第121話 一段落

「それはどうい―――っ!?」

「なっ!?待てっ!!」


かずちゃんに、詳しい話を聞こうとしたその時、バキンッ!!という金属製の何かが壊れる音がして、慌てて振り返る。


早川が手足の手錠を破壊して逃げ出しており、『牡丹』が慌てて追いかける。


しかし、あと一歩のところで転移魔法が発動し、早川は逃げてしまった。


……何やってんの?


「なんでちゃんと見張らないのよ!?」


『青薔薇』が早川を取り逃がした『牡丹』を叱責する。


それに対し、『牡丹』も鋭い目つきで反論した。


「はぁ!?アンタが見張ってたんでしょ!?だから私は最低限しか警戒してなかった!」

「なんで私が見張ってる事になってるの?捕まえたのはそっちなんだから、最後まで見張らないと駄目でしょ!!」


……もしかして、お互い相手が見張ってるだろうからまあいいかって感じで、ちゃんと早川の事を見てなかった感じ?


それで、ヤツに逃げる隙を与えちゃったと……


…え?普通に2人とも戦犯じゃない?


責任を擦り付け合い、喧嘩を始めた『青薔薇』と『牡丹』。


何をしてるんだと呆れていると、咲島さんの顔に鬼が宿る。


「……ちょっと座れ」

「「ひっ!?」」


絶対零度の如し冷気が放たれ、背筋が凍りつく。


…そんな、殺意にも似た怒気が2人に向けて放たれているのだ。


「……神林さん」

「わかってる。逃げるよ」


かずちゃんを抱きかかえ、急いでその場を離れる。


こっちにまで火の粉が飛んできたらたまったものじゃない。


杏と町田さん、『天秤』も一緒にその場を離れると、町田さんが口を開いた。


「何やってるんですかあの二人は!!」


そう叫び、足元に転がっていたペットボトルを蹴り飛ばす。


「気持ちはわかる。だが、そんなに大きな声を出すな」


杏が町田さんを諭すが、キッ!と睨みつけて反論した。


「先輩はなんとも思わないんですか!?あと少しで…あと少しでみんなの仇を討てたのに…!!」

「町田…」


……そう言えば、この二人は近畿支部で働く人間だった。


早川に殺された『花冠』の構成員には、2人の友人もいただろう。


……でも、二人がここまで早川を恨んでいるとは思わなかった。


「一回剣を振れば殺せたのに!何をしたかったのか知らないけど、あそこで拘束だけに留めておいたから…!!」

「町田!!」

「ッ!!?」


杏が声を荒げ、町田さんを黙らせる。


そして、胸ぐらを掴んで、睨みつけた。


「それ以上言うな…!」


杏の言葉に、町田さんは怒りで歯を食いしばりながら口を閉じる。


ギリギリと歯が擦れる音が聞こえてきた。


「怒りを押し殺せ。私達は暗殺者だ。仕事に私情を挟むなって、ずっと教えてきたでしょう?」

「……はい」


……そうか。


この二人は暗殺者として、怒りを殺してきたんだ。


仲間を殺されておかしくなりそうになっても、目の前で仇敵に逃げられようも、決して私情を前に出さず、粛々と仕事をこなす。


だから、私達はこの二人が早川に対して相当な怒りを募らせている事に気づけなかった。


「あの二人には、咲島さんが然るべき罰を与えるはず。私達は……いつも通り、命令に従っていればいい」

「……『椿』さんや、三蔵さんの事は諦めろと…!!」

「そうよ……悔しいけどね」


『椿』は、早川に殺された『花冠』の最高戦力の一人。


三蔵さんについては……誰かわからないけど、ここで名前が上がるあたり、2人にとって大事な人なんだろう。


その人たちの復讐を果たせなかった事を、町田さんは悔いてる。


…私には、その気持ちを理解することは出来ない。


大切な存在を、理不尽に奪われたことが無いから。


でも…内心を察する事ができないほど、薄情じゃない。


「町田さん」

「……はい。なんでしょう?」

「早川は、どこへ逃げようとも必ず見つけ出し、始末すべき敵。ヤツの首にその刃を突き立てるのが誰かはわかりませんが、必ず報いを受ける時がきます」


杏に手を離してもらい、町田さんの手を握る。


「それまで…耐えて下さい」

「っ!!」


その言葉に、町田さんは苦しい表情を見せ、涙を流した。










―――2日後――――


「―――よし。もう大丈夫だろう」

「本当ですか?良かったね、かずちゃん」

「はい!」


スタンピードから2日。


大事を取って長めに魔力暴走の様子見をしてもらった。


魔力暴走自体はその日じゅうに治ったものの、過剰に溜まった魔力のせいで体内の魔力が荒れていたらしく、日中は『天秤』さんにずっと見てもらっていた。


「もう魔力は安定してる。俺が居なくても、心配することは無いな」

「むしろ、居ないほうが安心する…」

「……君もずいぶんと口が悪いね?」


かずちゃんに冷たいことを言われ、『天秤』さんは少し傷付いた様子。


おじさんは変に繊細で面倒くさいな…


「はぁ…『氷華』が呼んでたぜ?行ってきたらどうだ?」

「そうします。ありがとうございました」

「ああ。また会うことがあったら、その時は酒でも飲もうぜ?」


『天秤』さんに見送られ、私達は休憩室を後にする。


ちなみにここは、いつものパチンコ屋だ。


スタンピードの影響で、色々と麻痺しているらしく、ホテルを取れなかった『天秤』さんが、咲島さんに泣きついてきたのだ。


その結果、嫌々ではあるがこのパチンコ屋を使っていい事になったらしい。


ちなみに、男性である『天秤』さんがこんな所に居るのだから、視線が冷たいらしく、居心地は最悪なんだとか?


