……腹でも切って、誠意を見せろ。冒険者なら死なねぇだろ?』


腹を切る…


それで許されるだろうか?


神林さんは…きっと許してくれる。


そう信じないとやっていけない。


「わかった。頑張ってみる…」

『共犯な時点で俺にも非はある。責任は取るつもりだ。すぐに親に言え』

「うん」


従兄は逃げたりしないらしい。


私も…逃げちゃ駄目だ。


リビングに戻り、神林さんの横に座る。


そして、神林さんの腕に抱きついて、顔を見上げる。


……まだ気持ちの整理がついていないらしい。


今真実を打ち明けても響かないかもしれない。


また明日…また明日言おう。


今日じゃない。言うべきは今日じゃないと思う。


私は、結局神林さんに真実を打ち明けることが出来ず、神林さんはお風呂にも入らずパジャマに着替えて寝てしまった。







翌朝


「おはようございます」

「……おはよう」


返事が冷たい。


先に起きていた神林さんは、ソファーに座っている。


朝ご飯を作ろうと台所に行くと、シンクにご飯を食べ終わった後の食器が置かれていた。


私を置いて…先に朝ご飯を…


いつもなら、私が起きるまで何時間でも待ってくれる。


それなのに…今日は先に食べてしまったらしい。


「……なんだかお腹が空いてないので、やっぱり大丈夫です」

「あっそ…」

「っ!!」


スマホをいじって、まるで私には興味がない。


その様子は…本当にどうでもいい人間に声をかけられた時の、神林さんの反応だ。


「神林さん…」

「…なに?」


…明らかに機嫌が悪そうだ。


気持ちの整理がついて、怒っているのか……そうじゃないのか。


「おはようのチュー。しませんか?」


『早く何とか言え』とでも言いたいような表情を見せる神林さんに怯え、私はそんなことを口走る。


神林さんの横に座ると、じーっと顔を見つめられて、心臓を握られているような気分になる。


ゆっくりと私の顔に手を伸ばし、髪を耳にかけて邪魔にならないようにすると、唇を重ねてくる。


柔らかくて…暖かくて…何処かトゲを感じる。


……私の気持ちの問題かもしれない。


ほんの少し唇が触れ合い、すぐに唇を離した神林さんは、私の口をじっと見つめ…急に喰らいつくように唇を重ねてきた。


「――っ!?」


勢いのままに私を押し倒し、離しては食いついてくる。


「んっ!んんっ!!」

「んっ…ふぅ…っ!」


こんなに激しくされたのは初めてだ。


さっきまで握りつぶされているように縮こまっていた心臓が高鳴り、唇同士が重なるたびに、体が熱くなる。


何度も齧られた後、完全に覆いかぶさるようにキスをしてきた神林さん、私の口の中に舌を入れてくる。


そして、私の舌を絡め取り、口の奥から溜まっていいた唾液を流し込んできた。


私の口の中で2人分の唾液が絡まり合い、湿った舌がヌルヌルと動き回る。


頭が真っ白になり、抵抗する気が一切起きなくなったころ、神林さんは唇を離した。


「…汚れてた――いや、穢れてたから、きれいにしたよ」

「はい……っ!?」


冷たい視線に、高鳴っていた心臓が息を潜める。


血の気が引き、紅潮した顔が一気に青ざめていくのがわかった。


それを見た神林さんは、再び顔を近づけて、額をくっつき合わせて話す。


「私以外とキスなんてしたら…絶対に許さないから」


そう言って、私の口の中に指をいれると、私の舌を引っ張り出す。


何をされるのか心配になったが、抵抗するわけにはいかないので、自分から舌を出す。


すると、口から出てきた舌に噛みつかれ、歯の内側にある舌の先端が、神林さんの舌で弄ばれる。


その時間が数分続き、ようやく満足したらしい神林さんは、再び口に溜まった余分な唾液を私の口に流し込むと、家を出ていった。

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