第117話 暴走した一葉
かずちゃんが一人で戦闘を初めて数十分。
私はどんどん様子がおかしくなっていくかずちゃんを見て、このまま戦わせていいのか不安になっていた。
「かずちゃん…もうやめて…?」
モンスターを笑顔で斬り殺すかずちゃんの後ろに立ち、そう呼びかけると、完全にイカれている目で私のことを睨んできた。
そして――――
「っ!?」
「えへへ…?」
無邪気な笑みを浮かべながら、なんの躊躇いもなく私に刀を振り下ろしきたのだ。
《鋼の体》で防御しようとしたが、凄まじく嫌な気配を感じ、後に飛び退いて躱す。
距離を取ってかずちゃんの目を覗き込むと、その目は私に対して――――恋人に対して向けるものではなく、完全に獲物を見る目だった。
「かずちゃん…!私の声が聞こえる!?」
「えへへ…」
いつ襲いかかってきても対応できる距離を保ちつつ、そう問いかける。
だが、かずちゃんは不気味な笑い声を漏らすばかりで、とても正気とは思えない。
そんなかずちゃんの無防備な背後に、モンスターが襲いかかるが―――まるで背中に目でもついているのかと言いたい程の動きで、モンスターを斬り殺した。
「ふふふ…えへへ…」
モンスターを斬り殺してうっとりとした表情を見せる。
もう正気は残ってないのだろう。
私は意を決して前に出ると、いつでも私を斬り殺せるかずちゃんに、無防備に近付く。
そして、面白いおもちゃを見つけた子供のような表情をするかずちゃんに抱きつき、優しく語りかけた。
「ごめんね…やっぱり、私が守るべきだった」
「ふぇぇ?」
「かずちゃん。かずちゃん。私の声が聞こえる?」
私の胸に顎を乗せ、上目遣いで不思議そうな表情を見せるかずちゃんの目を見続けていると、突然ハッとした表情を見せた。
「神林さん……」
そうして呟かれた言葉に、私は全身の力が抜けた。
緊張が一気に紐解け、安心した―――のもつかの間。
「チク」
何か言ったかと思えば、突然横腹が熱くなる。
その熱さはあっという間に焼けたような激痛に変わり、思わず表情を歪めてしまう。
「―――ッ!?」
「紫!?」
「神林さん!?」
痛みに声にならない声を上げると、二人が私の名前を呼ぶ。
そして、こちらへ走ってくるのが気配でわかった。
「なんで…」
「神林さんの血……欲しい」
私の横腹に突き刺したナイフを抜いたかずちゃんは、ナイフに付いた血を舐め取り、恍惚とした笑みを浮かべる。
その顔は、まるで高級料理を食べて感激を受けたような顔だ。
「愛する人の生き血……持って欲しい」
「ひっ!」
狂気的な笑みを浮かべるかずちゃんから、思わず一歩引いて逃げてしまうが、逆に抱きつかれて逃げられなくなった。
「神林さん。血、ちょうだい?」
上目遣いで、普段のかずちゃんには無い色気を放ち、甘えるようにお願いしてくるかずちゃんは、いつにもまして可愛らしい。
……状況が状況でなければ、素直にそう思えただろう。
「来ないで…」
思わずそう言ってしまう程には、かずちゃんが恐ろしい。
今のかずちゃんはまさに吸血鬼だ。
気を抜けば啜り殺されてしまう。
そこへ二人がやってきて、仲裁しようとしたのか、私とかずちゃんへ手を伸ばす。
「紫!大丈夫か!?」
「待って!かずちゃんには触れないで!」
二人がかずちゃんに触れる前に警告し、かずちゃんの狂気が二人へ向くことを阻止した。
きっとこの二人相手なら、かずちゃんは容赦なく刀を振り下ろす。
二人を守る為にも、ここでかずちゃんに触れさせるわけにはいかない。
「かずちゃん。血じゃないとダメ?」
二人に手で待つよう伝えると、私はあまり刺激しないよう、優しい口調でそう問いかける。
すると、目をキョロキョロさせて少し考えた後、笑顔で口を開く。
「ダメ!」
残念ながら、駄目だそうだ。
「そう?でも、血じゃなくても美味しいものはいっぱいあるよ?」
「神林さんの血がいいの!」
「……じゃあ、私が口移しでなにか飲ませるのは?」
そう質問すると、また目をキョロキョロさせて考えた後、笑顔で答える。
「私!口移しで神林さんの血が飲みたい!!」
「う〜ん…それはちょっと難しいかなぁ…」
なんとか口移しで許して貰えないかと思い提案したことが裏目に出た。
とんでもないお願いをされ、困り果てる。
なぜ故自分の血を口に含んで、かずちゃんに口移しで飲ませないといけないのか?
字面がとても正気じゃない。
「ええ〜?飲みたい飲みたい〜!」
「いや〜………ねぇ?」
「むぅ〜!」
ワガママを言うかずちゃん。
いきなり斬り掛かってこない事が最大の幸運だけど、本当に様子がおかしい。
なんで…こんな事に……
「《吸血》の影響で、理性がぶっ壊れてるな…」
「先輩…これ、治るんですか?」
「スキルの効果は一時的なものだ。時間が経てば治るだろうが……それまでが大変だな」
ふたりの話を聞く限り、時間が経てば治るらしい。
でも、これは治るまでが大変だ。
恋人の血を飲みたいという特殊性癖と、強烈な殺人衝動を併せ持ち、その上で理性のブレーキが壊れている。
……手綱を握れるが心配だ。
「言ってることはヤバいけど、甘え方はいつも通りですよね?」
「思考能力が戻ったという意味では、正気に戻ったからな。甘え方は変わらないんだろう」
二人が真面目に考察している横で、私はひたすら血を飲みたいというかずちゃんをあやし続ける。
ちなみに、かずちゃんに刺されたさっきの傷は、《フェニクス》の再生能力で傷口は塞がった。
「むぅ〜!なんで飲ませてくれないの?」
「なんでって……普通飲ませるものじゃないからよ。血なんてばっちいもの…」
血を飲ませるとか衛生的に考えて正気の沙汰じゃない。
それに、今飲ませると《吸血》のスキルがどう作用するかわかったものじゃない。
そんなわけで、血を飲ませることはできないのだ。
血を飲ませる事を拒否し続けていると、かずちゃんは頬を膨らませていじけてしまった。
「……神林さんが飲ませてくれないなら、それでいいです」
「え?」
「直接口に入れないのなら、誰の血だっていいんですから」
「何を……っ!?待って!!」
怒って私から離れたかと思えば、私達全員が反射的に止められないほどの速度で走り出し、どこかへ向かい始めた。
その方向は……咲島さんと早川の所!?
「不味い!!あそこに行かれるのは駄目だ!!」
「さっきからヤバイ気配を感じるし……なんとかして止めないと…!」
今のかずちゃんは、正気を取り戻したとはいえ、あり得ないほど好戦的だ。
あの化け物みたいな気配を放つ元凶に飛びかかってもおかしくない。
そんな事、絶対にさせちゃだめだ。
「走って!!」
「アイツ速すぎでしょ!?」
「今の一葉ちゃん、『松級』でも上位の実力がありそうね…」
必死に追いかけるが、めちゃめちゃ速い。
全く追いつくことが出来ず、私達が追いついた頃には、数え切れないほどの女性の屍の中に、狂気的な笑みを浮かべて立っていた。
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