「今私たちを呼び出すって事は、ようやく後始末が一段落したんですかね?」

「多分ね。じゃあ、入るよ」


咲島さんが待つ応接室の扉をノックする。


部屋から『どうぞ』という言葉が聞こえ、ドアノブを捻った。


「ようこそ。魔力暴走は良くなった?」


部屋に入ると、応接室の椅子に咲島さんが座っていて、笑顔で私達を迎え入れてくれた。


咲島さんの対面に座り、楽な体勢を取る。


「はい。『天秤』のおかげで良くなりましたよ」

「それは良かった。2人には感謝してるよ。君たちのお陰で……最小限の被害で抑えられた」


最小限の被害で抑えられた……


それはつまり、本来の目的は達成出来なかったと、遠回しに言ってるという感じていいかな?


「…『青薔薇』と『牡丹』は?」

「いきなりそれを聞いてくるのか……2人は大幅減給と長期謹慎を課したよ。今頃『彼岸花』が調査した海外マフィアを滅ぼしてるんじゃない?」


……うん?


「え?海外に飛ばしたの?」

「言い方を変えればそうかな?2人は今、『謹慎』という名の無賃金労働をさせてる。国内の治安維持戦力は十分だから、海外に飛ばして、日本に来るかもしれない連中の芽を摘んでるのよ」

「…ちなみに、出張費とかは?」

「出るわけ無いでしょ?旅費、ホテル代、食費。全部自分で出させてる。どうせ貯金は腐るほどあるんだから、使わせたほうがいいのよ」


強制的に旅行に行かされて、マフィアを滅ぼしてこいって言われるのか……中々過酷。


しかも、一切給料が出ないって言うね。


「あれ程の失態を犯したんだ。優しいくらいだと私は思うけどね」

「ちなみに期限は?」

「最低3年。どうせ一生遊んで暮らせるだけのお金があるんだから、3年間無給で働かせても大丈夫よ」


3年も続くのか……その間に早川が見つかったらどうするつもりなんだろう?


「もし早川が見つかったり、2人の戦力が必要になった時はどうするんですか?」

「その時は呼び戻すわ。終わったらすぐに送り出すけど」


…まあ、罰としては十分だと思う。


と言うか、そもそも失態がデカ過ぎてどんな罰を与えるべきなのか想像がつかない。


今の立場を追われ、殺されても何も文句を言えないレベルの大失態なんだから。


でも、あの二人を失うのはそれはそれで大きな問題。


殺すわけにはいかないし、他の所に引き抜かれるわけにもいかない。


だから……まあ、減給プラス謹慎って事になったんだろう。


……うん?


「えっ……それって、3年間無給で働いて、それが終わったら大幅減給された状態で働かされるって事ですか?」

「何を当然のことを…それ以外に何があるんだ?」

「うわぁ…」


よく考えてみれば、相当な罰だね。


あの二人の財力なら問題ないのかも知れないけど、人によっちゃ生きていけないでしょ?


私は、二人は十分な罰を受けたと思う。


「まあ、二人の処遇に関してはそんなところだ。そして、早川照についてだが……何処に転移したかわからない以上、捜索のやり直しだな。今はそれ以上の事を話すことは出来ない」

「まあ、そうですよね」


早川の行方は誰にもわからない。


現状、転移魔法を使える存在が早川しか居ないだろうから、追いかけることも出来ない。


全ては…ふりだしに戻った。


「とはいえ、早川派はもうすぐ『財団』を追放される。ヤツの活動範囲も狭まるだろう。徹底的に調べ上げ、必ず居場所を特定して始末するだけだ」

「そうですね。なにか手伝えることがありましたら、その時はいつでも呼び出してください」

「ふふっ、そうさせてもらうわ」


杏や町田さんの為に、何か出来ることがあればいいんだけど…


「いつも通り、後始末とかはこっちでしておくから、あなた達はなんでもない顔をして一般人に戻りなさい。報酬については……どうする?銀行振込と現金手渡し。どっちがいい?」

「はい…?」


どうしてそんな二択を……


あれか?銀行振込だと、手数料がかかるとか?


でも、現金ってかさばるからなぁ…


出来れば銀行振込が良いんだけど……ん?


かずちゃんの方に目を向けると、まるで小さな子供のように目を輝かせ、私になにか伝えようとしている。


「現金手渡しにしましょう!」

「……なんで?」


何故か現金手渡しが良いと言うかずちゃん。


絶対邪魔だと思うけど……こんなにキラキラした目でそう言われると仕方ない。


現金でもらおう。


「じゃあ…現金手渡しで…」

「わかったわ。関東支部か東京支部の人間に運ばせるから、ちょっと待っててね?」


とりあえず、現金手渡しで貰う事になった。


またアイテムボックスの容量が圧迫されそう…


まあ…積極的に現金を使って減らせばいいか。


「最後になにか聞きたいことある?出来るだけ質問には答えるつもりだけど」


質問か……そういえば、聞いておきたい事があったね。


「……それじゃあ、『カミ』について聞かせてください」

「なるほどね。良いけど、私もわからない事が多いから、期待に答えられるかわかんないよ?」

「それでもいいんです。お願いします」


咲島さんを追い詰めたあのカイキノカミというモンスター。


あれがアラブルカミと同種なら、あれ以外にも『カミ』は居るということになる。


それに、『私の知る限り4体目』という言葉…それが本当なら、少なくとも4体は居るんだ。


規格外の存在がダンジョンの外に出てくる可能性がある以上、少しは知っておかないと…


咲島さんは一口お茶を飲むと、姿勢を直して真剣な表情で語り始めた。





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