第四章

第124話 尾行

「じゃあ、行ってきます!」

「行ってらっしゃい」


おしゃれをして笑顔で出ていくかずちゃんを見送ると、私は急いで着替えてこっそりかずちゃんの後を追う。


ここ最近、かずちゃんの様子がおかしい。


毎日のようにおしゃれをして出かけては、遅い時間に帰ってくる。


何処に行っていたのか聞けば、何故かモゴモゴと口籠り、露骨に話を逸らそうとする。


友達と遊びに行っただけと言い張っているが……怪しさMAX。


極めつけは、かずちゃんのスマホに私の知らない人間――男と思われる――から連絡がよく来るのだ。


指摘するつもりは無いけど……まあ、多分黒だ。


「私という大切な人がありながらあの子は……いやいや、別に確定したわけじゃないんだ。もしかしたら、なにかサプライズを用意しようとして、頑張ってくれてるのかも?」


あのおめかしの仕方は十中八九黒だと思うけど、かずちゃんがそんな事するはず無い。


というか、されたら私が立ち直れない気がする。


何としてでもかずちゃんの秘密を暴いて、確かめないとね。


気配を頼りにかずちゃんに追いつくと、気付かれないよう気をつけながら、かずちゃんの尾行を開始した。





「待ち合わせ場所はそこか…」


地下鉄の駅前で待つかずちゃんを少し離れたところから監視する。


一般人のフリをするためにコーヒーとパンを買い、軽食を食べているように見せて監視をすること5分。


一人の男がかずちゃんに声をかけた。


「あいつか…?」

 

声をかけられたかずちゃんはとても嬉しそうにし、勢いよく立ち上がった。


そして、男にスマホを見せると、画面を指さしてなにか話した後、手を繋いで歩き始めた。


「……あいつだな」


ぱっと見で、20歳になってるかなってないかくらいの、若い男。


かなり短い茶髪で、耳にはピアス、首からは謎のネックレスをかけている。


ザ・チャラ男って感じだ。


……かずちゃんはあんな感じの男が好きなのか?


手を繋いでいる様子を写真に収め、二人の後を追う。


最初に向かったのは、ちょっとオシャレな洋服屋。


服なんてもう沢山持ってるのに、まだ新しいのを買う気なのか、気に入った服を取ってきては、上から被せたり試着したりして、チャラ男に見せるかずちゃん。


チャラ男は女の子の扱いに慣れているのか、かずちゃんの機嫌を損ねることなく1つだけ選ばせていた。


……私なら全部買ってた。


その後もスカートやズボンをいくつか手に取り、レジへ向かう。


レジではカードで服を買おうとしたかずちゃんを引き止め、電子決済アプリで服を買ってあげるチャラ男。


それを見てかずちゃんは少し申し訳無さそうな顔をするが、『良いんだよ、これくらい』戸でも言われたのか、すぐに嬉しそうな顔をして腕を抱きしめていた。


……あいつ、もしかして相当な金持ちか?


(今のかずちゃんは億単位のお金を持ってるんだよ?それなのにそんなかずちゃんを差し置いて買うなんて…相当な金持ちとしか思えない)


大企業の重役とかの息子だったりする?


今は金があるかも知れないけど…将来もそうだとは限らない。


騙されてる訳では無いだろうし……いや、世間知らずのかずちゃんの事だ。


悪い男に騙されて、良いように使われている可能性がなきにしもあらず…


もしそうなら、『花冠』を呼んで始末してもらわないと。


「ただ…騙されてるとして、かずちゃんがあそこまで惚れ込む理由は何?かずちゃんを落とすなんて、相当難しいと思うけど……おっと、次の場所に行くのか」


店を出ていく二人の後をつけて、様子を監視する。


道中も楽しそうに会話しており、内容までは聞き取れないが、かなりいい雰囲気だ。


この様子も写真に収め、後でかずちゃんに突きつけるとしよう。


返答次第では本気で喧嘩する覚悟があるよ?


かずちゃんと喧嘩になった時、どんな風に詰めるかを考えていると、デパートへ入っていた。


私も続いて中に入ると、今度は中にあった喫茶店に入る2人。


「喫茶店か…ベタだね」


最近の子もデートで喫茶店に行くのか…


てっきり、ファミレスみたいな場所にでも行くのかと思ってたよ。


…今度のデートでかずちゃんを喫茶店に連れて行っても問題ないわけだ?


「いい感じに写真を撮れそうで、且つバレなそうな席……あそこかな?」


私は、かずちゃん達が座っている席からは見えづらい場所に座り、コーヒーとアイスクリームだけ注文する。


そして、決定的な瞬間が取れるよう、メニューを見るふりをしながら2人の監視を続けた。





           ◇◇◇





「……なあ、本当に良いのかよ?」

「いいのいいの。神林さんはこれくらい許してくれるって。それに、可愛い一面が見られて嬉しいし」


私は今、従兄に協力を要請して、浮気しているフリをしている。


つい数日前、やっぱり元カレの事を諦めきれない愛から電話が掛かってきて、こんな事を言われたからだ。


『一葉は神林さんを捨てたりしないだろうけど……神林さんはどうなの?あの人は一葉ほど重くないよ?』


その言葉を否定出来なかった私は、愛の挑発に乗ってしまった。


『だったら浮気してるフリをして、神林さんの愛が本物だって証明してやる!絶対に神林さんは私を捨てたりしない!!』


神林さんは私を捨てたりしない。


その事を証明するために、遊び過ぎでお金に困っていた大学生の従兄を呼び出し、私が融資する代わりに、浮気相手役を演じてもらっているのだ。


これでも彼は高校時代、演劇部をしていたんだ。


神林さんが違和感に気づき、尾行をしてくるまでの数日で、みっちり浮気のフリを叩き込まれ、簡単には見破れないレベルになっている。


問題は、神林さんがどの程度の尾行をしてくるのかだったけど……


「アレでバレてないと思ってるなら、あのお姉さんは相当……あー、なんだ」

「バカだよね」

「まぁ……そうだな…」


気配察知もろくに出来ない一般人に気付かれるくらいには、尾行が下手。


何なら浮きまくって周囲の人の視線を集め過ぎてる。


アレで本気でバレてないと思ってるなら神林さんは、本当にバカで可愛い。


「で?どうするんだ?予定だと、夕方にはキスだが…」

「は?するわけ無いじゃん。してるように見せるだけだよ。多分騙せる」

「……否定出来ないのがな。あのお姉さんが変なのに騙されないよう、しっかり見ててやれよ?」

「言われなくてもわかってるよ」


キスをしているフリの練習もバッチリだ。


後はちょっとした修羅場になって、神林さんにそれでも私を愛してくれるか聞くだけ。


……ちょっとうまく行き過ぎてて、本気でフられるかも知れないのが心配だけどね?


「事が済んだら俺の身の潔白も証明してくれよ?わざわざ大学の友達にも、彼女ができたって言ったんだからな」

「わかってるって。それに、万が一そこまで神林さんが探りを入れたら、間違いなくコレが茶番だって事もバレるし、問題ないよ」

「ホントかよ…」


神林さんは探偵事務所じゃなくて、『花冠』を使って調査するだろう。


あの『花冠』が、私達の茶番を見破れないとは思えない。


そして、『花冠』の尾行に私達が気付けるとも思えない。


もしバレたら……めちゃめちゃ怒られる未来が見える。


……バレなくても修羅場確定で、かなり怖い事になるけど。


「まあ、今のところ上手くいってるし、よろしくね?」

「はいはい」


従兄にそう告げると、熱い視線を送り続ける神林さんの方をチラッと盗み見る。


アレでバレてないと思ってる神林さんは、本当にかわいいなぁ。




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